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1.邂逅

『――怖い夢をみたから、慰めて欲しいってか?』

 芝生に置いた白く濁る鉱物が微振動し、ややノイズ混じりの音声を紡ぐ。

 遠く離れた大地に居る旧友はそうやってせせら笑い――短く息を吐いてから、ああ、と唸った。

『悪いが、オレには分からないな。考え過ぎじゃないのか?』

「そうならいいんですけどね……どうにも、嫌な予感がしてならないんですよ」

 ――修道院を抜けだして、彼は街の外に居る。ちょっとした丘に腰を落として、街を囲む高い壁の外で農業に勤しんでいる男たちを眺めながら、彼は目覚めるまでにみた夢を思い出す。

 あまりに不吉過ぎる夢だ。むろん、やはりただの夢である可能性が高い。

 だがあれが現実で起きるとしたら……果たして、この世界に現存する総戦力をかき集めても、対処できるかどうか分からない。

 そもそもあの男を相手にして、物量は通じないだろう。連中は既に”戦争”の力を持っている。個体で街一つを崩壊させられるのだから、どれだけ数がいても変わらないはずだ。

 となれば、必要なのは超精鋭。

 相手と同等、あるいはそれ以上の力を有する者が必要……となれば、街一つを落とせる力が必要だ。

「だから力が要る。ウェイバーさん、こっちに来れないですか?」

『悪いな、こっちも訳ありで忙しいんだ。立て込んでて、行けたとしても一ヶ月後くらいか』

「そうですか……」

『それに、おれは管轄外だから判断しかねる。大渓谷はお前の地元なんだから、そっちの人間のほうが良く知ってんだろ? 力になれなくて悪いがな、もし本当に危なくなったら優先してやる……ったく、幸せもんだぞ? オレがここまでしてやるヤツなんざ、お前以外にゃいないんだからな』

「ああ、そこはいつも感謝してますよ。数少ない友達ですから」

 そう言えば、快活な笑いが響いてくる。

 それじゃあ、と彼は断りを入れて、通信はぷつりと途切れた。


 ――あの圧倒的な強さを敵にするには、断続的な戦略級魔術を直接ぶつけたとしても勝てるかどうかわからない。

 そもそも、潜在下で恐怖を持ってしまったがために、何をしても勝てないのではないか、と錯覚してしまう。

 昼下がり、ややあって修道院に戻りながら考えたが、やはり打つ手がない。

 仮に、あの夢が本当にただの夢であっても――いつか、そんな事が起こらないと断言することは不可能だろう。いくら和睦を結んだとしても、敵は人間ではないし、戦闘面では圧倒的に上だ。簡単に反故にされるのはおろか、この国を、そして世界を侵されるのも時間の問題といえる。

 むろん、それほどの話になればジャンが個人でできることなどないのだが……。

(やっぱり、ウェイバーさんの言うとおり考え過ぎか……)

「おい」

(だが……三回も繰り返したから、刻み込まれたのか? いや、これが考えすぎなのかも)

「おいって」

 背後から幾度ともなく声を掛けてくる男に、だがジャンは反応できない。

 考えに没頭しすぎるために全ての意識が内に向き、その無駄に発揮された集中力が外界の全てを遮断していた。

 されど障害物はことごとく避けられていたのは、彼の本能だろうし――ゆえに、声をかけた者からすればあからさまな無視にしか見えなかった。

「おい!」

 男はさすがに気長に待てず、ジャンの肩を強引につかんだ。

 彼は驚いたように弾けるように飛び上がって、反射的に振り向きザマに拳を放つ。だがそれは、顔面を穿つ寸でのところで、受け止められた。

「ったっくよォ、物騒なやつだな」

 雪のように眩く白い白髪頭は長く、首元で軽く一房にまとめられている。

 病弱か、深窓の令嬢のように透き通るような白い肌は健康的とは言いがたかったが――その長駆にはいささか威圧的な雰囲気があった。

「お前、ジャン・スティールだろ?」

 切れ長の目がジャンを睨む。

 掴まれた拳を勢い良く引き剥がすと、彼は気づいて、わざとらしく諸手を挙げ無害を示した。

 ――彼の背後には、赤髪の男。ぼさぼさの髪をそのままにした彼は酷く不良的だったが、寡黙なまま場を見守るだけで、口を挟まない。

 ジャンは警戒したまま、往来のど真ん中で、小さく頷いた。

「ああ、そうだけど」

「俺はレイ・グリーム」

 突き立てた親指を自身の胸に押し当て、ついでそれを背後へと向けた。

「こいつはクラン・ハセ」

 赤髪の男は紹介されて、ジャンを一瞥する。特にそれ以上あるわけではないが、前に出てきて横に並んだ。が、彼は口を閉ざしたままだった。

「……で?」

 名乗るだけ名乗って続きのない彼らに、ジャンは思わずそう言った。

 レイは困ったような顔をして後頭部を撫で、

「でって、言われてもなあ。ただ挨拶に来ただけだしなァ。騎士養成学校を卒業してよ、俺たちゃ騎士になるわけだ。いわば同僚だろう?」

 養成学校を事実上の中退をしたジャンには、彼らが随分と凄まじい偉業を成したようにしか思えなかった。

 この国で騎士になるためには必ず通過しなくてはならぬ学校を、ジャンは卒業していない。その代わりその実力を認められ、幾度かの仕事をこなすことによって力を見せつけ、最後に選定を受けて見事合格したのだが、

「同僚?」

 その結果が出る前に意識を失い、つい今朝目を覚ましたジャンは、その事実を知らないままだった。

 訝しがるジャンの顔を見て、クランが肩をすくめて嘆息した。

「いつ意識を取り戻した?」

「え? ああ、今朝だけど」

「なら知らないのも無理は無いだろうな。お前は最終選定を通過して、合格したんだ。それでオレたちと、晴れて同僚になるわけだ。本来なら一年遅れで入ってくる予定が、お前は他の連中より一年早い」

 とは言うが、二年制の学校で一学年三○人在籍する養成学校で、見事卒業し騎士になれるのは僅か一握り。平均五名で、豊作でも十名前後。

 今回はジャンを含めて七名だが、それでも多い方だった。

 もっとも、消耗するような出来事がないこの国では、それでさえ戦闘要員が増えるばかりなのだが。

「ああ……そうですか」

 ぶっきらぼうに返すジャンだが、されどその表情は抑えきれぬ喜びを表現するように笑顔に満ちていた。

 にわかに、不安が吹き飛ぶような感覚だ。

 今朝からまとわりつく不快感が、幼少期からの夢が叶ったことによって凄まじい勢いで薄れていく。

 そうか。おれがついに、この国の騎士になれるのか――そう思うと、今にも飛び跳ねたくなるが、理性を最大限に稼動させてそれを抑えつける。

「つまりだ。仲良くしようや、ってことだ」

 レイが不敵に微笑んで手を差し伸べる。

「お前は色々と話題だったからな。正直楽しみだ」

 付け加えた言葉を聞きながら、ジャンは固い握手をする。

 ついでクランは面倒なのかそれはしないが、

「まあ、期待しておくぞ」

 軽く二度ばかり肩を叩いて、脇を通りすぎていった。

「んじゃま、入団式まであと一週間くらいあるが、あんま怠けすぎんじゃねェぞ」

 気だるげに笑い、軽く手を上げてレイはクランの後を追って過ぎ去っていく。

 ――珍妙な二人組だったが、嫌な連中ではない。また”気配なく”迫ったところや、容易に脇をすり抜けたところを見るに、やはり腕は立つようだ。

 技量としてはジャン以上。経験もジャン以上。適切に学校で優等生をやっていたならば、それもそのはずだった。

 ジャンが認められたのは瞬間的な爆発力と一時的にその器では堪え切れぬほどの莫大な力。

 まともに戦えば多くのものに負けるのは確実だが、それでもジャンは騎士となれた。

 ゆえにこんな己でさえも、騎士になるに、この国を護るための戦士たるに値すると評価されたのだ――と信じたい。


「――これは夢か」


 その刹那だった。


「否か――」


 喜びが溢れ出し半ば狂喜しようとしていた瞬間。

 あふれる腐臭が鼻腔を突き刺し、焼き尽くす。

 すれ違う影がそう囁いた。

 ジャンは咄嗟に振り向くが――刹那として視界の隅を横切った黒い影はどこにも無く、だがその男とも女とも付かぬ者の声は、確かにジャン・スティールの精神を、たった一言で極限にまで追い込んでいた。

 ――そして同時に、彼は知ってしまった。

 新たに始まろうとした日常は、既に血生臭く硝煙に満たされた戦場の中で切り開かれていたことを。

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