シルヴェスタ城~王の間7
*5/9改訂しました
『……リカルド、私の可愛い子』
いつもそう言って、私を抱き締めてくれた、優しい腕。
……しかし、その美しい青い瞳は……いつも遠くを見つめていた。
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「リ……カルド……?」
掠れたアスタリア妃の声。
魔力の流れが止まる。黒い鞭が……さらさらと消えていく。闇の魔物達の動きも止まった。
アスタリア妃の……口から、一筋の血が流れた。
「リカルド……っ!?」
グラントが叫ぶ。ありあは……ただ、呆然とアスタリア妃とリカルドを見ていた。
――リカルドの剣が……背中から、アスタリア妃の胸を貫いて、いた。
(心臓……!!)
ありあは手で口を覆った。
ゆっくりとアスタリア妃が床に倒れ込むのと同時に、リカルドが剣を引き、血を払った。真っ赤な血が、見る間に床に広がっていく。床に転がったウィリアム前国王の頭蓋骨も、血に染まっていた。
……リカルドは剣を鞘におさめた後、跪き……アスタリア妃の身体を仰向けに寝かせた。右手で、半開きになっていた彼女の瞼を……閉じた。
「……申し訳ございません、母上」
静かな声が、王の間にさざ波を起こす。
「もっと早く……あなたを解放して差し上げるべきでした……」
――ドオォォン……
「きゃあっ!!」
大きく床がたゆんだ。咄嗟に床に伏せたありあを、グラントが駆け寄り、抱き起こした。
「これは……!」
グラントが目を見張る。王の間の壁にひびが入り……床が断続的に揺れている。天井から細かな粒子が落ちてきた。
闇の力が一点に集まり……空間が裂けた。
「……この城は間もなく崩壊します」
冷静な声が、石が割れるような音の中に響いた。
「リカルド!?」
リカルドは、動かなくなったアスタリア妃の身体を抱えて、立ち上がっていた。その間にも、部屋のあちこちが崩れ始めている。
グラントの問い掛けに、リカルドは答えた。
「シルヴェスタ城は、母の術式で構成された城です。――母が亡くなれば……魔力の均衡が崩れ……このまま、闇へと呑まれるでしょう」
「リカルドさんっ!?」
「……アーリャ様。貴女にお渡ししたメダルがあれば、この城から脱出できるでしょう。陛下と共に、ここを出て下さい」
「リカルドさんはっ!?」
ありあを見るリカルドの瞳は……優しかった。
「……私は、母と共に参ります」
「!?」
リカルドの後ろに……深淵の闇の裂け目、が口を開けていた。魔力がそこに流れ込み……空間がきしきしと音を立てて軋んでいた。闇の気配も全て、裂け目に呑み込まれていく。
「……陛下、いえ、グラント」
リカルドがグラントを見て……ゆったりと笑った。
「私は……ずっと貴方が羨ましかった。母が見ていたのは……私ではなく、貴方だったから」
「……なに、を……」
ふっと微笑んだ後、リカルドは踵を返した。
「……リカルドさんっ!!」
闇が……リカルドとアスタリア妃を呑みこんだ。あっという間に、二人の姿が消える。また大きく床が揺れた。
(……リカルドさんっ……!!)
――リリーン……
鈴のような澄んだ音が、ありあの耳に響いた。
――を……
(え……?)
ありあは辺りを見回した。リカルド達が消えた跡に……煌めく、金色の光。
――を、助けて……
ありあは唇をぎゅっと噛んだ。一瞬目を瞑り……そして開け、首にかけたメダルをグラントに差し出した。
「これを持って外に出ていて、グラント」
「ありあ!?」
驚きの色が差したグラントの銀色の瞳を……ありあはじっと見上げた。
「私――リカルドさんを連れ戻しに行きます」
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「ありあ!?」
グラントはありあの両肩を掴んだ。そうしている間にも、城の崩壊は進んでいる。
「リカルドさんを、このまま逝かせちゃだめなの!」
ありあがグラントの胸元にすがって叫んだ。
「助けてって……助けてって、言ってた!」
「!?」
「お願い、グラント……私を行かせて!!」
「なら、俺も行く」
「だめなのっ!!」
ありあの黒い瞳が、グラントの銀色の瞳を真っ直ぐに見た。
「グラントは……安全な所にいて」
「お前、何を……っ!!」
グラントは言葉を切った。ありあが……グラントを抱き締めていた。
「……グラントがいてくれたら、私、戻って来れるの」
「あり……」
「絶対、戻ってくる。戻ってくるから……」
グラントの顔をありあは見上げた。
「……だから、行かせて。私、必ず……リカルドさんと帰ってくる」
――崩れゆく部屋の中、グラントは……腕の中にいるありあを見下ろした。決意を秘めた、漆黒の瞳。こんな時でも……ありあは信じてる。全てを。
(ありあ……)
グラントはぎゅっと柔らかい身体を抱き締め――そして、身体を離した。ありあが手にしていた、メダルを受け取る。
「……判った。必ず……戻って来い」
ありあが笑った。
「……うん!」
ありあはグラントに手を振って……闇の裂け目へと走っていった。
――そして、グラントの目の前で、彼女の姿は闇に消えていった。
「……っ!」
グラントは崩れ落ちてきた天井を避けるように、王の間から外に走り出た。




