談笑
昼休みになって、弾希と波倉に古式を加え、そしてどういう訳か実依也も混じえ、いつもとは異なる談笑が交わされる。
話題は専らテストの話。
それがひと段落してから聞いたところによると、古式とミーヤ、そして斎木は同じクラスだったようだ。
古式も苦労しそうなクラスメイトを持ったもんだな。
「おーいツミキ、明日帰りに闇討ちしようぜ」
「その言い方だと俺とお前で誰かを襲うみたいだからな」
俺の突っ込みに対して、何故か弾希が少し考えてから、
「俺明日の補習が終わったら闇討ちするんだ……」
「それは誰にとっての、死亡フラグなのー?」
ヤバい、ボケに古式の天然ボケが合わさってしまった。
「両方酷く死ねばいいのに」
そして波倉が不穏に締めくくる。
「てか酷く死ぬってどういう死に方だよ!?」
「…………争った末に肥だめに落ちて溺死?」
「そりゃ酷い」
思わず納得させられてしまった。
「しっかしツッキーが赤点採るとはな。今回もギリギリで回避してくるとばっかり思ってたんだが」
俺も走り高跳びのごとくギリギリで境界線を跳び越えるつもりだった。
しかし、俺はテスト直前に莫大なハンデを抱えていたのだ。
それは奇しくもミーヤの闇討ちを避けるために毎日規則正しい生活をしていた事だった。
九時になると眠くなるという今時小学生ですら稀な特性を得た俺は、まともに勉強も出来ずにテストを迎えたのだ。
……何? 昼にやりゃいいだろうって?
元々夜型の俺は夜中に家族が寝静まってから、お気に入りの音楽を聴きながら一夜漬けるのが、俺のテスト前の生活パターンだったのだ。
急に自分の勉強のペースを変えるなんて器用な事、俺にはできなかった。
しかしミーヤのやつ俺の勉強のペースを崩し補習地獄に叩き落とす事によって、俺が夜出かけざるを得ない状況を造るとは……中々小賢しい真似をしてくれるじゃないか。
……いや、分かってるよ?
あの馬鹿にそんな計画性がない事ぐらいさ。
けど、俺たちだけ補習なんて酷いじゃん、ね?
「そういうお前らはテストどんな感じだったんだよ?」
だから他人の不幸をのぞいてやろうと、俺は他のやつらに水を向けた。
「まあ、俺はいつも通りかな」
まず初めに弾希が今日返って来た分のテストを見せた。
化学51点、数学42点、日本史77点、古典32点。
クソッ、どれを取っても俺より高得点だ。
「アンタ日本史なんでこんな点数いいのよ、ズルしたんじゃないの?」
「波倉さんの言うとおり、怪しいな」
「バカ言うな、今回は頑張ったんだよ」
「あ、でも日本史、答えほとんど平仮名だよー」
「正解は出来ても漢字は書けない。……つーか、源頼朝すら平仮名なあたり末期だな」
「……なんか疑ってゴメン」
「オイ、今なんで容疑が晴れた」
今回はツッコミに転じた弾希をしり目に、今度は波倉が自分のテストを見せる。
化学81点、数学32点、日本史74点、古典68点。
「げっ、数学俺と同じ点数だ」
「ツミキめ、波倉さんとおそろいとは……許さん」
「高月君も未来ちゃんも数学苦手なんだね」
「アタシああいう感覚的に現実に結び付いてるように見えない勉強は嫌い」
「普段の考え方ももう少し現実的ならいいんだけどな」
「末村ぁー、なんか言った?」
俺と弾希が馬鹿二人に襲われる前に、俺はミーヤのテストをふんだくって机の上にぶちまける。
クラスが違うので今日持っているテストも少し違う。
化学16点、世界史3点、現代文21点、音楽89点。
「お前ほぼ全滅じゃねぇか!!」
「でも音楽だけ、凄いね」
「こいつの感性にこんな芸術性あるわけがない」
「この世界史のテストって全部四択の問題じゃなかったのか?」
「考えて選んだ結果こうなったんだよ!!」
「適当に選んでも25点は取れるはずなのにどういう思考だよ」
「まさに芸術的思考ね」
「私たちには、とても理解できないね」
そんな深遠なもんじゃなかろう。
そして理解なんてしなくていい。
ミーヤのテストに関してはこの後もツッコミどころが止めどなく見つかったが、多すぎて処理しきれなかった。
そしてその流れのまま、言い出しっぺである俺もテストの答案を開示することになってしまった。
化学34点、数学32点、日本史37点、古典27点。
「割と本気で悪あがきした形跡、あるね」
「潔くないぞツミキ」
「古典なんか赤点ラインより下、水面下に落っこちてるしな」
「他もどれだけ低空飛行したら気が済むのよ」
「うるせぇ、俺の飛行機は水陸両用なんだよ」
「着水してんじゃねーか」
うわ、墓穴掘った上に俺のお株を弾希に奪われた。
つまり俺は自分で自分のお株を掘り出し、弾希に差しだした事になるのか。
ところで、お株を奪うのお株って何なんだろう。
切り株の事なのか野菜の株の事なのか、それとも株式の事なのかね。
株式はさすがに掘れんか。
俺は恒例の現実逃避タイムを経て、そそくさと自分の解答用紙をかばんに詰め込み、ふと思い立つ。
「そういや古式はテストどうだったんだ?」
途端に古式は焦った表情を浮かべた。
周囲の視線が古式に集まる。
「え、あー」
古式はそれらの注視に堪えかねて、おずおずと自分の解答用紙を差し出した。
化学88点、世界史96点、現代文105点、音楽91点。
ほとんど丸しかない。
「お前どんだけ賢かったら気が済むんだ!?」
「テストの点数で人間の価値は決まらねぇよな!!?」
「俺以上の音楽的センスだと……!?」
「というか、その現代文の点数……何があったの?」
古式は俺たち負け組みの怒声に近い、魂の咆哮にさらされて涙目になりながらも、波倉の質問には律儀に答えていた。