表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/141

視察 ②

 オックスⅠ重戦車。

 それはまだ概念実証レベルの不確かな試作機であり、それを戦場に出すにはあまりにも致命的なまでに脆弱である部分が存在する。

 だが、この世界に初めて生まれた戦車というにはその完成度は極めて高い。

 これに時間と資金を余す事無くかけてまともな状態に仕上げれば、どのような戦争でも乗り切ることができるだろう。

 だが問題は、これを作成した理由が軍事的に有利である云々ではなく――純粋なまでに商業的な思惑からであった。

 この他にも様々なタイプの戦車を構想しているという。

 その中で、開発・研究部長はその後、オックスⅠ重戦車の仕様スペックを次のように述べていた。

 全長は約八メートル。車両長は約六メートル。重量は五○トンであり、整備されている道での最高速度は、時速三五キロメートル。それ以外では時速ニ○キロメートルが限界だ。

 原動機は外燃機関の一つである蒸気機関ではなく、内燃機関であるガスタービン機関を利用。

 主砲には8.8cm高射砲を持ち、副武装は二対の7.62mmの機関銃。

 複合装甲によって、すでに対戦車用の攻撃に備えている上、その他の戦車に流用している75mm主砲の至近距離射撃でも貫くことはできないらしい。

 ――しばらくしてから我に返るジャン・スティールは、それでも彼の説明をまともに理解することはできない。そもそも、それが可能である者自体が少ないだろう。

 漠然と恐ろしい兵器だと思う。

 だが、ピンと来ない。

 それは戦車というものを知らないからだ。殴られる痛みを知らぬものに拳を振り上げてみせても、なんの反応も見せないことと同様。無知故の反応だ。

 が、それを一概に無知という事はできない。

 なぜならば、その兵器がこの世界に誕生したばかりであるからだ。

 今はまだわからないだろうが、いずれ世界が保有し、それを扱うことが当たり前になる時代はいずれ来る。その時は――果たして、騎士はまだ生き残っているだろうか。

「――というのが、我々の研究成果である。今年中には量産機の製造に移れるだろう」

 何か、質問は?

 男の言葉に、ややあってからまばらに手が挙がった。

 指された男はおもむろに口にするのは――予定する販売価格について。

 あるいは追加武装の有無について。

 その他の戦車について。

 そして、ジャンがその言葉すら理解できぬ専門用語による質問も、いくつか出た。

 だがそう質問するのはごく一部の何組かのみで、他の連中はみな置いてけぼりにされている。

 アレスハイム組も、漏れること無くその中に入っていた。

「……また、予想を上回るものが出てきましたね」

「まったくだ。銃器ですら、いまいちよく分からないと言うのに……」

 傍らのユーリアは嘆くように首を振った。

 殆ど蚊帳の外のままで、やがて質問もなくなり――。

「諸君、今日は遠方より足を運び、感謝する。また来年会おう」

 簡潔で無駄のない挨拶。地響きと共に戦車は退いていき、男は踵を返す。

 ――およそ一時間に渡るそのお披露目会は、予想とは大きく異なる展開を以って終了した。



 ガウル帝国、軍内部の開発・技術部による発表はその日一日のみであるが――今回の『展示会・見本市』自体は三日間続く催し事だ。が、三日目は午前までしか行われず、また二日目の夕方には多くが撤収してしまう。

 だからジャンの仕事は、その二日目の夕方まで続くのだが――その日、つまり戦車の発表以降の予定は皆無であり、また明日の午前十時まで、自由時間となっている。

 まだ昼下がりだったが、ジャンたちが来るよりもさらに早く到着していたらしいユーリアは、欠伸を噛み殺して、予約しておいた宿へと戻っていった。彼は次の日のことまでは考えてなかったが、ここ最近はまともに運動していないことを思い出して、どうせなら明日は朝早くから走ってこようかと考えていた。

 肉体強化の魔術を使えば、さすがに六時間ほどで到着するだろう。

 ――そんな事を考えて、いい加減うんざりする往来を前にすると、

「ひっ」

 小さなうめき声と共に、破裂するような音が大気に伝播した。

 痛々しい打撃音だ。音のする方向、その背後へと振り返れば――先程は居なかった、三人組の男が一人の女性を囲んでいた。

 派手な化粧に胸元を大きく開けたブロンドの女性だ。対する三人は立派な外套に正装姿の、ガラの悪い連中。”いかにも”といった様子で取り囲んでいる風景は、最近ではなかなかお目にかかれないものだった。

「いっ……か、顔は、やめて……」

「はん、小生意気に。娼婦風情が、糞ほどでもプライドがあるのか? それとも言葉がわからなかったか? 俺はお前に、ここで”しろ”って言ったんだ。まだ分からねえか?」

「だ、だから――」

 拳が女性の腹を穿つ。

 彼女は呻きながら腹部を抑えて、跪いた。せっかくの化粧が涙や鼻水によって汚れていて――また往来やその近くを通りかかる者もそれに気づいてはいたが、近づかない。

 ジャンは短く息を吐きながら、また大きく腕を振り上げる男をにらみ、

「天駆ける馬の翼よ、空間せかいを統べる者よ、我が声を聞き、我が言葉に耳を傾け、我に力を貸し給え」

 言葉と共に、空気中の魔力が周囲に集中し始める。

 それを確かに感じながら、ジャンは最後に口にした。

変則転移シフト・チェンジ

 肉体に輝きがまとわりつく。その視界が、瞬きに埋め尽くされて――全ての感覚が遮断された。

 自分が、その瞬間どこに居るのかわからなくなる。

 全身がにわかな浮遊感に飲み込まれていて、胃の腑が浮かび上がるような不快感が渦巻いていた。気持ちが悪い。早く大地を踏みしめたい……そう思考するよりも早く。

 男の怒号と共に振り下ろされた拳が、ジャン・スティールの頬に鋭く突き刺さった。

 ――やや離れた位置で、わけがわからないような顔で周囲を見渡す女性の姿がある。そしてまた、その女性を取り囲んでいたはずの男たちは、不意に女性とジャンとが入れ替わったことに理解が追いつかぬ様子で、困惑に表情を塗り替えた。

 ジャンは背中で壁をたたき、鈍い痛みを頭の中にまで浸透させる衝撃に、首を振る。

 さっきまでややこしい説明やらで憂鬱で、こんな事も理解できなかったことに心中へこんでいたが……やはり単純な方がいい。

 おれにはこれがあっている。

「なんだお前、今、何しやが――」

 最後まで発言は許さない。

 男が理解するよりも早く、先程彼がしたように腕を振るう。が、それは彼のように大きく振りかぶるものではなく、構えから素直に伸びるノーモーションの一撃だ。

 そして鋭利に急所たる水月を撃ちぬかれた男は、息をつまらせて足元をおぼつかなくさせ、よたよたと後退する。さらに追撃として裏拳で側頭部を打撃し、足を払って地面に叩きつける。

 流れるような攻撃。そして、まるでカカシを相手にしているかのような手応えのなさ。

 さらなる二人に対して構えを向けたが、その連中にそれ以上のやる気はないらしく、

「て、てめえ、俺達を誰だか知ってんのか? 手を出して、ただで済むと……」

 そういったセリフと共に、すっかり伸びてしまった男を二人で抱え上げて立ち上がらせた。

「調べはついてる」

「……っ!?」

 言葉を続けようとして、それさえも遮られ――そして予想だにしない言葉に、男たちは驚いたように顔を見合わせた。

「これ以上こんな所で下品な暴力に訴えるっていうなら、そうだな……今日は見逃してやろうと思ってたんだが、仕方ねえよなあ?」

 そこに本心など欠片もない。

 だがわざとらしく不敵な笑みを浮かべながら指の骨を鳴らせば、男たちは途端に怯えたように顔をひきつらせて、振り返り……そして背後に迫ろうとしていた一人の男を見て、足が止まった。

「なにやってんだ、こんな所で?」

「あ、兄貴……!」

 寒そうに外套マントで身体を覆っていた男は、声を掛けた二人に抱えられるようにして気絶している男を見るやいなや、瞬く間にその状況を把握したように大きく息を吐き、そして壁を背にするジャンを睨みつけた。

「お前か? 俺達が誰だか――」

「その台詞はもう聞いた。おれはただ、あんたらがどこぞのヤギュウの連中みたいに、娼婦おんなすら暴力でどうにかしようとしてたから止めただけだ」

「へえ、お前はウチの娼婦事情を知ってるってわけか?」

 男は鼻を鳴らし、そして詰め寄る。それ以上の言葉はないが、全身から滾る殺意がその後どうジャンを扱おうとするのか、容易に想像ができた。

「だったら、知ったかのお前に一つ教えてやるよ。ヤギュウを知ってんなら聞いたことあるだろ? 俺達はスムース――」

 不敵な笑み。それは近づき、そして手を伸ばせば触れられるほどの距離にまで肉薄した。

 そして同時に、気がつけば腰に備えられていたダガーが抜かれ――行動が開始するよりも早く、その手を蹴り飛ばす。 

 鋭い刃が回転しながら弧を描き、そして誰もいない地面に軽い金属音を鳴らして叩きつけられる。滑るようにしてからその身を止めて、それを横目で見ていた男は、また驚いたようにジャンを見た。

 ただ近づいただけでダガーから注意を逸らせたと思い込んでいたのだろう。思っていたよりも遥かに未熟である男に、ジャンは失望の色を隠し切れない。

「スムース……なんだ? クリミナルか? あの壊滅した?」

 ――『あの時』以来、時たま体中に言い知れぬ興奮が広がる時がある。不完全燃焼なのだろうか、それとも欲求不満なのだろうか、誰でもいい、自分より強い相手に全力を尽くしたい……そういった欲望がたまに膨張する。

 今回、先ほどの娼婦を助けてやったのは純粋なまでの善意によって良心が突き動かされたから、というわけではない。裏にはそういった不純な動機が、少なくともあったのだ。

 わざわざ三人でつるんでいるだけのチンピラなら、追っ払うだけである程度は自己満足して納得できる。背後関係があるならば、いずれそれと出くわすだろう。その中に、楽しませてくれる敵がいるかもしれない――本性とも言うべきそれは、それを見つけた途端にうずいていた。

 カマをかけてまで男どもを言い伏せたのは単なる場を静める為だったが――まさか、本当に知っている連中だとは思わなかった。

 そしてまた、己が壊滅させた大規模な犯罪組織の残党だったとは。

 兄貴と呼ばれた男は、わけがわからないといった様子でジャンを、そして先ほどのチンピラへと視線を移す。

 半歩下がり、身体を射に、襲おうとすれば恐らく少しばかりやりづらいであろう体勢に移行。

 男はばつが悪そうな顔で、口を開いた。

「ヤギュウでしか活動していない犯罪組織の壊滅を、なぜお前が知ってんだ?」

「さあ、なんでだろうな」

 説明してやるのはなんだか癪だった。

 白々しく肩をすくめれば、男は短く舌打ちし――地面すれすれになるバスタードソードの鞘を、そしてジャンの顔をまじまじと見つめる。

 男にみつめられるのがこれほどまでに気色悪いものだったとは。思いながら、閉口したままの男に声を掛けた。

「クリミアの後継は出てきたか?」

「っ!! お前は、やっぱり……」

「ま、どっちにしろ興味はないけどな」

 クリミアさえ殺せればそれで問題はなかった。結果的に犯罪組織自体を潰すことになったが、それは己の身にふりかかる火の粉であったからだ。むざむざ、それに身を焼かれてやるほど自分に無頓着ではない。

 その言葉が決定的だったのだろう。

 男は立ち直り、依然として直立したままのジャンから離れ、やがて背を向ける。

「帰るぞ」

「な、どうして……」

「死にたきゃ残れ。俺はこんな所で死にたかねえ」


 男たちが逃げ帰った後、女性は化粧がとれたすっきりとした顔で近づいてきた。

 空きすぎた胸元を気にするように手を当てて、乱れたブロンドの髪を指先で軽く梳かすようにして目の前へ。

「ありがとう」

 澄んだ声でまず感謝の言葉。

 娼婦であるのが嘘のような恥じらいの仕草に、穏やかで落ち着いた雰囲気。どちらにせよそういった世界の人間だから雑に対応して逃げようと思っていたところを、意表をつかれて思わずたじろぐ。

「ああ、いえ」

「ちょうど良かったわぁ。一人くらいは、こんな典型的な正義漢が欲しいと思ってたしぃ」

 唇に指の腹を押し付ける彼女は、そんな間の抜けた声で言った。

「……? なんの話――」

 遮るように、その指をジャンの口に押し付ける。

 間接キスだ。

 女性特有の、あの柔らかさが少し乾いた唇に触れる。突然の行動に、だが悲しきかな――頭の中から熱がにじみ出て沸騰しそうになる。頬が熱くなり、紅潮するのが良く判った。

 その間に、彼女はかすかな声でなにやらを呟いたかと思えば、片目を瞑り、にこやかな笑顔を見せる。

魔術制限リストリクト

 大気に伝播する、透き通った鮮やかささえある声音。それは鈴の音を思わせた。

 そしてまた、魔術の発動を意味するようにその言葉は彼女の穏やかな表情と共に網膜、脳裏共に強く深く刻み込まれて――だが、それ以上の何かがあるというわけではなかった。

 制限を意味する言葉。しかし、それについての魔術に知識があるわけではない。ピンとくる事さえもない自身に、先ほどの視察を思い出して、少しばかり勝手に居心地が悪くなる。

 ――しばらくして、腹の底から深く息を吐いて脱力したように、力が抜けていくのを感じた。

 立っていられなくなるような力の喪失ではなく、少し気を抜いた程度のそれだ。

 そしてそういった体験は、以前に一度だけあった。

 それは、体内の魔力が抜けた時……体の中の魔力が無意識に、無自覚に、誤差程度に肉体を強化してくれるという効果が失せた時の事だ。今の自分の状況は、それに良く似ていて――。

 そして、それが意味するところを、ジャン・スティールはようやく理解した。

 彼女はいたずらっぽく首をかしげて、一歩退いた。

「ごめんね。魔術も魔法も使って欲しくないから――そ、れ、と!」

 右足を軸に、左足を少し引いて身を翻す。

 ふとももがあらわになるような短いドレスは、それ故にショーツが辛うじて見えるか否か程に閃いて、

「仲間思いの皆さんも、集合してくれるかなぁ?」

 まるでペットでも呼ぶように手を叩く。ぱん、と小気味良い音が響いて……。

 彼女の言葉に応じるように、最後尾の屋台の影に、そしてそこから採石場方向へやや進んだ物陰に隠れていた男が、観念したように歩み寄ってきた。

「まったく、妙なことに巻き込まれそうだな。どうしてくれる、少年。私はまだ個人的な買い物が終えたばかりなのだが……」

 細長い袋を三本程を肩に、大きな箱がいくつも入ったような紙袋を手に提げる男。気難しそうな顔で口ひげを撫でる『中佐』は、そう言って嘆息した。

 一方で、女性を一人連れた二人組は、どこか楽しそうな顔でやってくる。

《ずいぶんと珍しい顔ぶれですね。ジェームズさん、お久しぶりです。こんな所で会えるとは》

 人形のように美しい風貌の『タスク』は、村娘のような格好のまま深々と頭を下げる。

 ジェームズはどこか気まずげに後頭部を掻いてから、適当な返事と共に軽く手をあげた。

 有名人なのだろうか――そう思いながら、ジャンはもう一人の男へ顔を向ける。

 『ウィルソン・ウェイバー』は相変わらずの小汚い格好で、だがその服装すらもサマにしてしまう出立ちでやってきた。

「嫌な予感しかしねえんだがな……」

 ウィルソンの言葉に、そして集合した四名をそれぞれ一瞥して、女性は「うふふ」と落ち着きのある女性よろしく口元を抑えて微笑んだ。

「その予感、的中よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ