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日常風景

「なんだか、家で上手くやれてるようで僕は安心したよ」

 いよいよ春が終わろうとしている季節。街路樹は青々とした葉が生い茂り、青空は澄み渡る。清々しい朝に、共に家を出たトロスは笑顔でジャンの肩を叩いた。

「いや、みんな何だかんだで親切だし、良い人ばっかだしな。環境も持て余すくらいだし、本当に感謝してるよ」

「何言ってるんだよ、僕だって、キミが試験の時に声をかけてくれたから学校でも、試験でも上手くやれたんだ。それに、家だとお手伝いさんの手伝いまでやってるんだろ?」

 トロスはそう言うが、手伝うのは食器の片付けや簡単な掃除、庭の手入れくらいしかやれていないし、それだって本当に手伝い程度だ。それが彼らの手助けになっているかは、未だに疑わしい。

 ――そんな彼らが歩く通りはいつものように警ら兵が街を巡回していて、住民が日常的に歩いている。これから仕事に行くものや、ペットの散歩、井戸端会議をしている主婦層などその様相は様々だが、平和なのには変わりがない。

 妙なまでに満たされている感覚がジャンの中にはあって、思わず頬は綻んでいた。

「でもジャン、最近なんだか私にかまってくれない……」

 彼らの前でテポンと仲睦まじく、それこそ姉妹のように話していたサニーは、そんな会話が耳に入ったのか振り向いてから、むっつりと膨れた。テポンはなだめるように彼女の頭を撫でる。身長差は頭一つ分で、テポンがやや大人っぽいお陰でサニーの外見年齢は如実に下がっているようだった。

「登下校と家、学校で一緒じゃないか」

「ちがうの、だって前ならもっとお話したり、色々してたもん」

「んな事言ったって……これ以上一緒に居たら、一日中ずっと傍に居ることになるぞ? お前だって友達とか居るだろ。ほら、クロコとか、なんつったっけ……ハイビスカスの人とか」

「く、クロちゃんとアオイちゃんは学校でいつも遊んでるし、学校帰りで一緒に遊ぶ事もあるし……」

「いつでも会えるおれより、そういう仲良くしてくれる友達を――」

 遮るように、トロスが再び肩を叩く。

 大人気ないぞ、といわんばかりの表情に、些か無粋すぎたかと己の台詞を思い返した。

 だがそれとは全く異なる、思いも寄らない一言は果たして放たれたのだ。

「キミはまだ気付かないのか?」

「……何をだよ?」

「これまでサニーちゃんとずっと一緒に居たんだろう?」

「まあな。それが当たり前みたいなもんだったし」

 やれやれ、と肩をすくめるトロスに、ジャンは彼が何を言わんとしているのかをなんとなく悟る。

 だから彼は首を振って、

「強調するわけじゃあ無いが、物心ついてからずっとサニーと一緒だったんだ。今更、何かが変わるわけじゃない」

「……ジャンは私の事きらい?」

 うつむきがちでサニーが言った。上目遣いでサニーが責めた。

 ジャンはいよいよ、なんだか彼女に悪いことをしているような気がして、

「好きだよ。……わかった、一緒に居ればいいんだろ?」

「うん!」

 嬉しそうな、子供っぽい笑顔を見て、彼もまんざらではなさそうに微笑んだ。


 学校と外との敷地を区別する鉄門を過ぎると、土がむき出しになる訓練場グラウンドには人だかりができていた。野次馬とも形容すべきその群れは円くなって、その中央にある程度の空間を残す。

 互いに剣を、あるいは槍を構えた二者には素人が見て分かるほどに揺らぎがない。子供のケンカという様相は一切無く、今まさに血しぶきが宙を舞い鋼鉄の乱舞が周囲を切り刻まんとする威圧的な雰囲気が、周囲を包んでいた。

「……あの、何が始まるんです?」

 最後尾にて、その巨躯を活かして中を覗き込むクマのような鋭い爪を持つ男に声をかける。また毛皮を肌に癒着させる姿は、まさにクマといった風体だ。

 彼は前を見つめながら静かに告げる。

「いや、それが良くわからねえのよ。俺がここに来た時はもうこうだったし、沈着してるし……ほら、周りを見てみろ。みんな飽きて校舎に入り始めてる」

 促されるように周囲に眼を向ければ、円を作る要素となっていた詰襟の白い学生服の連中、あるいは大きな襟や胸元のリボンが特徴的な制服の女子生徒らは、徐々に数を少なくしている。

 リボンが紅い、あるいはボタンが銀であるのが一年、水色で金なのが二年であるが――そのほとんどは二年だった。残っているのは一年のみであり、よく見れば、声を掛けた生徒は上級生だった。胸元のボタンを外して露出する格好は、野性味溢れる男らしい姿である。

「まあ、いつもの事だろうけど……前からは随分期間が空いてたしなあ」

「いつもの……とは?」

 ん、と反応して男は振り返る。それからジャンらの姿を一見すると、なるほど、と手を打った。

「あいつらは犬猿の仲っつーのかな、良く喧嘩してて、ヒートアップするといつでも得物を出して戦うんだよ。最近はそれを止める奴が居たんだが……どうやら今日は居ないらしいな。だからこうなった。ま、決着がつくか飽きるかすれば教室に戻るだろうよ。お前らも、遅刻すんなよ」

 男はカッカッカと笑うと、それからジャンの頭を幾度か叩いて、校舎へと戻っていった。

 気がつけば野次馬も随分と数を減らし、隙間から中の様子を伺うことが出来る程となっている。

「ねえジャン、教室行こ?」

「ああ、そうだな。見ていても仕方が無いし」

 飽きたのか、あるいはそういった闘争を眼にしたくないのか、サニーの提案にジャンは従った。

 そうして彼らに背を向ければ、やがて鋼鉄がぶつかり合う音、さらに咆哮が耳に届く。また背中を押すような凄まじい威圧を感じながら、かくして彼らは昇降口へと向かっていった。

 

 ――その刹那の事だった。

「唸れ、剣風ゥッ!!」

 尋常ならざる衝撃が、振り下ろされた剣から離れて斬撃と変異する。刃状の巨大な旋風は空間を断裂する勢いで男へと迫り、大地を削り深い溝を作りながらやがて接触。構えた槍の穂先が甲高い悲鳴を上げるように、空気が切り裂かれる摩擦音、さらに金属を削る摩耗音を大気に伝播させながら、火花を散らしていた。

 だが、勢いは殺し切れない。

 間もなく体勢を崩して吹き飛ばされる男は、掻き別れた人波を通過して――迫る。

 何も気付かぬジャンの背へと肉薄したその陰は、結局そのままごく自然的に彼を巻き込んで倒れこんだ。

 大地に、重なって倒れる二人。が、巻き込んだ張本人は白く染まり上がる長髪を乱したまま、ジャンを弾くようにして横に飛ぼうとして、舌を鳴らす。

「くそ、邪魔くせえ!」

 片膝を付いて半身を起こす。そのまま槍の柄を地面に突き刺すと――得物を握る腕から紋様が浮かび上がり、それが槍へと伝播する。

 袖を捲るが故にあらわになる腕、複雑な紋章。紅く輝き槍にさえもソレが刻み込まれ、大地に干渉した。

空間グレィト障壁・ウォールッ!」

 果たして魔術は発現する。

 腕、槍ともに刻まれた紋様が一様に虚空、その槍の手前に弾かれて浮かび上がる。紅い輝きがそれと共に、槍を中心点にした半円形の盾のような障壁を創りだした。

 追撃と思しき衝撃波からなる斬撃は、再び大地に深い傷痕を作りながら切迫し――衝突。眼前で空間の中にそこにあるという確かな姿を作って現れた斬撃は、第一打で障壁に決定的な亀裂を入れる。が、破壊されない。

 さらにジリジリと押し殺すように剣風は障壁を砕き、無数のヒビを刻み込んだ。斬撃は途絶えず、されど威力は徐々に殺されて、やがて途絶える。吐息のような小さな旋風となって失せた斬撃は呆気無く、共に白髪の男は口角を吊り上げ、この瞬間を待っていた。

 全身に流れる心地よい衝撃に四肢を震わせ、一撃のみならず追撃を許して守備に転じた男は、されどこの事態を喜んでいた。

 障壁は役割を終えて、間もなくバラバラに、ガラスが砕けるように虚空の中に散っていく。だが、空気中に溶けることはしない。

 それを構成していた魔術的要素を持つ破片はそのまま矢尻の形を作って、さらに、つまり棒の部分、さらに矢羽を構成する。槍はやがて弓と相成り、弦は同様に穂先と、大地に突き刺さる柄尻とを繋ぐ。

 男は手馴れたように矢を手に取り、弦に引っ掛けて力一杯引き寄せる。張り詰めた弦は今にも断裂してしまいそうな雰囲気を纏いながらも、力強く、その威圧をも孕む。

 ――攻撃を防いだ刹那の出来事。

 対する男が、その攻撃手段を理解するよりも早く、やがてその矢は虚空を穿つ。

 大気を切り裂く一点の矢は、鋭く、吸い込まれるように男に迫る。同時に男は、槍を引き抜いて大地を弾いた。

 守備から攻撃への、乱雑とも流麗とも受けて取れる流れ。

 男は咆哮さけぶ。

ざかあしいんだよ、てめえは!」

「貴様にゃ負ける!」

 振り上げられた剣先きっさきに、紅い輝きを纏った半透明の矢尻が触れる。

 その集中力、判断、対応。その全てが常軌を逸していた。まともな動体視力では反応できるはずのない矢に動き、さらに線から点へと転ずる突きの攻撃を活かして対する。また、障壁を矢へと展開する柔軟性。

 異形とも見れる実力は、やはり騎士志願ゆえのものなのだろうか。

 単なる才能や努力では決して覆せないであろう印象は、僅か数度のやりとりだけで心に刻まれる。

 やがて矢が砕けて、突撃が勝利を収める。

 再び距離を縮めた両者だが――。

「何をしとるか貴様らァァァァッ!!」

 戦闘教官の乱入にて、何らかのパフォーマンスにも似たケンカは、終わりを告げるのだった。


「なんかすごい人たちだったなあ……」

 教室で、机をあわせて弁当を展開。

 始まる昼食の最中にそう漏らしたのは、ジャン・スティールだった。

 多くのクラスメイトは食堂へと向かい、残るのは昼食持参組のみ。今日はトロスと、クロコ、アオイ、サニーという面々で、それぞれ向かい合わせになって席につく。

 残る三人ほどのグループは窓枠に腰をかけるようにして、あるいはその対面の机に腰をかけて、登校時に購入したのであろうパンを食んでいた。

「あ、それ私見てましたよ」

 と口にするのはアオイだ。頭に側頭部にハイビスカスを咲かせて、スカート代わりに大きな花弁を腰に纏う、植物族の娘である。ただそこに居るだけでなんだか暑くなるような気がする、常夏気分にさせてくれる女の子は、妙に丁寧にジャンに反応する。

「あんな戦闘、初めて見たんですけど……圧巻でした」

「に比べてお前という男は……」

 クロコはわざとらしく肩をすぼめて、鼻を鳴らした。果たして彼女にケンカを売っている自覚があるのかどうか、甚だ疑問である。

「し、仕方ないだろ! 後ろから飛んでくるって予想できないし、対応できないし!」

「でも避けられるだろうに」

「よ……そのとおりだよ!」

「うわ、開き直った」

 トロスはサニー特製の弁当に舌鼓を打ちながら、苦笑しつつそう漏らす。

「でもジャンも怪我が無くてよかったよね」

「確かにな、アレで怪我したら笑えないし」

 サニーはいいタイミングで助け舟を出してくれる。やはり付き合いが長いだけに、どこで困っているのか、どこで助けて欲しいのかがよく分かっていて、だからこそ大助かりだ。ジャンは手を伸ばして、サニーの頭を撫でてやる。

 彼女は嬉しそうに首をかしげて、横に並ぶジャンに寄り添った。

「なんか……どっちかって言うと微笑ましい感じだよね」

「確かに」

「ですね。ほんとの兄妹きょうだいみたいです」

 ほんわかと、落ち着いた雰囲気。

 そういった日常が構成されて、ジャン・スティールは一日の大半、全てと言っても過言ではないほどに、その殆どを異人種と共に過ごしていた。

 だからこそ、と言うべきなのか。

「ジャン! ジャーン!」

 妙なことに巻き込まれるのも、割合に多くなっていた。

 彼の名を叫びながら廊下を走り、そうして教室に飛び込んできた姿は小さく、四本の足で床を弾くとそのままジャンの後頭部に突っ込んだ。

 ネコはそうして頭に抱きつくと、ポンポンポンポン肉球で頭をたたき、どうやら錯乱しているらしい事を教える。

「ど、どうしたんだよタマ? っていうか、なんで学校に――」

「助けて、しょ、しょ……」

「しょ?」

「触手が……地下から、なんか出てきたのよ!」

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