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グランディア城~赤の離宮その2

 赤の離宮に向かう小道には、緑の香りが漂っていた。グラントは一人、足早に砂利道を歩いていた。

(ここに来るのは……一月ぶり、か)

 シャルロッテの妖艶な微笑みが浮かぶのと同時に――馬車の中で真っ赤になっていたありあの顔、が浮かんだ。

ありあにどう、説明する?

(また、変態扱いされそうな気が……するが)

 グラントが思わず溜息をついた時、前方から足音が聞こえて来た。

「へ、陛下っ!!」

 若い女性の声。紺色のスカートに白いエプロン。右手に白い布を巻いていた。城の侍女がどうしてここに?

 グラントは足を止めた。侍女はグラントの元に駆け寄り、頭を下げた。

「も、申し訳ございません、陛下っ!」

 いきなりの謝罪に、グラントは目を丸くした。

頭を上げた侍女の顔は、真っ青になっていた。緑色の瞳がやたらと大きく見えた。

「アーリャ様をお止する事ができませんでしたっ!」

「ありあを?」

 止める? どういう事だ?

「あ、赤の離宮の御方とお話しされると……」


 ――一瞬、グラントの思考が止まった。

 ありあが……シャルロッテと……?


(あいつ……!!)

「一体、何をやって……!!」

 一拍置いて、グラントが叫んだ。

「ね、猫を……」

 侍女が震えながら言った。

「あ、あの御方が、アーリャ様に子猫を差し上げると。それでアーリャ様が……」

「猫!?」

 シャルロッテがかわいがっている、あの黒猫の……?

「……わかった。すぐに行く」

 グラントは小道を駆け出した。侍女が後を追っている気配がした。


**********************************************************************


 扉には鍵がかかっていなかった。グラントは扉を開き、応接の間へと急いだ。両開きの扉を開けて、応接の間に踏み込んだ。

「陛下!?」

 ソファの前に跪いていたシャルロッテが、振り向きざまに叫んだ。

「!?」

 グラントはその場に立ち止まった。シャルロッテの向こうに見える、のは……

 ……ソファの上に、ぐったりと横たわる身体。右手が、床につきそうになっていた。


「ありあ!?」

 グラントはソファに駆け寄り、シャルロッテを押しのけて、ありあの身体を抱き起した。

 全く身体に力が入っていない。だらん、と手が下に落ちる。

 グラントの目の前が、真っ赤に染まった。ありあを抱く手に力が入る。シャルロッテを振り向き、睨みつける。

「何をした、シャルロッテ!!」

 グラントの恫喝に、シャルロッテは目を丸くした。ようやく応接の間に入って来た侍女も、怯えたように立ちすくんだ。


 ふう、とシャルロッテが溜息をついた。

「……申し訳ございません、陛下。いつものお茶をお出ししてしまったのです」

「お茶だと!?」

 グラントはソファの前のテーブルを見た。ティーカップが二つ。

「……ええ。香り付けにティースプーン一杯……」

「バルトス産の香酒か!?」

 口当たりも良く、香りの高い名酒。ただし、度数は三十度を超える高さ、だ。よくシャルロッテはお茶に混ぜて飲んでいた。

「一口お飲みになっただけなのですけれど……」

 よく見ると、ありあの頬が少し赤くなっている。目を瞑ったまま、ありあはむにゃむにゃと何かを呟いた。つまり……

「酔っ払ってるのか!?」

「はい……おそらくは」

 一気に力が抜けた。むにゃ、とありあがグラントの方に顔を寄せる。

「……」

 しばらくの沈黙の後、はあ、と深い溜息がグラントの口から洩れた。

「……怒鳴ってすまなかった、シャルロッテ」

「……いいえ」

 くすくすとシャルロッテが含み笑いをした。

「……王妃様、何か誤解されているようですわね?」

「……誤解?」

「ええ。『グラントは別の方を愛してる。私の事はそんな風に思ってない』とおっしゃってましたわ」

「……」

 黙りこんだグラントを見て、シャルロッテがふふふっと妖艶に笑った。

「先程の陛下をご覧になれば、そんな事ないって、お判りになったでしょうに」

 グラントはありあの身体を抱き上げた。柔らかくて、温かくて、軽い身体。

「……陛下」

 グラントはシャルロッテを見下ろした。彼女は不思議と穏やかな表情をしていた。

「ご成婚、おめでとうございます。王妃様は……不思議な方ですわね」

「……」

 変わってる、というのがぴったりだ、とは思うが。

 シャルロッテは、子猫を抱きあげ、こう言った。

「この子を差し上げると、お約束しましたの。どうぞお連れ下さいませ」

「……」

「それから……」

 シャルロッテは、テーブルの上を見た。

「あの巻き物も。王妃様のものですわ」


**********************************************************************

ふにゃ。


なんだか……ふわんふわんする。

身体が……ゆれて……


「……ったく、どこまで心配させる……」

 グラント、の声?


「ぐら……んと?」

 うっすらと、目を開く。ぼんやりと見える、銀色の瞳。

「……ありあ?」

ありあは大きな胸に顔を擦りつけた。温かくて、がっしりとした感触。なんだかよくわからないけど、気持ち……いい……。


「……あの、ね……」

「……」

 亡くなった……妹さん。きっと……。

「……グラ……ントに、わらって、て……ほし……い……」

「……」

「……そう、思って……る……」

「……」

 ちゃんと言いたい……のに、口が動か……ない……。

「……のか?」

 耳元で、グラントの声が……する。なんて……言った、の……?


……ありあは、また目を瞑り、柔らかい世界に身を任せた。

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