日輪邂逅
中二☆爆発。完全にその場の勢いで書きましたが後悔はしていません。
読みづらい点もあるかと思いますが生温かい目で読んで頂けると嬉しく思います。
「どこまで……行けば、良いんだよ……」
すっかり夜の帳が下りた山の中を一人彷徨いながら黒髪の男は鬼のような顔をしかめてそう呟く。
彼が聖領の首都アラパコルを出発してから既に一週間、その道中誰にも出会わなかったことを考慮するとそう心配になるのも当然といえよう。
とはいっても出発して二日目の朝には既に聖領を抜け、魔領へとたどり着いていたので出会うとすればそれは人間ではなく魔物なのだが。
世界は聖領と魔領に二分され、聖領には人間が、魔領には魔物がそれぞれ住んでいる。そしてこの二つは五百年前から互いに競い合い、自分たちこそが至上の種族であると主張し合っていた。
(ヒナ婆の所から持ってきた食糧ももう残り少ないしな……。そろそろ本当に着いてくれないとサバイバル生活が始まっちまうぞ……)
魔物には人間のように街や村といったコミュニティを形成する習性はない。一匹、一匹が単独で行動することが殆どで、魔物が形成する最大のコミュニティとしては家族規模のものがある程度である。
そのため魔領では何処かで食糧を分けてもらうということができず、現地調達が基本となるのだ。勿論、普段人間が魔領に立ち入ることなどないので、そのこと自体は特に問題ではない。そう、現在山の中をうろついている一人を除いては。
(とりあえず星は見えてるから方角を間違えてるって訳じゃなさそうなんだが……)
男が空を見上げるとそこには数え切れないほどの星が光り輝き、自らの存在をこれでもかといわんばかりに主張している。
それらの星々は一年を通して移動することがないため、『天海の地図』と呼ばれ親しまれており、彼もその例に漏れることなくその恩恵にあずかっていた。
(……そろそろ休むか。明日には到着すると思いたいな)
そう考えたとき、遥か後方で何かの物音がするのを男の耳が捉えた。そしてそれを察知した瞬間には、彼は既に背の高い木の枝の上に移動していた。
「何の音だ?」
集中して音を拾う。
(一定のリズムで聞こえてくる……何かを叩く音? いや、これは……馬の蹄の音か?)
目を閉じ、音のみを頼りにして、向かってくる勢力を把握していく。
多少音が重なっていて正確な数はわからないが恐らく四、五頭。また、蹄の音に紛れて小さな金属音が聞こえてくることから何かしら武装しているようだ。そして会話をする人間の声もその音に混じって聞こえてくる。
(ん? この声最近どっかで聞いたような気が……)
音が近づいてきたことで彼は閉じていた目を静かに開ける。木の上でやり過ごすつもりだったが、聞き覚えのある声の主を確認するために再び地上に降り、目を凝らす。
彼の視線の先には針の穴のように小さなオレンジ色の光が四つ揺らめいていた。それを確認した一秒後、その目は集団の先頭を走る人物の顔を捉える。
「アイツは……」
馬を駆る先頭の人物も男の姿を視認したようで、その顔を喜悦に歪ませる。馬上の人物は彼の姿を自身の進行上に確認したにも関わらず、そのスピードを落とそうとはしない。寧ろこれまでよりも明らかにスピードを上げていた。まるであわよくば彼を踏み殺そうとするように。
しかし何を思ったか黒髪の男はそのまま馬の進行上に立ち塞がり続けた。そして彼は背負っていた荷物を草むらに投げると、右腕を前に突き出す。
この瞬間、最も慌てたのは先頭を走る人物である。彼も当然男が身を守るために逃げるものと考えていたからだ。
後ろを走る三人は彼ほどスピードを出していないため容易に止まることができた。しかし、男を脅かそうとした彼にはもうその選択肢は使えない。いまからではどう足掻いても完全に止まる前に男を踏みつけてしまう。
「どけよ……」
馬上で小さく呟く。
「どけって……!!」
そして、男が眼前に迫ったとき、気がつけば彼は絶叫していた。
「うわぁぁああああああああああああああああ、どけぇぇえええええええええええええ!!」
次の瞬間、彼の叫びに負けないほどの衝突音が山中に響き渡る。木の上で羽を休めていた鳥たちが目を覚まし、次々に鳴き声を上げ、飛び立つ。その光景を彼は空中を浮遊しながら眺めていた。
「…………へっ? ごぶあッ!?」
呆けた声を出せたのも束の間、そのまま男の身体は固い地面へと叩きつけられる。一方踏み殺されそうになった男はといえば、右腕を前に突き出したまま一歩もその場から動くことなく、凄まじいスピードで駆けていた筈の馬を受け止めていた。
「悪いな、驚かせて」
グァルドは掴んでいた馬を離し、そのたてがみを撫でながら謝罪する。勿論、男ではなく馬に。あり得ない事態に遭遇した馬は衝突の直後は多少の興奮を見せていたが、いまはもう大人しく男に身を任せている。
「おい、僕の馬から離れろ!! この庶民!!」
いつの間にかその身を起こしていた元、馬上の男がそう叫ぶ。思い切り吹き飛ばされた割には、それほどダメージはないようである。
「うるせえな。そんなにギャーギャー喚かなくても取らねえよ、……え~っと…………ボブ?」
「ヴェインだ!! ヴェイン=ディスプル!! 聖アラパコル勇者養成学校の理事長であるエリゼー=ディスプルの息子で、同学校の学年主席のヴェイン=ディスプル!! グァルド、貴様は何度言ったら覚えるんだ!!」
地団太を踏みながらも、ギリギリ気品を失わずにヴェインは目の前の男、グァルドにそう叫ぶ。その間にグァルドの後方から三頭の馬が駆けてきた。
「ヴェイン様、ご無事ですか!?」
「あはは、ヴェイ空飛ぶなんてすご~い」
「……ヴェイン、馬鹿?」
グァルドとヴェインが対峙している現場に到着するや否や、ヴェインの護衛と思われる少女らが三者三様のリアクションをとる。
「遅いぞ、セリア、アイノ、ルーシェ!!」
ヴェインは自らの従者の姿を見つけた瞬間、グァルドには目もくれずにその傍へと駆けよる。そして、再びグァルドの方へと向き直り、勝ち誇ったような表情で言う。
「ふふん、これで形勢は逆転だな、庶民よ!!」
「何の形勢だよ、何の……」
呆れた調子でグァルドがそう返答しながら馬の影から出ると三人娘はやっと彼の姿を捉えたようだ。
「……グァルド?」
「あ、グァルくんだー。久しぶりー」
「よう、ルー、アイノ。それにセリアも元気そうだな」
比較的友好的な反応を返したルーシェとアイノとは異なり、セリアはグァルドの姿を確認するとすぐさま馬から降り、凄まじい形相で詰め寄っていった。
「また貴方ですか、グァルド=ハルフストライク!! ヴェイン様にちょっかいをかけるなと何度言えばわかるんです!?」
「…………うん、本当に元気そうで何よりだ。けど、いつもちょっかいかけてくるのはヴェ、ヴェ、…………の方だぜ?」
「「ヴェ・イ・ン!!」」
ヴェインとセリアが声を揃えて叫ぶ。
「諦めるんじゃない!! もうちょっとだったじゃないか!!」
「ああ、悪い悪い」
詰め寄るヴェインを手で牽制しながら心のこもっていない謝罪をするグァルド。その態度が気に入らないのかヴェインとセリアは怒りで肩を震わせている。
「……ところで、グァルドは、どうして、こんなところに、いるの?」
憤りを隠さない二人を尻目にルーシェがそう小さい声で尋ねる。
「ん、ああ。ほら俺って一週間ぐらい前にアイツ殴って養成学校退学になったろ?」
指でヴェインを指しながら言う。
「……うん」
「あはは、あれは傑作だったよー。いきなりヴェイのことブン殴るんだもん」
護衛すべき対象を危険に晒されたというのに、二人がグァルドに対して敵意を持っていないのは、ヴェインに落ち度があったと認めているからだろう。というのもそもそも彼がグァルドの抱えるある秘密を暴露したのが事件の発端なのである。
「……そのことに、ついては、本当に、ごめんなさい」
「ヴェイもうっかり口にしちゃったらしくてさ~。珍しくあの後ヘコんでたんだよ~」
「まあ、それは俺もいきなり殴って悪かったから良いんだけどさ……。んで、退学になった後、自称俺の保護者のヒナ婆に無理矢理仕事を押し付けられていま魔領にいるってワケ」
グァルドは簡単にそう自分の事情を説明する。
「……そう、グァルドなら、一人でも、大丈夫だと、思うけど」
「実はもう挫折しかかってるけどな。そっちは? わざわざ魔領まで散歩ってワケじゃないんだろ?」
「……それは――」
ルーシェが答えようとした瞬間、いままで会話に入れなかったヴェインが割り込む。
「ふふん、それについては僕が答えてやろうじゃないか!!」
「お、おう」
「今年、聖領と魔領が互いの誇りを懸けて戦いを始めるのは貴様も当然知っているだろう?」
「ああ、聖魔大戦のことだろ? そりゃ知ってるよ」
「そう!! 聖魔大戦!!」
芝居がかった口調でその場にいる全員に語りかけるヴェイン。それをグァルドとアイノ、そしてルーシェは冷たい目で、そしてセリアだけが熱のこもった目で眺めていた。
「聖領と魔領が代表を七人まで選抜し、互いに死力を尽くして戦うこの世で最も誇り高い戦いさ!! そしてその誇り高い戦いに参加する資格、つまり勇者の称号をつい先日、聖君ジュスティクス七世に頂いたんだよ!! この僕、ヴェイン=ディスプルがね!!」
雰囲気におされてグァルドがパラパラと小さな拍手をヴェインに送る。
「さて、これでわかったかな、庶民よ。僕は崇高な目的を持ってここにいるんだ。君と違ってね」
「へえ……、まあ頑張れよ」
グァルドとしては別にヴェインのことが嫌いという訳ではない。秘密をばらされたときには頭に血が上り、つい殴ってしまったが彼の鼻につく性格以外は基本的に気に入っている。
というのも彼はグァルドの鬼のような顔を見ても一切怯まないからだ。それは彼の護衛である三人娘にも当てはまる。故に彼らとのここでの遭遇はグァルドにとって心の休息を得たようなものであった。
しかし、ヴェインにとってはグァルドのような貧民層の者から励ましの言葉を受けるということはほとほと心外だったらしい。
「ふん、貴様に言われなくても僕は僕の使命を全うするさ。貴様なんかに言われなくてもね」
「……へいへい、そうかよ」
「何だ、その態度は? ……ふふん、丁度良い。魔物と戦う前の準備運動くらいにはなるだろう」
「あはは~、止めときなって、ヴェイ。一対一じゃ瞬殺されて終わりだよ~?」
「馬鹿ですね、アイノ。一対一で戦う必要が何処にあるんですか? それにヴェイン様にはあの方もいらっしゃいます。問題ありません」
「え~、だって聖魔大戦の制約には戦いは一対一で行うことって……」
アイノの言葉を遮り、セリアが敵意の眼差しをグァルドに向ける。
「これは聖魔大戦とは一切関係のない私闘です。その制約を守る必要はありません」
「あ~、そっか~」
「……私は、止めといた方が、良いと、思うけど」
「なら、ルーシェはそこで見ているだけで良い!! この僕の勇姿をな!! 行くぞ、セリア、アイノ!!」
その言葉と同時にリア以外の全員が戦闘態勢に入る。ヴェインは腰から剣を抜き放ち、アイノは一瞬にして棹状武器のグレイブを組み立て、セリアは鋼鉄製のトンファーを構える。
一方、生憎と武器を持っていないグァルドは格闘術の構えをとり、悠然と攻撃に備えていた。
(さて……、ちょっとは強くなってんのかね?)
グァルドとヴェインの養成学校での対戦成績は五十三戦五十三勝でグァルドの完勝である。セリア、アイノとも同様の成績を収めているため、グァルドの心中に焦りというものは皆無だ。
いま開始された戦いは三対一というこれまで経験したことのないものだったが、彼は自分が負けるという可能性を考えもしなかった。しかし、それは決して慢心でも、過信でもない。単に敵対勢力が自分を負かし得る戦力を持っていないという情報を彼が得た結果の分析である。
「はあっ!!」
先陣を切ったのはセリア。両手のトンファーを巧みに操り、グァルドの身体の急所を的確に穿とうと怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
(当たりゃあそれなりに痛いんだろうが、セリアの攻撃は的確すぎなんだよな)
何処を狙っているのかがわかっていれば、回避も防御も容易い。故にセリアの嵐のような攻めは一つとしてグァルドの身体には届かない。
「……折角味方が二人もいるのに、一人で戦ってどうするんだよ?」
「ご心配なく!! ちゃんと考えてますか、らッ!!」
セリアはその言葉の直後、目にも止まらぬ速さで身を屈めた。そしてそのセリアの上をグレイブによる凄まじいスピードの突きが繰り出される。
「おっ」
グァルドはその突きを左手で弾き、グレイブの軌道を逸らす。弾かれたグレイブはグァルドの身体に掠ることなく空を切る。
「あはは、やっぱこんなんじゃ駄目か~」
セリアの後ろから現れたアイノがそう天真爛漫に笑う。
「アイノ、笑ってないで真面目にやりなさい!!」
セリアがアイノにそう注意し、屈んだ状態のままグァルドに足払いをかけるが、彼はそれを後方に小さくジャンプしてかわす。
「え~? 私ちゃんとやってるよ~?」
「そうそう、いまの突きは中々鋭かったぜ?」
「ほら~、グァルくんもああ言ってるでしょ~?」
「黙りなさい!! 敵に褒められて嬉しそうにするんじゃありません!!」
「ちぇ~」
こうして会話している間にも二人の攻撃は続いている。セリアはグァルドの右手から力強く打撃を加え、アイノは左手から連続の突きを繰り出す。
そしてグァルドはといえば二人の攻撃をそれぞれ右手と左手一本のみで防ぎ、なおかつ未だ攻撃を繰り出す気配のないヴェインに注意を払う。
(何してんだアイツ……?)
ヴェインは剣を眼前に構えたまま動かない。両目を閉じ、ただひたすらに集中を高めている。グァルドの目にも彼の集中が並大抵のものではないことを感じていたが、それが何を目的として行われているのかまでは理解できなかった。
ヴェイン、セリア、アイノ。この三人の中で最も強いのは当然のことながらヴェインである。グァルドと比べればその格が数段落ちるといっても勇者に抜擢されるほどの強さを誇る彼が戦いに加われば、グァルドが自分から手を出さないこの状況下において確実に戦局は彼らに傾くだろう。
(アイツが入ってくるまでにこの二人を倒すってのが正解なんだろうけど……、何するか気になるんだよな……)
「と~」
「ふっ!!」
アイノが横薙ぎに繰り出したグレイブとセリアの足払いを真上に跳んでかわした瞬間である。かつて感じたことのないプレッシャーがグァルドを襲った。
(何だ? 身体がゾクゾクする……)
グァルドに危険を感じさせるほどのプレッシャーを放っているのはセリアでも、アイノでもない。そしてヴェインのものでもなかった。
刺すようなプレッシャーを放っているのは剣。ヴェインが手にしている剣だ。
「いまです、ヴェイン様!!」
セリアの声を合図にしてヴェインがこれまで頑なに閉じていた両目を見開き、剣を下段に構え直し、宙に浮くグァルドに向かって猛進する。
「やっべ!!」
宙に浮いたままではいくらグァルドといえども回避することはできない。故に彼にいまできるのは腕、脚を使っての防御のみ。しかし、あれほどのプレッシャーを放つ攻撃に対してそれだけでは余りにも心許ない。
「光迅裂閃」
ヴェインがそう呟くと七つの斬撃が同時にグァルドを襲った。そして彼の身体は地面に無様に倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。
「や、やりましたね、ヴェイン様!!」
「ヴェイすご~い、ホントにグァルくん倒しちゃった~」
「ふ、ふふ。ぼ、僕にかかれば、こんな、もの、だ……」
力を使い果たしたのかヴェインの脚は小刻みに震え、立っているのがやっとという状態だ。しかし、その顔は喜びに満ち満ちていた。
一方、戦いを見ていたルーシェは動揺を隠せない。
(……嘘、グァルドが、死ぬ訳、ない。だって、グァルドは……)
思わずルーシェはグァルドのそばに駆け寄り、その身体を揺する。一見したところ身体に深刻な外傷は見当たらないが安心はできない
諦めることなくルーシェはグァルドの身体を揺すり続ける。するとグァルドの指先がピクリと動いた。
「……グァルド?」
「…………あ」
「……あ?」
「あっぶねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
叫びながら跳ね起きるグァルド。その叫びに反応してヴェイン、セリア、アイノが振り返る。
「なっ、何故!?」
「い、生きてる!?」
「あはは、グァルくんもっとすご~い」
アイノはともかく、ヴェインとセリアは光迅裂閃を受けたグァルドが生きていることに驚きを隠せない。
「ふぃ~、危うく死ぬとこだったぜ」
「ま、待て、待て待て待て!! 貴様何で生きてるんだ!? 僕はちゃんと当てたぞ!?」
「いや、何でも何も当たる前に剣を指で挟みこんで止めたんだよ。こんな感じで」
両手の人差し指と中指を立て蟹のように開けたり閉じたりしながらグァルドは言う。
「んなっ……!?」
予想もしていなかった事態に直面し、ヴェインはただ口を金魚のようにパクパクするしかなかった。
「で、でも、七つ同時に放たれた斬撃を二本の腕だけで止められる訳が……」
セリアがヴェインに代わって疑問を投げかける。しかし、グァルドにとってそんなことは疑問ですらなかった。
「七つ同時? 何言ってんだよ、人間にそんなことできる訳ないだろ? いくら速く切ろうが一つ一つの斬撃に若干の時間差が出るのは当たり前だろうが。俺は順番に剣を掴んでいっただけだぜ?」
「…………」
セリアもグァルドの異常といえる見切りに声も出ない。
「あ~、でも一つだけ避け損なったんだよ。斬撃が速すぎて弾くことしかできなかったぜ。おかげで、ほれ頬ザックリ切られてる」
「……え? あ……」
ルーシェがグァルドの顔を改めて見ると勢いよく血が流れ出ていた。余りに斬撃が鋭すぎていまのいままで傷口が開かなかったのだろう。しかし、流れ出る血を意にも介さず、グァルドはヴェインへと歩を進める。
「さて、と……。もう良いだろ?」
「な、何がだ?」
「解説がだよ。お前見たとこもう限界みたいだし、さっさと決着つけさせてもらうぞ」
そう言いながら再び格闘術の構えをとる。これに焦ったのはヴェインである。
光迅裂閃は一撃必殺の奥義。故に彼の身体は光迅裂閃を放った反動で既に限界を迎えていた。
「近寄らないでください!!」
セリアがグァルドとヴェインの間に割り込んでくるが、そのことに何の意味もない。これ以上の戦闘継続に何の魅力を感じないグァルドにとって彼女は単なる邪魔者に過ぎなかったからだ。
セリアがトンファーを構えたときには既に勝負はついていた。彼女は何が起こったのか理解する前に地面に崩れ落ちる。
「……え?」
ヴェインがそう呆けた声を上げた瞬間、彼の意識もグァルドによって刈り取られることになった。
「ほい、おしまい」
二人を倒すのにグァルドは何も技を使っていない。理由はただ一つ使う必要がなかったからだ。万全の状態のヴェインならともかく立つだけで精一杯の相手を倒すのに手間をかけるほどグァルドは物好きではなかった。
故に使ったのは右手のみ。目にも止まらぬスピードで対象に接近し、デコピンをお見舞いしただけである。
「アイノはどうする? 戦うってんなら相手するけど?」
グァルドは木に寄りかかってこちらを見ていたアイノに尋ねる。
「あはは、やめとく~。二人が目を覚ますまで守らなきゃいけないしね~」
「そうか」
そう呟くとグァルドは足元に転がっているヴェインの身体をゴソゴソとまさぐり始めた。
「……何を、してるの?」
「グァルくんってそっち趣味の人だったっけ~?」
「おい、やめろ。俺にそんな趣味はねえ……っと、よし取れた」
再び立ち上がったグァルドの手に握られていたのは先ほどヴェインが使用していた剣。
「……それ、どうするの?」
「ん? まあ、勝負に勝ったし戦利品ってことで貰っとく。こっから先、食糧が尽きたらこれを使って獣でも捕まようと思ってさ」
ここまで長旅になるとは思っていなかった彼はヒナの家からサバイバル生活に必要なものを何一つ持ってきていなかったのである。
ヴェインが持っていた剣は白銀の美しい剣でナイフとして使うにはもったいない代物だったが、高級品に興味のないグァルドはそんなことを気にすることもなかった。
「あ~、それは~」
焦る様子は皆無だったがアイノはその剣を持って行こうとするグァルドを制止しようとする。
しかし、それはルーシェによって防がれた。
「……アイノ、別に、構わない。どうせ、すぐに、また、会うだろうし」
「そうなの~?」
「そうなのか?」
グァルドとアイノは同時にルーシェにそう問いかけると彼女はこっくりと頷く。
「……うん。だから、そのとき、返してくれれば、良い」
「むぅ……、よくわからねえけど、わかった。じゃあ、俺はそろそろ行くわ。またなルー、アイノ」
盗賊よろしくヴェインから奪った剣を腰に提げながら二人にそう告げ、目的地に再び向かおうとする。
「ばいば~い、グァルく~ん」
「……ばいばい」
アイノは腕が取れるのではないかとグァルドが心配するほど強く手を振り、その傍らでルーシェは胸元で手をひらひらと小さく振っていた。
その対象的な光景に苦笑しながら、グァルドはその場を後にした。
ヴェイン一行と別れて三時間後、グァルドは未だ山中を彷徨っていた。
この程度の山道、普段のグァルドならば何の障害でもないのだが、ここ最近延々と同じような光景を見ているので流石に精神的な疲労が蓄積してきたようだ。彼の足取りは重く、顔はいつも以上に怖い。
「こんなことならヴェ、ヴェ…………、アイツから馬も奪っときゃ良かったな……。四頭もいたんだし」
しかし、いまさら後悔したところでどうすることもできない。グァルドはそうスッパリと割り切り、さらに山道を進む。
先ほどから何度も道を間違えてはいないかと度々空を見上げるが、やはり方角は間違っていない。いっそ迷子にでもなっていれば諦めもつくのだが、なまじ道が合っているが故にもう少しでつくのではないかという期待を抱いてしまう。
「仕方ねえ、今日はここらで休むとするか……」
胸に燻り続ける期待を何とか断ち切り、グァルドが荷物を降ろそうとする。そして異変が起こったのはその瞬間だった。
『このままじゃいつまで経っても目的地には着かないわよ?』
「!」
グァルドは瞬時にヴェインから奪った剣を抜き臨戦態勢に入る。彼は神経を研ぎ澄まし周囲の様子を探るが、近くに何者かがいる気配は感じられない。しかし、彼は確かにその耳で聞いたのだ。透き通るような女の声を。
『うん、良い反応速度。やっぱりヴェインって子より遥かに強いわね、アナタ。黙って連れていかれて正解だったってことかしら?』
再びグァルドの耳は女の声を捉える。これだけはっきり聞こえるということは確実にグァルドが捕捉できる距離にいる筈なのだが、やはり気配はない。
(一体何処にいる……?)
相手は自分を捕捉し、自分は相手を捕捉できていないという圧倒的に不利な状況。この状態が長く続くのであれば非常に面倒なことになるということをグァルドは理解していた。
何故ならいつ、何処から攻撃が仕掛けられるかわかったものではないからだ。こんな状態では碌に睡眠をとることもできないし、何より鬱陶しいことこの上ない。
そう結論づけたグァルドがとった行動は一つ。広範囲を一気に破壊することだ。
「星穿・散」
その言葉とともにグァルドが剣を握っていない左手を地面に打ちつけると拳を中心にして亀裂が走り、地面が次々に大小様々な形の岩石へと姿を変える。そしてそれらの岩石を一瞬遅れて発生した衝撃波が吹き飛ばしていった。
結果グァルドの周囲十メートル圏内は飛散した岩石により完膚なきまでに破壊され、さっきまで木々の生い茂る森だった場所はあっという間に荒野へと変貌を遂げていた。
(あっ、やべっ!! 殺しちまったかも?)
しかし、グァルドのその心配は杞憂に終わる。
『それに判断も速い。ちょっと大雑把なところが気になるけど十分合格点よ』
相も変わらず涼しげな声が何処からともなく聞こえてきたからだ。その声を聞いてグァルドは安堵と疑問をその胸に抱く。
(あり得ねえ)
先ほど放った技、星穿・散はグァルドを中心にして、半径十メートル圏内の物体を全て破壊するものだ。そのためグァルドの周囲には隠れられるような場所は何も残っていない。にも関わらず、いま聞こえたその声は明らかにすぐ近くで発せられたものだったのだ。
「おい、何処にいる? もうかくれんぼは止めようぜ?」
『ここよ、ここ。アナタの右手』
「? 何処だよ?」
再び辺りに声が響く。言われた通り右を向くが、やはり姿は何処にもない。
『そうじゃなくって。アナタの右の手を見てみなさい』
こちらの注意を逸らす罠かもしれない。そう考えたグァルドは周囲の警戒を弱めることなく、自分の右手に視線を落とす。
『そうそう。やっと、面と向かってお話しできるわね』
グァルドの視線の先に在るのは自分の右手とヴェインから奪った剣のみ。
「……ん~っと」
『どうしたの?』
「悪い、ちょっと時間をくれ」
彼の困惑も当然である。いきなり剣が自分に話しかけてきたのだから。
『別に良いけれど……?』
(おい、これはどういうことだ? ヴェ……から借りた剣が何かいきなり喋ったぞ……。これはあれか? 呪いの剣か何かか?)
グァルドは戦闘の熱が一気に冷め、逆に薄ら寒くなってくるのを感じた。彼は戦闘はお手の物だが呪いや幽霊といった得体のしれないものは専門外なのだ。
「……一応確認するけど俺に話しかけてるのはお前だよな?」
『? そうよ?』
「よし、わかった。それじゃあな」
そう言うとグァルドは剣を地面に突き刺し、その場を後にしようとする。
『ちょ、ちょっと待って!! 何で置いて行こうとするのよ!?』
「うるせー!! 呪い付きの剣なんて持ってられるか!!」
『失礼ね!! 仮にも聖剣と呼ばれる私に向かって!!』
「……聖剣?」
その言葉に興味を魅かれたのかグァルドは足を止め、振り返る。
『そうよ!! 私は初代聖君ジュスティクス、いまでは聖剣ジュスティクスだけどね』
剣なので表情を窺うことはできないが彼女は誇らしげに自己紹介をする。地面に斜めに突き刺さったままなので些か間抜けではあったが。
「……ふーん、で証拠は?」
『え?』
「証拠だよ、証拠。お前俺がそんなホイホイ人の言葉信じると思ってんのか?」
『…………えっと』
「じゃーなー、達者で暮らせよー」
『あ、ちょっと待って!! あるある、証拠あるから!! この辺りの結界破壊してみせるから!!』
「結界?」
『そう。その結界のせいでアナタはさっきから目的地に着けないのよ』
確かにそういった類の結界は存在する。例えばアラパコルにある現聖君の宮殿がそうだ。聖君が許可を与えた者しかその存在を感じ取ることはできないし、中に入ることもできないらしい。
「なら、さっさとやってくれ」
『壊した後にちゃんと私が聖剣だって信じてくれるならね』
「あー、信じる、信じる」
『……まあ、いいわ』
剣全体に淡い光が宿る。その光は優しく周囲を照らしながら柔らかな波動を連続して放つ。
(……マジで本物だったのか)
初代聖君ジュスティクス。聖領を興した始まりの聖女。魔領の主である初代魔王エイヴィルと死闘を繰り広げたのち、自らを剣に変え、聖領を五百年の長きにわたって見守ってきた女性である。
聖領の人間ならばその名を知らぬ者はいない。かくいうグァルドも現聖君の即位式で彼女を見たことがあったのだが、当然のことながら実際に会話したことはなく、本物かどうかいままで判別がつかなかったのだが、いまその刀身から滲み出る清澄な剣気を見れば彼女が本物であることは疑いようがない。
グァルドがそんな考えに耽ってる間にも聖剣の放つ波動の感覚が徐々に短くなってきていた。そして、それに呼応するように聖剣の輝きも増してきている。白く淡い光がいまでは目もくらむような金に染まる。
『術式崩し』
金属と金属がぶつかり合ったような音が響き渡るとともに周囲に変化が起こったのをグァルドはその目で確認した。
「あれは……」
彼の視線の先には古びた城が聳え立っていた。彼の現在位置からは少し距離があるが優れた視力を持つ彼ならばここからでも十分その概観を観察することができた。石造りのその城はまるで悪魔でも住んでいるかのような、何人も寄せ付けない雰囲気を放っている。
『そう、あれが私とアナタの目的地』
いつの間にか元の白銀の剣に戻っていた聖剣ジュスティクスが闘志に満ちた声で告げる。
『魔王城よ』