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7.再戦 上

 死に際に陥った戦士の覚醒は、誰が予想していたものよりも遥かに早かった。

 明朝、まだ空が明るみ始めたばかりの時刻。

 彼は寝静まる修道院を、敢えて病室の窓から飛び降りて抜けだした。

「ここは……アレスハイムか」

 外に出て、噴水が印象的な広場に出て彼は己がどこに居るのかを認識する。

 そうして目的地から逆走してしまったことに舌を鳴らし、城を目指して走りだした。



 ほぼ同時刻。

 その客室の前には、ニ人の男が扉の両脇に、そして一人が扉の正面で槍を天井に突きつけた構えのまま待機していた。

 客室はキリに宛てがわれている。本来ならば地下牢にでも突っ込んでおきたい所だったが、明確な被害もない上に戦闘はディライラ・ホークから吹っかけたという事から、正当防衛としての擁護が可能であるためだ。

 ゆえに、下手な扱いはできないのである。

 幸いなのは、彼の拘束が極めて高位な魔術によって行われていることであり、この国ではそれを解除するほどの技術の証明を、キリにはできない事である。

 だから、国王が無理だと言えば無理になる。彼は不当な扱いではなく、仕方なく、拘束されたままなのだ。

 が――。

「やれやれ、世話のかかる弟だ」

 僅か一閃。

 生身ならば肉に深々と食い込んでいるであろう光の輪に指を引っ掛けて手首を捻る。それだけで、一介の魔術師ですら発動に苦労するだろう代物は、いとも容易く霧散した。

 凝り固まった筋肉を解すようにストレッチをしてから、キリは目の前の影に対して深々と頭を下げる。

「長兄、感謝する」

 その関係は飽くまで兄弟だったが、師弟でもあり、好敵手でもある。

 血の繋がりは父のみであり、異母兄弟。つまりは腹違いの兄弟だ。

 早く生まれた長兄が父親から直々に戦闘技術を学び、それが次男に、次男が三男へと教えていく。

「気にするな」

 だが生まれの速さに優劣はなく、結局は強さのみが評価される。

 最終的な実力を判断し、彼らは近衛部隊を一から順に与えられる具合になっていた。

「わたしは国を裏切るような不義理者で、この世界に迷惑をかけてしまうような不埒者だから、うっかり夜の散歩に出てしまう」

 歌うように、男は続ける。

 キリはほくそ笑みながら、ただそれを見ていた。

「感覚が鈍っているから同族の存在に気付けず、またその襲来すらも知覚できない。わたしは明け方と夜の散歩が好きだから、思わず少し長く外に出てしまうかもしれない」

 なんらかの拍子で拘束の効果が消え去って、キリが外に出ても彼は気付けない。

 ゆえに、本来守るべき対象を守れない。

 結果的には死罪たりえる不注意だが、果たしてその行動をそう評する社会が、決まりが残るかどうか。

 飽くまで無感を極めるような仏頂面で、開け放たれた窓の枠に足をかけた。

 真紅の甲冑が、顔をのぞかせ始めた太陽の明かりに鈍く照る。

「いや――そうだな。わたしが愚弟、貴君が長兄」

 思いついたように、彼はそういった。

 実際に今思いついたことなのだろう。巧妙に考えられた作戦をただの思いつきで払拭し、口頭で告げる。

「わたしは寝首を掻かれよう」

 ただそれだけを残し、真紅の男は窓の外へと姿を消した。


 

 早朝から次の早朝にかけての自主訓練はようやく終了する。理由は主に疲労による判断力の低下と、単純な筋肉疲労による怪我を考慮してのことである。

 ジャン・スティールが帰路についている時、ちょうど噴水公園に慌てて入ってきた影が、また慌てて引き返していく光景を見た。

 どう見ても不審者である。

 面倒だが追いかけようか、だが憲兵もいるしそっちに任せようか。そういった逡巡は数秒も保たずに、彼は結局その後を追いかけた。

 その行動に対して心配なのは、この約一日の訓練で得たのは何もなく、またその内容は徒手を中心としたものだ、ということである。

 武器はどうにも、大剣でなければ耐え切れない。加えて大剣ですら、肉体が耐え切れない。

 となれば鍛えるのは肉体。技術があっても動きが追いつかねば意味が無い。

 だがそこで出てくる問題は、根本的な攻撃力の不足だが――。

「……城?」

 門を閉ざしている城の前に到着したジャンは、だがその前に門兵以外の姿を認識しなかった。

 されど、その右方向の城を囲う高い城壁の上を過ぎる、黒い影はしかと確認した。

 ジャンは門へと駆け寄り、ひたすら疲れるばかりだが、声を荒げずには居られなかった。

「おい、見てなかったのか!? 妙なヤツが城壁登って中にはいったぞっ!」

「……誰だ貴様」

 まず門兵は、そうジャンを舐めるように見てから、

「ああ、騎士の新入りか」

 ひとまず顔だけで認識されるようになっていることに、少し安堵する。

「中に誰か入ったって! おい冗談とかで言ってんじゃないん――」

 言う間に、門は錆びた音を立てながら奥へと押し開いていく。わずかに一人入れるほどの隙間ができた所で、門兵が親指を隙間の方に突き出した。

「正直問題ないんだが……ま、百聞は一見にしかずか。さっさと行けよ」

 気怠げな所作の後、ジャンはひとまず納得したフリで頷き、城内へと足を踏み入れた。

 甲高い悲鳴が城の外からでも良く聞こえたのは、彼がその扉に手をかけた瞬間だった。


 何が起きたのか理解出来ない。

 その悲鳴が誰のものなのか認識できない――わけではなかったが、したくなかった。

 己が、己の不甲斐なさのために無駄に費やした一日で、自分がどれほど遅れを取ったのか分からない。もしかしたら重大なことが、自分が情けなく前宙転に失敗して失神している間に、既に何らかの悪意が画策されていたのかもしれない。

 あるいは、あの影が手をかけたのか。

 もしかしたらそれが、二人目の魔人なのかもしれない。

 声がしたのは恐らく二階部分。客間は東の方向にある。

 ――駆けつけると、所々に甲冑を鎧う男たちが倒れていた。焦りに任せて見ただけで彼は判断するが、それでも死んでいるようには見えなかった。

 ジャンはそのまま朱い絨毯が敷かれる廊下を走り続ける。

 すると、耳につんざくけたたましい発砲音が鼓膜を突き破った。

「言っているだろうがッ! 遅いんだよ、貴様は!」

 通路の奥から、爆発でもしたのかのような衝撃を孕む一笑。

 敵うわけがないだろうかという意味の言葉と共に、再び発砲音が響き渡った。

 迫る足音は、縦横無尽に――床に壁に、そして天井までを叩いていた。

 遠くの方で、壁に設えてある燭台がはじけた。火が灯っているロウソクは砕けて消火され、ごとりと音を立てて床に落ちる。

 その頃には既に、足音は眼前にまで迫っており――、

「肉体強化」

 限界突破マキシマム

 限界突破とは名ばかりの、一段階目のリミッターを解除する。

 肉眼には、辛うじて廊下の中央から右方向へと飛ぶ黒い一閃が認識できた。

「お……っらぁ!」

 深く踏み込み、タイミングを合わせて体ごと突撃する。

「――ッ!?」

 短く漏れる乱れた呼吸。

 敵はやはり、ジャンの存在を知覚していなかったようだ。

 やがて右肩がその影に触れ、勢い良くそのまま影を突き飛ばす。その直後に、触れた部位に燃えるような熱い激痛を覚える。

 二の腕の肉が深く抉れ、加えてその影はさほど影響を受けていないように背後へと過ぎ去っていた。

「何者だッ!」

 出鱈目な力。そしてこの速度。

 そうだ、間違いない。こいつは同類だ。

「名乗る価値はねえよ」

「雑魚が何のつもりだ」

「てめえを殺すつもりだ」

 こいつがウィルソンを……。

 そう思うと、思わず血が沸騰するほど身体が熱くなる。

 疲れなど忘れてしまうくらい、怒りが優先された。

 そして――発砲音。

 凄まじい衝撃が脇を通り越して、そうして無防備な影に直撃する。右肩に火花が散り、キリはひしゃげるように吹き飛んだ。

 未だ薄暗い廊下、次第に騒がしくなりつつある城内。

 発砲音と鼻を突く硝煙、そして鮮血に満ちる空間。

「……なんで、あんたが」

 厳つい銃を担ぐ傭兵隊の隊長、ディライラ・ホークを前にして、ジャンは思わず呆けてしまう。

 海を挟んだ大陸に帰ったはずでは。

「てめェこそ、なんでここに……いや、どうでもいいか」

 コッキングレバーを弾いて弾丸を装填。二十センチの弾丸が、間も置かずに発砲され、凄まじい勢いで宙空を吹き飛ぶキリへの追撃となる。

 着弾。

 爆発。

 爆煙、業火が廊下を焼き尽くし――ホークは嘆息した。

「暇なら、手伝えよ」

 腰から抜いた一対の双剣。その刀身は禍々しいまでに波打っていた。

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