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シルヴェスタ城~王の間7

*5/9改訂しました

『……リカルド、私の可愛い子』

 いつもそう言って、私を抱き締めてくれた、優しい腕。


 ……しかし、その美しい青い瞳は……いつも遠くを見つめていた。


**************************************************


「リ……カルド……?」


 掠れたアスタリア妃の声。

 魔力の流れが止まる。黒い鞭が……さらさらと消えていく。闇の魔物達の動きも止まった。

 アスタリア妃の……口から、一筋の血が流れた。


「リカルド……っ!?」

 グラントが叫ぶ。ありあは……ただ、呆然とアスタリア妃とリカルドを見ていた。



 ――リカルドの剣が……背中から、アスタリア妃の胸を貫いて、いた。



(心臓……!!)

 ありあは手で口を覆った。


 ゆっくりとアスタリア妃が床に倒れ込むのと同時に、リカルドが剣を引き、血を払った。真っ赤な血が、見る間に床に広がっていく。床に転がったウィリアム前国王の頭蓋骨も、血に染まっていた。


 ……リカルドは剣を鞘におさめた後、跪き……アスタリア妃の身体を仰向けに寝かせた。右手で、半開きになっていた彼女の瞼を……閉じた。

「……申し訳ございません、母上」

 静かな声が、王の間にさざ波を起こす。

「もっと早く……あなたを解放して差し上げるべきでした……」




 ――ドオォォン……




「きゃあっ!!」

 大きく床がたゆんだ。咄嗟に床に伏せたありあを、グラントが駆け寄り、抱き起こした。

「これは……!」

 グラントが目を見張る。王の間の壁にひびが入り……床が断続的に揺れている。天井から細かな粒子が落ちてきた。

 闇の力が一点に集まり……空間が裂けた。


「……この城は間もなく崩壊します」

 冷静な声が、石が割れるような音の中に響いた。

「リカルド!?」

 リカルドは、動かなくなったアスタリア妃の身体を抱えて、立ち上がっていた。その間にも、部屋のあちこちが崩れ始めている。

 グラントの問い掛けに、リカルドは答えた。

「シルヴェスタ城は、母の術式で構成された城です。――母が亡くなれば……魔力の均衡が崩れ……このまま、闇へと呑まれるでしょう」

「リカルドさんっ!?」

「……アーリャ様。貴女にお渡ししたメダルがあれば、この城から脱出できるでしょう。陛下と共に、ここを出て下さい」

「リカルドさんはっ!?」

 ありあを見るリカルドの瞳は……優しかった。

「……私は、母と共に参ります」

「!?」

 リカルドの後ろに……深淵の闇の裂け目、が口を開けていた。魔力がそこに流れ込み……空間がきしきしと音を立てて軋んでいた。闇の気配も全て、裂け目に呑み込まれていく。

「……陛下、いえ、グラント」

 リカルドがグラントを見て……ゆったりと笑った。

「私は……ずっと貴方が羨ましかった。母が見ていたのは……私ではなく、貴方だったから」

「……なに、を……」

 ふっと微笑んだ後、リカルドは踵を返した。

「……リカルドさんっ!!」

 闇が……リカルドとアスタリア妃を呑みこんだ。あっという間に、二人の姿が消える。また大きく床が揺れた。


(……リカルドさんっ……!!)

 

 ――リリーン……


 鈴のような澄んだ音が、ありあの耳に響いた。


 ――を……


(え……?)

 ありあは辺りを見回した。リカルド達が消えた跡に……煌めく、金色の光。



 ――を、助けて……



 ありあは唇をぎゅっと噛んだ。一瞬目を瞑り……そして開け、首にかけたメダルをグラントに差し出した。


「これを持って外に出ていて、グラント」

「ありあ!?」

 驚きの色が差したグラントの銀色の瞳を……ありあはじっと見上げた。



「私――リカルドさんを連れ戻しに行きます」


**************************************************


「ありあ!?」

 グラントはありあの両肩を掴んだ。そうしている間にも、城の崩壊は進んでいる。

「リカルドさんを、このまま逝かせちゃだめなの!」

 ありあがグラントの胸元にすがって叫んだ。


「助けてって……助けてって、言ってた!」

「!?」

「お願い、グラント……私を行かせて!!」

「なら、俺も行く」

「だめなのっ!!」

 ありあの黒い瞳が、グラントの銀色の瞳を真っ直ぐに見た。

「グラントは……安全な所にいて」

「お前、何を……っ!!」

 グラントは言葉を切った。ありあが……グラントを抱き締めていた。


「……グラントがいてくれたら、私、戻って来れるの」

「あり……」

「絶対、戻ってくる。戻ってくるから……」

 グラントの顔をありあは見上げた。

「……だから、行かせて。私、必ず……リカルドさんと帰ってくる」


 ――崩れゆく部屋の中、グラントは……腕の中にいるありあを見下ろした。決意を秘めた、漆黒の瞳。こんな時でも……ありあは信じてる。全てを。


(ありあ……)


 グラントはぎゅっと柔らかい身体を抱き締め――そして、身体を離した。ありあが手にしていた、メダルを受け取る。

「……判った。必ず……戻って来い」

 ありあが笑った。

「……うん!」

 ありあはグラントに手を振って……闇の裂け目へと走っていった。




 ――そして、グラントの目の前で、彼女の姿は闇に消えていった。




「……っ!」

 グラントは崩れ落ちてきた天井を避けるように、王の間から外に走り出た。

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