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第2話

 『8時だョ!全員集合』では、聖子ちゃんが最新ヒット曲「渚のバルコニー」を歌っていた。まだクーラーはなく、男親たちは扇風機に団扇、ランニング姿で畳敷きの居間で、酒で顔を真っ赤にさせ、時に女親たちもタバコをもくもくと吸いながら、職場の人間関係、政治の話、互いの健康のことなど、バカ話を交えながら話していた。熱気に酒気、蚊取り線香の匂い。当時の話に及ぶと、一雄たちの脳裏にはそれらの想念が、生々しくよみがえる。親たちも若かった。学生運動に傾倒していた世代だけあり、達樹や一雄の耳には、「いまの若者は、骨抜きにされてる」「全体的に、政治に『シラケ』ムードだ」といった親父たちの、自負を含んだ放言の断片が飛び込んでくる。

「うっせえな」

 繊細だった達樹は、その頃からすでに、ある種「オトナ」への嫌悪感を顕わにしていた。

 とにもかくにも一雄たちはそれら酒席の喧騒をBGMにしながら、隣の古い客間にわざわざ持ってきてもらったテレビの前に釘付けになる。

 「ギンギラギンにさりげなく」をヒットさせたばかりのマッチが、志村けんの悪ノリに乗せられて、いかりや長介にメガホンで叩かれる。「ルビーの指環」でスターとなった寺尾聡が早口言葉をトチる。そしてあの、大コント終了時の「屋台崩し」…。「志村ぁー! うしろ、うしろ!」「バカだなあ!」そう叫んでは腹を抱えて笑い、「お約束」の大円団で床を叩いて転げまわる。夢のような時間。娯楽やメディアが多チャンネル化した現在、このように友人たちと番組の感想を共有することは、もうかなわない。

 ドリフも終わった頃、いまだ宴たけなわの親たちを尻目に、だれともなしにプラスチック製の「サーベル」を取り出した。当時放映中の戦隊シリーズの必殺武器。

「よし、おれレッドな。達樹はブラック、一雄はブルー、健太はイエロー、芳ぼうは…ピンクでいいな」

 龍くんの言うことには、滅多なことでは逆らえない。全員、各々のサーベルを手に、横一線に並ぶ。

「サーベル持ったか? よし。叫べよ。『ゴーグル』…」

 戦隊名を口にする。

「ちんぽこ!」

 だしぬけに健太が叫び、半ズボンをおろす。小さな陰茎がまろび出た。

「ぎゃはは。ば、ばかやろう!」爆笑しながら、龍くんがサーベルで健太の頭をポコン、叩く。「おめえ、バツとして、怪獣もやれ」

「ええ~怪獣なんて、いしけえ(ださい)から、やだっぺよ」

「いしこくねえ! 龍くんの命令だぞ。ほら、怪獣ビームだ」

 達樹が懐中電灯を渡す。

「まいっちんぐ」

 健太はそう言うと妙なしなをつくり、体をクネクネ動かす。当時流行っていたお色気アニメのものまねに、一同、思わず爆笑する。

「ばが、必殺技の『地球剣』ができねえべよ。早く敵、やれ」

「じゃ、『ダーリン星人』なら、いいだっちゃ」

 今度はウインクし、胸に両手をやる。これも当時大人気だったアニメヒロインのせりふの影響だ。

「おめ、エッチなテレビの見すぎだっぺよお」当時いちばん奔放に育てられ、テレビを放恣に見られた健太の境遇へのやっかみも込めて、龍くんは再びサーベルで健太の頭をこづく。「小づかいも週に五百円ももらいやがって」

「ごじゃっぺ(でたらめ)ばっか、やりやがって」一雄もニヤニヤしながら面白半分に、健太の陰茎にサーベルを強く突き立てた。「死ね、ダーリン星人!」

 一突きがこたえたのか、健太はうわんと泣き出し、一雄の頬をサーベルで叩き返した。

「んだおめー! いじやげ(むかつく)んだ」

 一雄も突然のことに泣きだし、健太を再度突こうとする。健太は刃を腕ではねのけ、部屋から飛びだした。

「おい、おめえら、落ちつけよ」

 達樹が止めるのも虚しく、二階へ駆けあがる健太を追いかけ、頭に血が昇った一雄はそれこそ「アラレちゃん」のように、古い階段を疾駆する。

「健太、どごだ!? くそっ、いじやげんな」

 二階の奥、書斎の押入れの襖が開いている。天井から、ゴソゴソと音が聞こえてきた。

「へへ。ホラ、こっちだ」

「そごか!?」

 サーベルを持ったまま、一雄は押入れの上の段に上がる。押入れの天井の板が一枚、外れている。

「おい…健太ぁ、そこ、行くなって、達樹のお父さんから言われてっぺよお」冷静に戻り、一雄は重なった布団に乗り、穴から顔を出す。「どこだあ!?」

 懐中電灯を手に、健太が天井裏にしゃがみ込んでいる。かび臭い中、埃にまみれて古雑誌やら古い家具、布団の山らしきものがある。

「おめ、なにしてんだよ?」

 一雄は怒りも忘れ、首だけ出し、おびえて聞く。

「一雄、来てみ? おもしれえぞ」

 そう言うと、「斗争」と書かれたヘルメットやら、「ロシア民謡集」「トロイカ」と書かれた古い冊子やらを投げてよこす。そのたびに埃が舞い、一雄は喉がつまる思いがした。冊子やらに挟まれて、白黒写真が数葉、顔を出している。日本人形らしき影がすぐ横にあったので、一雄は人形を見ないように、健太の懐中電灯の漏れくる光に、写真をかざす。若き日の達樹の親父と龍くんの親父であろう男児が写っている。傍らには、軍服を着た男性が二人。一人は、かつて仏壇で拝んでいた達樹たちの祖父のようだったが、もう一人は分からない。親戚のようでもあった。

「なんだ? これ?」

 健太は菓子の缶を取りあげた。「ゴレンジャー」といった文字が、一雄にも何とか読みとれた。健太がそれを開けようとした瞬間、

「ごらあ! おめら、屋根裏に入んなっつってっぺが!」

 達樹の親父の怒声が下から聞こえた。

「ひぃ」

 一雄が驚いて押入れから転げ落ちる。健太も慌てて埃まみれで降りてきた。

「おめら、屋根裏は、あぶねえし、大事なもんが沢山あっから、入るなって、なんど言ったら分かんだっぺ!」

 酒と怒気で真っ赤になった達樹の親父と一雄の親父が立っている。大人たちの後ろから、達樹と芳ぼうが、心配そうに顔を覗かせている。

「一雄も勝手にこんなもん、持ってんじゃねえ」

 一雄が思わず握っていた白黒写真に気づくと、達樹の親父は目を剥いてそれを取りあげた。

 こっぴどく怒られた後、半べその健太と一雄を尻目に、まだ眼が冴えて眠れない龍くんは、

「おもしく(面白く)ねぇなあ。おもしくねぇ」

 と呟く。九時半過ぎ。大人たちの酒宴は、まだ終わりそうもない。隣の部屋で、龍くんはふたたび四人を集めた。

「なあ、『裏山』、行がねえ?」

 迫った鼻の下に、汗が浮いている。

「裏山って、だめだっぺよ!」達樹が慌ててかぶりを振る。「お父さんたち、『絶対行くな』っつってるし、『幽霊』いっぺよ! あそごの方が、もっとやべえって」

 芳ぼうも、遠慮がちに、達樹と龍くんの顔を交互に見つめている。

「なんだ? おめ、恐えのけ?」

 龍くんは、にやにやする。

「別に、恐ええって訳じゃ、ねえけど…」意気地無しに思われたくない葛藤に、口ごもる。こういう時に正論との板ばさみになるのが、達樹の不器用なところだ。「…ただ、お父さんたちがダメだって」

「いいね、いくべよ!」

 一雄はこういう時、調子がいい。面白いと思ったら、すぐ乗る。

「ああ。サーベルで、幽霊やっつけっぺよ」

 健太も目を輝かせる。

「な? 地球剣のサーベルと、懐中電灯持ってけば、大丈夫だって。三十分くらいで戻ってくれば親たちだって、分かんねえべ?」

 龍くんは、今度はなだめるように達樹と芳ぼうを交互に見た。

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