深淵の闇~脱出へ
*5/9改訂しました
「アーリャ様!?」
……リカルドさんが、驚いたように叫んだ。
**************************************************
切り裂かれた空間の隙間に飛び込み……暗闇へと落ちていった。暗闇に光る金髪を見つけた時――手を伸ばして、左腕にすがりついた。
「よかった……見つけた」
ありあはリカルドを見上げて微笑んだ。リカルドは……唖然、とした顔をしていた。
「……こんなところで何を!? 闇の魔物が襲ってくるというのにっ!!」
そう言ったリカルドを、ありあはじっと見つめた。
「……戻りましょう、一緒に」
「は!?」
リカルドが眉を顰めた。
「何を言っているのです? 私はあなたを罠にかけ、陛下を亡き者にせんとした、謀反人ですよ!? このまま闇に堕ちるのが相応しい……」
「……一緒に、来て下さい」
「ですからっ!」
「一緒に!」
ありあはぎゅっとリカルドの左腕を握った。
「一緒に……帰りましょう」
「なに……を……」
はっとしたようにリカルドが言葉を切った。腰の鞘から剣を抜き、詠唱しながら刃を横に振るった。
『ギャアアアアッ!!』
ありあの後ろから近寄って来ていた闇の魔物が、悲鳴を上げ、下に堕ちていく。
「あなたのような命溢れる御方は、格好のエサなんですよ!? 早く上へ……」
「私、リカルドさんと一緒でないと、行きませんっ!!」
リカルドが焦ったように、ありあを見た。
「何故ですか!? 何故、あなたがそこまでする必要があるのです!?」
「……そんなの、わかりませんっ!!」
ありあの叫びに……リカルドの目が丸くなった。
「あなたを……助けたいって思う気持ちに、理由なんてありませんっ! ただ、助けたいんですっ!!」
「アーリャ……様……」
「それにっ!!」
ありあはリカルドの青い瞳を真っ直ぐに見た。
「そう思ってるのは、私だけじゃない! あなたを助けてって誰かが言ってたんです! それに……」
「……グラントだって、あなたに生きてて欲しいんですっ!!」
「へ、いかが……?」
呆然としたリカルドに、ありあは頷いた。
「私の我儘でも勝手でもいいんです! でも……」
「……あなたに、こんな形で、お別れをしたく、ないんです」
リカルドは……初めてありあを見たような、顔をしていた。
「生きて……下さい。悪い事をしたと思うなら、生きて償って下さい。こんな風に逃げないでっ!!」
「――っ」
リカルドが右手を大きく横に振った。剣先から広がった真っ赤な炎が、辺りにいた闇の眷属を巻き込んで焼き尽くしていく。
はあ、とリカルドが溜息をついた。
「……とにかく、あなたを元の世界に戻します。私があやつらの相手をしますから、あなたは出口を探して下さい」
「は、はいっ!」
ありあはリカルドを引っ張って、上へ上へと上がっていった。リカルドは後を追ってくる闇の魔物達に、魔法と剣で応戦する。
(グラント……!)
グラントの気配を探す。闇の魔物が蠢いて、なかなか探せない。空気が身体に纏わりついてくる。重い。まるで海の中のよう。肺が痛くなる。
「きゃあああっ!!」
いきなりありあの左足に、黒い触手が巻き付いてきた。ありあは咄嗟に、リカルドに縋りついた。ずりっと下に引きずり降ろそうとする触手を、リカルドが切り裂いた。
「あ、ありがとう……」
リカルドがありあを見下ろした。
「あの程度の魔物、あなたが攻撃すれば……」
「わ、私、攻撃魔法は、習ってないんですっ!! 治癒魔法や回復系ばかりでっ……!!」
リカルドの顔がぴくり、と歪んだ。
「できないのですか、アーリャ様!?」
「は、はい……」
「それで、こんな闇の世界へ、私を迎えに!?」
「はいっ」
「……」
リカルドは暫く、無言のままありあを見下ろしていた。そして、深い溜息をついた。
「……陛下の御苦労が、判った気がします……」
「グラントの?」
目を丸くしたありあを、リカルドは苦笑気味に見ていた。
「あなたは……いつもそんな風に、どこにでも行ってしまわれるのですか? 陛下を置いて」
「……置いて行ってないです」
「え?」
もう一度、リカルドの手から炎が発せられ、闇の魔物が悲鳴を上げた。
「グラントのいる所が……私の帰る場所です。グラントがいてくれたら、絶対戻れるから」
ありあはリカルドを見上げた。その瞳には、揺るがない何か、が映っていた。
「だから、絶対戻ります。あなたと一緒に」
リカルドの瞳に……諦めに似た光が宿った。
「……陛下があなたの言う事を聞くはずですね。こんなに強情では、打つ手がない……」
「そ、そこまで、我儘じゃありませんっ!」
リカルドが呪文を唱える。リカルドとありあの周りに、薄い膜のようなものが張られた。
「……私の力もどこまで持つか、わかりません。お早く願います」
「はいっ!」
ありあは再び光の気配を追いかけ始めた。リカルドは、追ってくる闇の魔物に光炎を浴びせ、闇を切った。
**************************************************
――石が崩れる音。悲鳴。舞い上がる、黒い埃。その中を、グラントは全力で駆け抜けた。
ようやく、シルヴェスタ城の外に出た。リカルドが言っていた通り、メダルの力で結界も素通りできた。
「あれは……!」
グラントを空を見上げ、顔を強張らせた。
今まさに崩れ落ちようとする城の上に、黒い渦がいくつも浮かんでいた。そこから城に向かって、稲光のような光が落ちていた。
「……深淵の闇の口が……開いた」
その声にグラントが振り返ると……そこには、サニリアの姿があった。
サニリアは空を見上げ……そして言った。
「白の影よ、この城に結界を――闇の力を他に広げぬようにせよ」
「ははっ……」
がれきのあちらこちらに、白いフードを被った影の姿が見えた。轟音に混じり、詠唱の声が響く。
(ありあ……!)
必ず戻る、と約束した。だから……戻って来い。
(俺は……お前を信じてる)
グラントは目を瞑り、強く深く、ありあの事を思った。
**************************************************
かなり上の方に浮上したはず……なのに、まだ出口がわからない。
(この重苦しい空気が、邪魔……っ)
リカルドの息が荒くなっていた。光炎の刃を闇の魔物に向かって放つ。魔物達の身体は真っ二つに割れ、おぞましい声を上げながら、奈落の底へと落ちていった。
「……っ、キリがない……」
「リカルドさん、大丈夫ですか!?」
はあ、と大きく息を吐き、リカルドが言った。
「……闇の魔物には、闇の力は効きません。光の魔法を使わなければなりませんが……闇の世界には光がない。自分の身の内の光しか使えないのです」
「身の内の光って……」
ありあはリカルドを見上げた。顔色が……悪い。汗もかいている。
「……少し限界に近くなってきた……か……」
確かに、リカルドが放つ魔法の力が……少しずつ弱くなってきている気がする。ありあは顔を曇らせた。
(早く見つけないと……っ)
目を瞑り、気配を手繰り寄せるありあに……リカルドが呟いた。
「……申し訳ございません、アーリャ様。陛下には……後で謝罪します」
(……え?)
唇をいきなり塞がれたありあは、驚いて目を開けた。
(リ、リカルドさんっ……!?)
リカルドに強く抱きしめられ……ありあは食むように唇を奪われて、いた。




