お開き
「これはいい銃だ。私の目に狂いはない」
アレスハイム城下町を始めとするいくつもの街から派遣された馬車は、その日の内に多くの参加者たちを最寄りの街へと送り届けていった。
年に一度の展示会・見本市は言うまでもなく中止となり、戦車も既に夜を迎えるよりも早く、ウィルソンの手によって本国へと送られることになった。そのついでとばかりに代表各位も、今回の出来事を見直し、改めて大魔導師の称号を持つウィルソン・ウェイバーを評価しなおすという事を代償に、直々にそれぞれの本国へと送り届け――。
落ち着いた頃、世界はすっかりと夜の帳が落とされていた。
街に残されているのは、元々の住人に加えてジャン一行に、ユーリア、ジェームズ、ウィルソン、タスクの十四名のみである。
さすがに全ての後片付けは後日行われるということだったが、放置された武具をメーカーごとに仕分けし直し、梱包するという作業はゴミとなった屋台を排除することよりも骨を折る事だろう。
またジェームズは、放置された弾薬箱を一つ拝借しており、鼻歌を歌いながら月夜の下で銃の試射を行なっていた。
サニーたちはマイン・アバンの代表者が用意してくれた道具を使って野営の準備を行い、残されたジャン、ウィルソン、タスク、ユーリアはそれを眺めて、談笑に浸っていた。
が、ユーリアは未だ寝足りないのか、うつらうつらと船を漕いで半ば夢心地である。
「今日はなー、マジで……おれのせいで皆が死にそうになったかと思うと――死にたくなるわ」
肩を落として大きく息を吐く。
あのフードコーナーで犠牲になったと思われる数千人――実際に数えてみたところ、その人数は千人にようやく到達するかといった数だったが、そういった犠牲になった人々は未だそのまま放置されている。二次災害もそうだが、まず根本的に人手が足りないのだ。
明日になれば、派遣された多くの作業員が来るという話だが、今夜ばかりは辛抱しなければならない。
《そんな日もありますよ》
傍らのタスクが事もなげに言った。
《別にスティール様は特別なんかじゃないんですし、それが普通です。むしろ、ここをどう乗り越えるかが肝要なのでは》
「正論だけど、もっと優しい言葉を掛けてやれ」
《……ねえ、スティール様。私はなんだか、身体がほてって――》
「そりゃ甘い言葉以前に変態だ。ボケが重なりすぎて対応できねえよ」
《主人も欲しがりやさんですね》
「……やっぱ黙ってろお前」
隣でまた表面上の貶し合いが開始した所で、呆然と空を見上げようとする。と、顔を上げれば現品限りで手に入れたお気に入りの狙撃銃を抱えるジェームズが、その姿に気づいたジャンへと軽く手をあげていた。
荷物は既にサニー達に預けてあるので、彼の手荷物はそれに加えて弾薬箱のみとなっている。
ジェームズは、まるで本屋の主人らしからぬ立ち振る舞いで銃を片手に持ち替え、そうして少しくたびれたように息を吐いてジャンの前に腰を下ろした。
無論、彼らのために用意された座席など無く、故にその一行は瓦礫の真ん中、その地べたに座り込んでいるわけである。
「話は聞いていた」
「耳がいいんですね」
「すまん嘘だ」
「なにその無意味な嘘っ?!」
たはは、と笑いながら、ジェームズは幾度と無く銃の金具を引き、薬室の中が空であることを、装填されている弾丸が無い事をしっかりと確認してから――容赦無く、その狙撃銃の銃口をジャンの額に押し付けた。
「少年、お前がどれほどしょげていようと仕方が無いことだ。終ってしまったのだからな」
「……ですが」
「私だってしょげたいさ。存分に落ち込みたい気分だ。お前より遥かに――なんせ、少年より人生経験も豊富でこういった修羅場もいくつもくぐってきているのにもかかわらず、私はあの時、あの女狐を射殺出来なかったのだからな」
ふん、と鼻を鳴らして肩をすくめる。
どれほど毅然としていても、憮然と言葉を紡いでいても、ジェームズとて人間だ。今でこそその感情を表には出さずに隠しているが、ジャンと同じで自分のミスを悔いているのだろう。
そして今回、ジャンの最後の決断こそ遅かったが――決定的なミスというわけでもなかった。結果的にクロアは自身が街を出るまで、また街から出る事が不可能になったと判断できるまで『四つ目の爆弾』を作動させるつもりなど無かった様子だし、その作動さえもユーリアのお陰で防げている。
もっとも、最後の最後で良い所を持っていかれたのは少しばかり……嬉しかった。
自分だけではない。頑張っているのはもちろん、今回のことに関わって、自分と同じように動いている人間はたくさんいる。そう考えると嬉しくなる。
多くの人と、繋がっているような気がした。
もう自分だけが頑張ろうという事はない。自分だけでダメなら、仲間がいる。頼れる人がいる。
もうひとりじゃない。
今までが今までだったから、そう確信できるまで一年近くかかってきたが――今回のことで、決定的に身に染みてしまった。理解できてしまった。
こんなにも気遣ってくれる友人が、仲間が居るという事が。
「にしても今日は災難――っと、そうだ、本題を忘れるところだった」
ストレスにしかならぬ人混みに、新兵器視察、そして爆弾魔への対応――本当にこれが一日で済んだのかと思えぬ濃厚な出来事にかき消されかけていた記憶が、今日を思い起こしたことによって脳裏をよぎり、そして腰の邪魔臭い違和感がそれを確定させた。
ジャンはその本題が何であるか、しっかりと言葉に具現できぬまま腰に手を伸ばして、そして『ヤギュウ帝国』の吸血鬼から受け取った短剣を、鞘ごとベルトから抜いた。
「ウェイバーさん」
ジャンが呼ぶと、忌々しげにタスクへと細かく小さく連続した舌打ちをしていたウィルソンが顔を上げて、呼ばれた方向へと顔を上げる。
「どうした?」
「あの、ちょっとこの短剣を見てもらいたいんですけど」
「おう。貸してみろ」
男気のある声で差し出した手に、その質素というよりはシンプルな牛革の鞘ごと儀礼剣のような短剣を手渡す。一、二度力いっぱい壁に突き刺したそれだが、その刀身には傷一つなく、刃こぼれすら無く――それ以上に、土や砂などの、そういった汚れすらついていなかった。
そこから必要以上の鋭さと、短剣としては頼もしいくらいの頑丈さを認識したのだが……やはり得体のしれないものには違いない。
だから、どうせ武器商人のウィルソンが居るのならば見てもらおうと思っていたのだが、彼は彼で、それを見た途端に表情を険しくしていた。
《主人》
心配なのか、あるいは呆然とする主人を注意するのか、タスクは短く彼を呼ぶ。
「いや、こいつは……違うな。模造品だ」
《しかし、そのような技術を有する者が居るのでしょうか? 果たして……》
「ああ、居るし、知ってる。今回のあのクロアなんてとても女狐と呼べなくなるような、恐ろしい『魔女』だ」
《……ああ、あのお方、ですね》
「知ってんのか?」
《ええ、私の開発に携わっていますから》
「なるほどな、俗物に手を貸すとなると――何か、考えでもあるのかねえ」
やれやれと肩をすくめ、鞘から剣を抜く。それを手元でじっくりと、あるいは空に掲げるようにして遠目に見てから、鞘に収めてジャンに返した。
「これが、なんだったんですか?」
結局、そのタスクとの会話を理解できなかったジャンは訊く。
ウィルソンは話すべきか否かと迷ってから――あの魔女が作り出した模造品なら、その『魔術』もしっかりと”模倣”されているのだろうと考えて、短く息を吐き、口を開く。
「ああ……世界に十本だけあるっつー、天から落ちたんだか、異世界から来たんだか、そういった特殊な鉱物を使用した武器があるんだ。それがその一本かと思ったんだが……どうやら人の手によって意図的に模造された作品だ。だが、それを模造するだけでもかなりの実力があるっつーわけで――その短剣に刻まれてる魔術も、戦略級の威力を誇る。もっとも、一度使用して、その短剣が耐え切れるかわからないがな」
「戦略級……これに?」
ウィルソンの言葉を受けて、にわかに信じられないように改めて短剣へと視線を落とす。
確かに装飾は見事だが、取ってつけたような鞘だ。それに、さすがにそれほどの物のようには見えないが――。
「『火炎龍の鉤爪』つってな、対個人として最大級の威力を誇る。戦略よりは戦術寄りだが、その十本の中で唯一単体のみに発揮する魔術だ」
「……ウェイバーさんが持っててくださいよ。おれ、いらないです」
――そんな強力な魔術を持っていても模造品だという短剣を、ジャンが所持する理由はない。使い道など無いし、たとえ自分より遥かに格上で手も足も出ない敵を前にしたとしても、使おうとも思わないだろう。己が勝てぬ敵には潔く負けを認める……というほど戦闘に全てを賭けているわけではないが、そんな反則的な力を使ってまで勝とうとは思わない。
なんだか癪なのだ。
自分が本気でぶつかっている所に水をさされるような、そんな不快感。決してそんなことはなく、その強大な武器を持ち得る運さえも実力の内と考えるのが自然だったが――未だ未熟である己がそうするのは、酷く信条に反した。
彼がその武器を手放そうと考えるのはそういった理由からだった。
「要らねえよ。オレが持ってたってしょうがねえって」
「だけど」
《くどいですね。我々が欲しいのはそんな模造品などではないのです。ですが少なくとも、いずれはスティール様の命を救うことになりうる武器なのですから、持っていても損ではないでしょう》
「道具で生き残ったって、それは、おれの力じゃないでしょう?」
《相変わらずですね。それがどれほど強大な力を持っていようとも、使うタイミングを間違えれば通用しない。逆に、タイミングさえ合えば『火炎龍の鉤爪』を防げる相手でも、決定打たりえます。それはつまり、スティール様の実力ということなのではないですか?》
相手に隙を作り、そこに攻撃を叩きこむ。その叩きこむタイミングを創りだすのはやはりジャンであるために、彼女の言葉は概ね正しい――それでいてジャンにはそれに反論することが出来いほどに正論だった。
ぐう、と思わず声を漏らせば、隣のジェームズはどこか機嫌がよさそうに笑った。
「ぐうの音が出るならまだ大丈夫だな。それ、そこの機械娘を論破してみろ」
「そっ、できませんよ、そんなことっ!」
《ほう、スティール様がこの私に知能で勝負しようと? いいでしょう、時間はあります。受けて立ちましょう――》
あの出来事がまるで嘘のように、ジャンの日常は再構成される。
多くの人々の犠牲。それは、ジャンにとって初めてというわけではなかったが――それでも、出生の地が焼き払われてからは初めてだった。
別にそれを、必要以上に背負うということはなく、気にしすぎることもなく。しかし決して忘れることなどはなく、それを確かな一つの経験として、その身に深く刻んでいた。
――クロア・ヴェーラ・アリサは背中に負った致命傷を、サニー・ベルガモットの魔法によって完治させられた後、手足を縛り耳栓に目隠しで拘束された状態のまま、一度アレスハイム城下町へと搬送されることとなる。
彼女の出身はブリックであり、その身も未だブリックに置いているということだったが、犯行の場はアレスハイムであるために、司法の全ては被害国に任せられ――彼女の処遇は、ジャンが王国に戻って暫くしてから下されることになった。