グランディア城~中庭
「……ここから中庭に出られるのね」
ありあはきょろきょろと周りを見回した。完全に裏口。正面の入口からは見えない場所。
「は、はい。薪や炭などを運び込む通路ですが」
ありあは裏口ルートを巻紙に書き込んだ。
「ずいぶん見取り図が完成したわ。ありがとう、サリ」
「と、とんでもございませんっ!」
サリと呼ばれた女性が、慌てて右手を振った。先程巻いた布に、うっすらと血が滲んでいた。
「私こそ、ありがとうございました。アーリャ様のおかげで、家族が路頭に迷わずに済みました」
サリが深々と頭を下げた。
歩いている間に、ありあはサリのことをいろいろ聞いていた。年はありあと同じ、17歳であること。幼い妹弟がいること。父親は内戦で大けがを負い、それ以来、サリが大黒柱として働いている事。
「グランディア城以上の働き場所などありませんから……ここを辞めることになったら、もう……」
ありあはサリに尋ねた。
「グラントはどんな王様なのかしら?」
「へ、陛下ですか?」
サリは少し考え込んだ後、言葉を選ぶように話し出した。
「陛下は……厳しいお方と聞いておりますが、私のような下々の者に声を荒げることはされません」
「グラントが王位につくまでは、グランディアは内戦が絶えなかったって聞いてるけど……」
「はい……」
サリが頷いた。茶色のおさげが風に揺れた。
「前国王様の代に……王妃様と王女様が何者かにお命を奪われたのです。陛下も大怪我を負われて、王宮から辺境の地へとお逃げになったそうです……もう十年以上前の話、です……」
『俺は死んだ妹を愛してる』
……その、亡くなった王女様……を、ずっと……?
ありあの瞳が揺れる。なんだか胸がちくり、とした。
「でも」とサリが続けた。
「陛下がご即位されてからは、大きな争いは起こっておりません。ですから……」
「あなたたちにとっては、いい王様なのね、グラントは」
「は、はい」
『魔王』
サーリャはそう言ってたけど、戦争をしようとする相手には容赦ないって意味だったのね。
(だって、私には怖くなかったし)
……若干、変態かも? という発言はあったけど、とありあは思った。
「あれ……?」
ありあは中庭から見える森、に気がついた。こんもりと生い茂った木々の向こうに、赤い屋根が見えていた。
(お城と造りが違う……? 建造された年代が違うってこと?)
「ねえ、サリ」
ありあは、赤い屋根の方を指さして言った。
「あちらの建物は? お城と違うような感じだけど」
「……あ、あれは」
サリの顔が引きつった。
グランディア城は石壁でできたお城だったが、あの屋根の形は……。
(ベルサイユ宮殿とか、そういった華やかな感じに見えるよね)
「少し見てみたいんだけど、いい?」
「ア、アーリャ様っ!?」
「中には入らないわ。外から建物を見たいの」
「……は、はい……では、ご案内します……」
消え入りそうなサリの声。なんかまずいことでもあるのかなあ、とありあは思った。
(外観だけ見たら、お部屋に戻ろうっと)
ありあはサリと一緒に、森に続く小道へと進んでいった。
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「アーリャ様がおられない!?」
ヴェルナー伯爵が声を上げた。
「は、はい……」
紺色のメイド服を着た、ひっつめ髪の女性が、執務室で青い顔をしていた。
「王妃の間、にはどなたもいらっしゃいませんでした。確認いたしましたが、その……」
「何ですか? はっきり陛下に申し上げて下さい」
「はい……」
侍女は少し怯えたような顔で、グラントに言った。
「お、王妃様はどうやら、このお城の中を歩き回っておられるようで……」
グラントとヴェルナー伯爵の目が点、になった。
「あちらこちらで、巻紙を片手に、ペンで書き込まれている王妃様を見た、という者が複数……」
……やはり、変わった娘だ。グラントはそう思った。
夕食を一緒に、と思って王妃の間へと使いを出したら……もぬけの殻だった、という報告がくるとは。
ふう、とグラントは溜息をついた。
「しばらくすれば、王妃の間に戻ってくるだろう」
「陛下!?」
ヴェルナー伯爵が言った。
「この城の中なら、安全だ。城門から外へは出ていないのだろう?」
「え、ええ……門を通った、という報告は入っておりません」
ヴェルナー伯爵の表情も引きつっていた。
「あまり騒ぎたてて、ありあを驚かせたくない。食事はありあが戻ってからでいい」
「は……」
ヴェルナー伯爵が頭を下げ、侍女に食事の支度の時間をずらすように、と指示を出した。侍女は深く頭を下げ、執務室から出ていった。
グラントは腰を上げた。
「……今のうちに離宮に行ってくる」
「陛下!?」
「その方が、ありあにとってもいいだろう」
「は、はい……」
夕食後、正妃を置いて愛妾のところへ行き、夜を過ごした、と噂が立つよりは、まだましだと、グラントは思った。
「どちらにせよ、ありあには説明する必要があるな……」
「当たり前でしょう」
ヴェルナー伯爵がぴしゃり、と言った。
「あのお方がアーリャ様に余計な事を吹き込む前に、話をして下さい。さもなければ……」
「……また『変態』扱いされますよ?」
ヴェルナー伯爵の冷たい言葉に、グラントは深い溜息をついた。




