第二話 『特殊作戦部隊<自由騎士団>』
異世界を統率する大国『アレスへレ王国』より来賓として招かれた姫のために、急遽豪勢な催し事が開催された。
イヴ・ノーブルクランとスティール・ヒートは城の上等な客室を用意され、当分の間は様子見としてそう大きく動く予定はないらしい。
ジャンは少なくとも、そう聞いたのだが。
「おいおいおい、ちょっとまて納得できん。なんでお前らがここに居るんだ? ああ?」
真紅の、燃えるように紅い甲冑を身に纏う美青年。
そして傍らには、ラフな黒いボンテージ風の意味があるのかよく分からないきわどい格好の鎧に、腕や足にファッションベルトを身につける女性。こちらは肌が壊死しているのかと言うほど紫であり、その瞳は蠱惑な琥珀色。
前者がスティール・ヒートであり、後者は姫であるイヴ・ノーブルクラン。
そしてその二人は、今まさに所属部隊を発表されようというジャンと共に、開かれた門を背にしていた。
「いや、しかし」
凄まじい勢いで捲し立てるジャンに、少し狼狽したヒートは咳払いをし、
「貴君、我らが姫君の目的を知っているか」
「知らんな。知りたくもねえ」
「これより一年間世話になる」
「はあ? ふざけんな死ね」
「まあまて、暴言も良いが、いや良くもないが――ともあれ、落ち着いて話を聞いたほうがいいとわたしは思うのだが」
一度怒りは収まったが、それでも彼らが無駄な騒ぎを起こそうとした、という事実にジャンは納得していない。
それに直接巻き込まれた彼は、なおさらだった。
だが悲しきかな、その事実を知るのは僅か数名のみであり、また来賓であり同盟国の王の息女である彼女に罵詈雑言を浴びせようと思えるのは彼だけだ。
また彼とて、それが公に発覚すれば適正な処分を受けるだろうが、少なくともイヴらにも負い目がある。告げ口をしないのは、そういった罪悪感からだった。
特に慌てた様子もなく、ヒートは平然と口にする。
「社会勉強がしたいと」
「私が申した」
「却下してえな」
だがここに居る、という事はやはり国王が許可を出したに違いない。
国王とは面識があるし、個人的に色々とやりとりをしたが――どうにも彼は随分と国を考え、支持されている所以がよくわかる男だった。だからそんな彼がこうした事には意味があるのだろうが、今は納得できない。したくない。
そんなやりとりをしていると、蚊帳の外に置かれたユーリアが当惑しながらも介入してくる。
「落ち着け。どちらにせよ、護衛の騎士のほうの実力は確かなのだろう? 姫君が居ても、我々で安全は確立出来るはずだ」
「したくないんですよ」
「命令だとしてもか?」
「そりゃやりますが……ええ、もうわかりましたよ。引っ込みがつかなかっただけですし」
降伏するように両手を挙げ、ジャンはわざとらしくため息を吐いた。
一度言い出すと止まらないのは性分なのか。だが、これほどまで感情的になって非難するのは、明確な敵でない限り彼女らが初めてであるような気がした。
基本的には何にでも肯定的な立場である。腹の底で疑っても、それが確定するまでは警戒するだけで終える男である。
そんな彼が己の思うままに口を動かす、というのは、少なからず彼の中で変化があったことを意味している。
それが良い方向に向かうのかは、定かではないが。
「ならいいだろう、話を続けるぞ」
もっとも始まってもなかったが――場が静まったのを見計らって、ユーリアは嘆息混じりに言葉を継いだ。
「第一騎士団は特攻部隊。第二騎士団は偵察部隊」
第六騎士団は魔術師部隊。第七騎士団は衛生部隊。それ以下が国防部隊であり、それ以外が憲兵と主だって戦場を駆る戦闘部隊だ。
「だが我々は、どこにも属さない」
彼女は言った。
「我々に規則はない。我々を縛るものはない。ただ守りたいものを守り、動くべき時に動く。唯一無二の国王直属部隊にして、それ故に独断が赦される特殊部隊」
国王に認められているからこそ、彼らの判断は国王のものだと言っても過言ではない。
それゆえ、この部隊に属するにはまず国王の信頼のもと、多くの軍部関係者の許可や適正な判断、診断が必要になる。
それを掻い潜った実力者、愛国者のみに許される部隊。
その名を、
「特殊作戦部隊――自由騎士団と呼ぶ」
ジャンを一瞥し、ついでイヴ、ヒートへと彼女は視線を巡らす。
その視線は威圧的なものでありながらも、信頼を孕むような優しく温かいものであった。
「貴様らは今日付けでこの部隊に所属する。この名を貶めぬよう、この名を汚さぬよう――胸を張って名を轟かせろ」
今日付けというが、この部隊自体が今日正式に出来上がったばかりである。
それまで実行に移せなかった理由は、実に明確な――人数不足。誰もが適任な職についているがために、この部隊に回せる人間が居なかったのだ。
もっとも、異世界人の二名は一時的なものだし、一年後、彼らが去ってこの部隊が未だ存続出来るかは分からぬ話なのだが。
とはいえ。
ジャンは彼女の言葉を受けて、驚愕を隠せない。愕然とし、絶句する。
興奮を禁じ得ない。
ただ騎士になれればいい。今ではそれさえも、その欲望も薄れていたのに――まさか、いきなりこんな誉れ高き部隊に所属することになるとは。
一人脇を閉めて握りこぶしを作っていると、脇から間の抜けたような声が発された。
「だが、なぜ我らまで? 尊敬するが、正直この国については詳しく知らない。かえってこの行為が不敬なのではないか、とわたしは思うのだが」
「ああ」
その疑問は正しい。
ユーリアは頷き、丁寧に説明する。
「それは作戦の一つのようなものだ。今回、どうであれ姫君を危険に晒すことはできない。だが一日中客室に押し込めておくのも、わざわざ来訪してもらった意味がなくなってしまう。そこで、国王が一番安全だと判断する場所にあずかってもらおうと考えた」
「託児所みたいなもんですね」
口を挟むジャンを一睨みしてから、視線をヒートに戻す。
「例えが不適切だが、概ねその通りだ」
「安全といっても、卿ら二人でどうにかなるものなのか?」
もっとも、誰かに守ってもらうとしても、彼女は他の部隊では納得するつもりはなかった。
そして実力も認めているし、そもそも彼女自身も、ただの賊や異種族程度に負けるつもりもない。また、ヒート個人だけでも十分過ぎる戦力だから、そう疑う必要もない。
それはちょっとした戯れ。いたずら心である。
「断言することはできません。不測の事態はいつだってどこにだってある。だが――言うまでもないでしょう」
ジャン・スティールの、実力不足を補う鋭さ。
そして彼女らでさえ認知しているユーリアの戦歴に実力。
それはこの『アレスハイム王国』にとっての最大のもてなしでもあり、彼女らにとっても不足のない人選であるはずである。
ユーリアの返答に、イヴは少し驚いたように目を丸くしてから、途端に表情を緩め、微笑んだ。
「ええ、確かに」
「そういや」
暫くして、ひとまず落ち着いた場で不穏な発言をするのは、再びジャンだった。
「こいつらの護衛って事は、他に任務は無いんですか?」
「卿はほんとうに、棘がある言い方するよね。まるで我々がお荷物みたい」
むっつりとした顔で、彼女はジャンを睨めつけた。
「みたいじゃないけど。お荷物だけど」
「ふん、私のような高貴たる姫君を荷物に出来るなど、卿は本当に誉れ高いな。人生全ての運を使い果たしているのではないか?」
「確かに光栄過ぎる仕事だ」
しみじみと頷くジャンに、イヴはようやくわかったか、と言わんばかりの笑みを押し殺し、嘆息して肩をすぼめた。細い肩がより華奢になり、少女っぽい細いラインが浮き出て、その腹の両側や剥き出しになる肩口などから垣間見える色気が増したように見えた。
「ふん、わかれば――」
「おれには荷が重すぎるからお断りしたいんだが」
「……卿、ほんとうに、そんなに私の事が……」
言いかけて、言葉に詰まる。
俯きかけていた顔を上げて彼を見ると、隠しきれていないニヤケ顔が彼女を迎えていた。
なるほど、と彼女は即座に理解する。
「貴卿、私を嘲弄ったな……!?」
本気で嫌われているのかと心配した。
仕方のないことだと、そこで決心しようとした。
だというのに、彼はからかっていただけなのだ。こういう事をして彼女が困るとわかっているから、ちょっとした仕返しのように弄繰り回していただけなのだ。
確かに彼女にも悪い所がある。まともな謝罪も、結局は有耶無耶なままだが。
だが、それでも――。
「そういうところが気に食わない」
頬をふくらませ、そっぽを向く。
そんな姿を見て、ジャンは苦笑した。
そして、そんな彼の傍らで、やや上肢を倒してユーリアは耳打ちした。
「それで、どうなんだ?」
本気で彼女らを許したのか否か。
そう訊く彼女の問いが耳に届いたのか、ヒートも視線を鋭くジャンを見る。
――確かに、本当のところは未だ分からない。
彼が彼女らを許す理由はないし、信頼する必要もおそらくはない。監視対象として身近に置けることは彼として利点である、とだけ判断したが為の、上辺のみの好意的な所作なのかもしれないのだ。
注目されているのを肌で感じながら、ジャンは目の前のイヴに聴こえぬように顔色を変えず、唇を動かさずに言葉を紡いだ。
「良いんじゃないですか。彼女も、悪意はなさそうですし、おれは気にしてませんよ」
無垢な笑顔を見せて答える。
そんな色よい返事すぎるからこそ、ユーリアは素直にその言葉を受け入れられなかった。
「そうか。まあ、今日は適当に彼女らに街の案内をする予定だ。そう気張ることもないだろう」
「ええ、それじゃあ早速そうしましょうか」