表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

開票作業2

コンビニに入って数分、すっかり怒りも萎えて梶原は溜息をつきたい気分だった。原因は目の前の那岐。

何回も聞いたセリフをもう一度言うのは那岐にしても気まずいらしく、向き合っている梶原から視線を床へと逃がしている。


「梶原、どっちがいいと思う?」


「どっちもいいと思います。そんなに迷うなら両方買えばいいですよ」


2つの商品を差し出して、きまり悪そうにぎこちない笑顔で聞いてきているが、自分の昼食ではないので、どうでもいいという考えの梶原は、種類豊富なオニギリを見て、あっさり食べるのも悪くはないと自分の目の前の事と関係ない事を考えていた。


「真剣に選んでよ」


梶原の目線を辿った那岐が、その心情を敏感に読み取り、不満で頬を膨らませた。

セリフだけ見たら、ショッピング中のカップルのように見えるが、彼らはコンビニで弁当を選んでいるだけである。色気はない。那岐の手の中にある昼食に梶原は、とうとうため息をついた。


「それ聞くの何回目ですか、いい加減早く決めて下さいよ」


「そういうなら、食べ物の好き嫌いの多い豊崎先輩の昼食選びにもっと協力してよ。」


「協力したじゃないですか」


「最終選考だよ。最後までやりとおしてこそ男でしょ。豊崎先輩は麺好きだから、この2つまで絞ったんだよー。昼食はサラスパにするか、ミートスパにするか梶原も考えてよ」


「どっちもスパゲッティでしょう、変わらないですから。」


「違いがあるに決まってるじゃん!カロリーを考えるならサラスパ、お疲れの先輩にもう少し頑張ってもらう為にがっつり系で行くかの重要な選択なんだよ!?」


力んで踏み出そうとした一歩を、さっと出された梶原の手に制される。発言を止めたかったのか、行動を止めたかったのか、意図は分からないが目の前に突き出された手のひらを睨んで梶原の言葉を待つ。


「豊崎会長が食べなかった方を俺が食べます」


1つ大きく溜息を吐いて何も入っていないカゴを突き出されて一瞬言葉に詰まった。それから罪悪感に似た感情が胸を焼く。別にそういうことを望んだわけでは無いのに。


「…梶原、好きなの買っていいんだよ。おにぎり見てたでしょ?」


「俺は構いませんから、ほら」


本来なら先輩である自分が先に言い出すべきだった。どっちかを選ぶという選択肢を諦めるというのを考えていなかった自分の落ち度だ。肩代わりするべきだろう。


そこまで考えて、これからすることに意味のない事に気づいた。頑固な後輩に今更言っても引いてはくれまい。


自分には選択肢が残されていないことに諦めがつかなかったが渋々差し出されたカゴに両方入れた。もっと我が儘を言ってくれた方がいいのに、こういう所は素直すぎる。


「…ありがとう」


しかし、その案をぱっと出せる優しさは長所だ。本当に好ましい。時々この後輩は、無造作に優しい傾向がある、きっと人に好かれるのは、このせいなのだろうな。


「いいえ、どういたしまして。ほら、先輩方のを選んでください」


いけない、時間が押している。他の先輩の弁当を選ばなければ。ふるりと頭を振って余計な思考を取り除く。


「高城先輩も、橋口先輩も、特に好き嫌いないし…うん、弁当類でカロリーも気にしなくていいか」


適当に美味しそうな物を手に取り、原材料表示等を見て、戻す。そして、また手に取っての繰返しをし、吟味して弁当を選んで入れていく。人にものを選ぶ時ほど頭を使う事はない。


「よし」


「終わりましたか?」


「うん、次いこう」


弁当をカゴの中に五つ入れ終わったところで、那岐は菓子コーナーへと歩みを進めた。

菓子コーナーにつくと新商品や有名所のどれも顧客の目を引く美味しそうなパッケージに目を奪われ迷いそうになる。そんな中で那岐は躊躇いなく、チョコ、クッキー、飴、スナック菓子等を手にとってカゴに入れていく。梶原も周囲のお菓子に目を奪われていたが、籠の重みが一向に止まる気配なく増すのに気づいて、確認したカゴの中の菓子の量に、顔に険しさが宿った。


「ちょっと清水先輩、買いすぎでは」


もしや衝動買いの癖があったのかと不安になり、制止をかけると、入れようとしたポッキーを持って暫く動きを止めたが、手に持ったポッキーの箱を、ちらりと見てカゴに入れた。


「食べきれなかったら職員室に差し入れするから問題ないよ」


「でもお金は?」


「公費で落とせるから問題ないね」


ぐっと親指立てる。もちろん公費で落とせなかったら自費になる。かなり、ケチな先輩が言うのだから間違いはないだろうが…


「流石に買いすぎはまずいんじゃ」


「公費の計算してるのはアタシだよ?いくらまで使えるかはちゃんと計算してるから安心してよ」


「でもダメだと思います」


生徒会予算があるとは言え、こんな私的な所でお金をたくさん使っていいはずがない。


「じゃあ心労たたってお疲れな先輩方を放置して帰る時間を遅くしてもいいと?」


「それも困りますけど…」


「じゃあ文句言わない。よし、こんなもんかな」


うまく丸め込まれた気がしないでもないが、これ以上反論もないため梶原は口を不承不承ながら閉じた。

那岐も入れ終わったの様子で、さっそく会計に行こうとした。

が、那岐はレジを見て、踏み出した足を元に戻す。


「げ…ちょっと待った、梶原」


那岐の一連の動作に気づかず、一歩を踏み出していた梶原の空いている手を両手で掴んで引き留めた。

後ろに仰け反る形で止まった梶原だったが、バランスを調節して後ろに倒れないように踏んばった。


「先輩?」


いきなり何をするんだと言外に責める響きがあるが那岐は総無視した。事態は下手すると危ない行動に転びかねない、後輩の怒りなんぞよりも危険性は高い。


「いいから」


そのまま後退して梶原をレジから死角となる棚の陰に引きずり込む。不満そうにしながらも付いてきてくれた。


「何するんですか」


「ちょっと屈んで」


くいくいっと手を引っ張られて、那岐の顔と同位置くらいまでかがむと、内緒話をする時のように梶原の耳元に口を寄せられる。かなり無理な体勢で二人とも体は棚から出ているのだが那岐は気にした様子もない


「今から外に出るまで喋らないで。どんな場合でも、誰に話しかけられてもよ?あとレジに行ったら、そっぽむいてて。お願いね。理由なら後で話してあげるから」


それだけ言い終わると梶原の袖を掴み、さっさと会計へと直行した。すこし表情が硬い。何を思っているのか、その表情からは読み取れない。レジに着くと少し俯きがちにカゴの商品から視線を上げない。よくいる人見知りな客のようだ。


「お弁当温めますか?」


「温めお願いします。」


「かしこまりました…ところで、清水さん。制服デート?」


しかし何故レジでそっぽ向けと言われたのか分からなかったが、実行していると、会計を担当するレジの男の店員に声を掛けられた。背も高く、お洒落な大学生のような風貌をしており喋り方からは軽薄そうな印象を受けた。要するにチャラそうな男だった。


なるほど、知り合いにからかわれたくなくて、余計な事を言うなと言ったのか。


内心そう納得していた梶原だったからこそ、次の那岐の言葉は予想を裏切るものだった。


「ええと…ごめんなさい、誰ですっけ?」


知り合いじゃないんですか!


口を開いて聞きたいが、先輩のお願いを受けた以上、沈黙を守る。

那岐は誰かと聞いているが、記憶を漁っている様子もなく、にこやかに笑顔を浮かべているだけだ。しかも、その笑顔が明らかな愛想笑い。


「ごめんごめん、初対面だよ。俺の方は君が生徒会役員だから知ってただけ。はじめまして、2-C 矢代伸治です。よろしく、近くで見ると可愛いね。」


こちらも営業スマイルで何を思っているのか探らせない笑顔を浮かべている。

しかし会話しながら手を止めず会計の手はきちんと進んでいる。ミスも無く、袋詰めも行っていく所から見て余程長く仕事を続けているか、器用なのだろう。昼も近くなってきたが、ちょうどレジには那岐達だけだった。


「ありがとう…ちなみに矢代君、うちの学校は無断アルバイトは禁止だよ。確か君からは申請書も出てなかったはずだよね?」


相手に嫌みの一矢を撃ち込む。空気が一気に重くなった気がする。梶原には二人の間に糸がピンとはったような緊張感が生まれたのを肌で感じた。正直居心地が悪い。頼まれたって、そんな会話に参加したくない。さらには、最後のお世辞も嫌な顔一つせず平然と受け入れてから、思い違いかな?と首を傾げてみせた。わざとらしい行動だが彼も気に留めていないようだ。


「知ってるよ、ばれたら困るけどね…ちなみに親戚の手伝いって言ったら信じる?」


「信じない。」


背景には、風にそよぐ白い花や草原が合いそうな程、爽やかな笑顔なのに、敵意を言葉の端に滲ませてる。二人とも感情を表に出さずに腹の探り合いをしているのだから、触らぬ神にたたりなしというものだ


「でも、ばれたくないのに、なんで声掛けるの?声掛けなかったら、ばれなかっただろうに」


「いや、だって君、全校生徒の名前と顔とか覚えてるんでしょ?後で強請られたくないし」


「「・・・」」


矢代が面白そうに笑って那岐の事をじっと見つめてきた。

八代の発言にコンマ数秒ほど那岐が硬直したが、レジ横にある肉まん等の納められた機器を指さした。


「肉まんと、あんまんとピザまんお願いします」


「かしこまりました…ウソって、否定する?でも俺は新聞部情報だから信憑性高いと踏んだんだけどなー」


「「・・・」」


無言の笑顔の二人の間に一瞬火花が散る。険悪な雰囲気で取り出された、肉まん類は湯気を上げていてあたたかそうだ。


「君たちを見かけた事も、俺の考えも内緒にしてあげるから、ここで見た事も内緒にしてね」


詰め終わった買い物袋を差し出すと同時に会計の値段を告げてきた。量が多かったのもあり買い物袋が4つになっていた。


「…私の記憶力も大したことないし、私も買い物に来ただけだし。あ、袋もう一つ下さい。」


小さく溜息を吐いた後、一気に空気が緩んだのを感じた。終わったんだ。

重そうな袋二つを差し出されたので、受け取る。少し不満そうな表情をしていたようだが、取りあえず、これ以上揉めることもないようだ


「はい。またのご利用お待ちしてまーす」


軽薄な心のこもっていない言葉と、コンビニお馴染みの音楽を後ろに聞きながらコンビニから出た。

「二度と来ないっつうの」という限りなく低い声がコンビニの音楽に混じって聞こえた気がしたが、誰が言ったのかは詮索するのはやめておこうと梶原は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ