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第1話

 一雄が水戸の幼なじみ四人と久しぶりに再会したのは、葬儀後の精進落としの席だった。八月最後の週末の市営斎場は、酷暑のせいか多くの葬儀が立て込み、人で溢れていた。幼なじみ四人のうち一雄と同学年だったのは、繊細な達樹(たつき)といたずら者の健太の二人。〝龍くん〟は一雄たちより二つ年上で常に皆のリーダー。最年少、達樹の弟〝(よし)ぼう〟はおとなしく、いつも兄たち四人について回っていた。

「お前、子供の予定は?」

 達樹が一雄に酌をする。昔ヤンキーだった名残はオールバックだけになったが、福祉の仕事の忙しさが、目じりの無数の皺になって現れる。

「まだだ」一雄はきまり悪くなってうつむいた。「収入もあんまねえし」

「もう若くねえんだ。親父さん継ぐなりして、作るなら早くしろよ」

「一雄。相変わらず、しょうもない飲み屋続けてんのけ?」

 龍くんがその脇で、タバコをふかす。広くなった額と、抗鬱剤の影響でむくんだ表情が痛々しい。

「『しょうもない』はねえべ。これでも一応、何とかやってんだから。そりゃ、芳ぼうの教師ほど、まっとうな仕事ではねえけど」

 一雄は、小学生の息子と並んで座る芳ぼうを見た。

 そこへ、座敷を酌をして回っていた喪主、健太が戻ってきた。どっかりと腰をおろす。

「ああー、いろいろ面倒くさがった。このくそ暑い時期に」

 いたずら者特有の目の色と跳ね上がった眉毛は変わらないが、複数ある耳のピアスが肥満体に似つかわしくない。

「このたびは親父さん、大変だったな」

 達樹が神妙になって言う。

「しゃあねえ。心臓弱えくせにずっとタバコ吸ってっからだ。自業自得だっぺ」

 実の父親が三日前亡くなったばかりというのに、飼ってたインコが死んだように言ってのけた。

「そんなごと言ってっそばから、セッタ(セブンスター)吸ってっかんね、こいづは」龍くんが呆れて笑う。「おめえみてえなデブ、もっと早く心臓麻痺ンなって、倒れっゾ」

「いいんだよ、死ぬときゃ死ぬんだし。生きてえように生きなきゃ、損だっぺよ」

「ハハ…三十七になっても、言われまくってんな、健太くん」

 芳ぼうが遠慮がちに笑う。

「こうして五人揃うのって、何年ぶりだ?」

 一雄は八月終わりの駐車場を眺める。

「一雄のバンドがまだ存続してたころだから、十年以上前か。短命なバンドだったよな。もう飲み屋のマスターの方が、キャリア長いんじゃねえの?」

 健太が茶化す。

「うっせ。不定期だけどバンドもまだ、活動はしてんだ」

 一雄はむっとする。

「達樹も前は職場で先輩殴ったりしてたよな。こんどの職場では、うまくやってんのけ?」

「健太…もういいべよ、そんなずっと昔の話は」

 幼子を抱いたままの達樹の白眼が一瞬、ぎらりとした。

「まあ~だ、達樹もすぐキレんなって。健太、おめえもまた、人イラつかせるこどばっか言ってんじゃねっゾ」

 笑いながら、龍くんはタバコをもみ消した。薬のせいもあるが、笑顔からは、職場の人間関係で鬱になった人間には到底見えない。

「よう。()ってっけ?」

 一雄の親父が、すっかり増えた目尻の皺を寄せ、ビール瓶片手にやってきた。傍らには、達樹や龍くんの親父たちもいる。

「飲ってるよ。そう言や、うちの店の屋根の修理は、もう終わったんけ?」

 一雄がきく。

「ああ。龍くんの親父さんの仕事のコネで、大洗の瓦屋さん紹介してもらって優先的に直してもらった」一雄の親父が言う。「でなけりゃ、修理も当分先になってたっぺ」

「水戸近辺は、屋根の損壊がひどかったもんだから、今じゃ震災特需で、瓦業者はひっぱりだこよ。関東の業者だけじゃ、とてもじゃねえけど人手が足りねえ。関西や九州の方からも瓦職人がかき集められてるっつう話だかんな。今西さんとこも、あと数か月、辛抱してりゃあなあ」

 そう言って、龍くんの親父はひとしきり、知り合いの瓦業者が経営不振を苦に、正月明けに自殺してしまったという話をした。

 自分の両親の白髪交じりの頭と丸まった肩に目がいき、いまだ不安定な飲み屋なぞを開業している申し訳なさが改めて心に去来し、一雄は目を伏せた。

 一雄は龍くん、達樹の両親にも眼を向ける。すっかり禿げあがって皺だらけの龍くんの親父の脇に、ぽつんと中年の龍くんが座り、髪の毛に白いものが混ざり始めた達樹と芳ぼう、昨年大腸がんの手術を受けた達樹たちの父親と、足を悪くした母親が並ぶ。

 達樹と芳ぼうの兄弟を除いて、一雄ら三人に子供はいない。龍くんと健太にいたっては、結婚もしていない。健太は言わないが、親たちは彼を、同性愛者なのではないかと本気で心配している。肝心の達樹たちも、それぞれの長子一人を育てるので精いっぱいだ。

 龍くん、達樹兄弟、一雄、健太は、彼らが水戸市内の保育園に入って以来の園児仲間で、子供同士が親しくなるより先に、親同士がすでに交流の場を設けていた。それだけ気が合った仲間だったということだろう。達樹兄弟の親父と一雄の親父が職場の同僚だったことも大きい。

 彼らは月に一~二回、土曜日の夜に達樹兄弟の家に集まっては酒宴を設け、親たちは親たち、子供たちは子供たちでめいめいに騒ぎ、親交を深めた。

 特に一雄や健太の家では親父たちのしつけが厳しくテレビの視聴時間が制限されていたため、この宴席の夜だけは〝無礼講〟で、子供たちは一緒に土曜日の夕方から戦隊ものの番組を視、その後八時からは「ドリフ」を視られることが何よりの楽しみだった。

 特に、土曜の六時半から始まる戦隊ものは、彼らの遊戯心に火を付け、それを視終えて興奮した一雄たち五人は、大人たちの酒席を尻目に、いつも戦隊ごっこを始めた。

「思い出すなあ」

 あぐらをかき、龍くんが感慨深げにコップのビールを口にした。

「達樹の部屋で、いつも夜十時すぎまで、遊んでたもんだよな」

 一雄が言う。

「あの頃は、十時なんて真夜中だったし、起きてても許されんのが、あの集まりの日だけだったかんね」

 芳ぼうも続く。

「今じゃ水戸なんかでも、二十(はたち)そこそこの夫婦なんかが、平気で深夜に赤ん坊連れてコンビニとか行ってっかんな」

 と健太。

 達樹が背後で談笑する親たちに配慮するように、声を落とした。

「なあ、覚えてっか? あの裏山事件」

「あれか! 小四ぐれえの、夏休みだったよな」

 龍くんが身を乗り出した。

「おれたちは小二ぐれえか。夏休み最後の土曜だったかな」達樹は遠く、葬儀場の入口を見つめた。「屋根裏登って怒られた後、うちの裏山、行ったっけ」

「ああ。なんだったんだろな、あれ」

 一雄も薄いビールに眼を落として少し笑った。


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