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グランディア城~赤の離宮

「……王妃様!?」

 ゆっくりと扉を開けたシャルロッテが、驚いたように声を上げた。

まだ起きぬけなのか、ふわっとした紫のローブに身を包んでいた。けだるそうな表情にも、色気が漂っていた

(本当に、大人っぽい美人だなあ……)

 ありあは思わず、見とれていた。ありあの後ろに控えているサリの口からも、ほう、と溜息が洩れていた。


 ありあは、朝御飯を食べた後、身支度をして、真っ直ぐに赤の離宮に来た。

『いけません、先に陛下にお話を……っ!』

『目立たないようにするから、お願いっ!』

サリを説き伏せて、城の侍女が着る、紺色の制服に白いエプロンを借りた。髪をスカーフみたいな布で隠したおかげで、王妃だとばれずにここまで来れた。


「あ、あの、昨日はご迷惑をお掛けしましたっ!」

 ありあはシャルロッテに頭を下げた。

「人の家に上がり込んだ挙句、寝てしまって……」

 シャルロッテの目が丸くなった。

「……わざわざ謝りにいらしたの? 王妃であるあなたが?」

「はい」

 ありあはシャルロッテの瞳を真っ直ぐに見た。

「だって、失礼な事してしまったし……謝らないといけないでしょう?」

 シャルロッテはしばらくありあをじっと見つめたが、やがてふふふっと笑った。

「こちらこそ、王妃様がお疲れなのに、あのようなお茶をお出ししてしまって、申し訳ございませんでしたわ」

「いえ、そんな……」

 ありあが言いかけた時、シャルロッテの身体がふらっと横に揺れた。

「シャ、シャルロッテさんっ!?」

 咄嗟に彼女の左腕をつかんで、身体を支えた。ふう、とシャルロッテの口から溜息が洩れた。

「申し訳ありません、朝から目まいが酷くて……」

「ええ!?」

 ありあはシャルロッテの身体に手をまわし、彼女の左腕を自分の首に回した。サリも支えるのを手伝ってくれた。

「歩けますか?」

「ええ……」

 ありあとサリは、シャルロッテを支えながら、応接の間の方へと歩いて行った。

**********************************************************************


「えーっと、足元を高くして……」

 ありあはシャルロッテをソファに寝かせ、クッションを足元にあてがった。

「どこかに、毛布とかありますか?」

 シャルロッテは、小声で「あちらの小部屋に」と答えた。

「サリ、取ってきてくれる? 身体温めないと……」

 サリはお辞儀をして、応接間から出ていった。

(顔色真っ白……)

 ありあはソファの前にしゃがんで、シャルロッテの右手を取り、両手で包みこんだ。

「王……妃様?」

「シャルロッテさん、手が冷たくなってる……」

 手をこすって温め出したありあを、シャルロッテは目を丸くして見ていた。

「あの……王妃様……」

「シャルロッテさん、気分悪いですか? どこか痛いとかないですか?」

 ありあは右手をシャルロッテの額に当てた。

「熱はないけど……」

 てきぱきと看護するありあに、シャルロッテはしばらく黙ったまま、だった。


「……王妃様。お気遣いありがとうございます。少しふらついただけですわ」

 シャルロッテは、上体をゆっくりと起こして言った。

「でも、まだ顔色が……」

 心配するありあに、ふう、とシャルロッテは溜息をついた。

「……病気ではありませんの。実は……」

 一瞬、シャルロッテは猫のような瞳を閉じた。再び開いた時――何か、違う色が瞳に映っているように、ありあには見えた。


「……私、陛下の御子を身ごもっておりますの。体調が優れないのは、そのせいですわ」


 ありあはぽかん、と口を開けた。どさっと何か、が落ちる音が後ろから聞こえた。振り返ると、真っ青な顔をしたサリの足元に毛布の束が落ちていた。

 ありあは、真っ白な頭のまま、ゆっくりともう一度、シャルロッテの顔を見た。

「へ……いか……の?」

「……はい」


 陛下……って……。


え。

え。

え。

 固まっていた、ありあの思考回路がようやく回り始めた。


ええええええええっ!?

「グ、グラント!? グラントの子どもっ!?」

 ありあは思わず大声を出した。

「ええ……」

 ゆっくりとシャルロッテが頷いた。

(シャ、シャルロッテさんって、グラントの恋人だったのっ!?)

「で、でも、グラント、そんなこと一言もっ……!」

「……陛下はまだご存じないのですわ。陛下がレヴァンダ皇国にご出立されてから、わかったものですから」

「……」

 やや伏し目がちに、シャルロッテが話し出した。

「……私、今回の縁談はてっきり陛下はお断りになると思っておりましたの」

「え?」

 ありあは目を丸くした。確か、サーリャは……。

「絵姿が気に入って、レヴァンダ皇国に申し入れたって……」

「それは、側近のヴェルナ―伯爵が陛下の許しを得ずに申し入れた事ですの。ぜひにも正妃を、と思ってらしたようですから」

(じゃ、じゃあ、グラントって結婚する気がなかった……って事!?)

 私が身代わりする必要、なかったの!? ありあは呆然とした。

「ですから、向こうで式を挙げて王妃様を連れ帰る、とお聞きした時……正直、耳を疑いましたわ」

「……」


 ……まさか。


――『禊』中に手を触れた相手に嫁がねばならない。さもなくば、死を。


(私……が、余計な事、したから……?)

 だから、恋人がいるのに、結婚する気がなかったのに……?

ありあの瞳が揺れた。


「そんな事、ありませんっ!!」

 サリがありあの沈黙を破るように叫んだ。

「陛下は、アーリャ様の事、大切に想ってらっしゃいます! 貴方様も昨日の陛下をご覧になったではありませんかっ! アーリャ様の身を案じて、必死になっている陛下をっ!」

「そうでしたわね……」

 ふふっとシャルロッテが笑い、ありあを見た。

「王妃様にお会いして、陛下が王妃様とご結婚された訳がわかりましたわ」

「え……」

「王妃様、お可愛らしいんですもの。亡くなった妹姫様も大層可愛らしい方だったとお聞きしていますわ」

「妹……姫……」

 グラントがずっと愛してる、妹姫?

「陛下の私室に飾られている肖像画……それをご覧いただければ、すべてご理解いただけると思いますわ」

「……」

 言葉が……出ない。

私が……手を触れなかったら……こんな事に、ならなかっ……たの……?


 呆然としているありあの後ろから、サリがシャルロッテを睨んだ。シャルロッテは、その視線を受けて、くすくすと妖艶に微笑んだ。


**********************************************************************


 城に戻る小道を歩きながら、ありあはずっと考え込んでいた。サリは心配そうにありあを見ていた。

(私にできる事って……)

 ありあは後ろを歩いているサリを振り返って言った。

「ねえ、サリ。この国で、妊婦さんにいいって言われてる食べ物ない?」

「え?」

「あの顔色だと、きっと貧血だと思うの。妊娠中は鉄分が足りなくなるし……」

(鉄剤……とかは、ないわよね……。ホウレンソウとかレバーとか、そういうの……)

「シャルロッテさんに、そういう食事とか、差し入れできるかしら?」

「アーリャ様!? 何をおっしゃいます!」

 サリが慌てて言った。

「あ、あの御方も言ってらしたでしょう!? お腹にややがいることを知られたくない、と。お食事を差し入れしたら、噂になるに決まってます!」

「そう……よね……」

 ありあはさっきの会話の続きを思い出した。


『この子の事、あまり周囲に知られたくないのです』

 シャルロッテが溜息交じりに言った。

『陛下の御子……となれば、騒ぎになりますし……この子を邪魔に思う輩も少なくないでしょう。ですから、この子の事はご内密に……』

『わかりました。誰にも……』

 言いかけて、ありあの言葉が、止まった。

『グラントには? グラントは知らないんでしょう?』

 ふう、と大きい溜息がシャルロッテの赤い唇から洩れた。

『当然陛下には申し上げたいのですけれど……私は今こんな状態ですし……。誰かにお願いする、というのも……』

 シャルロッテが、すがるような瞳をありあに向けた。

『……王妃様。王妃様から陛下にお伝えいただけないでしょうか』

『私から!?』

『ええ……王妃様なら、きっと、秘密を洩らす事もなく直接お伝えいただけると……』


 濡れたような大きな瞳にせまれられて、思わず頷いていた。

(私でいいのかなあ……?)

 そう思いながらも考えていたありあの頭に、アイディアが閃いた。ありあはぽん、と手を叩いた。

「……じゃあ、私がその食事を食べたってことにして、こっそり差し入れしてくれる?」

「アーリャ様!?」

「私が……その、妊娠したって誤解されるかも……だけど、しばらくしたら気のせいだった、ってことにすればいいし。

ね、サリお願い。少しでもシャルロッテさんの役に立ちたいの」

 サリは固い表情で黙りこんでいたが、やがてゆっくりと頷いた。

「……アーリャ様がそう、お望みでしたら」

「ありがとう、サリ」

 ありあが頭を下げると、サリは慌てて言った。

「とんでもございません、アーリャ様のお役にたてるなら、私、何でもいたします。でも……」

 サリは少し言い淀んだが、ありあの目を見てはっきりと言った。

「必ず陛下とお話して下さい。決して早まった事はなさらないで下さい」

 サリの真剣なまなざしに、ありあは目を見張ったが、「うん、そうする」と素直にうなずいた。

 サリの瞳はまだ心配そうだったが、ありあは気が付いていなかった。

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