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君の海辺

作者: 囘囘靑

 学校をずるけた後、クリケットの試合を見終えて浜辺まで出た僕は、友だちのピップが、アスファルトの段差に腰かけて、何かをいじっているのを見つけた。光沢を帯びたそれは、複雑な機構を持っている。銃だった。


「こっちへ来いよ」


 午後の温かい陽射しの下で、銃のシリンダーの辺りを指でこすっていたピップは、僕が側にいることに気づいたらしい。


 断る理由もなかったので、僕はピップの隣に座ることにした。


「何をしているの?」


 僕は尋ねる。


「銃の錆を落としているのさ。見ろよ」


 そう言いながら、ピップは銃把を僕に見せてくる。目を細めてみれば、ほんの少しばかりの錆が、確かに付いている。僕は気にならなかったが、ピップは細かいことでも気になる性分だった。


「拾ったのさ、ここの海岸で」


 シリンダーの奥に溜まっていた砂をかき出しながら、ピップは得意げだった。海の近くに住むピップは、よく浜辺を散策しては、ガラクタ集めを趣味にしていた。僕は以前に、古い時代の銀貨をピップに見せられて、正直羨ましかったことを思い出した。


「いいな」

「砂まみれで、潮風で錆びちまっているけれど、まだ使えるかもしれない。おっと!」


 タバコをくわえようとする僕のことを、ピップが手で制す。タバコは、近所で薬売りの行商の手伝いをしている、同級生の女の子からもらったものだ。


「今はよしてくれよ。煙でくすんだら、たまらないから」

「どうするの?」

「家に帰って、オヤジに見せるよ」


 つばを飲み込んでから、ピップが答える。


「どんな顔するかな、オヤジ。取り上げられちまったら、どうしよう。いっそ、庭に隠しておこうかしら。それで大人になってさ、この町を出ていくときに、これを持っていくんだ。だけど、また錆びちまっているかな。それに、別の誰かが掘り起こしたりして――」

「別の誰か?」

「例えば、チャーリーんところの犬とか。あの犬、飼い主よりも賢いぜ」


 白い歯を見せながら、ピップが笑う。


 僕はといえば、段差の下、海岸沿いで遊ぶ子供たちの姿を眺めていた。背丈からして、学年は僕たちよりも下だろう。彼ら/彼女らは、砂浜に一本の枯れ枝を突き刺して、その枝のY字に分かれた先端に向かって、ビールの王冠を順番に投げていた。


「バン、バン!」


 銃のねらいを子供たちに合わせ、ピップは撃つ真似事をしてみせる。


「ハハ、面白いや」

「ねぇ、ピップ」


 僕は言った。


「その銃、僕に貸してくれないかな?」

「どうして?」

「殺したい奴がいるのさ」

「誰だい?」

「自分自身さ」


 海から冷たい、強い風が吹いた。飛んできた細かい砂を前にして、僕は目を細める。


「しかし、弾がないぜ」

「探すさ」

「どこを?」

「例えば……自分の足下の砂とかさ」

「なんだ」


 あきれたような口調で、ピップが言った。そのとき、浜辺から歓声が上がった。枯れ枝の先端に、誰かが王冠を引っかけることに成功したのだ。


「分かってたのか」

「普段のキミなら、僕のタバコを止めたりなんかしないから。『俺の分は?』とか訊くだろう? 普段のキミならば。燃えさしが砂に落ちるのを、キミは嫌ったんだ。弾が暴発するかもしれないから」

「ハハハ――」


 ピップは笑うと、足元に銃を投げ捨てる。銃はその銃口から、すっぽりと砂の中へ頭を埋める。


「お前がチャーリーじゃなくて良かったよ」

「オヤジさんは?」

「もう死んでるよ。――ズドン!」


 左手の人差し指と親指を立てると、ピップは銃を撃つ仕草をしてみせる。ピップの仕草は生々しかった。息子に背中を撃たれ、リノリウムの床に無残に倒れる、ピップの父親の姿を、僕は連想する。


 浜辺は満潮を迎えつつある。子供たちの姿は、遠くに過ぎ去ってしまっている。僕の眺める先で、枝と王冠とは波にさらわれ、見えなくなった。


 ピップが立ち上がった。


「どこへ行くの?」

「家に戻るよ」

「タバコは?」

「一本くれないか。あと、信じていいんだよな?」

「何を?」


 タバコを一本、ピップにくれてやりながら、僕は尋ねる。


「自殺なんか考えちゃいない、ってことさ」


 砂浜に埋まった拳銃を、僕は見る。生きたいのか、生きたくないのか、僕にはよく分からなかった。


「分からない」

「何だよ」


 僕の答えに、ピップが唇をとがらせる。


「オヤジみたいなこと言うんだな。それじゃ、さよなら」

「さよなら」


 ピップがいなくなった後、僕はその場に残り、煙草を一本吸ってから、家へ帰った。吸い殻はその場に捨てたけれど、銃弾は暴発なんかしなかった。ピップは、変なところを心配し過ぎるのだ。


 夜、ピップは警邏に捕まった。

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