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爆弾魔

「まず先に説明すると、私は城砦ブリックからやってきた『クロア』よ。目的はとある男の捕獲」

 城砦ブリック――それはアレスハイムより北に進んだところにある、砂漠の中の国家『エルフェーヌ』よりさらに先に向かった先にある頑強な城砦だ。領地自体はそう広いものではないが、巨大で全ての村や街をまとめて一つにしたような城塞都市を持つ国家である。

「そして」

 その地形や軍事的に何か特徴があるというわけではないが、一般的な魔術師より、少しばかり特異な、奇術めいた魔術を用いる事が多い、というのが特徴といえば特徴だった。

 攻撃や防御に秀でるわけではないゆえに、補助系統に特化する。そういう具合だった。

「その男がこの祭典で仕掛けたと言う四つの爆弾の発見」

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 しれっと告げるクロアに、ジャンはわけがわからないと肩をすくめた。

「つまりぃ、あなた達には私の手足になってもらいたいと思ってるのよぅ?」

「ふざけるな」

「失せろ」

 憎々しげに吐き捨てるジェームズに加え、ウィルソンは親指で喉元を掻っ切るような所作で切り捨てる。

 クロアはむくれるように頬をふくらませて、それから視線を逸らして小さく舌打ちをする。

「うわ、こいつ最悪だ」

「おい、性格の悪さがにじみ出てるぞ」

「もちろん、謝礼はたっぷりしますよ?」

 途端に白々しく思えてきた笑顔は、それから周囲を無視して何も言わぬジャンにのみ向けられることとなった。

 彼女はわざとらしく少し前屈みになって、その大きく切りこまれ開けた胸元を、そのたわやか故に谷間を作り出したバストを見せつけた。触れれば吸い付くほどの柔らかで心地の良い肌なのだろう。その感触たるや、筆舌に尽くし難い。

 熱を帯び始める己を静めるために大きく深呼吸をすれば、彼女はさらにこれ見よがしに身体をくねらせた。

「クロア、と言ったな」

 ジェームズは弾薬の詰まった箱を複数収めた袋を地面において、肩に担ぐ『散弾銃』『小銃』『狙撃銃』をそれぞれ立てるようにして置く。凝ったように肩を回して、彼は一つ息をついて続けた。

「明日はバローニング・アームズ社からハイパワー、ロミントン・アームズ社からデリンジャーが発表される。先着ニ○○名には販売さえ行われる。しめて金貨五枚。だが私の手持ちはすでに二枚を下回っている。絶望的だ。貴様はこれをどう思う?」

「いろいろと残念ね」

「貴様よりはマシだと思うが」

「……じゃあ金貨五枚。それでいい?」

「爆弾を発見するのだろう? 命がけの仕事だ。傭兵組合でも冒険者組合でも、もう少し値が張る仕事だお思うが?」

「金貨七枚。それ以上出せないわ」

「ふざけるな、十枚だ」

「ふざけてるのはその頭じゃないの? 七枚」

 怒鳴ったり喚いたり、そういったふうに声を荒くすることはないが、その語調は酷く乱れる。

 それから幾度かの応酬による交渉は、忌々しげに舌を鳴らすクロアによって終結した。

「八枚。これが正直、限界よ。手持ちの問題で」

「ならばそれで手を打とう」

 意気揚々とごきげんに鼻を鳴らすジェームズに対し、どこか疲れた顔で肩を落とすクロアは典型的なまでに対照的だった。頭の具合が悪いというわけではないのだろうが、今回は相手が悪すぎたのだ。立場的に下であることも、敗因だろう。

 また、唯一味方をしてくれる――勝手にそう思っているジャンへと向き直ろうとする中で、今度はウィルソンが声を掛けた。

「おいクロア」

「ひっ……な、なにぃ?」

「その犯人の目的はなんだ? それが分からなくちゃ、探すにもアテがないだろうよ」

「あ、ああ……ごめん、今話すわね」

 彼女はどこか安堵したように立ち直って、大きく息を吐く。

 崩れて固まった表情を元に戻してから、ジャンを一瞥し、それから語った。

「ブリックに送られてきた犯行予告は、『大勢を巻き添えにしたくなければ、明日の午前○時までに爆弾を解除してみろ』というものだったわ。爆弾は魔術に反応して信管を作動させるみたい……もちろん衝撃や熱にも」

「愉快犯か」

「たぶんね。でも、ブリックにしかそれを寄越さないところを考えると、問題の責任をウチに擦り付けたいのか、それともウチに恨みでもあるのか。問題を、爆発が起こるまで大事にしたくないのか。私は前者だと判断するけど、どう?」

《興味無いですが、そもそも情報不足でなんとも》

「ともかく、愉快犯の線で考えよう。大勢の人を巻き込むと考えれば――」

 ウィルソンは顎に手をやり、深く考える。頭の中に浮かべるのは、この街に来る前に叩きこんできた街の地図。

 この祭典は夜のニ一時まで行われることを考えれば、おおよその狙いがわかってくる。

 まずは人通りの多い場所。そして、武具が多く流通している場所。

 要求がないところを見れば、爆弾は本物なのだろう。が、よく分からないのは口止めがないところだ。

 その気になれば祭典を中止にしてまで犯行を防ぐことができる。まだ半信半疑であり、自力で解決できる上――制限時間が、人が居なくなる時刻だ。

 何がしたいのか、よく分からないが――。

 世界のすべての音が、その瞬間にかき消された。

 最初に耳にするのはけたたましい爆発音。次に知覚するのは凄まじい暴風を伴った衝撃波。

 大地が上下に、前後に激しく揺れる。視界がぶれて、外界からの情報を受け取った頭が混乱した。

 ――何が起きたんだ?

 理解するよりも早く、その結論はジャンの中で生まれていた。

「爆発……っ!?」

 吹き飛ばされそうな身体を大地につなぎとめるように腰を落として、ジャンはゆっくりと背後を振り向いた。

 凄まじい震動によって全身が痺れを催す。

 砂の砂塵が周囲を飲み込むのを見ながら、やがてそれが己へ襲いかからんとしているのを理解しながら、屋台が半壊し、往来で将棋倒しに巻き込まれている人々を見た。

 耳の奥で爆発音が繰り返される。それが余韻なのか、現在進行形で発生しているのか理解出来ない。

 だが少なくとも――今ちょうど問題に出ていた『四つの爆弾』の一つが作動してしまったらしい事だけは、理解できていて、

「……サニーっ!」

 脳裏によぎる血なまぐさい光景。

 己の過去を彷彿とさせるそれが、再現されるのではないか――そういった最悪な予感に、

『その予感、的中よ』

 先ほどのクロアの悪戯っぽい囁きが、ジャンの背筋を凍りつかせた。


「おいっ、少年!?」

 ジェームズの制止も虚しく、ジャン・スティールは走り出していた。

 背中の魔方陣に魔力を込めようとして――反応がない。そして先ほど、クロアに魔術を封じ込められたのを思い出して苛立ちを覚えた。

 人の少ない屋台の裏を疾走する。倒れこむ店主を飛び越えて、ジャンの全力疾走は素早く景色は怒涛となって流れていく。

 あわや衝突寸前となるところを、腕を伸ばして弾き倒す。

 このまま壁や障害物があったら止まれずにそのままぶつかってしまうかもしれない。思わず動けなくなるほどの痛手を追う可能性がある。

 もしかすると、敵がこれを予期して突然剣を目の前に突き出してくるかもしれない。もしそれが首の位置なら自主的に首を刎ねることになる。

 そう恐れがあるほど、心臓に鋭い痛みが突き刺さるほどの緊張があった。

 だが足は止まらない。

 意識しても、それは止まることはないだろう。

 胃の腑が浮く。

 胸が痛くなる。

 息が苦しくなる。

 頭の中で、鼓動が鳴り響くようだった――。

「くそっ!」

 自分の不調に苛立ちが増す。

 なんでこんな時に……考えていると、やがて長い往来を突き抜け、ジャンは目の前の谷の入口、都市の門たる位置を前にした。

 ――そして、そこに溜まる大勢の来客に、握りしめた拳が軋んだような音を立てた。

 が、そこで認識する。

 入り口から向かって東側に進めば、サニーと行ったフードコーナーがある。

 あった筈だった……のだが。

「どういう、事だよ……っ!」

 何が起こったか理解できぬように立ち尽くす連中をかき分けて、自ら人混みの中を突き進んでいく。

 進んだすぐ後ろから悪態が聞こえ、止まれと怒鳴られるが、その言葉に素直に従ってやる余裕など無い。

 そして、やがてその先頭でジャンは立ち止まり――否、巨大な瓦礫が散乱とする大通りを前にして、思わず立ち止まった。

 ――時刻は二時に近い。お昼下がりで、フードコーナーは賑わっていたはずだ。

 そこで爆発。

 この瓦礫の惨状、未だ立ち込める砂煙を見れば、その爆発がどこで起こったのか、否が応でも理解させられる。

 爆発はあのフードコーナー内部、そしてそこがより効率的に崩落するように爆弾は設置されていたのだと。

「……サニーは」

 声に出せば、思わず目頭が熱くなる。

「タマは……」

 それに、あそこにはまだ彼女の友達も居た。昼時だから、一緒に来たほかの連中も合流したかもしれない。

「みんな……うそ、だろ……?」

 手持ち無沙汰になった手で、どうにかなってしまいそうな頭を抑えつける。

 息が詰まる。

 喉に蓋をされてしまったように、呼吸ができなくなった。

 いや、でも彼らから別れて一時間以上が経過している。

 ここを、離れた可能性は――。

「なあ、このフードコーナーに人はどれくらい居た!?」

 隣で呆然とする男の肩を掴んで、叫ぶように訊いた。

 男はその威圧と痛みに顔をしかめながら、驚いたように、また動揺したように答えてくれる。

「あ、ああ……結構、いたな。大賑わいで……俺、見ちまったんだよ。崩れた岩に、下敷きになった女の子とか、悲鳴を上げながら、あの穴倉の中に閉じ込められる人たちを」

「あんたはその時、どこに居た?」

「俺は、ここから少し向こうに行ったところだ。だって、この大通りから、そう離れてないだろ? よく見えて……それで、ああ、見ちまった」

 男は手のひらで視界を覆い隠し、短く唸ってから肩を落とした。

 ――呆然としていたのは、精神がこの現状に追いついていないせいだ。

 今の問いによって今を整理し、そしてその衝撃が押し寄せたのだろう。口元を歪め、呼吸を荒くして、間もなく男は膝から崩れ落ちる。

 悪いことをした。

 そう思ったが、いずれはこうなる。

 今日という日がトラウマにならなければ良いが――。

「ありがとな。ゆっくり休め」

 大きく息を吐いて、深く吸い込む。粉塵は気管に入り込んで思わずむせたが、その苦しみが己の生を実感させた。

 このまま脱力して打ちひしがれたい。その思いを切り捨てて、ジャンは辺りを見渡した。

「サニーっ! 居たら返事をしてくれぇ!」

 ざわめきに紛れる怒号。喧騒にかき消される叫び声。

 踵を返し、叫びながら人混みをかき分ける。

「サニー! タマ!」

 怪訝そうな顔を通り過ぎ、今にも崩れてしまいそうなほど真っ青な顔を後にする。

「レイミィ! アオイ! クロコ!」

 どこに居る。

 頼む。誰でもいい。

 返事をしてくれ。

「テポン! トロス!」

 もうすぐ人混みを抜けてしまう。

 構わない。もう一周すれば良い。

 誰かが見つかるまで、何度でも。

 居ないのならあの穴倉の中を探せば良い。もしかしたら、あそこは空洞のままかもしれない。

 食料もある。水もある。どれほどの人数が居たとしても、一日は――。

 考えて、もどかしさにイラついた。

 ――そうだ。これほどの破壊力を持つ爆弾は、まだ後三つある。

 仮にみんなが生き残っていたとしても、待機している他の場所で爆発が巻き起こるかもしれない。

「ラック! クリィム――」

 言い終えて、後ろから腕を掴まれた。

「サ――」

 胸がすくような気持ちだった。

 嬉しさが、緊張からの解放が爽やかな風となって全身を通り抜けて――衝撃。

 全てが歪み、頬に鋭い痛みが叩きつけられる。

 何が起こったのか理解出来ない。そのまま倒れそうになるのを、その腕がさらに胸ぐらを掴んで止めた。

 身体が浮かび上がるように引き上げられ、その腕の主の元へと身体は否応なしに近づいていく。

「うるせえ! 誰だって誰かの事が心配なんだよ! だが騒いだら収集がつかなくなる。怪我人だって出てくる。それがわかって、自分を抑えて静まり返ってんだ! それをよォ、てめえ……」

 巨躯が頭ごなしに怒鳴りつける。

 大木たる男が、ジャンの沸騰しきった頭に冷水たる正論を叩きつけた。

「テメエ勝手なのは好きにしろ。だが迷惑をかけるな。勝手に死ね」

「くっ……」

 自分の感情を抑える為でもあった行動は果たして抑えこまれて、動きを止まれば頭が働く。

 想像するのはいつでも最悪の結末だ。

 血なまぐさい最後。

 されど、最後とは言うが、まだジャンは終わらない。そのみんなの最後を経て、その人生を続けなければならない。下手をすれば、犠牲になった連中よりも苦しまなければならぬかもしれない。

 眼を開けていれば、水の中を見ているかのように世界が不鮮明になった。

 男が舌打ちをして、ジャンを突き飛ばす。そのまま姿勢を維持することが出来ずに、力なく倒れこんでしまった。

 ――自分の人生を無茶苦茶にした男を葬った。

 それで、それから自分の人生はひたすら上に向いて進むだけだと思っていた。

 現実は非情だ。

 まだこんな仕打ちをしてくれる。

 おれは一体――誰を憎めばいいんだ。

「元気、出して?」

 気配が不意に強くなる。

 足音が目の前で止まり、少女の声が降りかかった。

 見あげれば――肩を過ぎる長い茶髪。尖った長い耳に、大きく丸い瞳。愛嬌のある整った顔が、そこにはあって……心臓が止まる程に、瞬間的な言い知れぬ至福が全身を飲み込んだ。

 手を差し伸べる少女に手を伸ばし返して、自力で立ち上がる。

 そして改めて少女を見れば――先程の影とは異なるように、黒いショートカットに尖ってなど居ないヒトの耳を持つ女の子が、そこに居た。

 幻覚だ。

 理解した途端に、言葉にならぬ嗚咽が喉の奥から漏れ出した。

「ありがとうな。君は、一人――」

「こら、ノキ! 勝手に一人で行っちゃだめでしょ?」

 視線をあわせて訊いてみれば、それが終わるよりも早く母親らしき影が少女の腕を掴み上げる。

 それからジャンの存在に気づいたらしい彼女は彼を一瞥するなり、その砂埃にまみれた薄汚い姿からタチの悪い連想を経て、引きつった笑顔による会釈と共に遠くへ逃げていく。

 ジャンはそれを見送って嘆息した。

「良かった。一人じゃ、無いんだな」

 呟いた瞬間に、瞳からこぼれた熱い何かが、頬を過ぎていった。

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