深淵の闇~リカルド=ヴァン=シルヴェスタ視点
『――それまで! 勝者、赤!』
わああっと歓声に揺れる客席。剣を落とし、跪く私の前に立つ――同じ顔の少年。
――その銀色の瞳には、何の感情も映っていなかった。
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使用人として育った、と聞いていたが、基本的な学力は身についており……教鞭を執った貴族達は、こぞってグラント王子の優秀さを褒め称えた。
――砂が水を吸うように、知識を身につけておられる。
――さすが『鬼神』と恐れられた陛下の御子……剣の腕前も、もはや相手がおりませぬ。
剣技会で、私を倒し、優勝したグラント王子。彼はいつも……冷静だった。
一年が過ぎ……グラント王子を王太子にすると宣言したウィリアム陛下に、異を唱える者はいなかった。
母は……何も言わなかったが……その瞳は凍っていた。
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……何時の頃からだろう。母が私を見ていない事に、気がついたのは。
『リカルド、私の愛しい子』
そういって、優しく抱きしめてくれた母。美しく賢い母は……私の自慢だった。
『母上、何を考えているの……?』
時折、母上が見せる遠い瞳……それが何を見ているのか知りたくて、母上に尋ねた。母上は……ふっと笑って、私を抱き締めた。
『昔のことよ……』
母上の声は、優しかった。
でも……私は、気がついていた。
母上が……その『昔』に囚われたまま、だったことに。
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いつも憎々しげにグラント王子を見ていた母上。でも、彼を見る瞳は……紛れもなく、彼を見ていた。私を見る瞳が、他の誰かを見る瞳であるのとは違って。
――だから、憎かった。グラント王子が。
母の関心を……憎しみとはいえ……一身に集めていた、彼が。
彼が……大切にしていたモノ。それが何か……私は知っていた。
いつも冷静な彼が唯一、素顔を見せる相手。……光の巫女姫が生んだ、アーリャ姫。
黒髪に黒い瞳。あどけなく笑う、可愛らしい姫君。グラント王子を純粋に慕うアーリャ姫の瞳に……嫉妬を感じる事も、あった。
――なぜ、グラント王子ばかりが。なぜ……
そんな想いが……ずっと私の胸に巣食っていた。
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嫉妬に闇に堕ちたウィリアム陛下が……ファーニア王妃とアーリャ姫を手にかけ……グラント王子も重傷を負って城から脱出した時も
――いつか、彼は戻ってくるだろう……そう考えていた。
彼は、『素晴らしい王になる』と言った、ファーニア様の言葉を裏切る事ができない。だから、必ず……戻ってくる。
――そう思っていた通り……二年後、城に戻った彼は、闇に侵されたウィリアム陛下を倒し、同じく闇に堕ちた貴族共をも手にかけ……血塗られた王座についた。
その瞳は――まったく揺るがなかった。だが、アーリャ姫に見せていた顔は……一切見る事ができなくなっていた。
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彼の冷静な仮面を剥ぎ取りたくて……
王に近づく女たちに声をかけた。誰を奪っても……グラント陛下の瞳は変わらなかった。
そんな中、赤の離宮に側室を住まわせている、と聞いて……私は離宮の主、に会った。
――その時、彼女はこう言った。
『リカルド様。私たちは……似た者同士ですわね』
シャルロッテの黒い瞳は……私の心の中を判っているかのような、色を帯びていた。
『……愛して欲しい方に、愛されない』
彼女の言葉に……ああ、そうか、と私は悟った。
――私は
――ずっとずっと
――母上に愛して欲しかった。私自身を見て欲しかった。
でも、それは……叶わぬ夢、だった。
私は……思わずシャルロッテを抱き締めて、いた。
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『陛下が王妃様を連れて御戻りになったらしい』
そう聞いた時、耳を疑った。王となったグラントは――王妃を娶る気がない、と思っていたからだ。
側室としたシャルロッテにさえ、全く心を許していなかったグラントが王妃だと!? そう思った。
――だが、厩で会った少女を王座で見て……王妃としたことに納得した。
黒髪に黒い目。素直で明るく……人を疑う事のない、真っ直ぐな瞳。
――アーリャ姫にそっくりな、少女
グラントは……この少女を手放したくなかったのだ。試しに彼女に声をかけると……グラントの反応は、それまでの女達とまるで違っていた。
まるで、宝物を奪われそうになったかのような、怒り。いつもの鉄仮面はどこに行ったのか、と思わせるような勢いだった。
――この少女だけが、彼の魂を揺さぶる事ができるのだ
それからは、標的をアーリャ様に定めた。シャルロッテを使って、揺さぶりもかけた。
――だが、彼女の真っ直ぐな瞳は、何も変わらなかった。
何も変わらないまま……彼女はグラントを見ていた。
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剣技会で、黄金の炎を呼び出したアーリャ様を見た時に……彼女の出自に疑問を持った。
黄金の炎を呼び出せる光の巫女姫はそうそういない。彼女は、何者だ。
――魔道士達に探らせた結果は……驚くべきものだった
――この方は、十二年前に死んだはずの、アーリャ姫だ、と。
結局……グラントが心から欲した女は、一人しかいなかった、のだ。
――奪いたい。彼が心から手に入れたがっているモノを。
私が得られなかったモノを……手に入れるなど、許さない。
アーリャ様と巫女の塔に恨みを持つシャルロッテは……アーリャ様を闇に染める事に同意していた。だが……何がそうさせたのか、土壇場でシャルロッテはアーリャ様をかばった。
赤の離宮とシルヴェスタ城を繋ぐ魔方陣を利用し、私はアーリャ様をシルヴェスタ城に引き込んだ。
奪ってやろうと思っていた。グラントを見る瞳を、無理矢理こちらに向けようかと、思っていた。
――でも、できなかった。
こんな時でも……アーリャ様の真っ直ぐな視線が、揺らぐ事はなかった、から。
最初から
最初から……アーリャ様のように、真っ直ぐに母上を見ていたら
素直に、『私を見て欲しい』と言えていたなら
――母上をここまで追い込むことも、なかったのかも、知れない
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闇に堕ちていく私に……ぞわりとするような、何か、が巻き付いてきた。
母上の身体が……蠢く蔦の様な何か、に奪われた。手を伸ばしても、届かない。
「母上!!」
その叫びは……深淵の闇に消えていく、母上に届いただろうか。
自分の周りに感じる、闇の気配。闇の……魔物共、か。闇の魔物は……私の命の光に引き寄せられたのだろう。
『ヨコセ……命ノヒカリ……』
闇がざわざわと迫ってくる。私は……瞳を閉じた。闇の力が私を呑みこもうとしたその時――声、が聞こえた。
「――リカルドさんっ!!」
「!?」
私は思わず目を開けた。闇に輝く光。身体に絡みついていた蔦が、怯んだように私から離れた。温かい手が、私の腕を掴む。
「――アーリャ様!?」
黒髪に黒い瞳。私の左腕に……アーリャ様が抱きついて、いた。




