降雨
何度目だろう、地面に倒れた。
「立て」
斎木の重く暗く、鈍い声が俺の耳に届く。
それと同時に振り下ろされる竹刀をかわすため、俺は何とか横に転がる。
直後、上手く体をさばいて立ち上がり、斎木と対峙。
「なんなんだよお前、いきなり!!」
俺は痛む体をかばいながらも叫んだ。
無論これは時間稼ぎの意味もあった。どういう訳か一向に現れない弾希たちが到着するまで勝負を引き延ばせれば、状況は一変する。
手負いとはいえ二対一になれば、こちらに圧倒的な分がある。
しかしこの苦し紛れで言い放った一言が、火に油どころかダイナマイトぶち込むぐらい逆効果だとは思わなかった。
「高月お前、ふざけるのもいい加減にしろよ」
木々が風でざわめくように、あるいは空に暗雲がたちこめるように、斎木の雰囲気に名状しがたい黒い感情が混ざる。
それを察知した俺は直感で後ろに跳ぶ。
同時、今までで最も鋭い一閃が俺の眼前を掠めた。
「たった半年会ってない程度で、忘れたとは言わせねぇぞ!!」
斎木はもう型とか構えとかそういうのを完全に無視して、滅多やたらに打ち込んでくる。
俺はとにかくよける事に徹する。
今のこいつは多分、俺が例え倒れたり無抵抗になったとしても攻撃の手を止めないだろう。どういう訳だか、初対面のはずの俺はこいつに怨まれているようだ。
その謎を解くカギは、半年前に俺が斎木に会っているというやつの発言。
さすがにそんな最近の記憶まで飛んだ覚えはない。
入学式のような、中学の序盤の記憶はおぼろげな部分もないではないが、半年前の事ならはっきりと覚えているはずだ。
現に、ミーヤの道場で剣道をした事や、ミーヤと決闘した事は忘れたくても覚えてる。
ならどうして斎木の発言と俺の記憶に食い違いがあるのかと考えれば、一つの仮説を立てる事が出来る。
俺とこいつは小学校の頃知り合いだったのだろう。
そして半年前にどんな形にしろ再会した。
しかし、その再会した際に俺は斎木を認識していなかった。
つまり、俺の記憶上では小学校以来会っていない事になるのではないのか。
かなり無茶な推測だが、そうとでも考えないと俺と斎木の話の食い違いっぷりは説明できそうにない。
あれか、こいつは仮面でもかぶった状態で俺と会ったのかね。
……変身ヒーローじゃあるまいし、さすがにそれはないか。
っと、くだらない事まで考えている場合じゃない。
斎木の猛攻を凌ぎながら一人漫才をやる精神的余裕は、あいにくと持ち合わせていない。
さて、しかし、だからって――どうするか。
そんな風に考えていた時、予想外の理由で状況が一変する。
ミーヤが急に立ち上がり、斎木に打ちかかったのだ。
急な事で対応しきれなかった斎木は、これを防ごうと竹刀を上げる。
しかし、ミーヤのそれはいわゆる誘い面。
平たく言えばフェイントだ。
釣られてがら空きになった胴に一撃を入れるのかと俺が思う間に、ミーヤは斎木の竹刀の柄に自分の竹刀を添えた。
直後、それを上へ一気に振りあげる。
「!?」
事態に気づいて愕然とする斎木。
彼の手にあった竹刀が、宙を舞っていた。
巻き上げ。
剣道が発達する過程で廃れた巻き技と呼ばれる技の一種で、相手の竹刀を弾き上げる大味な技だ。
剣道では竹刀を手放すと反則負けになる。
そしてその事より重大な事は、この技は見た目が派手で相手に与える精神的ショックも計り知れない。
実際、斎木は竹刀を構えていた時の格好のまま、目を見開いて動けずにいる。
竹刀が落ちる音が、響いた。
金縛りが解けたように、斎木は両の手をだらりと下ろす。
「俺の勝負を、邪魔すんな!!」
そう言ったミーヤは足が限界だったのか、膝をついてうずくまる。
ポツリ、と頬に雨粒が落ちる。
それを皮切りに、静かに雨が降り始めた。