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6.夜

 国境での極めて大規模な爆発が確認されたのは、ちょうど正午にさしあたる時刻だったが――、

「……何が起きているんだ?」

 ミキの純朴な疑問が溢れたのは、その数分後だった。

 瘴気を垂れ流しながら移動する奇妙な飛行物体の報告を受けて馬を走らせたミキは、その砂漠で爆発を確認した。

 それが、例の飛行物体――魔人と、何者かとの戦闘であることを認識した彼女は、暫くの間身を潜めて様子を伺っていたのだが、煙が晴れるや、その異常を察知する。

 二者間の戦いであったのは、確かに彼女が確認したものだった。そして同時に、彼女はその周囲に己と眼前のニ者以外の生命体の存在を否定した。

 されどそこには、かつて爆煙に飲まれたその空間には、見も知らぬ第三者が割って入っていたのだ。

 何が起こっているのか、とは、そこで漏れた疑問だった。

 ――二人の間に立つ男は、漆黒の装甲を鎧う男を発光する縄のようなもので拘束し、倒れかかる男を抱き受けていた。

 そうして魔人らしき男が口から血を吹きながら抵抗する中で、静かに彼の額に手を当てて――眩い光弾が、男を勢い良く殴り飛ばした。

 腕を後ろに回されたまま吹き飛んだ男は、砂上で砂を巻き上げながら滑り――。

「見ているんだろう、来い。これはお前らの問題でもあるんだからな」

 男の声は、身を隠すミキへと確かに向けられたものだった。



 男は、「オレにはまだやらなければならないことがある」と妙に仰々しい口ぶりで姿を消した。

 とんでもない魔術の使い手は名も告げずに彼女に全てを押し付けたのだ。

 馬に乗せられた魔人と男――かつて傭兵団として派遣した経験もあるその隊長のディライラ・ホークを城下町に運び終えた頃には、空はすっかりと茜色に染まっていて、歩き通した彼女にはうんざりするほど疲労が溜まっていた。

 あの魔術師が行った拘束は魔人が意識を取り戻した後でも持続し、さらに全てを阻害しているかのように彼の力を奪っていた。故に抵抗は常人以下の力であり、

「まず話を聞こう」

 左右から首元に槍の穂先を突きつけたままで、まるで危機感もなく国王は口にする。

「無礼極まりない格好での応答を承知いただきたい」

 意外なまでに、男は素直に頷いた。

「構わぬ……して、貴様の目的はなんなのだ」

 イヴ・ノーブルクランならばこの国に来て然るべし。

 だが、彼らは尽く、この領内から外へと出ていく。最初は海原、次は国境の砂漠。一切理解できぬ行動に、苦言を呈した。

「イヴ・ノーブルクランの回収あるいは処分」

「ならば、なぜこの国に直接来ないのだ」

「アレスへレ、アレスハイム間では戦争行為、戦力及び交戦権の否認、そして軍事介入の拒絶が根底に条約として結ばれている事から、兵隊である我々は直接ここに来ることが不可能だ」

「他国へ侵犯する理由は」

「彼女らに、一抹の良心が残っていることを望んで」

「良心?」

 国王の反芻を疑問と受け取り、キリは首肯し補足した。

「己のせいで他に迷惑がかかっているんだ。いつまでも安全圏で思考を停止させているわけにもいかないだろう」

「つまり、外におびき寄せるために、ということか?」

 問いに、男はただ頷くことで応えた。

「ならば、回収を目的にすればこの国に入ることも出来るだろう」

 飽くまで条約として制定されているのは、戦争行為と軍事介入を許可しないことであって、彼らが来客として訪れれば迎え入れる事は可能だ。

 だが、キリは首を振る。

「我々は、個体として軍事兵器と考えられている。故に、ただ行動するだけで侵攻と受け取られてもおかしくはない」

「理解した。貴様の行動は、国からの指針か?」

「肯定。しかし決して悪意あるものではなく、可及的速やかな回収を目的としている」

「貴様の前に来た者は、無関係の船舶を撃沈させたが?」

「擁護しきれないな。こちらの世界では完全なる統治がしかれているため、種の本質たる闘争本能が目覚めたのだろう」

 だが、と一呼吸置いて、彼は続ける。

「俺の場合は決して無い」

「証拠を提示しろと言えば、どう応じる?」

「不可能だが――この場でイヴを渡してもらえれば、俺はこのまま帰還する。少しばかり期間を置くことになるが、今回の非礼は深く詫びよう」

 どうあれ、ここでようやく問題は解決する兆しを見せた。

 だが国王の胸中には、違和感が残っている。

 この男を前にして抱いた、強烈な焦燥にも似た、何か取り違えでもしてしまったかのような不安。

 それに、いずれ女王になるだろうイヴ・ノーブルクランをこのまま媚もせず渡したその後、こちらの世界に対して覚える酷い悪印象から、ごく自然に流れる戦争の気配。その予感。

 本来ならば二つ返事で答えるべきなのだろうが、それは早計であるような気がする。何よりも、直感がそれを否定していた。

 いわば、きな臭い。

 おびき出すにしても、その闘争、戦闘の事実を彼女に伝えねば、知る由もないのだ。

 そう考えれば、ただの脅しで全てが解決したはずなのだが。

「……何にしろ今日というのは無理だ。今回貴様と戦闘したディライラ・ホークからも話を聞かねばなるまい」

 彼が何者から話を聞いてあの場に配置されたのか。

 そして魔術師は何者か。

 修道院に預けた彼は既に肉体の生体活動を終了する寸前だったが、<修復>の魔法を持つ少女が何とかしてくれるはずだ。

「下がらせろ。見張りは常に三名以上だ」

「了解致しました」

 国王の命令に一人が答え、彼が促すように顎をしゃくると、キリは嘆息するように苦笑して踵を返した。



 その夜、また別の国に、その男は現れた。

 アレスハイムより遥か北方。その大陸の最北にある北国、そして軍事国家である『ヤギュウ帝国』。

 門の前でただ立ち尽くす男に、”闇”が口を開いた。

「夜は我が時間。今宵を選ぶということは、貴君もそれなりの覚悟があるのだろう」

 漆黒を纏う男は、宙空に浮かび上がったまま男の背後をとっていた。

 白い長衣は薄汚く、穴だらけでボロボロだ。だというのにその立ち振る舞いには隙がなく、故に現状として男は声をかけるしか無かった。

「この国で一番強いのはお前で間違いないな?」

 振り向かぬまま、長衣の頭巾をかぶったまま、男は毅然と口を利く。

 そんな言葉に、彼は意表を突かれたように言葉に詰まる。

 この国では、誰もが自分を一番の実力者だと誇っている。それはおごりなどではなく、単純に自信だ。

 だが事実として、彼の種族としての特性上彼を殺せるものは皆無であるし、それ故に、言ってしまえば確かに一番強いのかもしれない。

 しかし、それを肯定するのははばかれた。

「いや、他国の騎士未満の少年に一度倒されているので、判断しかねるがね」

 戦争まがいのことがあった時、その契機として攫った娘を取り返しに来た連中の一人と対峙した時のことだ。

 負けるはずがないと思っていたのだが、まんまと死にかけ、また対峙した所で完全に倒された。

 全くもって不覚だったが、彼がその気ならこの命はなかっただろう。

 男の言葉に、白い長衣の男は不敵に笑った。

「ああ、気にするな。そいつは少し特別だからな」

 訳知り顔で――と言っても顔は見えないが――告げる彼に、眉を寄せる。

 知り合いか、と問おうとした所で、男は告げた。

「運がいいんだよ、言っちまえば」

「運?」

「つっても、自分が追い詰められなきゃ発揮できない運だがな」

 本質的な、極めて効率的な殺害に対する鋭さ。

 過去に関連することだったが、それは元来彼の持ち味だったそれを、早熟とも言える速度で発現させただけにすぎないし、それは彼が持つ魔法でも特異な能力でも何でもない。

 勘が鋭い、記憶力がいい、そんな個人差のようなものと同義である。

「お前には一ヶ月以内にアレスハイムに向かってもらいたい」

「アレスハイム? 何故」

「世界的な危機だ。国の応援より、実力のある一個体のほうが戦力になる。軍隊なんか無用の長物だ」

「ならば、皇帝に相談したほうが良いのでは?」

「時間がねえんだよ」

 男は肩をすくめ、嘆息する。

「皇帝に話して、皇帝がアレスハイムに話を通せば通じるはずだ。恐らくそれで、あの国は気づくはずだ」

 連中の本当の目的。

 そしてその極めて高く、未然に防がねばならぬ危険性に。

「わけがわからないが……貴君、名は?」

「名乗るものでもないが」

 一息分だけ軽く笑い、男は自然な動きで振り向いた。

 宵闇の中、夜空にぽっかりと浮かぶ満月が彼を照らす。

「かつての大魔導師、とでも言っておこうかな」

 そう名乗った彼は――まばたきをした次の瞬間には、既にその場から消え失せていた。

 まるで夢でも見ていたかのような光景に、男――吸血鬼であるラウド・ヴァンピールは首をかしげたが、

「大魔導師……それに、アレスハイムか」

 妙な縁を感じた男は、それから一週間後に、アレスハイム城下町を訪れることになる。

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