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月輪邂逅

 そうしてグァルドがオルベルの魔人となり、ヴェイン一行が魔王の城に居候するようになってから二カ月が過ぎた。その間ヴェインの代わりとなる勇者は現れず、またグァルドが放り投げた聖剣ジュスティクスも発見できないままだった。

「貴ッ様!! それは僕のパンだぞ!!」

「知るか、別にお前の皿からとった訳じゃないだろうが」

「あ、あのパンならまだあるから……」

「……馬鹿」

「あはは、馬鹿~」

 そのため五人はこうして魔王の城で何とも奇妙な共同生活を続けていたのだ。しかし、そこにセリアの姿はない。アラパコルにいる理事長と聖君に事を伝えたらすぐに戻るといっていた彼女は二カ月経っても戻って来なかった。

(むう……、セリアめ。帰って来ないとは一体どうしたというのだ)

 新しいパンをウィニから受け取りながら、ヴェインは心の中でそう呟く。

 また、この二カ月聖剣を捜索し続けたが芳しい成果は得られていない。当然グァルドも捜索に加わっていたのだが、それでも見つけることはできなかった。

(これ以上ここに居ても得られるものはなさそうだし……)

 グァルドとオルベルの弱点を探すため、ほぼ四六時中彼らと行動を共にしていたヴェインであったが、こちらも殆ど成果を上げることができていない。わかったことといえば、グァルドの苦手な食べ物はキノコ類だということだけだ。

 頭の中で考えを整理しながらヴェインはルーシェを眺める。彼女はチビチビと小さな口を開け黙々と食事をしていた。

(ルーシェはルーシェで僕に協力しようとしないし……)

「……どうしたのヴェイン?」

 彼の視線に気づいたルーシェがそう尋ねる。

「ふん、何でもない」

 彼が次に視線を向けたのはグァルドとオルベルである。この二人もヴェインの苛立ちを助長する要因の一つだ。とはいってもこの二人はルーシェとは違う方法で彼を苛つかせているのだが。

「うっ……。オルベル、プレゼントだ……」

「ダ、ダメだよ、グァルド。ちゃんとキノコも食べなきゃ」

「大丈夫だ。キノコなんてモンを食わなくても死んだりしねえ」

「……なら代わりに人参食べてくれる?」

「おお、いくらでも食ってやる」

「じゃ、じゃあトレード……」

「うっし!! 成立だ」

(ああ、恥ずかしがりながらもグァルド様と頑張って会話するオルベル様……。何て可愛いのかしら……)

「ウィ、ウィニ!! 鼻血、鼻血!!」

 一カ月が経過した頃からこのように二人が人前でイチャイチャするようになったのだ。勿論二人にそんな自覚はないが、無関係の人間から見ればそのようにしか見えない。実際目の前の光景はヴェインには余りにも堪え難いものであった。

(……………………駄目だ、もう我慢できん!!)

 ついに我慢の限界に到達したヴェインがその拳をテーブルに叩きつけようとした。

 その瞬間。

 強い振動と轟音が城を襲った。大量の爆弾が一斉に爆発したかのような激しい揺れは人が立っていられないほどのものであり、後ろに控えていたウィニやその他の使用人は思わず床に手をついてしまう。

「な、何だ……!?」

 何が起こったのかわからないオルベル、ヴェイン、ルーシェ、アイノの四人は互いに顔を見合わせる。しかしこの混乱の中でただ一人だけ動揺に心を侵されていないモノがいた。

「ッ!!」

 ヴェインがそれを見たとき恐怖を感じたのも無理はないだろう。それ――つまりグァルドから考えられないほどの殺気が放たれていたのだから。

 グァルドはゆらりと立ちあがると、先ずオルベルを抱えあげた。そして彼女を抱いたまま食堂を出ていこうとする。

「ま、待て。何処に行くつもりだ?」

 ヴェインは恐怖を何とか振り払い、グァルドにそう問いかける。しかし、彼は振り返ることなくこう答えただけであった。

「正門前だ。どうやらお客さんが来たみたいなんでな」

 そうしてそのままグァルドは彼らの目の前から姿を消した。

「ね~、どうする~? 私たちも行く~?」

 アイノが気の抜けた声でヴェインに問う。

「当たり前だ!! いまのは恐らくセリアが呼んだ他の勇者候補の攻撃だろう。ならその戦いを僕達が見届けなくてどうするのだ」

 震える脚に力を込め、ヴェインは立ちあがる。そしてアイノを引き連れて食堂を出ていった。

「…………ルーシェ様はご一緒されないのですか?」

 揺れが治まったことでようやく落ち着きを取り戻したウィニがルーシェに向かってそう尋ねる。

「……ええ。私は、別のところから、見物させて、もらう」

 ルーシェはウィニの質問にそう答えるとそれきり黙って食堂を後にした。

(あの人だけは何を考えているのか読めないわね……。……仕方がない)

 ウィニは側に控えていた使用人の一人を呼び付け、何事かをその耳元で囁く。その使用人は刹那、驚きの表情を浮かべたが、すぐに感情を殺して頷くと足早に部屋を出ていく。

(いま打てる手はこれだけ……かな?)

「さて……と。私もそろそろオルベル様のところに行かなくっちゃね」

 そう呟いた次の瞬間にはウィニの姿は煙のように消えていた。


 グァルドが正門前に到着すると、既にそこには見事に破壊された巨大な扉の破片があちこちに飛び散っていた。

 そして、そこに立っていたのは全身を黒い甲冑に身を包んだ騎士。顔が見えないため男か女かを判断することはできないが、発するプレッシャーから並みの相手でないことをグァルドは肌で感じ取った。

(へえ、剣一本でこのデカイ扉をぶち壊すか。…………ん?)

 オルベルを抱えたまま、黒騎士を観察していたグァルドであったが、その過程で彼の目は意外なものを捉えた。

「…………ジュスティクス?」

「え? ジュスティクスさん?」

 二人の声に反応するように黒騎士が握っている剣がカタカタと震える。

『そうよ!! 私よ!!』

「よっ、久しぶりだな」

『ええ、そうね!! 何処かの誰かさんが私を使い捨ての武器扱いしてくれたものね!! 運良く聖領の人間に見つけてもらったから良かったものの……もし海にでも落ちてたらどうするつもりだったのよ!?』

 何カ月経とうがグァルドに対する怒りは全く衰えていないようでジュスティクスの怒鳴り声が辺りに響き渡る。

「悪かったって。投げてから気づいたんだよ……ッと!!」

 ジュスティクスと会話をしてる間に徐々に間合いを詰めていた黒騎士が突如グァルドに向かって聖剣を用いた鋭い突きを繰り出す。その突きのスピードは凄まじく平平凡凡な剣士であったならいまの突きで勝負は決まっていただろう。しかし、生憎とグァルドは並みの強さではない。

 オルベルを抱えた状態でその突きに素早く反応し、後ろに跳んだのだ。左右に回避するという選択肢もあったが、聖剣は両刃の剣である。突きから薙ぎ払われ追撃を加えられる可能性が高い。

 故にグァルドは後ろに跳ぶことを選択した。短い間とはいえグァルドもジュスティクスを使用したことがあるのでその刃渡りについては把握している。黒騎士の腕の長さも計算に入れて後ろに跳べば、その突きはグァルドには届かない。

(にしても……)

 更に後退し、黒騎士との間隔を広げながらグァルドは言う。

「勇者様にしては随分礼儀知らずじゃねえか? せめて名乗るぐらいはしようぜ?」

「…………」

「おい、聞いてんのか?」

『……無駄よ』

 尚も黒騎士と意思疎通を図ろうとするグァルドに対してジュスティクスが口を挟む。

『この子私の呼びかけにも全く反応しなかったんだから。アナタに言葉を返す訳ないじゃない』

「……本当にコイツ勇者なのか?」

『ええ、私はそう聞いてるわ』

「ふーん。ま、俺はどっちでも良いけどな」

 こうして会話を交わしている間にもジリジリと黒騎士は間合いを詰めてきている。グァルドはそれを一瞥すると今度は城を支えている幾本もある太い柱の側に移動し、オルベルをその陰に下ろした。

「オルベル、死にたくなけりゃこの柱から出るなよ。顔を出すのもできれば止めとけ」

「う、うん、わかった」

 頷いたオルベルは柱から顔だけ出してグァルドを見つめる。

「オマエ……」

「だ、だってグァルドがちゃんと守ってくれるんでしょ? なら平気だよ」

「……あ~もう!! わかった、わかった!! ちゃんと守ってやるからそこで見てろ!!」

「う、うんっ!!」

 オルベルの元気の良い返事に苦笑いをしながらグァルドは黒騎士の方へと向き直る。いまの会話の間にグァルドに斬りかかることもできた筈なのだが、黒騎士は動く素振りを見せず、聖剣を右手に掴んだまま立ち尽くしていた。

「ア、ア、ア」

(何だ……?)

 そのままの態勢で黒騎士から何やら奇妙な音が発せられていた。低い、唸り声のような音。そしてその音は次の瞬間、怨嗟の叫びと化した。

「アアアウうアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアあああ!!」

 身も凍るような叫び。この世の全てを恨んでいるかのような咆哮。この声を聞けば普通の人間は耳をふさぎ、その場で蹲ってしまうだろう。それが正しい反応だ。人間としての防衛本能が働いた結果である。

 だが、この叫びの中、その中心に向かって飛び込む人間が一人いた。

 黒騎士が叫ぶと同時にグァルドは行動を開始していた。騎士の間合いに踏み込み、まず左手で聖剣を持つ右手を押さえた。そして突進の勢いそのままに右手で相手の顔面を掴み、城の外へと弾き飛ばす。

 叫ぶだけで全く構えをとっていなかった黒騎士は抵抗する暇もなく、城外へと吹き飛ばされていく。

「…………もう終わったの?」

 ぽかんとしてグァルドを眺めながら、そう尋ねるオルベル。しかし、その問いが愚かなものであったことを彼女はグァルドの表情から悟る。

「普通の人間なら、いまので首の骨は折れて終わってる」

 グァルドは黒騎士が飛ばされた方向から目を逸らすことなくオルベルの問いに答えた。

「普通の人間なら、な」

 グァルドが自らの掌を見ながらそう繰り返して言う。

「? …………ッ!!」

 グァルドの様子がおかしいと感じたオルベルが目を凝らして彼の掌を見た瞬間、彼女は驚きの余り言葉を失った。

 それも仕方がないことである。黒騎士に攻撃を加えた筈の彼の掌がズタズタに裂けていたのだから。

「グ、グァルド……その手……!?」

「心配すんな。見た目ほど酷くねえ」

 手の出血を服の裾で拭きながら安心させるようにオルベルにそう伝えるグァルド。実際傷は数こそ多いものの手が使い物にならなくなるような深い傷は一つとしてなかった。少々の痛みこそあれど戦闘に支障をきたすほどではない。

 両手の状態を確認し終えたグァルドは城外へ出る。彼のこの行動は吹き飛ばした黒騎士との戦いを続けるためであって、決して黒騎士の安否を確認するためのものではなかった。

 つまり。

 グァルドには確信があったのだ。いま自分が戦っているこの相手はこの程度で死ぬ筈がないという確信が。

 城外に出たグァルドは周囲を見渡すが黒騎士の姿はない。一体何処まで吹き飛ばされたのか。グァルドがそう考えた瞬間であった。彼は不意に頭上からのプレッシャーを感じた。

「ッ!!」

 反射的に頭上を見上げたときには既に手遅れ。黒騎士の持つ聖剣の切っ先がグァルドに迫っていた。

 狙いは首。左頸動脈。

(コイツ……、城壁に張り付いてやがったのか……!!)

 グァルドは直感的にそう悟る。そしてその直感は正しかった。黒騎士は城外に吹き飛ばされた後すぐさま態勢を立て直し、グァルドに奇襲をかけるべく城壁に指を突っ込んで潜んでいたのだ。

 結果からいえば奇襲は成功した。いくらグァルドが化物じみて強いといっても限度はある。死角から、しかも人間の動きを遥かに超えたスピードで攻撃されてはかわせるはずもない。

 だが、グァルドとてこのまま何もしないでやられる気などない。グァルドは黒騎士の狙いが首だと読んだ瞬間に左腕を聖剣の予測軌道上に割り込ませる。これでは聖剣の斬撃をまともに受ける左腕は使い物にならなくなるだろうが首は守れる。

(腕は惜しいが……死ぬわけにはいかねえ)

 腕一本捨てることを覚悟したグァルドであったが、剣が彼の腕に食い込む直前、耳をつんざくような風切り音とともに一筋の矢が飛来した。

『あいたっ!!』

 その矢は聖剣の腹の部分に直撃し、黒騎士の手から聖剣を弾き飛ばすことに成功する。そしてグァルドがその刹那生まれた黒騎士の隙を見逃す筈がなかった。聖剣を失くし無防備になった黒騎士の脇腹に渾身の蹴りをお見舞いする。

 空中で蹴りをかわすことができる訳もなく、黒騎士は力を加えられた方向へと何度も地面に叩きつけられながら吹っ飛ばされていった。

(腕は……無事だな。皮膚を切られた程度ってとこか。脚もまあ、大丈夫か)

 黒騎士を蹴り飛ばした方の脚を見ると両手の掌と同じく無数の切り傷でズタズタになっている。傷から滲んだ血でズボンが赤く染まるが、やはりそれほど深い傷ではない。

グァルドは手早く傷の状態を確認すると城の上部を見上げた。

(矢の軌道から考えてあの辺から射ったんだと思うんだが……。余計なことしやがって)

 彼の視線の先には誰もいない。しかし、グァルドには先ほどの矢が誰によって放たれたものなのか見当がついていた。

「おい!! 助かったのは認めるけどもう邪魔するんじゃねえ!!」

 居場所がわからないためグァルドは矢の主に対して大声で怒鳴る。助けた相手に言う言葉ではなかったが彼の性格を考えると無理もないことであった。

(さて……と。これでもうアイツは何もしてこないだろ……。後は思う存分やるだけだ)

 しかしグァルドがそう仕切り直した瞬間、今度は別の邪魔が入ることとなった。ヴェインとアイノである。

「や、やっと着いた……」

「あはは~、めっちゃ迷ったね~」

 二人はそんな呑気な台詞を吐きながら城の外を歩いている。どうやら彼らには黒騎士が視界に入っていないようだ。

「おい、邪魔だ!! あっち行ってろ!!」

 思わず二人に向かって怒鳴るグァルド。しかし、それは逆効果だったようだ。アイノはともかくヴェインがグァルドの言葉に素直に従う筈がなかった。

「貴様、いきなり何だ!! 僕を誰だと……」

 グァルドの言葉に怒鳴り返そうとしたヴェインの言葉は最後まで言い終えることなく途切れる。

「ギイイ、アウアアアアアオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 黒騎士の二度目の咆哮である。しかし先ほどの叫びとは違い今度の叫びには苦痛の色が窺えた。

 土煙の中から起きあがった黒騎士の甲冑には特に傷は見当たらない。その表面は相変わらず鈍い光を放っている。

 しかし、その隙間。

 甲冑で全身を覆っても生まれる関節部分の隙間。視界を得るために幾筋も開けられた頭部の隙間。それらの隙間からポタポタと紅い雫が零れ落ちていた。

「な、何だアイツは? それにあの赤いのは何だ? 血か?」

「うお~、かっちょいい~」

「おいおい、何だはねえだろ? お前らの同僚だぜ?」

 そう言いながらもグァルドの内心はヴェインと同様だった。

(何だ……ありゃあ?)

 あれは血ではない。そのことはさっきまで黒騎士と交戦していたグァルド本人が一番良くわかっている。これまでのグァルドの攻撃で出血していたとしてもあのように全身から流れ出るようにはならないからだ。

 ではあれは一体何か? その答えを得る前に黒騎士が再び動きだす。

 黒騎士はさっきの狙撃で弾かれ地面に突き刺さっていた聖剣を乱暴に引き抜き、雫を垂らしながらグァルドに向かって突進する。

『もうっ!! もっと優しく扱ってよね……って聞いてないか』

 ジュスティクスが文句を言うも黒騎士はお構いなしに聖剣を振り回す。それを全て紙一重で避けながら、ときに岩や木々を盾にしてグァルドはジュスティクスに問いかける。

「なあ!! ホント何なんだコイツは!?」

『だから私も知らないってば!! 生命力を吸って技を使おうにも上手く吸えないし……』

 大木を一刀両断しながらそれにジュスティクスが答える。

「オイ、それ何の話だ? 技を使うって?」

 ジュスティクスと話しながらグァルドは薙ぎ払いを間一髪のところで避ける。

『ええ、まだそこまで話してなかったかしら? 私は持ち主の命を少し貰って私の技を提供できるのよ。だからいまこの子は私の技を使えないわ』

「そりゃ、吉報……だっ!!」

 黒騎士の袈裟切りを後方へ跳ぶことで回避し、グァルドは距離を取る。

「というかオマエ勇者側だろ? そんなホイホイ情報渡して良いのかよ?」

『……あ?』

 今更ながら自分の行為がマズイものだったということに気づいたジュスティクスは間の抜けた声を出す。

『い、良いのよ。この子まるで死んでるみたいで何だか気味が悪いし……』

「酷えなあ、おい」

 ジュスティクスの弁明を聞きながら、再び黒騎士との距離を広げる。

 グァルドは決して格闘戦が得意な訳でも何でもない。にも関わらず彼が格闘術しか使わないのには理由がある。というのもどの武器も彼の力に耐え切れず戦いの途中で破損してしまうからなのだ。

 大抵の相手ならば武器が壊れるまでに決着をつけるか、格闘術のみで圧倒できるのだが今回はそうはいかない。そもそも手元に武器がない上に、素手で攻撃すると摩訶不思議な反撃を喰らうのだ。

(木とか岩の破片が甲冑に当たっても何ともならなかったってのを考えると……)

 グァルドは側に落ちていた石を全力で黒騎士に向けて投擲する。するとその石は甲冑に当たった途端に無数の傷をその身に刻まれ地面に落ちた。

(やっぱりな……。自分を傷つける対象にのみ作動する自動反撃オートカウンターってところか? 何にせよ素手で攻撃するのは駄目だな、何度も食らえば致命傷になる可能性もある)

 グァルドが頭の中で目の前の敵の情報を整理していると痺れを切らしたのか黒騎士が雄叫びを上げて突っ込んできた。そのスピードは凄まじく、ある程度距離があったに関わらずグァルドはそれを完全に避けることができなかった。

「うおっ!!」

 黒騎士の渾身の突きがグァルドの脇腹を掠め、彼の着衣に赤い装飾を施す。更に黒騎士は手を弛めることなく剣撃を繰り出す。

(さっきまでは様子見でしたってか? ふざけやがって……)

 いますぐ黒騎士を殴り倒したい衝動に駆られたが、何とかグァルドは踏みとどまり態勢を立て直すべく黒騎士の剣をいなし攻撃の届かない位置にまで跳んで移動する。すると着地の寸前、背後で慌てたような声がグァルドの耳に届けられた。

「う、わ、あ」

 グァルドが背後を確認する前に彼の身体に衝撃が走り、彼はそのまま無様に地面に転がる。

(何だ!? 城壁まではまだ距離がある筈……)

 あり得ない衝撃に戸惑いながらもグァルドが振り返るとそこに居たのはヴェインであった。どうやら戦いながら徐々に遠ざかる黒騎士とグァルドを追いかけたところで突如グァルドが転進したため反応できず、跳んできた彼を避けきれなかったようだ。

「こんの、馬鹿が!! 邪魔だっつったろ!!」

 余りの出来事にいつもより三割増しの阿修羅顔でヴェインに掴みかかるグァルド。

「ひいっ!! う、うるさい!! 急にこっちに向かってきたオマエが悪いんだ、ぼ、僕は悪くない!!」

 そのヴェインの言葉にこのまま首を捻じ切ってやろうかと思うほどグァルドの頭に血が上る。そしてその状態のグァルドは周囲に警戒をすることができなった。

「ッ!!」

 グァルドが顔を上げるとそこには聖剣を振りかぶった黒騎士の姿があった。

(ヤベッ、死ん――)

 その姿に死を予感したグァルドであったがその予想は裏切られることになる。

「ア、アア、ヴェ、ギウアア」

 黒騎士は聖剣を振り上げたままの状態から動かない。その剣を振りおろせばグァルドの命を刈り取れるにも関わらず。

『え、な、何?』

 振り上げられたままの状態でジュスティクスが戸惑いの声を上げる。しかし黒騎士の眼下の獣は戸惑うことなく動いていた。

 グァルドはすぐ後ろで怯えているヴェインの腰に提げられていた剣を引き抜くと、立ち上がりながら黒騎士の持つ聖剣を再び弾き飛ばした。そして返す刃で黒騎士の首を狙い思い切り剣を振り抜く。

 しかしその剣は黒騎士の首を飛ばすことはなかった。剣が甲冑に接触したその瞬間刀身が粉々に砕け散ったからである。

「ちっ、やっぱ普通の剣じゃ駄目か!!」

「ぼ、僕の剣……」

「うるせえ!!」

「えぶっ!!」

 グァルドの後ろ蹴りを喰らったヴェインはまるでボールのように転がっていった。そしてそれを合図とするように黒騎士が再び動き出す。紅い雫を撒き散らしながら聖剣を手にし、今度こそグァルドを殺そうと襲いかかる。

(例の自動反撃も剣の破壊に一役買ってやがるな……、さあどうする? このままだと死ぬぞ?)

 グァルドがそうして思考の渦に身を置くのと同時に第二ラウンドの鐘が鳴った。


 眼下の戦いを見守るようにルーシェは城壁に設けられた塀の上に立っていた。その手に握られていたのは弓。彼女の最も得意とする武器である。

「……まったく、どういうつもり、なんだろう?)

 剣を砕かれ防戦一方の状態に陥ったグァルドを見つめながらルーシェはそうポツリと呟く。こうして眺めている間にもグァルドは徐々にその身体を切られていく。

(……また、矢で、アイツの、剣を、弾こうかな……)

 そう考えが頭をよぎるが何とか実行に移すのは踏みとどまる。さっきグァルドに手を出すなと忠告を受けたばかりだ。もしいま手を出したらルーシェも無事では済まない。グァルドならば黒騎士を無視して先に彼女を攻撃する可能性すらある。

(……でも、もし、グァルドが、死にそうに、なったら、私は……)

 ルーシェは手にした弓を強く握り矢を番える。そして刻一刻とグァルドを死に近づけている黒騎士に向かって狙いを定める。

 しかしまだ彼女が矢を射ることはない。

(……彼ならまだ、……まだ、大丈夫)

 いますぐ助けに入りたいのを我慢しながらルーシェは静かにときを待つ。グァルドが死にそうになるギリギリのところまで。

 そのとき血が出るほど唇を噛みしめながら弓を構える彼女の後ろで誰かがこの場に通じる階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

 すぐ傍の物陰で自分を見張っている使用人のものではない。だとすれば一体誰が。その彼女の疑問はすぐに解消されることになる。


(早くしないと……グァルドが死んじゃう!!)

 必死に廊下を走りながらオルベルはそのことだけを考えていた。黒騎士がグァルドの振るった剣を粉々にしたのを見てその不安は一秒ごとに肥大していく。

 しかし、それはグァルドが殺されれば次は自分が危ないとかそういった考えではなく、彼女はただ単純にグァルドの身を案じていた。

 正門へと引き返しながら全力疾走を続けるオルベル。背中に背負った荷物は重く気を抜けばそれに潰されてしまいそうになる。体力は既に限界。脚が震え、悲鳴を上げているのを無視しながら彼女は走る。自分のために戦ってくれている男のために。

「オルベル様!!」

 不意に背後から聞き慣れた声が響く。オルベルが足を休めることなく振り返ると追いかけて来たのはウィニであった。

「ウィニ!!」

 オルベルは泣きそうになるのをグッと堪えウィニに倒れかかる。どうやら頼りになる人物に遭遇出来たことで身体の力が抜けてしまったようだ。

「だ、大丈夫ですか、オルベル様!?」

「私は大丈夫、それよりグァルドが……。早く彼に届けないと」

 そこで初めてウィニはオルベルが背負っているものの正体を察する。

「これは……本当によろしいのですか?」

「……うん。きっと二人とも気が合うから大丈夫。グァルドなら私より上手く使ってくれる筈だよ」

「わかりました、それでは参りましょう。オルベル様どうぞ背中に」

「ありがとう、ウィニ」

 オルベルがウィニにおぶさった瞬間ウィニの鼻から勢いよく血が噴き出す。当然慌てたのはオルベルだ。

「わあ!! どうしたの、ウィニ!? そ、そんなに重かった!? 私だけでも降りた方が良い!?」

「いえ、大丈夫です!! 降りなくて大丈夫です!! 寧ろ降りないでください、お願いします!!」

「そ、そう……?」

 本当に大丈夫なのか心配しながらもウィニの言う通りそのまま彼女の背中にピッタリとひっつくオルベル。

(ほぅおおっ!! オルベル様の未発達な双丘が私の背中にっ!! 死ねる、死ねるわ!! いまなら私、何の悔いなく死ねるっ!!)

 何が彼女のエネルギーになっているのかは定かではないがウィニは凄まじいスピードで走り出した。腕利きの射手を見つけたとの報告のあった東の城壁へ。

「えっ!? ウィニそっちじゃないよ!? 正門はあっち!!」

「いえ、こちらで合っています。これをグァルド様に届ければ良いのでしょう?」

「う、うん」

「でしたらご安心を。必ずその御命令果たして御覧に入れます」

 振り向いてオルベルの顔を見つめながらそう言い切るウィニ。本人は良い顔をしているつもりなのだが如何せん鼻血で台無しであった。


 ヴェインの剣が砕かれてから十分。未だグァルドと黒騎士の戦いは続いていた。それを見守る者はヴェインとアイノ、そしてルーシェの三名。その誰もが二人の戦闘に見入っていた。

「な、何なんだよ、アイツら……まるで……化物じゃないか……」

「すご~い……ね~」

 ヴェインとアイノの二人では黒騎士とグァルドの姿を追うことで精一杯であったが、逆にそれが彼らとの次元の違いを痛感させた。

 しかし二人から見れば互角であった戦いも戦っている当人たちにとってはそうではない。

「おおおおおおッ!!」

 叫びながら黒騎士の剣撃を全ていなしていくグァルド。しかし剣をいなすにも限界がある。既にグァルドの両腕には無数の傷が刻まれており、致命傷こそ負っていないもののそれも時間の問題であった。

「ギギ、ガ、アアアアアアアアアアアァァアアアアァァァアアアアアアアア!!」

 攻撃を繰り出す黒騎士も何故か次第に苦しみ始め、いまでは断末魔のような叫びを上げながらグァルドに襲いかかっている。しかし、それでもグァルドの不利は変わらない。黒騎士に有効な攻撃法を見つけ出さなければ勝利はない。

『アナタもう限界なんじゃないの? 死にたくなかったらいい加減退きなさい!!』

 ジュスティクスが今日何度目かの降伏勧告を口にする。しかしグァルドの戦意はそんな言葉では揺らがない。

 グァルドは身を屈め、右手で地面に拳を叩きこんだ。

岩霰いわあられ

 黒騎士に向かって無数の巨大な岩の弾丸が飛来する。無駄なことを、戦いを見守っていた三人の誰もがそう感じた。黒騎士の自動反撃によって岩が切り刻まれるだけ。

 しかし驚くことに実際は違った。

 確かに自動反撃は発動した。しかし岩を完全に粉々にすることは叶わず、勢いが衰えることなくその身に岩が直撃したのだ。黒騎士はそのまま吹き飛ばされ左腕を岩に押しつぶされる形になった。

「なっ?」

「おお~」

 ヴェインとアイノの二人が驚愕と感嘆の声を上げる。それも当然のこと。いままでまともに攻撃の手立てを立てられずにいたグァルドがようやく攻撃に転じたのだから。

(やっぱあの大きさの岩は完全には壊せねえみたいだな……)

 グァルドは自分の読みが当たっていたことを確認する。

(これまでの戦闘でアイツが粉々にできたのはこぶし大、もしくはそれ以下の大きさのものだけだ。それ以上の岩やら枝は全部表面しか傷つけられてなかったのがその証拠)

 これで黒騎士攻略の突破口が見えたかのように見えたが黒騎士が有利な状況は変わらない。確かにグァルドは黒騎士の自動反撃を通り抜ける方法を見つけた。しかし――。

(痛ぅ……。やっぱこの腕じゃ無理があったか)

 ボロボロの腕で負担の大きい技を使った反動により右腕からの出血が左腕に比べて激しくなっていた。

(左腕じゃ岩霰は使えねえし……)

 無論周りに戦いに使えそうな大きな岩もない。つまり、黒騎士に一撃お見舞いしたもののグァルドは攻撃手段を失ってしまったのだ。

(アイツが動けなくなってる間に何か探さなきゃマズイか)

 グァルドがそう結論づけた瞬間、彼の耳に奇妙な音が聞こえた。金属が無理に捻じ曲げられるようなそんな音が。

「!!」

 振り返ったグァルドが見たものは岩に押しつぶされた左腕を甲冑ごと引き千切り自由の身となった黒騎士であった。肩口からは紅い液体が勢いよく溢れ更に黒い甲冑を紅く汚していく。

 自由になるためなら左腕を犠牲にする必要はなかった。時間をかければ左腕は黒騎士の身体に付属したまま岩から抜け出すこともできた筈だ。

 しかし、黒騎士は五体よりもグァルドに反撃の隙を与えることなく速やかに始末することを優先した。確かにグァルドを殺すためにはそれが最善である。だが、それがわかっていても何の躊躇もなく自らの腕を引きちぎれる人間がいるだろうか。

 グァルドでさえその光景を見、初めて黒騎士に対して恐怖を感じた。

「オオォォアアアアァァアアアア、ガガ、ギイアアアアアアアアァァァアアアアアアア!!」

 その一瞬。グァルドが身体を強張らせた瞬間を黒騎士は見逃さなかった。腕を失くしバランスを失いながらも残った右手で聖剣を握りしめ、特攻をかける。

 黒騎士の狙いは心臓。ここならば突きが外れても他の部位に傷を負わせる可能性は高い。聖剣の鋭い切っ先が瞬く間にグァルドに迫る。

(マズイ……!!)

 グァルドがこの突きを完全にかわしきれないと悟ったとき再び彼の耳は風切り音を捉えた。

(まさか……またルーか!? 手を出すなとあれだけ――)

 しかしグァルドのルーシェに対する文句は最後まで続かない。それは怒りからでも黒騎士に既に殺されたからでもなく、驚愕により二の句を継げなくなったからだ。

 風切り音を捉えた直後、目の前の地面が爆散する。それにより生まれた大量の石の弾が黒騎士を襲い、その突きをキャンセルさせる。

 不意に攻撃を受けた黒騎士は更なる追撃を恐れたのかグァルド、そして爆発の起きた中心部から離れる。しかしグァルドには先ほどと同じく、いまの攻撃がルーシェによるものだということがわかっていたので黒騎士のように後退することはなく、その場に留まり彼女がいるであろう城壁の上部を見上げようとするが――。

『フハハハハハ!! 余、参上ゥ!!』

 突如戦いの場に響き渡った大声がそれを阻止した。

「な、何だ!?」

 野太い声がした方を振り返るとルーシェの狙撃により爆発の起きた中心部から再び声が聞こえてくる。そしてそこにあったのは一振りの黒い大剣。二メートル近い長さを持ち両手で扱うことを前提とした、所謂ツーハンデッドソード。

『ウン? 小僧が余の使い手か? ……ホゥ、中々の猛者ではないか、それに面も良い。フハハハハハ!! 良かろう!! 小僧になら余を使わせるに値するわ!!』

「いやいやいやいや!! 何だオマエ!?」

 そう言いながらもグァルドにはこの大剣が何であるか薄々気づいていた。何故なら彼は同じような存在を既に一人知っている。

『そんなことを言っている場合ではあるまい。ホレ来たぞ』

 大剣に促されてグァルドが視線を黒騎士に戻すと再びこちらに向けて突っ込んできているところであった。それを見てしまってはこれ以上大剣と問答を交わしている暇などない。

「はぁ……仕方ねえ、自己紹介は後回しだ!! 精々折れねえように頑張れよ!?」

『フハハハハハ!! 要らぬ心配だ!! こちらこそ小僧の手並み、拝見させてもらうぞ!!』

 そうしてグァルドは黒い大剣の柄を手に取り、黒騎士との戦いを再開した。


「……はぁ……、腕痛い……」

 グァルドが黒騎士との戦いを再開したのと同時刻、ルーシェは塀に背中を預け、腕をさすりながら座り込んでいた。

 勇者の護衛として多少の無理をしても平気な鍛え方をしているルーシェといえどもいまのは流石に堪えたようだ。矢の代わりに剣、しかも大剣を弓で射るなどという離れ業をやってのけたのだから当然といえば当然である。

「ご、ごめんなさい。ルーシェさん、大丈夫ですか?」

「……とりあえずは」

 ルーシェを心配してウィニの背後から覗きこむオルベル。しかしそれに対するルーシェの反応は素っ気ないものであった。

「……私は、したいように、しただけ、ですから、謝罪も、感謝も、いりません」

「そう……ですか……」

 ルーシェの態度にしょんぼりするオルベルを気遣ってウィニが彼女を憤怒の眼差しで睨みつけながら話を変える。

「兎にも角にも(ギリッ!!)あの方をグァルド様に(オルベル様の御厚意を)お届けできたのですから(無駄にしやがって)良しと致しましょう(このガキ!!)」

「そ、そうだね……」

 オルベルはウィニの言葉に頷き再び城下のグァルドに目を向ける。これまで防戦一方だったグァルドはまるで別人のように攻めに転じ、徐々にだが黒騎士を追い詰めつつあった。

「……結局、私が、射った、あの黒い剣は、何だったの? グァルドが、使って、折れないってことは、まともな、剣じゃ、ないんだろう、けれど」

 ウィニの殺気を帯びた視線をさらりと受け流しルーシェはそう問いかける。

 グァルドを助けられると聞いて手を貸したが、ルーシェはあの剣については何も聞かされていない。結果的にその通りになったので彼女としては文句はないが、何もわからないままでは気持ちが悪い。

「……残念ですが勇者の護衛であるルーシェ様にはお教えできません」

 先ほどの仕返しとばかりにウィニはそう返答する。してやったりという表情のウィニだったがその表情はすぐに崩れることになった。

「ウィ、ウィニ!! ルーシェさんは手伝ってくださったんだからそんな酷いこと言っちゃ駄目だよぅ!!」

 そう言いながらウィニの背中を叩くオルベル。無論オルベルの力はたかが知れているので肉体的なダメージは皆無だったが、ウィニの精神には壊滅的な打撃を与えていた。

「……だそうだけど?」

「グッ……!!」

 どこか勝ち誇ったようなようにルーシェにそう言われ、苦虫を噛み潰したような顔をするウィニ。しかしオルベルに見られることを恐れてか、すぐにその顔を引っ込め普段の使用人としての顔で説明し始めた。

「失礼致しました。あの剣はかつて圧倒的な力を以て魔領を統べることに成功したお方。そしてここに居られるオルベル様の祖父にあたるお方です」

「……まさか」

「はい」

 そこで一旦言葉を切り、ウィニは城下のグァルドを、正確にはグァルドの持つ黒い大剣を敬うように見、こう言った。

「あの大剣こそ初代魔王エイヴィル様です」


 同時刻、城下においてグァルドは未だ黒騎士と斬りあっている。しかしそれはグァルドが苦戦しているという訳ではなく彼自身がそうなるように仕向けていた。

 これまでグァルドは鍔迫り合うという経験がなかった。何故ならこれまでは鍔迫り合う前にグァルドの剣が折れるか相手の剣が折れてしまうかのどちらかしかなかったからだ。

そしていま、初めて知るその感覚にグァルドは心を奪われていた。

『エイヴィル!! 今頃になって出てくるなんてどういうつもりよ!?』

 かつての宿敵の登場に黒騎士に振るわれながら声を荒げるジュスティクス。しかしエイヴィルは彼女のように声を荒げることはなく寧ろ親しげに話しかけていた。

『フハハハハハ!! 余とて理由など知らぬわ!! 聞くならあそこに居る余の孫に聞くのだな、ジュスティクスよ!!』

『……ッ!! そうか、オルベルちゃんがアンタを表に出したのね……、余計なことをッ!!』

 憎々しげにそう叫ぶジュスティクス。

「おいおい、お喋りなんかしてんじゃねえよ」

 二人が会話に集中し出したので思わずグァルドが文句を言う。彼にとってはエイヴィルがいままで出て来なかった理由などどうでも良いようだ。

『おお、済まん、済まん!! 五百年ぶりに会ったのでな、つい話が弾んでしまったのだ!!』

『弾んでない!! 勝手にアンタが話しかけてきたんでしょ!?』

 その言葉と共に振り下ろされたジュスティクスをエイヴィルで受け止め、逆に黒騎士ごと弾き飛ばす。

『フハハハハハ!! その腕でここまでやるか!! 流石余の見込んだ男よ!!』

「そりゃどーも。両手使ってんだからこれぐらい普通だろ」

『小僧の腕の程は見せてもらった!! ならば次は!! 余の力を見るが良い!!』

 エイヴィルがそう叫んだのと同時にグァルドは自分の身体から微弱ではあるが力が吸われていることに気がつく。

「なあ、何か吸ってる?」

『オオ、ガンガン吸っとるぞ!! フハハハハハ、美味、美味!! これほど良い命は初めてだ!!』

「せいッ!!」

『オゥウッ!?』

 突如地面にエイヴィルを叩きつけるグァルド。

『何をする小僧!!』

「っめーが何しやがる!! 勝手に人の生命力吸ってんじゃねーぞ!?」

『ムゥ……、ケチケチするでないわ!! この程度吸われたところで小僧にとっては大した量ではなかろう?』

「そういう問題じゃねえだろうよ……」

 グァルドがため息をつくと同時に黒騎士が再び襲いかかる。しかしその打ち込みは最初に比べ確実に軽くなってきており、キレもない。

(コイツ、何でかはわかんねえけど、弱ってきてる……のか? ならもう楽にしてやるのが情けってもんか……)

 そう感じたグァルドはエイヴィルに問いかける。

「なあ、オマエの技とやらなら一撃で終わらせられるか?」

『フハハハハハ!! それは愚問だぞ、小僧!! 余の技を受けて一撃で倒れぬ輩など居らぬわ!!』

 その返事を聞いてグァルドは決心する。

「うっし。なら吸え」

『良い決断だ!!』

 その言葉とともにさっきよりも明らかに勢いよくエイヴィルがグァルドの生命力を吸い上げる。

 そうして吸われている間にもグァルドは黒騎士の攻撃を防ぎ続けていた。弾き、いなし、押し返す。そうしてあらゆる方法を用い、黒騎士の狂ったような攻めを防ぎきる。

『よし、では行くぞ、小僧よ!!』

 グァルドが自分の気を吸うことを許可してから十秒ほど経った頃であろうか。準備が完了したらしいエイヴィルがそうグァルドに声をかける。

「早えな、もうかよ!?」

『フハハハハハ!! 質が良ければ量も少なくて済むのだ!!』

「ふ~ん、そういうもんかね……。で? 俺はどうしたら良いんだ?」

『とにかく攻めろ!! 技のタイミングは余が見極めてやる!!』

「あいよ」

 これまで防戦に徹していたグァルドが動く。鍔迫り合っていた聖剣を力任せに押し返す。

『…………ッツ!!』

 ジュスティクスが痛みに堪えるような声を漏らすと同時にその刀身が軋みを上げた。

『ジュスティクスよ、主に恵まれんかったな!! いくら貴様が余と同等の力を持っていようが使い手がそれでは話になるまい!!』

『う、五月蠅い!! まだ負けた訳じゃあ……』

「いや、お前らの負けだって」

 ジュスティクスの言葉を遮りグァルドがそう言い放つ。

 グァルドはエイヴィルの刃を滑らせ黒騎士と位置を交換するような形ですれ違う。そして黒騎士が振り返ったとき、既に勝負は決していた。

 何故ならば黒騎士に打つ手は残されていなかったからだ。

正確には腕だが。

「ガガ、ギィアアアァァォオオァアアアアアア!!」

 黒騎士の左腕はジュスティクスを掴んだまま宙を舞い少し離れた地面に着地していた。その右腕はジュスティクスが地面に突き刺さった衝撃でも彼女から手を離すことはなくダラリと力なくぶら下がっている。

『……オイ小僧』

「何だよ?」

『なぁぁにをやっとる!! 余は攻めろとは言ったが倒せとは言わなかったろうに!! ああ、もう台無しではないか!!』

「うるせえなあ……。別に無駄な力使わなくて済んだんだから良いじゃねえか」

『たわけ、そういう問題ではないわ!! あああああ、折角の余の格好良いシーンが……』

(……何かコイツもジュスティクスみてえに面倒だな…………ッ!!)

 背後から刺すような殺気を感じてグァルドは思考を中断する。それと同時に振り返ると目の前には鈍く光る刃が迫っていた。

「グッ、……オオッ!?」

『無事か、小僧!!』

 グァルドは直前で身を捩り何とか回避したが、あとほんの少し避けるのが遅ければ確実に右眼は使い物にならなくなっていた。それ以前に殺気に気づいていなければ頭を串刺しにされていただろう。

「この馬鹿野郎が……」

 グァルドは苦々しげに唾を吐きながらそう悪態を吐く。彼の目の前に立っていたのは両腕を失った黒騎士。グァルドは止めは必要ないと思っていたようだがそれは間違いだったらしい。

 黒騎士の両足の爪先から鋭い短剣が飛び出していた。ついさっきグァルドの眼を潰しかけたのもこの短剣であることは疑いようがない。つまり黒騎士は未だ戦闘力を隠し持っていたのだ。

「おい、アイツに引導を渡してやりたいんだが?」

『……よかろう。余も不完全燃焼甚だしいからな……。では構えよ』

 両手で支えながらグァルドはエイヴィルを頭上に構える。

 ただならぬ気配を察知したのか黒騎士は満身創痍である筈の身体を限界まで酷使し、技が放たれるより先にグァルドの息の根を止めるべく飛びかかった。

 そのスピードたるや黒騎士のこれまでのどの動きよりも速く、実際その場にいたヴェインとアイノには黒い影にしか見えなかったほどである。

 しかし。

 その程度の速さでは先にグァルドを殺すことなどできなかった。

刃潰じんかい

 黒騎士の短剣の切っ先がグァルドの喉元に届くか届かないかというところ。そこに黒騎士が到達した瞬間、その身体はエイヴィルによって粉砕されていた。辛うじて人の形は残っていたが。

「……とんでもねえな、オマエ……」

 グァルドはいまのエイヴィルの一撃で生まれたクレーターの中心で呟く。黒騎士どころか地面までを半径十メートルの円状に粉砕したところを目の前で見せられてはグァルドとてそう認めざるを得なかった。

『フハハハハハ!! そうであろう、そうであろう!!』

 久しぶりに全力を出せて満足したのか何とも豪快な笑い声を上げるエイヴィル。その声は響き渡り、グァルドの勝利を周囲の人間に知らせる勝ち鬨となった。


ジュスティクスはエイヴィルの馬鹿笑いを耳にして自らの敗北を悟る。

『……負けちゃった……。まあ、技も出せない状態じゃ仕方がないことだったけどね――ッ!?』

 そうジュスティクスがひとりごちたのと同時に彼女に未だぶら下がっていた黒騎士の右腕がガタガタと震え出す。

『えっ? ちょ、ちょっと何!? き、気持ち悪ッ!!』

 思わず動揺するジュスティクスであったが、幸いなことに震えは次第に治まりついにはピクリとも動かなくなった。そして彼女を掴んでいた黒騎士の右手の力も緩み、遂には地面に落ちた。

『……何、これ……』

 ジュスティクスはその腕を見下ろしながら呟く。

 彼女の目の前で黒騎士の腕はまるで溶けるように赤黒い液体に変化し、甲冑のみを残して蒸発して消えてしまっていた。更に周りを見渡すと黒騎士の身体から流れていた紅い雫も既に黒ずみ始めており次々に蒸発して消えていく光景が彼女の眼に映ることとなった。

『私がいままで一緒に戦っていたのは……人じゃ……なかった……? じゃあアレは一体……?』

 心に生まれつつある不信感を否定しながらも、彼女はその疑問まで消しさることはできなかった。


 黒騎士の身体の変化は当然のことながらグァルドとエイヴィルも目撃していた。急に甲冑が震え出したときは流石の二人も驚いたが、その中身が黒い液体に変わるとようやく警戒を解く。

「何だったんだ、コイツ?」

『さあてな。余にもわからん』

 二人して首を傾げていると背後から唐突に声がした。

「やっぱり負けたか、まあ十分データは取れたから良いとしよう」

「『!!』」

 同時に反応したグァルドとエイヴィルは互いに確認をとることなく臨戦態勢へと移った。グァルドは構え、エイヴィルは自身の刃を研ぐ。

「はい、ストップ。別に俺は戦いに来た訳じゃないぞ、グァルド=ハルフストライク」

 目の前の白衣に身を包んだ中年の男は手をつきだしてグァルドを制止する。

「……何で俺の名前を知ってる?」

「さあ、何でだろうな? 半端者なんぞに教える気はないがね」

「…………」

 グァルドが押し黙っていると胡散臭さ全開のその男は芝居がかった態度で一礼し、勝手に自己紹介を始める。

「俺はメンゲレ。アラパコルにある聖君直轄の施設で研究をしているしがない研究員ってところだ」

 メンゲレと名乗る男は煙草に火を灯し、それを一口吸い紫煙を口から吐き出す。一服したところで彼は話を続ける。

「んで、今日俺はアレと聖剣を回収しに来た訳なんだが構わねえよな? 持って行っても?」

 黒騎士だったモノとジュスティクスを指差しながらグァルドに尋ねる。何でもないような口調だったが、そこには異論は認めないというメンゲレの確固たる意志が見え隠れしていた。

「ああ、構わないぜ。というかさっさと片付けろ」

『小僧!! あの甲冑はともかくジュスティクスまで渡すことはなかろう!?』

「何だ? アイツが心配なのか?」

『んな……!! ふ、フハハハハハ!! しょ、笑止!! 余はあやつが聖領に持ち帰られても一向に構わん、構わんとも!!』

 明らかに動揺を隠せていないエイヴィルであったが、グァルドは敢えてそれには触れないことにした。

「つー訳だ。遠慮なく持ってけ」

「フフ……助かるよ。――おい、回収急げ!!」

 メンゲレがそう言うと同時に近くの森の中から機材を持った数人の研究員らしき風貌の男たちが黒騎士とジュスティクスの周りに駆け寄る。

『ちょ、ちょっと私は仮にも聖剣なんだからそんなに強引にしないでよ!! きゃっ……!?』

 研究員たちの自分への扱いに文句を垂れるジュスティクスだったが予め用意されていたと思しき赤い布に包まれ、強制的に静かにさせられる。

『ぐぬぬ…………!!』

 その光景を見てエイヴィルが刀身を震わせる。

「どうした? やっぱり心配か?」

『ッ!! そんなことはないと言っておろうが!!』

 からかわれたのを不満に思ったらしいエイヴィルはそれきりグァルドに話しかけようとしなくなった。

「やれやれ……とりあえず俺も帰るとするか。おい、え~っと、メンゲレ……だったか?」

 名を呼ばれメンゲレがグァルドの方をゆっくりと振り返る。

「何だ?」

「俺はもう城に戻るけどお前らもそいつ片付けたらさっさと帰れよ? いつまでもここに居座るようなら――遠慮なく殺すからな?」

 射るような視線でメンゲレを一瞥してグァルドはその場を後にした。

 後のことを考えるのであればここで彼は回収を断るべきだった。少なくともジュスティクスだけでも回収を拒むべきであったのだ。

 しかしもう遅い。運命の歯車は一つのエンディングに向けて廻り出した。


 黒騎士の回収作業をぼんやりと立ち尽くしたまま眺めているヴェイン。その側にアイノもいるがどうやら彼女も回収作業を見るのに夢中になっているようで大人しくしている。

「ヴェイン、こんなとこに居たのか」

「わわっ!?」

 急に背後から声をかけられヴェインは飛び上がる。

「あ~、メンゲレのおじちゃんだ~」

「な、何、先生だと?」

 ヴェインが振り返るとそこには煙草を咥えた白衣姿の中年男性が立っていた。どうやらグァルドとの会話を終えヴェインを探してここまでやってきたようだ。

「よお、久しぶりだなヴェイン。お前が魔王討伐のためにアラパコルを出発したとき以来だから大体二カ月振りってとこか? アイノも元気そうじゃねえか」

 アイノの頭をグリグリ撫でながら紫煙を吐きだす。

「えへへ~」

 撫でられて嬉しそうな声を出すアイノ。それを見ながらヴェインが恐る恐るといった様子で口を開いた。

「せ、先生? どうしてこんなところにいらっしゃるんです? それにアレは一体?」

 ヴェインがメンゲレのことを先生と呼ぶのはメンゲレが彼にとって剣術を習った師であるからだ。故に彼はメンゲレの言うことには逆らえないし、そもそも逆らおうと考えることすら頭に浮かばない。それほどまでにヴェインはメンゲレに心酔していた。

「セリアから連絡を受けてな、お前を助けに来たんだ。……まあ、その戦力はあのグァルドって小僧にやられちまった訳だが」

 メンゲレは変わり果てた姿になった黒騎士を指差しながら言う。

「お、どうやら回収作業も終わったみてえだな。じゃ、帰るぞお前ら」

「え? か、帰るって……何処にですか?」

「アラパコルに決まってんだろ。……実を言うとお前の親父さんがセリアの報告を聞いて怒り狂っててな……、引き摺ってでもう連れて帰ってこいとのことだ」

ヴェインの質問に呆れたような顔をしながら答えるメンゲレ。そしてそこまで言って彼はあと一人ヴェインの護衛が足らないことに気がつく。

「ん? そう言えばルーシェはどうした? 一緒にアラパコルを出た筈だろ?」

 そのときルーシェは城壁の上にいたのだが、ヴェインとアイノ、そのどちらも彼女の居場所については知らなかった。

「そういえば……アイツ何処に行ったんだ?」

「あはは~、私たちがね~、外に出たときはもういなかったよ~」

「す、すいません先生!! ちょっと僕探してきます!!」

 アイノの証言からルーシェがまだ城の中にいると判断したヴェインは慌てて走り出そうとするがそれをメンゲレは制止した。

「あ~待てヴェイン。別に構わねえ、どうせまたここには来ることになるだろうからな。そのとき迎えに来ればいい」

「つまり彼女を魔領に一人置いて行けと……?」

「いつまで経っても心配症は直んねえな、お前は。ルーシェなら一人で何とかできる、それだけの能力があいつにはある。だから要らねえ心配してねえで行くぞ」

「は~い」

 そう言うとメンゲレは部下の研究員に用意させていた馬のもとへと歩き出す。アイノはすぐにそれに従い、ヴェインはしばらく逡巡していたが結局メンゲレに従い彼の背中を追いかけていった。


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