推薦者と対話
「清水先輩、俺は貴方の推薦者になった覚えないんですけど」
昼休み、人が賑わう廊下に呼び出し目の前に立つ推薦者の男、梶原の言葉を聞いて那岐が不満そうに小さく溜め息を吐き出した。
「梶原、私も生徒会長選挙については何も知らなかったの。立候補する気もなかった。文句は生徒会長に言ってくれる?」
「文句言うに決まってるじゃないですか、当たり前でしょ善人じゃあるまいし。ここで文句言わないとか無理ですよ。」
「そうだねー…で?何?わざわざ文句言いに来たの?」
気だるげに廊下の窓に背を預け、つまらなさそうに見ていた梶原の背後の騒がしい教室から視線から外して酷く面倒くさそうに梶原を見た。
「そんな訳ないじゃないですか。清水先輩の推薦を取り下げる旨を伝えに来たんですよ。
清水先輩は立候補取り下げないんですか?」
「毎年生徒会の人が生徒会選挙に出るのは恒例みたいだし、私の場合は取り下げは利かない気がするんだよねぇ…うーん、とりあえず推薦者辞めたければ豊崎会長に言って。」
「勿論です。今から会長に直談判しに行きます。」
「…まぁ発表しちゃった以上無理かもしれないね?その時はどうするの?」
正直五分五分だ。立候補は取り下げにくいが推薦者なら正当な理由があれば降りることも可能だろう。
にやりと意地の悪い笑みを浮かべて聞いてくる姿は梶原にとって よくない事態が起こるのを喜んでいるように見えなくもない。彼もそのように受け取ったのだろう、気分を害された梶原もそっけなく答える。
「やるだけやります…俺は清水先輩は生徒会長の器には足りえないと考えてますから推薦したくないんで」
辛辣な意見かもしれないが相手が清水だから言えることだ。清水ならこの程度はふてくされるぐらいだろうと考えての発言だった
「え…じゃあ梶原は誰なら生徒会長足りえると考えるの?そんな優秀な人がいたの?誰?教えて?」
それに対して傷ついた様子はなかったが予想外の反応もしてきたので戸惑った。今までとは打って変わって気だるげな雰囲気がなくなり焦りを滲ませ余裕を無くし詰め寄りながら聞いてきたので、思わず一歩後ずさり仰け反る。
それを追うように仰け反った梶原に合わせ背伸びをして真偽を見分ける為か顔をもっとよく見ようと顔を近づけてくるので清水の肩に手を置いて押し留める。
「…今のところ知りません。」
数秒ほどその体勢で梶原を探るように真っ直ぐ視線向けていたが一つ溜息を吐くと、床に踵をつけて梶原から離れて窓辺に戻った。
「…ねぇ、とりあえず豊崎先輩に推薦者取りやめるのを言いに行くのを少し待ってくれない?」
作り笑顔を浮かべて梶原の顔色を窺いつつ那岐は小声で提案してきた。
「は?」
当然ながら梶原は怪訝な顔つきになった
「辞退は既に不可能そうだから私は潔く生徒会長を目指すことにしたんだ。梶原に生徒会長になる器じゃないと言ってもね。けど新たに推薦者探すまでの間は推薦者(仮)をお願いしたいの。」
「嫌です」
梶原の即答の拒絶にも貼り付けた笑顔は小揺るぎもしない。
それは彼女にとって予測内の反応であった事を悟り薄気味悪さを感じ梶原は肌が粟だった
「ん?でも互いに困るでしょ?」
「困るのは先輩だけじゃないですか」
この一年間、仮にも生徒会で関わってきたこの先輩の見た事のない表情に戸惑っているだけだと自分に言い聞かせ平静を保つように心掛ける。しかし心がけようとした結果、無駄に手や足に力が入り呼吸が少し浅くなった。行動は完全に裏目となり那岐に確信を与えてしまった、こいつは動揺していると。
「いや?違うね、君も困るよ?」
くすりと笑うと愉しげに人差し指を立てて梶原の動揺を誘うように、揺れる梶原を表現するように左右にふる。
「だって後任者も決まらず途中放棄なんて観衆からは無責任って評価がつくよ」
「分かってますよ」
くすりと笑い揺れていた人差し指を止めたかと思うと、那岐は後ろ手に窓淵を押した勢いで梶原との距離を詰めた。一瞬で詰められた間合いに驚き硬直して完全に主導権を渡してしまった梶原は彼女にとって既に額に銃口を突き付けられたウサギ同然だった。
「本当に分かってる?一年から生徒会に入るってことは野心があるととって間違いないだろうから言うけど、いずれ生徒会長か生徒会副会長くらいは目指すってことでしょ?それならその評価は痛いはずだよ」
下から獲物を狩る狩人に似た鋭い視線で射抜いたままそのままトンと梶原の胸を押す。
押した力は大したことなかったはずだが、梶原は表情を硬くして少し後に下がった。
「それは…そうですが」
「一度ついた不評は倍の努力しないと拭えないから付けないほうがいいよ…だから後任が決まるまでお願いしたいんだけどいいかな?」
詰めは済んだ。今の梶原はまともな思考はできない。
雰囲気で圧倒されて、すぐにこの話題から逃げたいなら道は一つしかない、私の勝ちだ。
「…今回は俺に拒否権はないんでしょう。分かりました。豊崎会長に辞退を伝えに行くのは保留にします」
返事を聞くと胸の前でパチリと拍手のように両手の平を合わせて冷然とした雰囲気を消してほんわかとした笑みを浮かべた
「いやー困ってたんだ助かるよ、ありがとう」
梶原はいかにも嘘臭い笑顔に色々と言いたくなったが、これ以上この話をしても自分の悪い方向にしか進まないと思い、突っ込んだ話をする気にはならなかった。
「…話は変わりますが、前々から疑問に思ってたんですけど先輩決して馬鹿ではないけど頭は良くないですよね?何で生徒会に入れたんですか?美人って訳でもないですし。」
「何だそれは。生徒会には美人じゃないと入れないと?何だその顔面差別社会は。許さん暴動起こすぞ」
「起こさないで下さい。そこはただコンプレックスを刺激したかっただけです」
「的確すぎてクリティカルダメージだよ」
首の後に手をやり天を仰ぎ大きく息を吐き出した、那岐にとってはまったく面白くない。
鏡で見た時の自分の容姿を思い描く。
日本人に多い黒髪、背順に並べば真ん中くらい、顔は…普通?
どう考えても一大スターのような風格はないし、どこにいても目だない自信はある
「確かな客観的に見て私は顔も頭も背丈も十人並で平均くらいだろうけど納得がいかないなー」
「何がですか?」
「君に言われる事にだよ」
テストでは毎回学年一位、運動神経もよくてバスケ部でエースはっている。
この時点で学生の世代なら目立つ。さらに外を歩けば異性同性構わず振り向かせる程の容姿。
クールな雰囲気にも関わらず寡黙な訳でもなくどんな人にも隔たりなく接し、優しいと評判だ。
そんな人間いるかよって言いたくなるよね、いたんだよ。そんなコイツにきゅんとして落ちた女は数知れず。
「顔・運動神経・成績、それら全て学年一位な君に言わせれば、どんな人間も劣っているでしょうよ」
しかし那岐は梶原が絶対空想上の生き物だと信じて疑わない為、容姿に惑わされることなく
現在まで過ごしている。むしろ同じ人間だと考えると劣等感を刺激されて逆切れして物を投げたくなる
からだ。
本人にその気なくてもねぇ…自覚ないのが一番厄介なんだよ。
「学年一位なだけじゃないですか、全然すごくないですよ。それに顔は普通です」
それに対して力いっぱい反論しようと口を開きかけたところで思わぬ横槍が入った
「まったく自覚ないのは最悪だな、それと過ぎた謙遜は不愉快だ、梶原優輝」
今言ったのは私じゃないぞ!いや、私の言いたいことを代弁してくれたと言っても過言じゃないけど!
とんだ濡れ衣で私を睨んできた梶原にブンブン首を振って否定する
声の方を見ると、いかにも勉強できますって感じの銀縁メガネをかけた目つきの鋭い男が立っていた
「昼休みの上級生の廊下でナンパするな。場所を考えろ、目障りだ」
侮蔑の視線を向けて吐き捨てるようにそれだけ言うとこちらが反論する前に立ち去ってしまった。
「…誰ですか、あれ。」
「沢城浩介君…だね。2年のテストで毎回一位の人」
「あぁ、だからですか。いや、でも初対面の人間にあそこまで酷いこと言いますかね?」
「酷いこと何か言ってないでしょ、正当な言い分だよ。まあ彼は君のことが嫌いだから仕方ないね」
あ、口が滑って余計なことまで言っちゃった。やっばー…。そろそろと梶原を伺うと眉間に皺寄せて意味が分からないって顔してた。うわー説明するのいやだなー
「それはどういう「あー梶原、もう2,3分でチャイムなるから帰りなよ。アタシも次の授業の準備しなきゃいけないし。じゃあね、次の全校朝会で」
「ちょっと先輩!」
秘技、いい逃げ。
梶原の引き止める声と手を躱して軽やかに教室に駆け込み、ガシャとドアに鍵をかけて
ドアについてる窓越しににこやかに手を振ると、憮然とした表情で口パクで何か喋って中指立てて去ってった。あの野郎…
「全校朝会の時、楽しみにしていて下さいね。顔面崩壊先輩。」
私は至って顔も普通なんだ!!