開票作業3
更新日一日お休みしてしまいました、すみません!今後は投稿休みするときは、更新日に活動報告にて連絡させていただきます。
行き来た道を引き返すだけなので、先ほどと距離も景色も然程、違いはないはず。なのに、どうしてこんな時間が流れるのが遅く感じるのか。圧倒的な重い空気のが原因だろう。帰り道を歩く二人の間に流れる空気は決して良いモノではなく、曇天にそのまま飛び込んだような息の詰まる重い空気。普通ではありえない。しかし梶原は理由は分かりきっていた。清水だ。
「もーやだ、あの人面倒そうでやだー」
先ほどからリピートが止まらないセリフにどうしたものかと思案する。八つ当たりするなり、文句言うなりすればいいのに、そうしようとしない那岐の行き場のない怒りが空気を淀ませているのは明白だった。
下手に突けば危ないが…
「何が嫌なんですか?」
現状維持より変化の一手を打ってみる。悪手となるか最善の一手となるかは分からないが。
「あの矢代君だよ」
寒空に溶けるため息を吐き出した後、寒さに身を縮めた猫背のまま那岐が自分で持っていたコンビニの袋からポッキーを取り出しと次々口に放り込んで噛み砕き始めた。
甘味を味わうというより、やり場のない怒りをぶつけるといった方があっている食べ方だった。
「初対面の人に対して、あそこ迄言うかな」
ぶつくさ文句を言い始めた那岐に安堵した。とりあえず、ため込まないで先輩が怒りを吐き出し始めた事により重苦しい空気も変わった気がする。
「そうだ、最初疑問に思ったんですが、清水先輩は矢代先輩と知り合いじゃないんですか?」
後ろを歩いていた梶原には見えなかったが那岐はこれ以上無いというほど顔を顰めた。
さっき一敗させられた相手の話題に触れたせいか、説明するのが面倒なせいかは梶原が見ていても、きっと判別できなかっただろう。
「知り合いじゃない。顔と名前は知ってたけど、実際会ったのは今日が初めて」
「そうですか、まぁ個人情報をある程度知っているのは当たり前ですよね。生徒会役員は全校生徒の顔と名前とある程度の情報は知っていなければいけないですし。」
生徒会は生徒の個人情報を暗記しなければならない。
これは生徒会独自の決まりごとの1つだ。生徒の事を知らずには生徒会など務まらないと、何代か前の生徒会長が提案したのが始まりらしい。
おかげで、生徒会役員は全校生徒の顔、名前、家族構成等々を暗記するのが義務化させられてしまった。
「けど、矢代先輩は入学当初から随分印象が変わりましたね、入学当時の写真しか知らなかったので、名前を聞いてようやくわかりました」
梶原の苦労を滲ませた言葉に那岐も自身の暗記した時の記憶を思い起こした。
膨大な記録を忘れないように覚えて活用することは結構骨が折れる。那岐自身も上手く使えているかと聞かれれば否と答えるだろう。自分の力量不足は、どうしようもない。灰色の空を見上げて必死に覚えていた時期に思いを馳せた。
頑張ってたよなー、背後で柚木会長が垂れ流す嫌味をBGMとして聞きながら半べそになりながら生徒の名簿に目を通していたことや、集めた生徒の情報を1日で覚えてこいなんて言われて無理だと叫んでファイルを顔面に叩きつけたこととか…あれ、うん、あんまりいい思い出ないな。
自分の悲しい記憶に浸っている間に、梶原も何か思うところがあったのだろう
「だけど、この機密事項が知られたのは痛いですね」
背後から聞こえた呟きのような言葉を拾って、新たな思考回路を走らせる。
暗記を義務化された時から、このことは機密事項となっていた。覚えた個人情報の詳細の中には弱みや、家族構成、果ては恋愛の相手など様々ある。そんな事を知っていると名前しか知らない親しくない人物に言われたら、好意的な感情を抱かないのは誰でも少し考えれば分かるだろう。
自分の弱みを握る相手に好意的な人間などいない。警戒した相手は情報を中々ださない。そして自分の弱みを握る人物など脅威にしかならず協力関係など作れない。いい事なしだ。
「どこから漏れたんでしょうか?生徒会の役員からじゃないとすると・・・」
個人情報を握っている生徒会役員はそれを決して漏らすことはない。信頼しているからとか言う以前に、悪用した瞬間、破滅への一歩を歩み出す事を身に染みて分かっているからだ。
破滅の一歩を与えるのは、この学園の理事長。
理事長は恐ろしい。あの恐ろしさは一朝一夕では拭い去れるものではない。威厳と言ってもいいのかもしれないが、前に立つと足がすくむし、声が喉を詰まらせる。あの理事長の恐ろしさは生徒会役員は全員知っている。
そんな理事長直々の制裁が、悪用した生徒会役員に待っていると言われれば誰しも口を閉ざす。
「決まってる。分からないなら聞きに行けばいい、新聞部にね」
新聞部という単語に、不自然に梶原の歩調が乱れたのが聞こえたが知らないふりをした。
「それって、結構危険じゃないですか?」
暗に行きたくないと、言っているのが言葉の端に見え隠れしているのに、顔が緩むのを隠せない。
「虎穴をえらずんば虎児を得ずってね」
背後ですごくデカい溜息を吐かれたが気にしない。単純だが、これしか方法が無いのだ。
多少梶原に意地悪して鬱憤晴らしできて、気分が上向きになる。一歩一歩が、軽やかになるのが自分でもわかった。
「それで、話を戻しますが、何が矢代先輩にやられたんですか?何が厄介なんです?」
楽しい気分の時に、その話題を出すとは、分かってやってるんだろうか。那岐の目が半目になる。
軽やかな足取りが、またコンビニを出た時と変わらない重さを伴った。
突き付けられる現実程、嫌な物はないなー。
先延ばしに出来ない自分の敗因に向き合うため、最後の菓子を噛み砕いた。
「私もあの場所で働いていたのは知らなかったのだけれど、あれは確実に矢代君の弱みだった。」
「学校側に知られたくないって本人も言ってましたからね」
事実確認に、律儀に応えた梶原も不思議そうだった。
「そう、でも弱みと認めた上で矢代君は、こちらの弱みを握ってる事を教え、交渉してきた。」
一方的優位に立てるはずだったのに、同等の立場にまで引きずり下ろされた上で痛み分けなど屈辱以外の何でもない。まさか、その情報を握っているとは考えもしなかった。不意を突かれたといってもいい。
先を歩く清水の表情は伺えないが、苦汁を舐めた言い方に、いい表情をしていないのは分かった。
こっちの弱みを握らせてしまった。ただでさえ生徒会長選挙で頭の痛い中、懸案事項が増えたのは那岐にとって苦痛以外の何物でもない。
「あー…もうやだ。生徒会長選挙面倒くさい。」
厄介な種は先に摘む主義なのに、ここまで放置していた自分が悪いのか?…悪いよね。いや、でも面倒事とか、嫌だし。…もう少し頑張った方がいいのかな。
内心ちょっぴり反省していて、無言になっていた那岐を心配して後ろから急ぎ足で来た梶原に覗きこまれて、我に帰った。
「お疲れですか?」
「少しね」
肩をすくませてみせると、前触れなく梶原が那岐の手から荷物を一つ攫っていった。
一瞬、何があった分からなかった。が、じわりと重さを無くなった手に血が流れる感覚に、ようやく
事態を把握して梶原を睨みつけた。
「梶原、返してよ」
奪い取ろうと手を伸ばしてきた那岐から取られないように向かってきた反対方向に袋を上げてかわされた。
「お疲れなんでしょう?」
「精神的なだけ」
「俺は荷物持ちで来たんですから、俺の片手が空いてるんなら使えばいいじゃないですか、何の為の荷物持ちですか」
「いや、それくらい持てるし」
諦めずに返せと手を伸ばしてきたのを牽制する為に、額を小突いてやると、衝撃に目を閉じてひるんだ。どうも清水先輩は女扱いされるのを嫌う傾向にあるのを感じる。
「レディーファーストですよ、まだ荷物持てるのに女子に荷物持たせる訳ないじゃないですか」
空いた片手で額を押さえ恨めしげに睨んできた。
「いちいち行動がキザだよ。そんな事するから変に勘違いされるんだよ」
吐き捨てるように、ぼそっと言ったのだが、梶原は聞こえたようだ。
「人に親切にして何が悪いんですか」
「余計な期待を持たせるのは悪いね、しかも私はこれくらい平気だし。先代会長の時なんて荷物持ちしてたから、結構女子にしては力あるんだから」
見せびらかす為に腕まくりして二の腕の力瘤を見せてくる。
男の俺から見れば折れそうな細腕だ、夏の日焼けの名残りが見える程度の特にない力瘤を鼻で笑う。
「ほっそい腕ですね。それにしても先代会長のパシリだったんですか?」
「似たような物だよ」
袖の中に腕を収めて、取り返すのを諦めたらしく大人しく梶原の隣を歩きはじめた。
「女子に荷物持ちさせるなんて、先代の会長って結構ひどいですね」
「酷い?そうかな、よくも悪くも男女平等なだけだよ、色々仕事教わる立場だったんだし、それぐらいしないとね」
清水は別段気にした様子もなく話す。特に感慨もないらしく、車道を忙しなく走る車を眺めていた。
遠い眼は何処を見ているのか分からない。
「清水先輩が扱き使われてるのは何か想像つかないです」
「ん、まぁ私の生徒会入り事態、先代会長との賭け結果だったから」
「え?そこまで生徒会に入りたかったんですか?」
普段面倒そうに仕事をこなす清水からは想像できない姿だ。こちらを振り向くと心底嫌そうな顔を見せた…どうやら違うらしい。
「逆。賭けで負けたから入ったんだよ」
「賭けって、何したんです?」
懐かしい記憶らしい、どこか遠くを見て嬉しいのか悔しがっているのか分からない複雑な表情からは何も読み取れない。
「内緒。でも先代会長に次期会長になるために力を尽くすって約束しちゃったから」
「…じゃあ推薦者も早く決めないとダメじゃないですか」
「…んー、決める気ない」
「は!?」
考えてもいない言葉に間が空いたが、驚きに予想外の大きな声がでる。
「もとより立候補するなら梶原に推薦者してもらうつもりだったから、それ以外の人に推薦者をさせる気はない。梶原が断るなら私1人でも頑張るつもり」
明日の予定を話していると錯覚するくらい軽い口調に戸惑ってしまう。他の立候補者が二人で頑張る所を一人でだなんて無謀すぎる。
「意味が分かりません。確かに俺は、ある程度の実力は持ってるつもりです。けど絶対俺である意味はない筈です」
唯一無二なんて中々存在しない。この推薦者だって、代わりなんているはずなのに。
そこまで求められて嬉しくない訳はない。そこまでする先輩を無下に断るのが段々つらくなってくる。
「まぁそうなんだけど、梶原が推薦してくれた方が、何かと私に得が多いんだよ。逆に梶原以外が推薦者になるとデメリットがでるからね」
「何が得して何が損になるんですか?」
「梶原の得は、経験になるってことかな。私の得は単純明快、推薦者が手に入る。デメリットも同じく推薦者が手に入らないってことかな?」
微妙に質問の答えがあっていない。意図的にずらされてるのが分かって追及の手をゆるめない。
「聞いているのは俺が推薦者をしたときの先輩の得です」
「梶原が推薦者した時の私の得は、優秀な推薦者が手に入るってことと、目立てるってことかなー」
「は?」
「どうも、私1人だとインパクト欠けちゃうんだよねー」
「え、俺じゃなくてもよくないですか」
「いいやー梶原じゃないと駄目な理由は、もう一つ、こっちのが大事。私が君の教育係りだからだよ。特例者が選ばれる理由は?」
「…次世代の優秀な生徒会役員を育てる為ですよね?」
「正解。『特例者』には、この経験は欠かせない。のちのちに響くからね」
「じゃあ、最初から教育係りとして命令すればよかったんじゃないですか、推薦者をしろって」
「いや、命令したとしても尊敬できない相手を推薦なんて出来ないでしょ、梶原は特にそういう所が一本気だし」
私を推薦出来ないって言ったの梶原じゃん。と、ちょっと口を尖らせた。
「他の人の推薦をしてもよかったんだけど、その気もないみたいだし。ちょっと困ったんだよね、色々考えたけど、それでいいならいっかって。」
「いいんですか?」
「いいよ、梶原の気持ちを優先する。代わりに私の情報を横流しする。それで梶原は困らないはず」
くすりと笑って枯葉を踏みしめて歩く先輩の背中が無性に大きく見えた。何だかんだ言って選択肢を与えてくれてるのが、俺の意思を優先させてくれているのに応えることが出来ない自分に嫌気がさし始めた。
「私はあんまり強制するのは好きじゃないんだよねー。梶原が嫌ならさせたくない、伝統より個人の意思を私は尊重したい主義なんだよ。だから形だけ推薦者させて私の全ての情報を流すだけにしようと思ったの。」
面倒くさがりな先輩が最も簡単な手段を放棄してまでしてくれているのに、俺は何をしているのだろうか。
言いたい言葉があるはずなのに、何を言えばいいか分からない。
口を開けたり閉じたりしている時、ぶわりと北風が二人の間を吹き抜けていった。
「さむー。少し語り過ぎてしまったね…先輩達はお腹が減っているだろうから早く帰ろう」
ぱたぱたと走り出した先輩に結局何も言えなかった。言いたくて言えなかった言葉は何だったんだろうか。
答えのない、その問いには、その場に立ち尽くして考えても答えは出ない事だけは分かっていた。分かっていたのに足が根を生やしたように動いてくれなかった。
文章が何かおかしい気がするので、少しこの話を編集しようと思っていますが
内容を変えるつもりはないありませんので、ご了承ください。