演説会
さてアピール期間は挨拶運動からポスター配り色々行われていたが那岐は正直どうでもよかったのと、どれも大差ないインパクトだったので覚えていなかった。だが、木曜の放課後、アピール活動に興味なかった那岐は何故か体育館で友人の隣で体操座りしていた。
「どうして私は他の立候補者の演説なんぞ聞かないといけないんだろ」
顔には不機嫌とはっきりかいてあり、漂う雰囲気も刺々しいものである。
「そりゃーまぁ私の為じゃない?」
伊織は、えへっと笑って誤魔化そうとしてるが数年来の友人である那岐は白けた目を向けた。
君が授業中に早弁するから罰として立候補者の演説内容をまとめて提出しなければならないんだろうが!
「理不尽だよ、横暴だ。私は関係ないんだ、帰って寝る」
教科書の重みに逆らうようにカバンを肩にかけて立ち上がろうとすると、伊織にスカートの端をぐいっと引っ張られた。那岐が思わずガンを飛ばしたが効果なし。
「まーいいじゃない。えーと…ほら、この前お昼ご飯あげたんだし付き合ってよ」
言われた言葉に脊髄反射のスピードで生徒会長選挙の告知があった昼御飯の時の記憶が脳内で再生された。愕然とする。
「何…だと?あれは好意でくれたんじゃなかったの?」
「…じゃなかったみたいですー、えへ」
那岐は内心舌打ちしたい気持ちだった。あの時の気が抜けて油断していた過去の自分をぶん殴りたい。
どうせ、あの時の伊織もそこまで考えて昼御飯をくれた訳ではなかっただろうが、引き留める口実を与えてしまった自分に腹が立つ。
「…はぁ、仕方ない。付き合ってあげる」
「やった!ありがとー」
ふんふんと上機嫌で鼻歌を歌う伊織の隣に再び腰を下したのも束の間。
「…珍しい、清水がいる」
後ろから聞こえたぼんやり眠たそうな低い声に多少驚き振り返ると、いる筈が無いと思っていたが聞き覚えのあった声の主に面食らった。
「私もビックリですよ、高城先輩が起きてることに」
寝呆け顔で重力に逆らうようについた寝癖頭をシャーペンの上の方でかしかしと掻いていた高城先輩が那岐の空いている右隣に腰を下ろして鞄を置く。
「…寝たいけど一応仕事しないと…愛ちゃんに…怒られるから」
愛ちゃんとは、豊崎先輩の事だ。
「仕事…?何かありましたか?」
「演説者の公約の書き取り…一応。この内の誰かが当選したら勿論公約実現の為に働いてもらうからきちんとした記録ないと後で困る…らしい。それに、公約に掲げられるってことは…今の現状に不満な部分があるってこと…だから、結局は来年の生徒会で…その問題解決に取り組んでもらわないといけないから…記録が必要なんだって」
「あぁ…なるほど。生徒会書記なんですし頑張ってください」
「ひどい…手伝ってくれてもいいと…思う」
「え?嫌です」
「即答…」
「だって面倒ですから。それに手伝ってほしいなら新聞部に頼ればいいじゃないですか。新聞部もきっと記録してますよ。彼らに聞けば今この場で演説を聞かずとも困らないはずです」
「彼らの記録した内容と…僕が記録した内容は要点が違ってくるから…生徒会書記としては新聞部の纏めた演説の力説ぶりや、意気込みなんてものは必要ないから」
鞄から生徒会用のノートを取り出すと立候補者の名前等を書き出した。
「それもそうですね、考えが足りませんでした」
高城先輩は生徒会書記なのだが朝もすこぶる弱い為、全校朝会は仕事しない。一応遅刻しないように幼なじみの豊崎先輩が引率して学校に来るらしいが朝は仕事無理というか、邪魔なだけなので免除されてる。
そうこうしていると演説が始まった。いかに頑張るかとかどうして立候補したとかの力説。
2人目の演説が終わったところで自分なりに比較しても1人目と2人目は目立った変わりがない。内容も学校をもっと過ごしやすくするだとか、何とか…具体的なところをあげていない。
「この2人は駄目ですねー」
「…そうだね。彼らは特に学校生活に不満がなかった…みたい。今期の生徒会としては嬉しい…けど…次期生徒会長としては駄目…だね」
複雑な顔してノートを文字で埋めていく高城の手は止まらない。那岐の話と演説を聞きながら正確に要点のみ書きこめる能力は大した物だろう。
「それにしても、今回の司会者は先生ですか。先輩方はどうされたんです?」
勿論、選挙参加者の那岐たちは免除されている。が、他の生徒会まで免除されているのか?と不思議に思った。司会進行を務める国語教師にちらりと見てから高城に目を戻すが先ほどと変わらずノートから目をあげない。
「うん…愛ちゃんと橋口君は…『適性テスト』作り。僕はちょっと書記の仕事があったから…抜けてきただけ」
「へー…大変ですね」
「人事…だね」
「実際、人事ですから」
那岐はすっかりすっかり演説に興味も失ってしまっていた。周りの人間も似たような感じで隣の友人と喋っていたり遊んでいたりしていたが、帰る様子はなかった。多分沢城君の演説が気になるのだろう。沢城君を最後のオオトリに持って行く所を考えた人間は称賛できる、なんせ退屈な他の演説者の話を聞かざる得ないのだから。
「それにしても演説って…身振り手振りが重要視されるから…実際に必要な内容…公約みたいな内容とか要約すると短い。なのに…話が長い」
不満らしい。
「まぁ演説ってそんなもんですよ」
私としては学生の演説にそこまで求めるのは酷だと思う。
「あと内容が似たり寄ったりで聞いてると眠くなる」
「寝ないで下さいね。」
「寝ない…けど…」
大きくあくびしながらも書いている字は安定している。流石書記。まぁ…放っておいても大丈夫だろう。
とりあえず左隣でヤル気なくしてクロワッサンを食べようとしていた友人の頭を無言でひっぱたいておいた。ボロボロ零れるから体育館だと怒られるし。
「さてさて、暇つぶしに上がってくる人予想でもしましょうか。この投票選挙で上がってきそうなのは二年成績トップの沢城君、昨年学祭でミスコン一位になった佐野さん。あとはー…んー…ドングリの背比べってところでしょうか」
この演説会の為に配られたプリントに書かれている立候補者名やら演説のタイトルやらにざっと目を通して考える所はそんな所だろうか。
「高城先輩は誰が上がってくると思いますか?」
「…そうだね。さっき清水が上げた…2人は…上がってきそう…だね」
「ですねー。まぁ実際生徒会長出来るのは沢城君の方でしょうけど」
事務処理能力的には沢城君は問題ないだろう。彼はかなり優秀だ。まぁ佐野さんでも周りを優秀な人間で囲めば一角の生徒会長は務まるだろうが。
「でも…俺は清水が…相応しいから…一番生徒会長になってほしいって…考えているんだ」
ちょっと手を止めて話しだした高城先輩に発言に戸惑った私は少し思考が止まった。
「嬉しいですけど…高城先輩まで何でまた、私を推すんで?」
「清水、優秀だから。それに清水は柚木会長が選んだ『特例』だったから」
先代会長、柚木清一。私を先代の『特例』に選んだ会長。
「…梶原は私を推薦どころのない人間だと称しましたよ?」
「梶原は…見てないから。清水は本気で…物事に取り組む事は少ないせいで…梶原が清水の力を測り損ねてるだけ…だけど…生徒会長選挙は甘く見てると足元すくわれるよ…清水、今回は本気で頑張って。」
真摯に見つめられて、高城先輩にばれないように小さく溜息を吐く。普段回りくどいことしてると直球で来られた時、私は少し弱いみたいだ。
「…結構前から覚悟は決めてましたよ。悪あがきは諦めて今回は頑張ります」
「…ならいっか。」
満足そうに手が進み始めた。私はいい先輩に恵まれたかもな
4月より更新は5の倍数日に行います。