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爆弾魔 ③

《やれやれ、私の主人マスタはいささか『倉庫』使いが荒いようです》

 人型武具倉庫たる『タスク』は、眼球に直接施されたいくつかある魔術の内の一つである視力強化を発動し、ウィルソンの指示通り谷の頂上からクロアの監視を行なっていた。

《バカを演じるのは、何やら内なる私というものを見つけたような気がしましたが――》

 あの、心底軽蔑しきった相棒の視線は、決して純粋な演技のみによるものではないだろう。ここまで、主人と配下という形で行動を共にしてきたが、配下としての彼女はそんな立場などお構いなしに暴言を放ってきた。無論、冗談としてなのだが……この機会を利用して仕返しをされたのならば、いささか腹立たしい。

 なぜか、あのウィルソン・ウェイバーが上に立つと”ムカつく”のだ。

 苛立たしい。

 せっかくしおらしい仕草を見せても無視するし――。

《む……あの女狐が動きましたか》

 ジェームズの口調を真似て、タスクは一人呟いた。

 次いで鼓膜たる部分に刻印される魔方陣が作動した。発動する効果は――物音や音声を限りなく適切に受け取る魔術。特定の方向のみ、その音を拾う力を強化するものだ。特定の方向とはつまり、耳を向ける方向であり、彼女は横目のクロアを監視し続けながら、耳を傾けた。

 一時期、ウィルソンと組んだばかりの時はなぜ自分は人間ではないのだろうかと嘆いたものだが――割りきってしまえば、これほど便利な身体もないだろう。人間のように排泄面での不便はないし、また女性的特徴は胸しかなく生殖器が無いのが残念だが、子も授かれぬ肉体なのに”そういった行為”ができてしまうほうが虚しいだろう。どちらにせよ、換装によって”そういった身体”にもなれるのだから、関係のない話だが。

『サニー、サニーちゃん!? どこに居るの!?』

 クロアは人混みをかき分けて、そう叫んでいた。

(サニー……なぜあの女狐が……ああ、あの時か)

 彼女に対して、誰一人として名乗るものは居なかった。それは用心の為ということもあったが、ジャンだけは単に忘れていたというところだろう。だが、あの爆発の直後――その不安を思わず声にして、妹たるサニー・ベルガモットの名前を漏らしていた。

 それを思い出して、なるほどとクロアは納得する。

 あの時、心配してふと口を衝いて出る名前は、その人にとって心底大事にしている者の名前だ。

 クロアはそれを狡猾に利用しようとしている。

 その行動は、普通に見ればジャンの為を思っている素晴らしい女性と見ることができるだろう。だが、爆弾の存在を知っていて、それを未然に防ごうと考えている、かつその情報を初めて受け取ったと言う人間であるならば、そのようなムダは省くべきである。

 責任者だ。ならば、他者の、たかが”安心”のための行動は控えるべきなのだ。

(なるほどクズめ)

 そのままボロを出し続けて、他の仲間の姿も見せてみろ。いずれその目的さえも見ぬいてやる。

『あなたが、サニーちゃん?』

 やがて、人混みの中からぴょんぴょん跳ねてその己を主張する姿があって――クロアは一瞬だけ、その口角を釣り上げてからその影へと迫っていった。

『わ、私を知っているんですか?』

 人混みをかき分けて出会う少女。何度見ても十九歳には見えぬ少女の頭は、クロアの肩に顎を乗せるのが精一杯である程の矮躯わいくで、それ故に綺麗に整い柔らかである茶髪や、鋭く尖った耳など、その容姿をタスク以上に人形の如く、客観的に可愛らしいものとしていた。

『うん。”カレ”から聞いて、探してきてくれって。”カレ”は今、あの爆発の原因を探りに行っててね』

『そうですか……あの、私も、みんなも一緒にいて大丈夫だったので、ジャンにそう伝えて貰えますか? 私も一緒に行きたいけど、多分……ううん、絶対に足手まといになっちゃうし』

『そう、いい子ね。”ジャン”にはしっかりと伝えておくから、サニーちゃんたちは安全な場所に避難してて。人混みの中だと動きを取りにくいし、そうね――”街の入口の、木造建築の宿屋”とか、案外大丈夫かもね』

『わかりました。ありがとうございますっ!』

 派手で胸元を大きく開けたドレスを身につけているクロアに大した疑問も抱かずに、サニーは素直に言葉を聞いて素直に頷く。そうして深くお辞儀をしてから、彼女の背で控えていた友人たちにその言葉を伝達し、改めて穏やかに微笑むクロアへと、また大きく頭を下げた。

《なるほど。これでていの良い人質というわけですか》

 ならば、彼女があの場所を離れてから先に救出しに行こう。下手に利用される前に動かなければならないし、実際にクロアと鉢合わせすれば、頭の切れる二人のことだ。勝手に感づいてくれるに決まっている。

 殺気すら無く人を殺せるクロアを見ながら、そろそろ動くか――彼女が立ち上がる中で、クロアの意図のつかめぬ言葉を聞いた。

『ねえ、聞いて。私の名前はクロア。ブリックから来た……この爆破テロの犯人よ』



「故に、仮に」

 戦車が駆動し、採石場へと姿を表す。その周囲に、戦車が備えた小銃を手に手にとって身を守らんとする代表各位が並んでいた。

 戦車の先頭には研究・開発部長が立ち、傍らには戦車長が。

 そして彼の言葉は、剣を振り抜いてその空間へと乱入した――どこか見覚えのある――青年によって、続きを失っていた。

 部長を護るように戦車長が腰のサーベルを抜き、構える。だが目の前の青年ジャン・スティールはそれなど興味がないように辺りを見渡して……目的の物を発見出来なかったのか、歯を噛み締めて地団駄を踏んだ。

「すみません、ここに不審人物が来ませんでしたか!?」

 半ば叫ぶようにジャンが訊く。

 その言葉に、部長ははたと気がついた。

 そういばこの男は、あのケンタウロスの傍らに居た男で――となれば、アレスハイムからの使者か。

 アレスハイムと言えば異世界関連の研究で最先端を行く国であり、その純粋な軍事力ではヴォルヴァ大陸二位とされているが、実力としては異人種、異種族を有効活用し、またガウル帝国顔負けの魔術研究によって強大な魔力を有していて――先日の軍事国家とまで呼ばれている『ヤギュウ帝国』と正面衝突した際には、魔術一つで二万の軍勢を殺戮したらしい。

 その情報はすでに世界で出まわっており、アレスハイムの強国然とした立ち振る舞いは、改めて評価し直されている。

 そして世界各国から代表が集まるこの催し事に参加した二人組のうち、一名のケンタウロスは明らかなまでに騎士であろう。もう一人はどうかと思っていたが、今の様子を見るに、確実に騎士かそれに準ずる地位の筈だ。

 単体で、さらに剣を抜いた所から判断するに、実力にも自信がある。

 信用するに値する男か――。

 短く思考し、戦車長が戸惑ってちらちらと背後に控えた部長の様子を伺い始めた所で、彼は肩を叩いて前に踊りでた。

「いや、見ていないな」

「気をつけてください、どこかに隠れているかもしれない――今回の犯行の、犯人と思われる男です」

「ほう、どうしてそう判断した?」

「”段”の一段目でフードコーナーから避難してた人たちを観察してて、おれに存在が気づかれたと分かるや否や、逃げ出しました」

「ただ犯人と決め付けられるのが嫌で逃げただけなのではないか? 言い分は聞いたか? 最初から殺しに掛かったわけではあるまいな?」

「そ、それは……」

 ――ついカッとなって魔術を使用した。

 それも、この前会得したばかりで、肘の魔方陣によって体内の魔力を排出して魔力量を調整しなければ発動しなかった、中位魔術を。恐らくあの不意打ちは、いくら手練でも直撃すれば無事ではすまない。

 ……いや、そもそもあの一撃目は、本当に避けられたのだろうか。

 誰の目から見ても、確実に貫かれていたのではないか?

「ふむ。冷静な判断ではなかったようだ――」

「ちょっと待ってください。一つ、良いですか?」

 自分の中では解消できぬ疑問をそのままにする訳にはいかない。それに、この男たちには充分な情報を与えられていない。ここで不要な人物と判断されて切り捨てられるわけにはいかない。少なくとも、今回の件では最前線に立っていたのだから。

「おれは大地アース激昂・ピックの初撃を当てました。ですが、その男は上手くすり抜けて――いや、よく考えれば、柱を通り抜けてその上に立ったように見えました。魔術で、そういった事は可能ですか?」

 何かがおかしい。

 何かがひっかかっている。

 そして、これは決して逃して良い情報ではないと、無意識による警鐘が頭の中で鳴り響いていた。

 ――まとめよう。

 爆発はフードコーナーで起こった。

 そこに駆けつけた時、不審な男を発見した。

 攻撃を仕掛けたが、ことごとくが外れてしまった。

 それを追ってここに来たはずなのに、その男の姿はない。

 そして、よく考えてみれば攻撃は外れた以前に、”当たったが効いていない”ように見えた。

 つまり、ここから導き出される答えは……。

「順当に考えて、その姿は幻だったか――瞬間的な超速再生を持つ異人種だったか。後者については知らないし、その可能性がある存在を、私は吸血鬼以外に知らない。ならば前者、『幻影』だろう」

 ――あそこで発見した男は幻影、つまり魔術が作り出した幻だ。

 何が目的でそんな事を。

 考えた刹那に、クロアの姿が脳裏をよぎる。

 ブリックの魔術は、一般的な攻撃魔術やら何やらとは異なり、奇術めいた魔術を得意とする。

 つまり、簡単にいえば人の心理をついたものや、こういった幻、そして補助系統の魔術だ。

 もし本当に、クロアがブリック出身であるならば――魔術制限リストリクトを発動させたところを見るに、幻などは容易に出せる筈だ。

 そして、あの幻が、クロア自身からジャンたちを引き剥がす事が目的だとしたら……。

「魔術で、爆発系統のものってあるんですか?」

 己の不安を確かなものとするように、疑惑を確認する作業へと移る。

 部長はうんざりとした様子で肩をすくめ、

「あるにはあるが、今回ほどの爆発力は再現不能だ。あるとしたら魔法だろうな」

 そして。

 部長はジャンの言葉を待たずに続けた。今度は、背後へと首を回して、戦車長へと説明するような口ぶりだった。

「条件付け、仮にそれがもし己を危機に晒せば晒すほど効果が高まるといったものならば――故に、その犯人の情報が広がれば広がるほど、多くのものが認知し今にも殺害されそうなほどの危機に晒されれば、その爆発力たるや、この都市を壊滅に導くだろう」

「その目的は?」

 ジャンが訊く。

 部長は肩をすくめた。

「タイミングを見れば、世界各国から集まったこの代表を叩いて潰そうというものだろう。なぜ我々なのか、と言う理由までは分からんが」

 最初の爆発によって脅し、こういった重要な参加者は余す事無く同じ場所に避難することを考えたのだろう。つまり最初で誘導し、次で本命と言ったところだ。

 ならば、『四つの爆弾』とはなんだろうか。

 ただの脅しか? あるいは、残りの三回を手探りで発動させ、そのいずれかで本命を当てるということだろうか。

「ブリックからの参加者は?」

「ふうむ、やはりその線か――どうだったか。そもそもブリックの交流はないから詳しくないのだが……」

 ソレもそのはずだ。彼だって参加者の一人であるし、そもそも主催はアレスハイムだ。参加者名簿はジャンらが持っているはずなのだ。

「あ、ああ。我々です。ブリックからの視察団は」

 ワンテンポ遅れて、誰かが読んだのか、戦車の後ろのほうから声を上げ手を挙げて二人の男がやってきた。

 背広に身を包む、痩せ型でひょろながの男だ。頬がこけて体調でも悪そうな、だがそれ故に研究者然とした風貌の、短髪の男。それに追随するのは同じような長身の、だが腰にサーベルを携えた背広姿の男だ。こちらは対照的に、頭は綺麗に丸めていた。

「出店してるのは一店だけで、扱っているのは『巻物スクロール』を始めとした魔術仕様の道具です。が……ブリックは、アレでも治安は良い方の筈だったんですが……」

 気が弱そうに男が説明した。

 となれば――この犯行は独自のものだ。しっかりと国民を管理できていないブリックに責任はあるが、十年近く続くこの催し事がこれまで無事で済んで来た事を考えれば、今回に限ってこんなことが起こるとは誰も思わないだろう。

 そうすると、やはりこの犯人の独断による決行と考えてまず間違いはないはずだ。

 犯人は――クロア。まだ迷うところはあるが、この線は間違いではないだろう。

「――おい、少年!」

 考えていると、背後からジャンを呼ぶ声がやってきた。

 振り向けば頼りになる二人の男。彼らは息を切らすこともなくジャンの傍らにつくと、まずウィルソンが口を開いた。

「ハルト部長! こんな……まだ試しても居ない『システム』に頼ってないで、避難するべきだ! その時間はあった筈だ。あんたなら判断できたはずだ!」

「ふむ、ウィルソン。果たしてこの街に、避難できる安全な場所、という所が存在するのかね。君はそれを説明できるか? できることなら、本心から案内して欲しいと思っているのだが」

「……だが、戦略魔術の改変なんて、実験で成功しても現場じゃ……」

「弱音を吐いている場合か。貴様が作り――」

 開発・研究部長ハルト・エアの言葉が空気中に溶けて消えた。言葉は半ばで止まり――そして、その続きなどどうでも良くなるような紅い輝きが、周囲を満たしていた。

 足元から放たれる凄まじい輝き。

 その広大な採石場を埋め尽くすほどの魔方陣が、突如としてそこに集中していた。

 空気中の魔力が余す事無く飲み込まれて消え失せ、そして靴越しに、戦略級魔術でも放たれるのかと覚悟してしまうほどの膨大な魔力を大地が孕んでいた。

 その場にいる全てのものが、それを理解した。

「――あらぁ、皆さんもう集まってらっしゃるう?」

 間延びした声が、妙なまでに鋭く胸に突き刺さった。

 呼吸が乱れる。途端に跳ね上がる心臓を、その鼓動を感じながら、ジャンはゆっくりと振り向いた。

「”ジャン”も居るわねぇ。ねえ、聞いてくれる?」

 名乗った覚えはない。

 だというのにその名を呼ばれて、ずきりと胸の奥深くが痛みを走らせた。

 今からすぐにここを逃げろ。頭の中で警鐘が鳴り響く。無意識の己が大音声で叫びまわる。やかましい、そう叫びたいのに、今では目の前の、艶やかな肢体をさらけ出すような女性を前にして、指一本動かすことができなくなっていた。

 魔術の効果ではない。頭では理解していたはずなのに、実際に”騙された”と実感した途端に、その衝撃が精神をズタボロにしてくれたのだ。

 なぜ、なぜ、なぜ――意味もなく繰り返す。

 答えなど無い。

 クロアはただ利用しただけなのだから。

「私はクロア。クロア・ヴェーラ・アリサ。これが本名で、今回の爆破テロの主犯格――っていうかぁ、私だけが犯人なんだけどねえ。単独による犯行で、爆破予告まほうによる成果。これは任意の場所に、私が口にした途端に爆弾が仕掛けられるってこと。その場所や破壊力を正確に伝えれば伝えるほど、正確性と威力が上がる仕様になってるわ。最初にあの爆発力が発揮できたのは――そこの三人が、独自の捜査で、いずれ私が犯人だってたどりつける逸材だったから、なのかなあ。詳しくは分からないけど、魔法の性格を考えればそういうことになるけど」

 突然の独白。

 そして、その中から見えた、独白の理由。

 共に、地面の、採石場を埋め尽くす程の巨大な魔方陣の輝きが、さらに増した。

 ジャンが思わず剣を握る。今こいつを殺せば、少なくともその発動だけは止められる。いや、止めなければならない――そう動き出そうとした瞬間。

 彼女は胸の下で組んだ腕を解き、口元の笑みを残したまま、指を鳴らす形で手を止めた。

 それ故に、ジャンも動けなくなる。その唯一彼女を止められる行動でありながらも、同時にここに居る全員、下手すればこの都市ごとを世界から消滅させてしまう爆発の契機きっかけと成り得るそれを、ただの思わせぶりな行動であっても、それが本当に魔法を発動させる行動であっても――そう疑わせる、思わせることで、ジャンを含める全員の、指先の痙攣すらも許されなくなった。

 魔法が魔法であるだけに、解決手段は彼女の意識が失われるか、命が失くなるか。どちらにせよ、クロアの意思が反映されなくなる形に移らなければならない。

 殺すも気絶させるも、その一撃で行わなければならないのが肝要だ。下手に意識を、反撃の意思を残せばその瞬間に爆発は巻き起こる。その時点で全てが終わる。

「まあ、ジャンが動いた場合、吹き飛ぶのはここじゃないんだけどねえ」

「……どういう、意味だ?」

「会ったわよ、サニーちゃんと。他にも、蛇の娘とかも居たわね」

「無事だったのか!?」

「やあね、がっつかないの」

 ジャンの反応が予想通りだったのか、クロアはいかにも愉快気に破顔して、焦らした。

「保護したわよ」

「……三つ目の、爆弾か」

「そう、鋭いじゃない。正確には二つ目だけどね。三つ目は街の出口。四つ目がここ」

「交換条件は?」

 ジャンの言葉に、クロアは首を傾げる。

 冗談でそうしているわけではなく、本当にジャンの言葉の意味が分からない様に眉をしかめていた。

「何を言ってるのぅ? 今まであなた達と”交渉”した時なんて、一度でもあったぁ? そもそも、あなた達と交渉したところで得られるものなんて一つもないもの」

「――発言の許可を」

 棒立ちしていたジェームズは、彼女の言葉が終えると共に声を発する。決して気分を害さぬよう、適切な判断による言葉だった。

「いいわよ」

「目的は、ここに居る世界各国の軍部代表の殺害に相違ないな?」

「そうね。だってお偉い方がこんな危険な目にあえばみんなだってわかるでしょ? こんな危険な武器や兵器を作ったからだって。これは私なりに、世界平和を望んだやり方なんだけどなあ。そりゃあさ、結構人死んじゃったし、危ないけどさー。世界が平和になる、その為の犠牲って考えれば、光栄じゃない?」

「そうだな。お前の奇抜で常識はずれな行動を除けば、その思想は正しい」

 ――ジェームズは毅然と言い放ち、そしてその口角を吊り上げた。

 握ったままだった長銃の銃床ストックを右肩に押し当て、銃身手前の被筒ハンドガードに手を添えて銃を支える。左手で弓状の金具――引き金に指を掛けた。

「だがその反社会的な行動は罰さねばならぬ。それが、私の仕事だった」

 狙撃銃に備え付けられている照準器から覗いて狙うのはクロアの額。もっとも適切に撃ち殺せる部位であり、またこの距離ならば、彼女の反射的な回避よりも早く確実に頭を破壊できるはずだ。

「いいの? あんたが発砲できるのは、少なくとも私の爆弾の作動を知覚してから。それじゃ、遅いと思うけどぉ」

「貴様は二つ目は、そのサニーとやらの避難所と言ったはずだ。『二つ目』なのだろう?」

「……そっ、それがどうしたの?」

「貴様の魔法はどうやら己に何かを課す事でその威力を増幅させるようだ。だからその正体も明かした。我々と同様に、貴様も追い詰められていることになる。こう喋っている内にも、私は貴様を撃ち殺せるのだからな」

「説明になってないんだけど」

 クロアの表情から笑顔が消えた。いや、正確には――引きつった、無理やり作り出している笑顔に変わったのだ。明らかなまでに図星を、痛いところを突かれている。隠し通せると思っていた場所を暴かれてしまったかのような、あるいはその分厚いカーテンに手をかけられてしまったかのような、危機感。焦燥。

「この場に仕掛けられた爆弾が四つ目。貴様が口にした数の、最後の番号だ。そして今は一度しか爆発して――」

 衝撃。

 凄まじい地響きが、大地を激しく揺らしていた。

 遠くから響き渡るけたたましい爆発音。そして視界の奥では、巨大な火柱が上がるのが見えていた。

 距離からして、街の入口付近だろう。

 共にやってくる衝撃波が、街に波紋となるように伝播して――。

 クロアが背を向ける。

 凄まじい衝撃波の中、少しでも距離を稼ごうと必死になって前に進み始め――迷うこと無く、ジェームズは引き金を引いた。

 が、弾丸はまるで見当違いの空の彼方を穿つ。

 衝撃が、精密な狙撃を許さないのだ。

「少年! ここが爆発するのは次の次だ! それまでにヤツを仕留めろ!」

 金具を引いて、空になった薬莢を排出する。そうして元に戻せば、装填した弾丸が発射状態に移行。

 次いで発砲。が、当たらない。

 ジェームズは舌打ちをして、未だに動かぬジャンの頬を殴り飛ばす。

 青年はよろけ、だが倒れない。頬を抑えて、何が起こったのか理解できぬようにジェームズを、そして背後のウィルソンを見た。

「安心しろ。サニーちゃんたちは大丈夫だ。タスクが保護した」

「ほ、本当ですか?」

「オレを信じろ」

「――信じます」

 頷き、咄嗟に地面に突き刺そうとした剣を握り直して、前へと向き直る。

 今度は背中を叩くジェームズは、ジャンが呆然としていた理由を悟ったようにぎこちない笑顔を見せた。

「爆破にはいくらかタイムラグがあるらしい。もっとも、三つ目が終えた時点でここの爆弾の威力はとんでもないことになるだろうが――」

 それを見ぬいた要因は、まずそういった番号が付いていること。

 そして、今にも爆発させてやろうかと言う態度に出ているのにもかかわらず、明らかに巻き込まれる位置にまで術者自身がやってきていること。

 いくら術者だろうと、魔術魔法にかかわらず、己の攻撃を受けて無効化できる者はそうそう居ない。居たとしても特殊な攻撃であり、明らかに爆発のみの能力とした魔法で、それが可能であるわけがない。

 ならば、彼女はいずれ脅しとも取れる二つ目、三つ目の爆弾を作動させた後、一人で逃げるつもりだったのだろう。だからわざわざここに来た。全員が集まっている事と、逃げぬ事、反抗しても無意味であることを教え込むために。

「――ヤツを殺せ! 私が許可する!」

「……殺す、んですか」

「五万人の参加者の命と、たった一人の犯罪者の命。それを図ろうとする貴様の天秤はぶっ壊れているに違いないな。測るな! こう喋っている時間すら惜しいのだ!」

 発砲。発砲。発砲。

 鼓膜に焼き付くほどのけたたましい発砲音は、されど標的に当てられない。衝撃の余韻が、腕を致命的に痺れさせていた。慣れぬ重さによる疲労も原因の一つだ。

 またウィルソンを見る。

 彼も一緒に行ってくれれば――そう思ったが、ダメだ。先ほどの部長との会話を聞く限り、最後の手段である魔術の発動に、深く関わっているらしい。

 やはり動けるのは自分だけか――。

 大きく息を吸い込んで、力強く頷いた。

 ここまでで六○秒もの時間が経過した。次の爆破のタイミングとしては、そろそろだろうと推測される時間だった。

「わかりました」

 ジェームズの返事を待つ間も無く、ジャン・スティールは走りだした。

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