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踏ん切りをつける


頭を抱えたくなる困った生徒会長選挙の掲示物を見終え、昼休み特有の騒がしい教室に戻ると

前から三番目陽当たり抜群な窓側の那岐の席に友人の伊織と山のように積まれたパンが出迎えてくれた


私はパンに出迎えられたのか友人に出迎えられたのか


混乱する頭は更に混沌


脳内混沌状態で帰ってきた那岐に対して食い気のある素敵な友人の伊織は

いつも通りの太陽も霞む明るい笑顔をこちらに向けフランスパンを頬張り出迎えてくれた。



「おかえり那岐。掲示板見てきたんでしょ?教えてー」


「…そうだね、昼ご飯食べながら話すよ。それより買い過ぎじゃない?たべれるの?」


「責任もって食べるから安心して!あ、那岐は今日弁当持ってきてないでしょ?1つあげるよ」


「んー」


積みあがったパンの山の手前から取ると、学校の購買で売っているカレーパンだった。


昨日の夜カレーで朝は残りのカレーで昼もカレーとか…

生徒会長じゃなくて戦隊モノのイエロー目指そうかなー

あー…でも悪の組織と戦うのは嫌だ


それなら生徒会長になる?あー…それもなー面倒なことが多いし。


それとも…いっそのこと全部放り出して知らんぷり決め込むか…


手にしたカレーパンの袋を破った所で、ふと考えた。


伊織だったら生徒会長選挙のこと どう思うだろうか?

頑張れと言って生徒会長を目指す事を勧めるだろうか…

それとも無理強いされたのなら拒否してもいいよと言ってくれるだろうか


でも直接伊織に聞くことは憚られたので遠まわしに伊織に尋ねてみることにした



「ねぇ伊織…これは例え話なんだけど伊織の友人に政治を少し知ってるだけの何の才能もない国民Aがいたとするよ」


前触れもなく話しだした那岐に頬ばっていたフランスパンを飲み込んで笑いかける


「唐突だねー。でも、そんな貴方も素敵!」


「うん、ありがとう。でも、ふざけないで真面目に聞いてね?怒るよ?」


「はーい」


伊織は椅子の上でモゾモゾ動き足を揃えて手を膝に置き聞く体制をとる。


「…その国民Aは昔、宰相にその国が困る事があったら助けると約束しました」


「いい人だねー」


「そうでもないよ。それから数年後、王が代替りすることになりました。その時、賢そうな王候補Bが居ました。国民達は見た目に騙され王候補Bが王になることを支持しました。」


「うわわ、国が危ないよっ」


「そう…だけど宰相は政治について無知であることを知っていた為、王候補Bは王に相応しいとは思いませんでした。」


「よし来た、宰相!頑張れ!」


話にのめり込んでいるんだろう。聞く体制を崩して前のめりになって机を興奮気味に叩く


「そこで宰相は『次期王は国民Aにお願いしたい』ってお達しが国民Aに内密に来たんだ」


「わー宰相さんも突拍子ないこと言いだすね」


「うん。それで国民Aは『国を助ける約束はしたが、王にはなりたくない』って思ったの。

 だって、ただの一国民が王になるのは難しい。他の国民は相応しくないと怒るだろうって」


「うんうん」


「でも国民Aが王にならなかったら宰相は困るし、何より王候補Bは政治は無知だから国民達は苦しい思いをして国が貧しくなる。」


「むー」


目をつぶり眉をよせて上を見上げ唸る伊織を見ながらお茶を飲んで一息いれた。長い前置きを終えてようやく本題を聞く


「そういう場合、伊織は国民Aに王になるように言う?拒否してもいいよって言う?」


「うーん…きっと、王様になった方がいいって言うのが正解だと思う。でもアタシは友達が理解されないまま苦しい思いしてまで王様してるのを見たくない」


「…うん」


実直な彼女の予想内の反応に内心で少しだけ苦笑してしまった。

でもその後は、考えてなかった。伊織は椅子を弾き飛ばす勢いで立ちあがり満面の笑みで腰に手を当てた


「だから私は国民Aと一緒に頑張るの!」


「は?」


「他の国民達を説得するとか?魔法使いになるとか?頑張る方法は何でもいいけど皆が幸せで終われれば最高だと思うんだ。」


魔法使いになるなんて解答は考えてなかったけど。


「…まぁ、そうだね」


「だから、国民Aが王様を楽しんで出来る状況にしちゃえば簡単だよ。王様になるまでが辛いならアタシがその辛さを全部引き受けてやる。」


「…すごい自己犠牲精神だね」


事も無げに笑顔に話す伊織を見て毒気が抜かれる。

ためらいもなく辛い道でも一緒に頑張ると言ってくれる伊織が友人でよかったなんて言ってやらないけど


「犠牲じゃないよ。だって友人と一緒に良いこと頑張るなんて胸が熱くたぎるじゃん。」


「へー」


「国民Aがどうしても嫌って言うなら国民Aの手をとって逃げてあげるよ!花嫁さん強奪みたいに!国外逃亡だ!」


「・・・・考えるのが馬鹿みたいな気がしてきた」



ほんの少しだけ笑った後、二回瞬きをすると那岐がいつも通りのヤル気ない顔に戻ってカレーパンにかじりついた。その表情の変化に不愉快そうに伊織が顔を覗き込んでくる。


「えー何か不満ー?」


「不満じゃないよ。悪あがきしようかとも考えたけど、その答え聞いたら悪あがきする気が失せた。素直に頑張る事にする」


「ん?何の話?」


「その話通りなら私が困った時、いざとなったら伊織は私の手をとって逃げてくれるんでしょ?」


「よく分からないが伊織様に二言はないのさっ」


ない胸はって断言する姿にニヤリと笑みを浮かべ


「じゃー 頑張るとしますか、前途多難だけど」



…くだらない考えを切り替えてこれからを考えよう


これからの計画を考え始めた那岐は虚空を見つめカレーパンをもそもそと食い始めた。

勿論フランスパン片手に語る伊織の中華料理についての熱い持論を無視


大声で語る伊織の扱いの酷さは周りは苦笑しているがいつもの光景。


数分後、那岐は肩を叩かれて隣にいたパンの山…もとい友人に視線を寄越した


「なに?」


「話聞いてた?」


「全然。」


「私の中華料理についての熱い思いを無視して謝罪の1つも無いとは…許すまじ。それよりほら生徒会のイケメン君来てるよ」


どうやら生徒会長選挙は幕開けが近いようだ


「まずは味方作りからか…」


教室の入り口に立った無表情の男子を見て今から立ち向かう『難関』の多さに分かっていた事ながら目の当たりにするとさっそく嫌気がさした。


自分がこんな前途多難なのは運が悪いせいなのか


今年 初詣に行かなかったのがいけなかったに違いない。来年は行くことにしよう

1つ息を深く吐いて那岐はゆっくり立ち上がりながらそう決めた。


「あ、言い忘れてた」


今から言う内容を理解したら伊織は驚きか喜びかどちらにしても騒ぐだろう。

でもきっと日常から騒いでいる伊織が叫んだところでクラスメイトはまたかって言って苦笑して気にしないだろう。だから困るような事は決して起こらない。


「ん?何を?」


「昼休みの掲示板の内容だよ、今度生徒会選挙があるんだって。それで私、生徒会長目指して頑張るから応援してね」


何を言われたか分らないって顔してる。非日常を前にしたら人間そんなもん。

辛いかもしれない非日常に付き合ってくれるでしょ?

爆弾発言した自覚はあるから後で話を聞いていなかったのも含めて甘んじて怒られるから許してね。


ぽかんとした顔を見て満足気に頷いた那岐は伊織を放置して、とっとと教室の後ろの入口にいる無表情の少年に向かって歩き出した。


その後、那岐の考えていた通りに伊織が叫んだのは言うまでもないことかもしれない.


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