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爆弾魔 ②

「私は怒りを禁じ得ない」

 ジャンの後を追うようにして走りだした一行は、勝手に始めたジェームズの独白を聞いていた。

「この爆発のせいでブローニング社とロミントン社は参加を中止するかもしれない。ふざけるな。私の生きがいを潰すつもりかッ!? なんの権限があって!? ぶち殺すぞゴミめら!」

「ええ、その勢いでぶち殺してくれると助かるわぁ」

「にしても、随分じゃねえか? これでほんとに、目的がわけわかんなくなってきたしな」

 だがこの展開は予測できた。

 制限時間は指定されていたが、その時間に一斉に爆弾を作動させるとは言っていない。

 つまり、この犯行にはゲーム性がない。となれば、犯人が愉快犯である線は途端に消えていた。

 が、そうなるとなぜわざわざ犯行予告を送ったのか、という疑問が浮き出てくる。

《計画的、突発的な行動と思われます。この爆破から犯人像が判断できました。男性、あるいは女性で、ニ○代から四○代、あるいは五○代から六○代。体型は筋肉質、あるいは痩せ型で、時々中肉中背から肥満型、着膨れ、もしかすると着痩せしているように見える可能性もあります》

「ふざけてる状況じゃないぞ」

《これは失礼》

 無表情での陳謝。

 やがて往来を抜けると、思わず溜息が漏れてしまうほどの人混みがあった。

「嫌がらせか」

 ぽつりとジェームズが毒づく。

「そう文句タレんなよ中佐殿」

「……なぜ貴様がそのあだ名を知っているのだ?」

「いやあ、アンタの事なんて呼べばいいか分からなくて、適当に呼んでみただけですよ」

「よもや偶然とは恐ろしいものよな」

 やれやれと肩をすくめるジェームズは、ふと何かを見つけたように声をあげた。

「ん……あれは少年ではないか。さっさと先に行って、何をしているのだ」

「っていうか、少年って歳じゃないと思うだけど?」

「少し黙れ」

 毛嫌いするように鋭く睨めば、クロアは鼻を鳴らして首を振る。随分と嫌われたものだと思いながらも、先行するジェームズより先に進んだ。それを咎められないのは、女性である彼女が茫然自失とするジャンを介抱するのが適切であると踏んだからだろう。

 駆け寄るクロアを見ながら、ジェームズは隣に来たウィルソンに耳打ちをした。

「どう思う?」

「……なんの話?」

「奴だ。恐らく、グルだろうとは思うのだが……」

《思いました》

「お前はマジで黙ってろ」

《酷いです》

 わざとらしく眉尻を下げて目を薄くする。口角を下げて肩を下げれば、思わず抱きしめて慰めてやりたくなる少女の出来上がりだったが――ここ数年の付き合いで、これがわざとである事を理解しているウィルソンには通用しない。また、ジェームズは興味なさそうに一瞥してから、台詞を続けた。

「しかし、なぜ我々に目をつけたのかがわからん。それこそ本当に、我々に教えなければ完全に隠れて行動ができたものを」

「アレじゃないか? マジで――これが犯行予告だったり。十二時までに見つけろってさ」

「なるほど、私達にのみこのゲームに参加させるというわけか。ならば、なぜ?」

「ジャンを見て言ってたろ。”一人くらいは典型的な正義漢が欲しかった”ってよ。んでその取り巻きを見つけて、人数合わせができたって考えれば自然だ」

「女狐が」

「なら今の内に締め上げちまうか?」

 腰に刺す剣に手をやるウィルソンに、軽く笑いながら、ジェームズも上着の下に備えてあるホルスターに突き刺した自動拳銃を抜いて、薬室に弾薬を送り込んだ。

 今殺すか。

 いや、まだ解決するまでは殺せない。

 それに、下手に手を出せばまた爆弾が作動する可能性もある。今の爆発や被害を考えれば、そもそも脅しなんてものが通用するとは思えない。

 ――ゲームに乗るしかないのか。

 打ちひしがれているジャンを見て、ジェームズは嘆息せずには居られなかった。

 彼の友人らは果たして巻き込まれたのだろうか。確認する時間はなかったが、思い当たる場所が被害にあったのだろう。いくら頭の中で死を否定しても、あの説得力のある破壊力がそれを全て飲み込みに払拭する。悪夢だ、と思うだろう。

 今回のことが、トラウマにならなければ良いが――。

「いや、今はまだ様子見だ。くれぐれも魔術を封じられぬように気をつけてくれよ、大魔導師殿?」

 ジェームズが言えば、ウィルソンはぎょっとしたように目を丸くした。

「なぜ俺の肩書きを?」

 今は単なる武器商人だが――そうなる前は友人の父親が創設した魔術師組合に所属し、そこで己の力を高めて見事『大魔導師』の称号を得たのだ。確かにその方面では名は広まっているが……彼、ジェームズと言えば根っからの叩き上げの軍人で、魔術魔法共に持たぬ生粋のヒトとも言うべき男だ。彼がそれを知るはずもない、と思っていたのだが。

「なんと呼べば良いのか分からず、適当に呼んでみただけだ」

「はっ、偶然ってのは怖いなあ」

「まあいい、少し作戦を練ろう」

「了解」


「ねえ君、大丈夫?」

 見ていて哀れになるほど顔を蒼く、悲壮感溢れる姿に、思わず垂れる手を取って握った。

 反応は鈍く、焦点が合わぬままで顔だけをクロアに向け、ジャンは引きつった笑顔を見せた。

「大丈夫ですよ。おれをどうにかさせたらたいしたもんだ」

 声に感情はなく、力さえも無い。

 どう声をかければいいのか、またなぜ彼がここまでショックを受けているのか分からず、クロアはただ立ち尽くすしか無かった。

 そうすると、やがて後ろから遅れて三人がやってきた。

「少年はもう使い物にならん。放っておいて他を当たるぞ」

「そう……でもほかって? ここの調査はいいの?」

「作業だけで時間を喰う。それより、手分けしてめぼしいところを探すのが先決だ。なあ、ウィルソン?」

「そういう事だ」

《しかし、どうやって爆弾を発見するのです? 相手が見知らぬ上、その性格すらも不鮮明。最も人が集まり効率的に殺戮できそうな場所が真っ先に潰れた現状で、他を当たるもクソも吐物もないでしょうに》

「良い事思いついた」

 ウィルソンは指を鳴らし、タスクの肩を軽く叩いて、親指で先ほど通過してきた往来を指した。

「もしかするとオレたちの宿に仕掛けられてるかもしれねえな。見てきてくれ。お前にしかできないことだ」

主人マスタ……ようやく私を信頼してくれているのですね。その節穴にようやく眼球が生まれたことを嬉しく思いながら、私は行きます。どこまでも……!》

 飽くまで顔に表情というものは無いながらに彼女は胸の前で拳を握り、大きく頷いて踵を返した。

 そのまま、先ほどまでの疾走が嘘のような、それを遥かに上回る速度で屋台の裏を走り去っていくのを見送りながら、ウィルソンは嘆息混じりにぽつりと漏らした。

「ありゃ逝ってんな」

「やだ、頭のネジ……」

「貴様らは随分と余裕があるようだな。少なくとも今回の被害は、これだけでも冗談で済まないレベルだろうに」

 重そうに弾薬が山ほど詰まった紙袋を降ろし、ジェームズは疲れたように首を振る。ついでならタスクに荷物をおいてきてもらいたかったが……そんな事を漏らしていると、しっかりと前が見えているのか不安になる足取りで、ジャンがその傍らにやってきた。

「どうした少年」

「……みんなは、まだ、生きてます」

「そうだな。最後はどこで別れたんだ?」

「……あのフードコーナーで。ですが、もう一時間も経過してるし」

「なら安心しろ。私は食事ごときに十分以上掛けたことがない」

 だが、そもそも武具に興味のない者ばかりであった場合は話は変わる。そして女の子同士ならば話しに花が咲いて、それこそ数時間でも居座るだろう。

 可能性は、一概に低いとは言えない。

 むしろ……。

 思わず口に出しそうになる言葉を飲み込んで、ジェームズはいつもの調子で言った。

「どちらにせよ、この広い街でちょうど九人が巻き込まれるというわけもないだろう」

「そう、ですよね……?」

「ああ。気軽に待っていれば、向こうから探しに来るだろう」

「なら、おれも一緒に、爆弾を探します」

「期待しておこう」

 肩を叩いて、ジェームズはクロアへと向き直る。

 毅然とした態度で、動揺など微塵もない口調で、ただ最低限の情報だけを得ようと口を開いた。

 が、その刹那――ソレを発見た。

 それでも慌てふためくこと無く、周囲への説明の有無を判断するために目だけで周囲の三人を一瞥し――動く影に反応したのだろう。同様に、谷の中腹辺りから逃げ出した男の影を、ジャン・スティールはただ呆然と見つめていた。

 この谷は土地を有効活用するために、上部へ向かうにつれてその開き具合は広くなる。そして幾つかの段を構成し、壁に穴を作って幾つもの空間を作り出していた。

 その不審人物を発見したのは、三段からなる通路の、その一段目だった。

 外套を翻して、腰のポーチいっぱいに詰め込んであるウインチ用のワイヤロープを引っ張り出し、その束をジャンに押し付けた。

 ワイヤロープの先端は弧を描く半円の鋭い鉤爪が装備されており、それはさながら登山用品のようだった。

「行け! 少年!」

 ジェームズが叫ぶよりも早く、片手でワイヤロープを緩めて余裕を持たせながら、ジャンは半壊した屋台へと走りだす。そうしてその前に到達するやいなや、迷わず地面を弾いて高く飛び上がり――軋んで、衝撃に一部を崩す屋根へと着地。

 そして飛び移るようにして、横並びの屋台を伝い、走り去っていく男の背を追う。

 眼下の景色は流れに流れ――それを認識する暇も置かずに、手にしたワイヤロープを投擲。鉤爪はジャンよりやや高い、だが登るにはあまりにも低すぎる位置に深々と突き刺さるが、ジャンは構わず飛び上がった。

 握っていたロープを投げ捨て、代わりに腰の鞘から短剣を抜く。

 壁に迫る。その視覚情報がどうしようもなく恐怖を煽り立てるが、完結しようとする行動に恐れていても意味が無い。そう切り捨てて大きく息を吸い込み――壁にぶつかると共に鉤爪を力強く踏みしめる。

 勢い、体重を伴った衝撃によって瞬間的な付加重量は、その手のひら大の鉤爪が堪えられるものではなく、着地した瞬間にそれは脆く、突き刺さった壁ごとにわかに崩落して――逆手に握った短剣を壁に突き刺す。

 鉤爪と壁の接地面を強く蹴り飛ばして跳躍。短剣を支えにして、勢いと腕力でさらに上へと飛び上がる。

 さらに手を伸ばして壁に腕を叩きつけ、短剣を引きぬいて登る。爪を立てて、壁に張り付く形で体勢を維持してさらに刺突。壁を蹴って垂直に飛び上がり――通路の足場に手が掛かる。

 勢いを決して止めること無くさらに上り、短剣を引きぬいて身体を引き上げた。通路にへばるように上り詰めたジャンは、その通路の先をさっさと走り去っていく男の影を捉え、立ち上がり様に短剣を納め、そして代わりにバスタードソードを、その腰から引きぬいた。

 閃く銀光。鋭い刃が煌き、そして通路左手にある壁へと突き刺した。

 大気中の魔力が集中する。

 壁に飲み込まれている刀身が、それに反応して鈍く輝くのが良く判った。

大地アース激昂・ピックっ!」

 壁の中で、何かが蠢くのを感じる。

 そしてそれを知覚した瞬間――はるか前方で、壁が通路方向へと隆起するのを認識した。

 それは今まで見てきた四角柱ではなく、先端を鋭く尖らせる八角柱であり――刹那、その隆起が男の肉体を切り裂いた。

 そう理解した瞬間、飛び出してきた隆起の柱の上に、軽々と飛び上がる影。それはおよそジャンの肉眼では捉えきれぬ速度で攻撃を回避した、男の姿だった。

 さらにもう一本の八角柱が、先に進もうとした男の足元から突き上がる。それとほぼ同時に、頭上の壁から直角に折り曲がり、振り落とされる柱。二対の先端が轟音と共に衝突し、大地を激しく揺るがす衝撃を巻き起こした。

 その中で最後の四本目が、不可避たるように通路の前方から後方へと飛び出してきて――衝撃。衝突して一本の巨大な石柱となったニ、三本目の柱の土手っ腹を穿つ。

 あの爆発にも似た凄まじい衝撃が、辺りに伝播しにわかな衝撃波となって肌を叩き――。

「くそ!」

 通路から下の地面へと飛び降りる男の姿を見る。怪我一つなく、またジャンを一瞥する余裕すらある男はそれ以上の目立った行動は無く、ジャンがそうしていたように屋台の屋根から屋根へと移って走り、そして降りると、呆然と通路を見上げる人混みの中へと紛れ込んでいった。

 ――この先には採石場しかない。

 向かうとしたら、その目的とするならばあの『戦車』しか無いのだが……関係者以外立ち入り禁止で隠れる場所も無かった採石場に侵入できる者など居ない。故に、あの場以外で戦車の存在を知る機会などないはずなのだが……。

「くそったれ、逃がすかよっ!」

 考える暇など無い。

 犯人がそこへ向かったのなら、そこがどん詰まりならば、ただ追い詰めれば良い。

 それだけだ。

 難しいことではない。

 ジャンは剣を引き抜き、ゆうに己の身長の数倍はあろうかという高さから力強く跳躍した。


「不味いな」

 肩に掛けた長細い袋から軍用銃を取り出し、手馴れた操作で弾薬を装填し終えたジェームズは、そのド派手な戦闘を見てそう呟いた。

「少年は、あれが幻影だと気づいていない」

 ――初手の八角柱によって貫かれた影が、そのまま柱の上に飛び乗ったことに疑問を抱かなかったのだろうか。

 そもそも、最後の飛び降りた所でさえ屋台にはなんの衝撃もないところを見ても、おかしいと思えないのだろうか。

 最も、友人らの仇たる男を前にしているのだ。興奮は理性を抑えつけてまともな思考力を失わせるから、仕方のないことだろうが。

 やれやれ、と肩をすくめて、ジェームズは置いていくこと無く用心深く、他の銃や弾薬を手にとって走りだした。

「また走るのぅ?」

 間延びした声の不平に、短く舌を鳴らす。

「嫌なら待っていろ」

「んん……ならそうするわ。ここでまた何かあるかもしれないしぃ」

「ああ、それじゃあ頼んだぞ」

「ええ、頑張って」

 軽く手を振って、クロアはジェームズたちとは反対方向、爆発が起こったフードコーナーへと向かっていった。

 ジェームズらは再び屋台の裏側を通って採石場へ。

 その往復に、ウィルソンはくたびれたように嘆息した。

「ったく、オレは何やってんだか」

「私も同意見だ」

 銃の長身に沿う金具を起こして引き、弾薬を、引き金を弾くだけで発射できるように薬室へと装填しておく。小気味の良い金属音が鳴り、購入したばかりでまだ試射すらしていない狙撃銃『ウォンチェスターM70』を眺めれば、少しは気が紛れた。

 思わずほころぶ頬を引き締めて、ジェームズは改めてため息を吐く。

「まあ良い、あの女狐の監視が出来るだけマシだと考えるか」

「権力者でも居ればいいんだけどなあ。騎士とか、実力行使できる権力者。今は国防省連中しか居ないだろうし……しかもあの爆発で避難してんだろ――って、オイオイ、もしかして……」

 自分で言いながら何か予感めいたものがよぎったのか、顔をひきつらせてジェームズを見た。

 彼はその反応に、なんとなく察しがついて、小さく頷く。

「可能性は否定できない。いや、ある意味高いのかもしれないな。まだ、その『発表会』で展示した新兵器は残っているのだろう?」

「ああ、っていうか、あそこでしか保管できないからな。んでこの街で現時点で『最大戦力』に成り得る兵器だ。もっとも安全な場所に避難しようとするなら、下手な避難所より一番強い信頼できる物の近くがいい」

「まったく――これは謝礼で金貨一○○枚はくだらんぞ。……ひゃ、一○○枚か……一年分以上の儲けは、なかなか。ふふふ、どう使ってくれようか」

「オレも、今回のことを表彰されて営業の仕事を少し減らしてもらいたいもんだなあ」

 まるで緊張感の無い苦労人の呟きは、目的地に到着するまで続いた。



「あれほどの爆発は、一体何トンの爆薬を仕掛ければ良いのだ?」

 恐怖と言うよりは、興味津々で『ガウル帝国技術・開発部長』である男は顎に手をやり考えた。

 すでに流れてきている情報によれば、三万平米の広さを持つ空間が崩落に飲み込まれたらしい。そこに押し寄せていた客はおよそ数千に及ぶ。死傷者は、その参加人数をそのまま適用できるだろう。

 採石場に避難してきている二十組の代表各位は、突然の、そして未知であり命の危機に晒される出来事にその表情を恐怖に固めている。腐っても軍部出身、国防省やら何やらから出てきているというのに――不甲斐ない連中だ。

 男はそう思いながら、あるいは、と考えた。

「魔法である可能性は否めないな」

「魔法、ですか。魔術は選択肢に入らないのですか?」

 戦車の車長が口を挟む。

 操縦手、砲手、装填手は戦車のメンテナンスに取り組んでいて、今は坑道の奥へと引っ込んでいる。ここにウィルソン・ウェイバーがいればまだ話は進展したが、居ない者をいつまでも頼っていても仕方が無いだろう。

「私の知る限り、これほどまでの威力を持つ爆発の魔術は無い。……ウィルソンの受け売りだがな。一度、私も質問をしたことがあるから、よくわかる」

 爆発は、魔術として扱うのは非効率だと言っていた。

 まず座標の指定。ついで魔力の集中に、他の魔術以上に時間がかかる上に、程度の低い爆発ですら多くの魔力を消費しなければならない。確かに爆発の熱風や、そこから巻き上げられる瓦礫、そして衝撃波など、派生した影響によってダメージを与えることはできるだろうが、そんなことをするくらいなら他の魔術を使用して敵を追い詰める。

 それに、広大な空間の四隅にその魔術を発動させたとしても――そう考えるが、その前提がまず無い。一度の魔術で大気中の魔力が余す事無く消耗し、次に続かない。一度で終わりだ。なら、その一度にありったけを込めたとしても……やはり駄目だ。根本的に、やはり効率と燃費が悪すぎるのだ。

 それほどの高威力にするためには魔力が必要だし、一時的に魔力を増幅させる触媒や薬物を使用するならばまだ可能性はあるが、それほどのリスクを負ってまで遂行しなければならない、到達しなければならない目的が未だ判然としない。

 だが、ここまで来れば次の狙いくらいは推測できていた。

「そして魔法と言えども、無条件での魔法でこれほどの威力を持つ者が居るならば、かなりの手練だ。正直、ウィルソンだけでは不安に思う……だが」

 男は不敵な笑みを浮かべて、指を立てる。己に注視を促す所作は、それ故に周囲の興味を引いていた。

「条件付をする事で、その効果は限りなく増幅する」

「条件付け、ですか?」

「ああ。魔法というものは、そもそも型にはまったものじゃない。個人が、生まれながらに持つ特異体質であり、特殊能力だ。そして精神、肉体の成長と共に魔法も成長し、その転換で魔法の効果も大きく変わる事もある。また、己の意思によってそれを変えることすらも可能だ、と言われている。事実、その成功例が幾人かいるしな」

 楽しげに語る一方で、多くの代表者らは素人でも少しの工夫でこれほどの兵器たる力を持てるのか、と驚愕する。そして恐怖した。

 我々は素人に殺されるのか。

 命を削り育て増強してきた軍の代表たる己が、訓練すらしていない、ただ魔法を持つというだけの素人に。

 しかし、それでも取り乱さないのは幾多の修羅場をくぐり抜けてきた男たちだからだ。実際に戦場を経験していない者も多数だが、頭に、魂に叩きこんできたこれまでの戦歴、その情報、勝利、敗北が無自覚に己を戦士たらしめている。

 次に備えて軍力を。いつかに備えて武具の買い付けを。それをこなしてきても――実際に己の命が危機になれば、そのタフネスな精神力は摩耗しきって赤子同然だ。

 それ故に、その中で唯一冷静である男は、すでにその場を掌握しきっていた。

「だから、魔法によって作り出した爆弾を、例えば――『どこそこに仕掛けたから、何時までに見つけて解体しろ』、だのと典型的な犯行予告を行えば、その身は少なくとも危険に晒されることになる。鋭く賢い、あるいは直感の鋭い者ならば、その場でその相手を疑えるはずだからな。つまり、その時点で『犯行予告をする』条件付けが完成し、そのリスクに応じて爆弾の威力が跳ね上がる――そういった事も可能だ」

 最も、他にも様々な手段があるのだろう。今挙がったのは、その中の単純でわかりやすい効果の一つだ。

 が、単純でわかりやすいが故に、その行為自体は簡単で、リスクは高い。

 犯人である『魔法使い』自体の爆弾の威力がそもそもわからないから判断しかねるが、基準となる破壊力が高く、魔法を精錬していたならば、不可能ではない。

「……しかし、それはよく分かりましたが――犯人の目的は、なんでしょう」

「さあな。犯行が組織的に行われているのか、個人で行われているのか……今はその判断すら難しい。ともかく、私の部下が来るまで少し待とう。我々にできることは限られている」

 男の声は、台詞に反してどこか力強い、頼れるものがあった。

 そして彼はそう告げるなり踵を返して――代表各位をその場に残し、車長と共に坑道の奥へと進んでいった。

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