グランディア城~赤の離宮その2
赤の離宮に向かう小道には、緑の香りが漂っていた。グラントは一人、足早に砂利道を歩いていた。
(ここに来るのは……一月ぶり、か)
シャルロッテの妖艶な微笑みが浮かぶのと同時に――馬車の中で真っ赤になっていたありあの顔、が浮かんだ。
ありあにどう、説明する?
(また、変態扱いされそうな気が……するが)
グラントが思わず溜息をついた時、前方から足音が聞こえて来た。
「へ、陛下っ!!」
若い女性の声。紺色のスカートに白いエプロン。右手に白い布を巻いていた。城の侍女がどうしてここに?
グラントは足を止めた。侍女はグラントの元に駆け寄り、頭を下げた。
「も、申し訳ございません、陛下っ!」
いきなりの謝罪に、グラントは目を丸くした。
頭を上げた侍女の顔は、真っ青になっていた。緑色の瞳がやたらと大きく見えた。
「アーリャ様をお止する事ができませんでしたっ!」
「ありあを?」
止める? どういう事だ?
「あ、赤の離宮の御方とお話しされると……」
――一瞬、グラントの思考が止まった。
ありあが……シャルロッテと……?
(あいつ……!!)
「一体、何をやって……!!」
一拍置いて、グラントが叫んだ。
「ね、猫を……」
侍女が震えながら言った。
「あ、あの御方が、アーリャ様に子猫を差し上げると。それでアーリャ様が……」
「猫!?」
シャルロッテがかわいがっている、あの黒猫の……?
「……わかった。すぐに行く」
グラントは小道を駆け出した。侍女が後を追っている気配がした。
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扉には鍵がかかっていなかった。グラントは扉を開き、応接の間へと急いだ。両開きの扉を開けて、応接の間に踏み込んだ。
「陛下!?」
ソファの前に跪いていたシャルロッテが、振り向きざまに叫んだ。
「!?」
グラントはその場に立ち止まった。シャルロッテの向こうに見える、のは……
……ソファの上に、ぐったりと横たわる身体。右手が、床につきそうになっていた。
「ありあ!?」
グラントはソファに駆け寄り、シャルロッテを押しのけて、ありあの身体を抱き起した。
全く身体に力が入っていない。だらん、と手が下に落ちる。
グラントの目の前が、真っ赤に染まった。ありあを抱く手に力が入る。シャルロッテを振り向き、睨みつける。
「何をした、シャルロッテ!!」
グラントの恫喝に、シャルロッテは目を丸くした。ようやく応接の間に入って来た侍女も、怯えたように立ちすくんだ。
ふう、とシャルロッテが溜息をついた。
「……申し訳ございません、陛下。いつものお茶をお出ししてしまったのです」
「お茶だと!?」
グラントはソファの前のテーブルを見た。ティーカップが二つ。
「……ええ。香り付けにティースプーン一杯……」
「バルトス産の香酒か!?」
口当たりも良く、香りの高い名酒。ただし、度数は三十度を超える高さ、だ。よくシャルロッテはお茶に混ぜて飲んでいた。
「一口お飲みになっただけなのですけれど……」
よく見ると、ありあの頬が少し赤くなっている。目を瞑ったまま、ありあはむにゃむにゃと何かを呟いた。つまり……
「酔っ払ってるのか!?」
「はい……おそらくは」
一気に力が抜けた。むにゃ、とありあがグラントの方に顔を寄せる。
「……」
しばらくの沈黙の後、はあ、と深い溜息がグラントの口から洩れた。
「……怒鳴ってすまなかった、シャルロッテ」
「……いいえ」
くすくすとシャルロッテが含み笑いをした。
「……王妃様、何か誤解されているようですわね?」
「……誤解?」
「ええ。『グラントは別の方を愛してる。私の事はそんな風に思ってない』とおっしゃってましたわ」
「……」
黙りこんだグラントを見て、シャルロッテがふふふっと妖艶に笑った。
「先程の陛下をご覧になれば、そんな事ないって、お判りになったでしょうに」
グラントはありあの身体を抱き上げた。柔らかくて、温かくて、軽い身体。
「……陛下」
グラントはシャルロッテを見下ろした。彼女は不思議と穏やかな表情をしていた。
「ご成婚、おめでとうございます。王妃様は……不思議な方ですわね」
「……」
変わってる、というのがぴったりだ、とは思うが。
シャルロッテは、子猫を抱きあげ、こう言った。
「この子を差し上げると、お約束しましたの。どうぞお連れ下さいませ」
「……」
「それから……」
シャルロッテは、テーブルの上を見た。
「あの巻き物も。王妃様のものですわ」
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ふにゃ。
なんだか……ふわんふわんする。
身体が……ゆれて……
「……ったく、どこまで心配させる……」
グラント、の声?
「ぐら……んと?」
うっすらと、目を開く。ぼんやりと見える、銀色の瞳。
「……ありあ?」
ありあは大きな胸に顔を擦りつけた。温かくて、がっしりとした感触。なんだかよくわからないけど、気持ち……いい……。
「……あの、ね……」
「……」
亡くなった……妹さん。きっと……。
「……グラ……ントに、わらって、て……ほし……い……」
「……」
「……そう、思って……る……」
「……」
ちゃんと言いたい……のに、口が動か……ない……。
「……のか?」
耳元で、グラントの声が……する。なんて……言った、の……?
……ありあは、また目を瞑り、柔らかい世界に身を任せた。




