表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

沽券

斎木祭はひねくれ者だ。

どれくらいひねくれているかというと、小学校の頃なんかは好きになった女の子、古式岸子に嫌がらせをしてしまった事もあった。

筆記用具を隠したり、黒板消しを扉に挟んで待ち伏せたり。

そしてそのために、高月ツミキとの因縁が始まった。

今ではもう、斎木は古式に恋心を抱いてはいない。ただただ、実依也と剣道をして汗を流し、自らを鍛え上げる事にのみ自分のもてる労力を捧げた。

しかし最近、斎木はどうしても許せない事があった。

高月ツミキと波倉未来、そして古式岸子の関係である。

高月はいつまで中途半端なままでいるつもりなのか。

ある日、斎木は偶然三人を見かけた。

雨の日だ。

高月と古式の二人はどちらかが傘を忘れたのか、一つの傘で歩いていた。

その後ろを、波倉未来が二人を茶化しながら笑顔で、しかし無理をしていると分かるどこか明るすぎる笑顔で、続く。

まずは初めに、これは嫉妬なのかもしれないと、斎木は思った。

次にそう思った事を恥じ、次いで黒い感情が自分の中に湧き上がったのを認めた。

そして最後に、これが嫉妬でないかもしれない事にも気付いた。

いわば、義憤。

斎木は古式のために怒っていた。

どれだけ筋違いで、甚だ身勝手で、著しく非合理で、全く無意味で――それでいて誰のためにもなりはしない事か。

斎木はその怒りを堪えるつもりだった。

他人の恋愛沙汰に首を突っ込むほどバカなことはないと思ったし、自分の立場で怒る事が筋違いで、身勝手で、非合理で無意味だと分かっていた。

誰も斎木の言葉になど耳を貸すまい。

ましてや好きな相手のそれと、自分のように嫌われている身の言葉を比べれば、後者など吹けば飛ぶほどに軽い。そう分かっていた。

その考えを変えたのは、奇しくも彼の友達たる荒神実依也だった。

彼は高月ツミキに宣戦布告をした。その心境が斎木には理解できなかった。

だから、どうしてそんな事をするのかと、咎めるふりをして聞いてみた。

「俺がそうしたいからだ」

そう、単純明快で迷いのない回答が帰ってきた。

ああ、と斎木は思った。確かに自身も実依也もやろうとしている事は間違っていると言って相違ない。

けれど、それでもやろうというのなら、出来ない訳ではないのである。

実依也の言葉に感銘すら受けた斎木は、彼の闇討ちを隠れてうかがい、高月が語るであろう真意を探ろうと思った。あるいは高月に接触するつもりだったのかもしれない。

そして、高月の後を追い陰から様子をうかがっていた。

誤算だったのは、高月の周囲に末村や波倉、古式がいた事だ。

仕方なく、というには少々短絡的で暴力的だが、末村を奇襲して昏倒させた。大した怪我はしていまいし問題はなかろう、と高をくくり、ここまでしたのだから、と腹もくくった。

同道者の波倉は突然の事に驚愕するも転瞬の間に、古式を後ろにかばい、身構えて状況を把握し、周囲に他の人気がない事を確認した。大した判断力と冷静さだ。

しかしこの後が案外大変だった。

波倉は気が強いだけでなく、一本筋の通った考え方をする人物であるから――この点で斎木は実依也の人を見る目に心の中で拍手を送っていたのだが――説明なく斎木を通してはくれなかった。ましてや、親友たる末村を殴り倒した斎木が高月と接触するのを看過するはずもない。斎木は女性が戦うべきではないと思わないし弱いとも考えていないが、ここまで毅然と自分のような男に立ち向かう事が出来る女性を、しかも綺麗な言葉でなく冷静な行動で示せる女性を初めて見た。

はっきり言うなら、彼は本当に感心していた。

もしも出会い方が違えば、恋愛感情すら湧き上がったかもしれない。

しかし現実的な問題として、この毅然とした女性は敵として斎木に相対している。

無論、波倉をのかせる事は暴力を用いれば簡単なことである。

けれども、この決意を理不尽に折る事が斎木にはどうしても出来ないように思えた。

一旦、逃げるというのも手の一つやもしれない。

とはいえ、この決意から無為に逃げるというのもまた出来ない気がする。

「行っていいよ」

そのような調子の斎木の葛藤を断ち切ったのは、古式の一言だった。

「よく分からないけど、斎木君は斎木君なりの考え方して、それでここにいるんだよね」

驚いた斎木は肯定も否定もせず、その表情のままに固まる。

「なら行っていいよ。きっとここで止めた方が、もやもやしたままになっちゃうし」

けれど、と古式は斎木を指さして言った。

「ちゃんと後で、ごめんって、言うんだよー?」

どこまで見透かされているのかは分からなかったが、古式は波倉が文句を言うのも抑え込み、斎木を通してくれた。

それは、自分たちへの被害を他者になすりつける卑怯な回避行動のようにも見える。他の誰かがそうしたのなら、斎木は間違いなくそう思っただろう。しかし、古式の表情に後ろ暗さも腹黒さも見えはせず、そこにあるのはただただ理解と決意とに染まった真摯なる眼差しだけだった。水より澄んでいて光より明るくまっすぐなその眼差しに、斎木は思わず気圧された。

そうして気づかされた。

これからやる事に――それが誰のためだろうとどんな事だろうと、いかなる結果であろうとも――意味がないという事に。

何故なら、斎木自身がそう思ってしまったから。

そう思ってしまった事で、それが義憤とかこつけた自己満足だと理解したから。

同時に、古式もまた強い事を彼は知った。彼女は何があっても高月が何とかすると信じていた。

そうして、斎木は決めた。

高月ツミキと決着をつけようと。

八つ当たりでも自己満足でも、卑怯でも非道でも、戦おう。

そうして、また負けるだろう。

負けて納得しよう――どうしようもない事なのだと。

斎木が欲していたのは、あるいは荒神が探していたのは、勝利ではなく明確な決着だったのだ。

それは自分が負けてしまうという結果だとしても――残酷でも不本意でも、不明確よりはよほどいい。

何故ならそこで終われるから。

斎木は分かりやすい決着を欲していたのだ。

だから彼は全力で、敵として、高月ツミキに対峙する。

誤算だったのは万策尽きた荒神が割り込んできた事だが、それはそれ。

おあつらえ向きに雨まで降ってきた。

さあ、戦おう。高月ツミキ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ