シルヴェスタ城跡~金色の光
「え……?」
ありあの目の前に……キラキラと輝く黄金の光が集まってきた。サニリアもグラントも……伏せていたリカルドも顔を上げ、黙ったまま、光が少しずつ形をとるのを見ていた。
やがて光は――小さな人の姿になった。
『……ありがとう』
(この……声……)
さっき、闇から引き戻してくれた声。ありあは、大きく目を開いた。
『とうさまと……かあさまを闇から救ってくれて』
(……あれって……!?)
ありあは呆然と光の人形を見た。その小さな肩に羽織っているのは――ボンボンのついた、淡い黄色のケープ。サリに渡して欲しいと言付けた……もの。
「……あなた、シャルロッテさんのお腹の……!?」
リカルドがぴくりと動いた。鈴を振るような笑い声が聞こえた。
『……私が巫女の塔に行く。だから、あなたは……』
『……あなたの望むところに』
光の人形は、ふわりとリカルドの前に飛んだ。そして、小さな手を伸ばし、リカルドの頬に触れた。
『……とうさま』
『……私に命を授けてくれて、ありがとう』
「……」
リカルドは……呆然とした瞳を人形に向けていた。
ふふふ、と鈴の音が響く。
『……愛してる』
さあっと風が吹いた。その風に光の粒が散らばった。皆の目の前で……人形は霧のようにぼやけ、姿を消した。澄んだ鈴の音だけが……ただ、そこに残っていた。
グラントもありあも、サニリアもリカルドも……誰も、何も、言わなかった。
「……リカルド、さん?」
――暫くの後、ありあがリカルドの顔を見て、言った。
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「……リカルド、さん?」
アーリャ様の気遣う様な、声。私は……自分の頬に手を当てた。先程……金の光が触れた部分に。
(……涙……?)
そうするまで、自分が涙を流していることにすら、気が付いていなかった。
『――愛してる』
あの光は……あの子は……そう、私に言った。
「――っ……」
私は右手で口元を押さえた。嗚咽が……洩れた。
――ずっと欲しかったモノ。手に入らないと、諦めてしまっていたモノ。
それが……こんな形で、自分の目の前に差し出されるとは思わなかった。
……こんなにも、胸を締め付けられるような、ものだったとも、判らなかった。知らなかった。
利用しようとしていたのに。我が子とも……公にしていなかったのに。
ただ……純粋な気持ちを、私に向けてくれた。そう――かつて幼いアーリャ様が、陛下に向けていたような、温かい、何かを。
……ああ
……ずっとずっと、欲しかった。手に入れたかった。
……無理に手に入れようとしても、手に入らなかった。
そうやって……手に入れるものでは、なかったのだ。
ただ……感じるだけで、よかったのだ。
こんなにも……温かく、優しい、心を。
「……っ……」
心の……欠けていたところが、埋まっていく。金色の光と共に。鈴の音と共に。
――私は暫く、声を出す事もできなかった。ただ……涙を流していた。
「……リカルドさん」
アーリャ様の声と共に……柔らかな腕が、首に巻き付いてきた。
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「……リカルドさん」
ありあは……しゃがみ込んで、リカルドに抱きついて、いた。リカルドは……静かに、涙を流していた。
「……あの子だけじゃないです」
「……」
「リカルドさんの事、大切に思ってるのは……あの子だけじゃない、です」
「アーリャ……様……」
「シャルロッテさんだって……シルヴェスタ城にいた家臣の皆さんだって……リチャード様もアスタリア様も……グラントも……私だって」
「……」
「だから……その事を忘れないで下さい。『白の影』になっても。私達もきっと……あなたの事、忘れませんから」
「……」
リカルドがありあの身体に手を回した。ぎゅっと一瞬抱き締めた後……リカルドはありあを離した。
「……ありがとうございます、アーリャ様」
そう言ったリカルドの瞳は……夏の空のように、澄んでいた。
リカルドは立ち上がり、ありあに右手を差し出した。ありあはその手を握り、立ち上がった。
リカルドがちら、とありあの後ろを見、ありあの耳元で囁いた。
「……アーリャ様。あまり陛下をやきもきさせないほうが、よろしいですよ」
「え?」
ありあが後ろを振り返ると……
(げ)
……無表情のサニリアと……これまた無表情のグラントが。
グラントの視線の強さに、ありあの背筋が寒くなった。
(こ……怖い……)
さっきの闇の魔物より怖いんですけど!? ありあは思わず首をすくめた。
……気まずい沈黙を破ったのは、サニリアの深い溜息だった。
「全く……前代未聞の事が多すぎます。アーリャ様の力の強さもそうですが……生誕される前から、『光の巫女になる』と宣言される御方もおそらく初めてでしょう」
「サニリアさん……」
「……レヴァンダ皇国とセレスタイン王家の血筋……どちらも類稀な魔力を持つ家系。その二つを併せ持つ御子、ですか……」
「……」
「……アーリャ様」
「は、はい」
ありあはサニリアの方を向いた。サニリアは真っ直ぐにありあを見ていた。
「……あなたは巫女になりたくないのですね」
「はい……」
ありあもサニリアを真っ直ぐに見た。そして、グラントの隣に歩いて行き、言葉を継いだ。
「私は……グランディアに……グラントの傍に、いたいんです」
「ありあ……」
呆然とした声。ありあがグラントを見上げると……銀色の瞳が大きく見開かれていた。
サニリアが頷いた。
「……こちらとしても、『巫女になる』という意志のある御方になっていただく方がよろしいのは、確かです」
「じゃあ……」
「……ええ。シャルロッテ様がお生みになる御子に……光の巫女姫になっていただきます」
「あ、ありがとうございます、サニリアさんっ!!」
笑顔になったありあに、サニリアの瞳がきらりと光った。
「……ですが」
鋼鉄のような声色に、ありあが真顔に戻った。
「巫女姫がご誕生になるには……あと半年ほどかかります。その間、あなたには巫女の塔に来ていただきます、アーリャ様」
「え!?」
「……シャルロッテ様に巫女の塔に来ていただくとしても……光と闇の力の均衡が崩れている事に変わりはありません。何の訓練もしていないあなたが、塔から出るのは危険です」
「でも……」
「この地を安定させるにも、時間が必要です。巫女が御誕生になられる頃ならば……ここも安定しているでしょう」
(闇の力に影響されて……私の力が暴走してしまう……?)
(闇の力も……私の力も……及ばない……場所)
ありあは目を見開いた。あそこ……なら。
ありあはグラントの袖をぎゅっと握った。グラントが訝しげにありあを見た。
「……サニリアさん」
「なんでしょう、アーリャ様」
「……要するに、あの闇の力に私が影響を受けなければいいんですね? それから闇に私の力が影響しなければ」
「……ええ。グランディアにいては不可能です」
「だったら……」
ありあはグラントを見上げた。綺麗な銀色の瞳をじっと見つめる。
「ありあ?」
グラントの問い掛けに、ありあはふっと笑い、改めてサニリアの方を見た。
「私は巫女の塔には行きません。その代わりに……」
ありあの次の言葉に、グラントの目が大きくなった。
「私――元の世界に――異世界に、戻ります」




