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深淵の闇~リカルド=ヴァン=シルヴェスタ視点

『――それまで! 勝者、赤!』

 わああっと歓声に揺れる客席。剣を落とし、跪く私の前に立つ――同じ顔の少年。


 ――その銀色の瞳には、何の感情も映っていなかった。


**************************************************


 使用人として育った、と聞いていたが、基本的な学力は身についており……教鞭を執った貴族達は、こぞってグラント王子の優秀さを褒め称えた。

 ――砂が水を吸うように、知識を身につけておられる。

 ――さすが『鬼神』と恐れられた陛下の御子……剣の腕前も、もはや相手がおりませぬ。


 剣技会で、私を倒し、優勝したグラント王子。彼はいつも……冷静だった。


 一年が過ぎ……グラント王子を王太子にすると宣言したウィリアム陛下に、異を唱える者はいなかった。

 母は……何も言わなかったが……その瞳は凍っていた。


**************************************************


 ……何時の頃からだろう。母が私を見ていない事に、気がついたのは。

『リカルド、私の愛しい子』

 そういって、優しく抱きしめてくれた母。美しく賢い母は……私の自慢だった。


『母上、何を考えているの……?』

 時折、母上が見せる遠い瞳……それが何を見ているのか知りたくて、母上に尋ねた。母上は……ふっと笑って、私を抱き締めた。

『昔のことよ……』

 母上の声は、優しかった。


 でも……私は、気がついていた。


 母上が……その『昔』に囚われたまま、だったことに。



**************************************************


 いつも憎々しげにグラント王子を見ていた母上。でも、彼を見る瞳は……紛れもなく、(グラント)を見ていた。私を見る瞳が、他の誰かを見る瞳であるのとは違って。


 ――だから、憎かった。グラント王子が。

 母の関心を……憎しみとはいえ……一身に集めていた、彼が。



 彼が……大切にしていたモノ。それが何か……私は知っていた。

 いつも冷静な彼が唯一、素顔を見せる相手。……光の巫女姫が生んだ、アーリャ姫。

 黒髪に黒い瞳。あどけなく笑う、可愛らしい姫君。グラント王子を純粋に慕うアーリャ姫の瞳に……嫉妬を感じる事も、あった。


 ――なぜ、グラント王子ばかりが。なぜ……


 そんな想いが……ずっと私の胸に巣食っていた。


**************************************************


 嫉妬に闇に堕ちたウィリアム陛下が……ファーニア王妃とアーリャ姫を手にかけ……グラント王子も重傷を負って城から脱出した時も

 ――いつか、彼は戻ってくるだろう……そう考えていた。


 彼は、『素晴らしい王になる』と言った、ファーニア様の言葉を裏切る事ができない。だから、必ず……戻ってくる。


 ――そう思っていた通り……二年後、城に戻った彼は、闇に侵されたウィリアム陛下を倒し、同じく闇に堕ちた貴族共をも手にかけ……血塗られた王座についた。


 その瞳は――まったく揺るがなかった。だが、アーリャ姫に見せていた顔は……一切見る事ができなくなっていた。



**************************************************


 彼の冷静な仮面を剥ぎ取りたくて……

 王に近づく女たちに声をかけた。誰を奪っても……グラント陛下の瞳は変わらなかった。


 そんな中、赤の離宮に側室を住まわせている、と聞いて……私は離宮の主、に会った。


 ――その時、彼女はこう言った。

『リカルド様。私たちは……似た者同士ですわね』

 シャルロッテの黒い瞳は……私の心の中を判っているかのような、色を帯びていた。

『……愛して欲しい方に、愛されない』

 彼女の言葉に……ああ、そうか、と私は悟った。


 ――私は


 ――ずっとずっと


 ――母上に愛して欲しかった。私自身を見て欲しかった。




 でも、それは……叶わぬ夢、だった。


 私は……思わずシャルロッテを抱き締めて、いた。



**************************************************


『陛下が王妃様を連れて御戻りになったらしい』

 そう聞いた時、耳を疑った。王となったグラントは――王妃を娶る気がない、と思っていたからだ。

 側室としたシャルロッテにさえ、全く心を許していなかったグラントが王妃だと!? そう思った。


 ――だが、厩で会った少女を王座で見て……王妃としたことに納得した。

 黒髪に黒い目。素直で明るく……人を疑う事のない、真っ直ぐな瞳。


 ――アーリャ姫にそっくりな、少女


 グラントは……この少女を手放したくなかったのだ。試しに彼女に声をかけると……グラントの反応は、それまでの女達とまるで違っていた。

 まるで、宝物を奪われそうになったかのような、怒り。いつもの鉄仮面はどこに行ったのか、と思わせるような勢いだった。


 ――この少女だけが、彼の魂を揺さぶる事ができるのだ


 それからは、標的(ターゲット)をアーリャ様に定めた。シャルロッテを使って、揺さぶりもかけた。


 ――だが、彼女の真っ直ぐな瞳は、何も変わらなかった。

 何も変わらないまま……彼女はグラントを見ていた。


**************************************************


 剣技会で、黄金の炎を呼び出したアーリャ様を見た時に……彼女の出自に疑問を持った。

 黄金の炎を呼び出せる光の巫女姫はそうそういない。彼女は、何者だ。

 ――魔道士達に探らせた結果は……驚くべきものだった


 ――この方は、十二年前に死んだはずの、アーリャ姫だ、と。


 結局……グラントが心から欲した女は、一人しかいなかった、のだ。




 ――奪いたい。彼が心から手に入れたがっているモノを。

 私が得られなかったモノを……手に入れるなど、許さない。



 アーリャ様と巫女の塔に恨みを持つシャルロッテは……アーリャ様を闇に染める事に同意していた。だが……何がそうさせたのか、土壇場でシャルロッテはアーリャ様をかばった。

 赤の離宮とシルヴェスタ城を繋ぐ魔方陣を利用し、私はアーリャ様をシルヴェスタ城(ここ)に引き込んだ。



 奪ってやろうと思っていた。グラントを見る瞳を、無理矢理こちらに向けようかと、思っていた。

 ――でも、できなかった。

 こんな時でも……アーリャ様の真っ直ぐな視線が、揺らぐ事はなかった、から。



 最初から


 最初から……アーリャ様のように、真っ直ぐに母上を見ていたら

 素直に、『私を見て欲しい』と言えていたなら


 ――母上をここまで追い込むことも、なかったのかも、知れない



**************************************************


 闇に堕ちていく私に……ぞわりとするような、何か、が巻き付いてきた。


 母上の身体が……蠢く蔦の様な何か、に奪われた。手を伸ばしても、届かない。


「母上!!」

 その叫びは……深淵の闇に消えていく、母上に届いただろうか。


 自分の周りに感じる、闇の気配。闇の……魔物共、か。闇の魔物は……私の命の光に引き寄せられたのだろう。


『ヨコセ……命ノヒカリ……』


 闇がざわざわと迫ってくる。私は……瞳を閉じた。闇の力が私を呑みこもうとしたその時――声、が聞こえた。






「――リカルドさんっ!!」

「!?」

 私は思わず目を開けた。闇に輝く光。身体に絡みついていた蔦が、怯んだように私から離れた。温かい手が、私の腕を掴む。


「――アーリャ様!?」


 黒髪に黒い瞳。私の左腕に……アーリャ様が抱きついて、いた。

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