決着
雨にまみれた視界にぼやけた人影が映る。斎木祭だ。
俺は雨なんだが鼻水なんだか汗なんだか血なんだか分からない何かをぬぐって、殴りかかった。
この上なく思い通りに、渾身の一撃が顔面に、食いこむように入った。しかし、斎木はひるまない。
彼が強いわけではない。俺が強くない訳でもない。
お互い疲労で攻撃に威力がなくなり、感覚がマヒして防御を捨てているだけだ。
「うおぉぉぉ!!!」
斎木が俺の顔を殴り返した。歯が軋み視界が揺れる。
俺も負けじと殴りつける。
もはや喧嘩もくそもない。ただ感情に任せて体を動かしているに等しい。
それでも俺が倒れないのは斎木がむかつくからだ。
それでも斎木が倒れないのも俺がむかつくからだろう。
「高月ィ……」
斎木が言葉と音の間のような叫びをあげた。
「勝て、よ!!」
殴られた事で音が少し途切れたが、まさか今こいつ、俺に勝てって言ったのか。
「意ッ味わかんねぇよ!!」
反射的に答えては殴り返す。
「分かれよクソったれ」
「分かんねぇよ!!」
「俺も実依也も、どうしようもねぇだろうが!!」
「なんでそこでミーヤが出てくるんだよ!!?」
「ああもう、どうしてお前はそうなんだ!!!」
「お前も人の事言えねぇよ!!!」
殴り合いながら俺たちは内容のない感情だけを叫ぶ。会話は成立しているが、意思疎通が成立しているとは思えない。
まるでガキの喧嘩だな。
俺と弾希の始まりはそうだったが、ここまで激しくむちゃくちゃで意味のない殴り合いは初めてかもしれない。
まるで本当に、ガキの頃に戻った気分だ。
喧嘩と言えば、俺と弾希と――
「!!?」
斎木祭。
小学校の頃よく喧嘩をした。
喧嘩っ早く評判悪く、理由もなく暴れる問題児。
俺は斎木祭とよく喧嘩をしていた。古式の事で、班別活動で、授業中のやりとりで、運動場の使い方で、給食の配膳で、登下校に顔を合わせただけで、学芸会の配役で――時には理由もなく――喧嘩をしていた。
「は……」
そうだ、こいつは確かにそこにいた。いつからこいつと喧嘩をするようになったのかは思い出せないし、理由はやはりないのかもしれないが、俺はこいつとよく喧嘩をしていた。
「はは……」
そして……どういう訳だ。駅で古式にタイルが落ちて来た時、俺は確かにこいつを見た事を記憶している。というか異常なまでに印象に残っている。こいつとの関係性をもっと、もっともっと、もっともっともっともっともっと、思い出したい。
「ははははっ、あははははは!!!!」
俺は記憶が戻った事による高揚感でおかしな調子になりながら、斎木に殴りかかる。
「いくぞ、斎木祭ぃ!!」
「来い、高月ツミキぃ!!」
俺はこの後、いつ地面に倒れたのか覚えていない。