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家出娘

作者: 雛子

階段をばたばた云わせて二階に誰か上ってきた。当に予想はついているのだが。

その足音は私と、大学生である姉の部屋の前で止まり壊れそうな勢いで木のぼろいドアが開かれた。

寝っ転がっていた私はドアの方に首をぐるんと回して振り返った。

「もういやだ、家出する。」

姉だった。姉はいつものセリフを口にした。私はいつもの態度でそれを聞き流した。

「こんな家なんていらんない。」

そう言って姉は二人部屋であるこの部屋の押入れから、すこし懐かしいデニムのリュックサックを引っ張り出した。

「友、あんたも行くの。」

いつもと違うセリフが姉の口から飛び出した。それとほぼ同時に、私にも姉とお揃いの、しかし刺繍の色が違うリュックサックが飛んできた。

「え?」

私は少し驚いて、体を起こして振り返って姉を見た。姉は財布の中に貯金箱の中の金を全て入れていた。

「だから、友も一緒に行くの。」

姉は一度だけ振り返って私を見た。そしてその後財布をリュックに入れた。

私は文句を言いながらも家出の準備をした。私は何もしていないのにとか。

さっきまで姉が母親と言い合っていたのは知っていた。

昨日の夜姉が酒の匂いを漂わせて帰ってきて、すぐに寝てしまったのも知っていた。

私はとりあえずリュックに高校の制服を入れた。きれいにたたんで、リュックの一番下に押し込んだ。今は春休みなので、すぐ休みは終わってしまうのではないかという不安があったからだ。

教科書はまだ配られていないので大丈夫だった。

それから今の全財産である四千円を入れた財布と、筆記用具と化粧ポーチと着替え数着と、CDプレイヤーとCD。今すぐ家を出るからといわれても、何が必要かなんて意外と思いつかないもので、それくらいしか入れられなかった。

そして携帯電話と定期を最後にリュックに押し込んで、私のリュックはパンパンになった。

「準備できたの?」

能天気な姉の声がした。こっちの気も知らないで。

「じゃあ行くよ。」

姉は私と比べて遥かに軽そうなリュックを背負って部屋から出て行った。私もすぐに後に続いた。



今日は土曜日。電車は中途半端にすいていると思い、二人で最寄駅に向かった。二人の少女が土曜の昼にリュックを背負って電車に乗る姿はある意味異質ではないだろう。

姉はパスネットを買ってくるからと言い、あとで立て替えてあげるからと言い、私は改札の前で待たされていた。

私がなぜこんなにも自分勝手で無秩序な姉についてきたかというと、姉が好きだから。自分にはないものばかり兼ね揃えた姉が好きだから。私が知る限り大学生になって以降姉は十回前後のプチ家出を繰り返してきた。その姿を私は格好いいと尊敬しつつ見守ってきた。

けして私が姉に性格面でコンプレックスを抱いていたとか、そういうものは全く無くて。

ただもしこのまま生活していたら、きっと私も姉と同じで家出したいと思うことがあっただろう。そう思う前に姉が家出を、どういった形でも成立させていたとしたら、私はとんでもない焦燥感に襲われていたかもしれない。

切符売り場にまだ並んでいる姉をちらりと見た。財布を右手に、左手で茶色くきれいに染まっている髪を弄っていた。

私はリュックの一番上から定期を取り出した。そして勝手に私の足は動いていた。定期入れから通学用定期を取り出して改札にとおした。

どちらへ行こう。とりあえず都会に行きたい。

停車している電車に乗りたくて走った。滑り込みで何とか電車に乗れた。私は乗ってしまったのだ。ドアが閉まり、電車は少しずつ動き出す。

これからどうするか判らない。適当にふらりと帰るかもしれない。もう帰らないかもしれない。

CDを聴こうとイヤホンを耳に装着した。何かの拍子でいつの間にか電源が入っていたみたいで、私の好きなインディーズのバンドの煩い曲がかかっていた。

とたんに安堵に見舞われた。いつもの感じだ、と。

これから先もし姉と話す事があったら礼を言おう。私にきっかけを与えてくれた親愛なる姉に。とにかく今は携帯を着信拒否にしておこう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妹視点という文章の書き方が上手でわたしは良いと思いました。 買うかどうかはお財布の中身によって異なります(何 よろしければわたしの作品も評価していただけると光栄です。・・・・・・連載ですが…
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