全校朝会・後編
小柄な豊崎がペコリと頭を下げると一瞬台に隠れてしまうが、すぐに姿を現す。再び見えた豊崎は、にこりと笑顔を生徒に向けた。
「生徒会からのお知らせです。先日発表しました通り生徒会長選挙を行います。今回の生徒会のお知らせは生徒会長選挙の詳細についてです。特に立候補者や推薦者となっている方はお聴き逃しないようにお願いします」
そこで全体を見回し、こそこそ喋っていた人たちも黙ったのを見計らうと発言が周りによく聞こえるようにマイクに近づく。手元の書類に改めて豊崎がさっと目を通し読み上げる。
「さて2年生と3年生は分かっていると思いますが我が校の選挙は通常のような選挙ではなく少々特殊で、『適性テスト』という物を行う事により、合格した相応しい者が生徒会長になります」
少し1年生が騒つく。昨年もそうだったから致し方ないだろう。梶原のリアクションが気になり何となく視線を向けたら何の関心もなく豊崎先輩を見ていた。
「…梶原は驚かないんだ」
「派手好きな豊崎会長が普通に次期会長を決めた方が驚きですから」
…こいつに教えてなかったな。風白学園の高等部の生徒会長の決め方は例年投票ではないこと。
「そうだね」
教えるの面倒だし黙ってていいかな、知っても得はないし。それにどうせ今から説明されるだろうし。
「静かにして下さい。」
橋口先輩の強めの語調に徐々に喧騒の波が引いて静まる
「まず立候補者は昨日をもって締め切りました所、8人が立候補してくれました」
物好きも居たものだ。わざわざ面倒事の矢面に立ちたいだなんて私には正直理解出来ない。
「『適性テスト』は例年効果は素晴らしいですが、受けれる人数が限られるのが欠点です。よってまず8人の立候補者を削るところから始めます。通常の投票選挙で8人を3人まで減らし、その残った3人プラス参加決定者の人と『適性テスト』を受けてもらいます。」
例年行われる『適性テスト』。毎度内容は違うが優秀な生徒会長を輩出している。これこそが風白学園で生徒会長を決める手段なのだ。
「参加決定者だけズルイと考える方もいらっしゃるでしょう。しかし参加決定者はシードみたいなものです。元より生徒会の1人ですから知名度的にも能力的にもシードに相応しいと考えられます。アピール期間も少ない事ですし、誰でもいいと考える方、無難な人にと考える人により投票選挙では参加決定者は確実に上がって来ますから、シードにさせてもらいました」
これも例年のこと。1年も生徒会をしてるとそれだけで人より生徒会長選挙は有利になってしまう、よって生徒会役員にはシード権が与えられる。いやーこれだけは生徒会役員してて、よかったって思うね。
「…脱線してしまいました、話を戻します。まず適性テストまでの簡単なスケジュールを説明します。今日が月曜なので火曜と水曜と木曜の3日間をアピール期間として設けますので好きな行動をして下さって結構です。木曜の放課後に8人の立会演説会を行います。そして金曜に投票を行います。投票結果は土日明けの月曜の昼休みに放送します」
木曜にある立会演説会は放課後なら自由参加だったはずだ。殆どの生徒は参加するだろうが面倒だから帰ることにしよう。清水は演説には興味がないので聞く気はない。
「さて『適性テスト』ですが現生徒会長、副会長、書記、学園長、高等部校長により現在作成中です。まだ作成中ですが公正な物を作っております。そしてこの『適性テスト』には全校生徒及び教職員全員協力して頂きます。『適性テスト』の内容は立候補者三名が決まり次第発表、その2日後…つまり木曜日に開始します。以上により生徒会長選挙の説明を終わります」
言い切ると静かにお辞儀した。こぼれ落ちた髪が顔を隠す。ばっと勢いよく頭をあげた豊崎は至極楽しそうな笑みを浮かべていた…いやーな予感。
「立候補者は頑張って!他の生徒も協力お願い!自分たちの事は自分で決めるが学園生徒の流儀だし、特に重要なのは先生に屈しない人を選ぶことだよ!」
いきなりマイクを握りしめ砕けた口調で語りだした豊崎先輩に教師陣ポカーン…ははっ 間抜け面
教師陣の様子に気付いたのか生徒の間にクスクス笑いが起き始めている。
まぁ、そりゃ笑うよね、並んで口開けてる人達見たら
「先生に屈しない生徒会を皆で作りあげようね!!よーっし!じゃあ、景気づけに一曲歌いまーす!」
ノリのいい生徒たちからは口笛やら歓声やらが沸きあがってライブ会場のようになってしまった、これ一応全校朝会なんだけどなー…無駄に歌がうまいな。
しかし、それからすぐ、那岐の目の前を通り過ぎ、ステージに早足で向かう人物を見て豊崎の生徒指導室への決定を予感した。
いち早く我を取り戻した体育教師兼生徒指導の東山が既にステージ下に到着し、声を張り上げようとして息を大きく吸ったのが見えた、注意勧告するのだろう。
「おい豊崎」
大声で歌っていて聞こえていない豊崎に対してさっきより大きな声で再度東山は呼び掛ける
「おいこら、豊崎!生徒会長選挙についての説明終わったんだから降りろ!」
東山の呼びかけに気づいた豊崎が歌うのを止めた。
「えぇ?先生ー、激励会したいよー」
「激励会まで許可した覚えはねえからな。お前、今歌おうとしてただろう。宴会のオッサンのノリじゃねぇか。酒入ってんのか?」
「失敬な!私は素面ですー!」
「じゃあ、お前、手の施しようがないわ。おい、橋口。全校朝会は終わりだ、生徒退場させろ」
こうして東山に豊崎先輩は引きずり下ろされて一番最初に退場していった、おそらく行先は生徒指導室。
きっと彼女は先生と膝を突き合わせて滔々と諭されるのだろう。
しかし豊崎が毎回騒ぎを起こして生徒指導部の先生方に指導されているところをみると反省した事もないようだし、指導されて一時間もすれば機嫌も元通りになることから那岐は心配すらしない。
「えーっと全校朝会を終了とします、三年生から順に退場してください」
橋口先輩が少し気まずそうに退場を促すと先ほど騒いでいた生徒達がぞろぞろ帰っていく。
「止めなかった俺達も生徒指導室行きですかね?」
目の前で混雑しながら帰っていく三年生を見ながら聞いてくる梶原は破天荒な豊崎と過ごしたこの一年ですっかり慣れきっていて耐性ができているから驚きもしない。豊崎に振り回され、生徒会の面々も生徒指導室で説教を受けることは日常茶飯事だ。
「さぁ?それはないと思う」
確証はないが。豊崎先輩も馬鹿じゃない、一応激励会もどきをするのは橋口先輩には知らせていたんだろうし。一応これだけ大規模だったし計画的なものだったから他人が被害を被ることがないように豊崎先輩は考えただろう。
…たった一時間なのに何だこの疲労感。
「お疲れ様、清水、梶原」
疲労でやや低くなった声に反応して振り向くと副会長の橋口先輩が立っていた。
「本当にお疲れですよ。」
「この後、俺ら生徒指導室行きですか?」
「ううん、そんな事にならないようにって考えてたみたいだよ。今回の事は豊崎会長の暴走で僕達は何もしてないし、『止めるなと会長に事前に言われてた』って言えって会長が言ってたよ」
「やっぱり。そうですか」
「何がやっぱりなんです?」
「いや、瑣末なことだよ…あ、そういえばスミマセン。橋口先輩、今度豊崎先輩から長ーい通学路武勇伝らしきものを聞かされる事になると思います」
「清水…君はまた僕に何を押しつけたの?」
「いえ?名誉な仕事を副会長に譲って差し上げただけですよ?」
にこりと微笑んだら胃が痛いと言わんばかりに胃を抑えて顔から血の気が少し減った橋口先輩。
殉職は2階級特進じゃないでしょうか?…うん、悪かったとは思うけど自分の身は可愛いし、橋口先輩は何度も豊崎先輩という戦地を潜り抜けた猛者だから生き残る可能性が高い人がするべきだよね。
「橋口先輩、あの…俺が引き受けましょうか?」
「ううん…可愛い後輩に押し付けたりしないよ」
弱弱しく微笑む姿は死を覚悟した戦士のそれ。貴方の雄姿は忘れませんよ
「そういえば先輩、代わりの推薦者見つけたんですか?」
あまりに悲壮な雰囲気を滲ませている副会長を見るに堪えなかったのか、こちらに話題を振ってきた。
「ん?まだだよ」
「早くしてくださいね」
「いやー…でも中々いい人がいないから。困ったねー」
「…適当に友人に頼めばいいじゃないですか」
「それでは駄目ね。私が認めた優秀な人材で尚且つこの経験が活かせる人じゃないと…あぁ、1つアドバイスしようか。この『適性テスト』では例年推薦者もサポーターとして参加してるんだよ。来年の選挙の時は推薦者をつけるとするなら実力がある人がいいよ。」
「そんなの当たり前ですよ」
「一応教えておかないとね。これでも君の『教育係』だからね」
『教育係』は『特例』に生徒会の指導を行う人物だ。
この風白学園には様々な独自の制度がある、先ほど説明のあった『適性テスト』などだ。その内の一つに『特例者選出』という制度がある。これは生徒会長が風白学園高等部生徒会に1年生の中から1人役員として5月に迎え入れるというモノだ。目的としては優秀で場数を踏んだ生徒会役員の早期育成のために選出する…らしい。梶原はその特例選出者。
そして右も左も分からない特例者には教育係がつけられる。それが那岐。
「それは、どうも」
素直に礼を言ってくれる分捻くれてなくてまだ、年相応で可愛らしいものだ
「いいえー」
「じゃあ、生徒も全員帰ったみたいだしお開きとしようか」
橋口先輩の締めの言葉で波乱の全校朝会は幕を下ろした。