武具メーカーの展示会・見本市
その街並みは、巨大な一枚岩の人為的な崩落によって出来上がった人工的な谷の中にあるが為に、最奥の採石場まで真っ直ぐ伸びる大通りが特徴的な、広々としたものであるはずだった。
が、今ではその面影すら無い。
道の端、民家や商店のやや手前に構える屋台はところ狭しと採石場まで延々と並び、その店頭には様々な銃器を始めとして、流麗で見事な輝きを放つ剣や、弓、ボウガン、斧や槌などの武器、そして全身鎧など、そこには物騒な武具が展示されていた。
その狭くなった往来を、また狭苦しそうに多くの人々が行き交う。
頭上には、街の端から端まで伸びる無数の国章が並ぶ万国旗。
見ているだけで、息が詰まりそうな光景だった。
「ほう! ウォンチェスターにグロッグ、スミソ&ウォッソン、ベロッタ……ペネリ、イザカまで!? なんという……興奮で私を高血圧にして殺す気か!?」
ジェームズ……通称『中佐』は、立ち並ぶ屋台をざっと眺めては手元のパンフレットに視線を落とし、そうして幾度ともなく呪文のように銃器のメーカーを呟いては、胸を抑えてはしゃいでいた。
その傍らでは、同様のパンフレットに紅いペンで印をつけるサニーが居る。ページは丁度、この広い街の一角を占めるフードコーナーの紹介が取り扱われていた。
もう片方ではタマが不安そうにジャンの腕にしがみつき――ついてきていたテポンやトロスを始めとして、学友らはすでに喧騒の中に走り出していた。
辺りは鬱陶しいほどの人混みに塗れており、ただ立っているだけでも通行人のジャマになってしまいそうな程の流れがある。
そのお祭り騒ぎは、年に一度――年始にのみ行われる、世界各国からあらゆる武具メーカー、そして料理人を呼んで催される『武具メーカーの展示会・見本市』であり、世界を代表するメーカーはもちろん、そういった方面に精通しなければ名前しか聞いたことがないような企業や、名前すらも知らぬ企業などがこぞって参加するイベントだ。
見せ合うのは従来の武具に加えて、この一年間で技術を高め作り上げた新作。後者は見本であるものの、企業にとって前者の売買も重要な目標にもなっている。
料理屋台の方は完全におまけであるのだが、それでも呼ばれるのはその国で認められた代表だ。
これはアレスハイム領内の『鉱山都市マイン・アバン』で催される、世界的なイベントであった。
「なんで、こんなことになった……」
あらゆる訓練のお陰で屈強な肉体を得たジャンのお陰で、人混みの中に紛れるいかがわしい輩がサニーやタマに襲いかかることはなかったが、それでも目の間の中佐は、既にゴツゴツと帯剣の柄が痛々しいまでに当たりまくっていた。
――そもそも、人混みは嫌いだったし、こんなイベントがあっても参加なんて考えもしなかったのだが……。
サニーが動き出すまで、ジャンは現実逃避とばかりに記憶をたどり始めた。
「今年は行こうよっ! お祭り!」
その言葉は、夕食後にまどろんでいるジャンの鼓膜に突き刺さった。
ささやくように口を耳元に近づけて叫んだのだから、それもそのはずだった。
ジャンは椅子から転げ落ちるなり、勢い良く後頭部を床に叩きつけ、立ち上がろうと肘を支えにすれば軟骨がぐりんとひねられて、肘から先の神経をジン、と痺れさせた。頭の中はきーんと甲高い音が鳴り響いていて――。
苦痛に堪えながら、ジャンが立ち上がる。
「お、さすが筋肉ダルマ」
テポンの無情な声が襲いかかった。
「せめて心配してくださいよ……」
「いや、だって」
テポンは手にしていた本から、床より這い上がり座り直すジャンへと視線を向けた。
吸血鬼を彷彿とさせる黒髪は吸い込まれるような艶やかな闇の色を持っていて、彼女はそれを払って嘆息する。
勝気に釣り上がる目元に、悪戯に微笑む口もと。
太ももまでの黒いソックスを履き、過ごしやすいショートパンツ、そして家の中ならではの白いタンクトップ姿の彼女は、その鋭い犬歯を見せて言った。
「それで死んじゃったら、その筋肉無駄じゃない?」
「無駄ってか、頭打ち付けたの見てたでしょう?」
「脳も筋肉でしょ」
「脳筋じゃないよっ!」
――確かに、この家に来た時より身体は遥かに発達している。服のサイズは、筋肉のせいでワンサイズほど大きくなくては着れなくなったくらいだ。そもそも、それまででも体つきは割りとしっかりしていたのだ。いわゆる、『脱いだらスゴイ』程度には。
だが一時的な集中訓練のせいで、今では『脱いでもスゴイ』ことになっている。
そんなこともあってか、テポンはやたらとそれをいじっていた。
「あー、でも……」
テポンの隣でお茶を飲んでいたオクトは、テポンと似たり寄ったりな格好で頷く。頭はタコの脚が髪のように房となって流れていて、その肌は塗料の白よりも透き通るように白い。美肌だが、タコのそれだと思うと扇情的な気分にもなれずにいた。
「たしか、そのお祭りって他国から色々な食材や料理も来るんですよねー。武具だけじゃなくて、文化自体が」
「そういやそうだな。結構な国が参加するらしいし、だから軍事視察に来る連中も多いらしい。このアレスハイムだってなあ……あー、代表が失脚したし、どうすんだろうなぁ」
テーブルからやや離れた、ソファーが対面する位置で横になるパスカルは、手元でジャンから預かった短剣をいじくり回しながら口を挟んだ。
――あれから聞いた話だと、というかわざわざ国王が手紙を寄越してまで教えてくれた話だが、軍部大臣はやがて責任を追及した結果、彼の辞任が決定した。その後の話はわからないが、下手な動きをしないように監視付きで国立図書館の管理・運営の見習いとして働くことになっている。
その後継は元よりその堅実さから支持が高かった副大臣が晴れて大臣を務めることとなり、副大臣の位置は未だ空白。警ら兵隊長であるエミリオと、ユーリアの二名に絞られていて、現在は後継の見当たらないエミリオが不利であるとされている。
また、パスカルが言っていた視察の件はもちろん国からの人員を割いて――ユーリアを始めとして、他一名を専任する予定だと国王は言っていた……もといそう記していた。
まったくもって、ただの平民であるジャンが直筆の手紙をもらっているということは光栄甚だしいのだが、彼としても一つの『借り』を他国に作ってもらったのだから、その程度は充分計らうのだろう。
「まあどうでもいいが……お前ら行きたいのか?」
見事な装飾が施してある短剣は、どこからどうみても儀礼用のソレであるようにしか見えないのだが、もし儀礼用であるならば特殊な鉱物は使用するはずなど無い。ただの真鍮でもつかえば充分なのだ。
が、それは鉱物も鉱物、魔石によって造られている。しかも加工用などの小さな、いわゆる一般的な魔石というものではなく、確かな鉱物として使用される魔力を孕む、鉄鉱石のような――通称、魔鉱石と呼ばれる類のもので造られていた。
持ち手には上等な牛革が巻きつけられていて、手によく馴染む。
こういった武器は、『異世界』に良く見られるのだが――どこで、こんなものを入手したのだろうか。
パスカルは口に出さずにそう疑問を抱きながら、静かに短剣を鞘に納めて身体を起こした。
六人がけのテーブルに座る面々、その四人に加えて静観していたトロスとスクィドは、パスカルの言葉に一様に頷いていた。が、その内スクィドとオクトは、しばし思惟するように顎に手をやってから、改めて首を振った。
「やっぱりパス。年明けまでにあと十冊残ってるし」
「私も。人混みは苦手なので」
引きこもり体質を隠すこと無く告げる彼女らの言葉に、パスカルは一つ頷いた。
「そうだな。俺も年始は『向こう』に顔出さなきゃならんのだが」
「じゃあ、あなたは行かなくてもいいんじゃない?」
「お嬢様! 俺もディアナの飛び道具に興味があります!」
「やだ、女の子の前でそういう事言わないでくれる? ほらサニー、パスカルと目を合わせちゃダメよ」
「何と勘違いしているんです!? と、飛び道具って……装填にそんな何分も掛かる汚らしいもんなんざ……俺は男より女ですよ!」
やれやれ、と肩をすくめてパスカルは短剣をジャンの前に置き、
「よく分からねえ。その祭りに専門家がこぞって参加するんだし、そこで見てもらえばいいんじゃねえの? 元々マイン・アバンはそれ専門だしな」
「ああ、悪いな。ありがとう」
嘆息と共に再びソファーに腰を落とし、足を組んで大きくのけぞった。
「とりあえず十人乗りの馬車を手配しておく。どうせ学校のお友達も呼ぶんだろ?」
「さっすがパスカル。僻み根性を出さないところ、好きよ」
「全然嬉しくないんですが」
――それが約一週間前の出来事だ。
そして、ジャンが参加せざるを得なくなった理由が――。
「……マジか」
三日前に家に届いた一通の手紙。それは国王からの手紙同様に、裏側を特殊な魔力を帯びた蝋で封をされていて、一度でも開封すれば蝋を溶かして再度くっつけたとしてもその痕跡を隠し切ることはできない仕様のものが届いていた。
開けてみれば、簡単な文面。
読んでみれば――ひどく憂鬱な内容だった。
掻い摘めば、今回の『展示会・見本市』の視察にユーリアと共に参加しろという事だった。
あの時に記してあった一名とは、まさか……そう思ったが、そういえばユーリアとまともに話すこともできなかった分、むしろ僥倖に思えた。
現地集合で、その時刻は正午。詳細な集合場所は、採石場で行われる『ガウル帝国』の新兵器発表会場だ。
ガウル帝国は技術開発や科学技術において、世界で最先端と言えるほどの技術力を誇っている。
来年のうちに出来上がると言われている、海上蒸気機関車は、発案こそ他国のものだしガウルは協力にすぎないが、その協力なしには決して実現することのなかった代物だった。
それ故に、その国の新兵器発表は否応なしにあらゆる国からの視察団が注目する。となれば、一番目立つ場所だ。
そしてまた、一般人が立ち入ることのできない場所でもある。一応は機密事項となっているのだろう。他国からの視察からの質問を心待ちにしている時点で、機密もくそも無いと思うのだが。
ともあれ、そんなことがあって、ジャンの参加は決定し――。
「少年!」
サニーが袖を引っ張って合図をするのと同時に、中佐はそう叫ぶようにして振り返った。肩から提げる棒状の袋を腕から抜けぬように掴みながら、恨みがましい視線を向ける。
「今回、もし予算が足りなかったら――少年、君がお客としてまともに来なかったことを恨むぞ!」
「恨みがましいにも程があるわ!」
中佐はアレスハイム王国で本屋を営んでいる。古本も扱い、また守備範囲が広いことからあらゆる新刊からマニアックな小説まで揃っていて、故によくオクトやスクィドのおつかいを含めて訪れるのだが、個人的に訪れる理由は主に世間話だ。だから、ジャン自身が彼の店に落とした総資産は金貨一枚――まともに戦場で使える一振りのブロードソードが購入できる程度の金額だ。
しかしそれでも、本屋にしてみれば充分なのだろうが……今年の売上の殆どを予算にしている彼にとって、そして主に剣よりも遥かに値の張る銃器を目的としている彼にとっては、それさえも死活問題なのだろう。
しかし、銃器ならばガウルの部下からの貢物で随分と保持しているはずなのだが。
それに本国の過激派から命を狙われていることも、忘れないほうが良いと思ったが、言うことだけ言って意気揚々と人混みの中に埋もれていくのを見ると、なんだかどうでも良くなった。
「ねえ、ジャン? このね、春巻きにチィ~ズを入れたのが美味しそう」
「ネイティブな発音だな」
「ねえジャン、あたしにもなんか買ってよね?」
「……まあ、何かしらな」
時刻は午前十時をまわったところだ。
だというのに、フードコーナーですらそこは繁盛していた。
――壁を抉り作り上げた広大な空間。おそらくは集会所やらあるいは製造した物品の保管庫として使用していたのだろう、広々とした開けた場所。その壁に沿うように屋台がところ狭しと並んでいるのは、武具の展示会と同じだった。
そしてその中央には簡易テーブルが縦長につながり、パイプ椅子が適当に配置されている。そしてその椅子は余す事無く埋まっていて、今ではその空間の外に出て皿を片手に立ち食いする姿も多く見受けられていた。
「さすがは世界の料理市ってとこだな。別の期間にやればいいのに」
いくら武具の展示会に乗じてその客を横流しにしようという魂胆だろうと、この朝っぱらからこの動員数だ。料理だけでも充分勝負出来ているというのに期間と場所をあわせる必要もないだろう。
混雑が増して、それを鬱陶しそうに嘆息するジャンの袖を、サニーが引いた。
「でもほら、文句ばっか言ってても始まらないよ? せっかく来たんだから、楽しんだもの勝ちだよっ!」
楽しげに笑うサニーの表情は、久しぶりに見たような活き活きとしたもので――人混みをかき分ける鬱陶しさなどどこ吹く風、気分はいくらか紛らわされて、
「もうっ、無理ぃ!」
叫んだタマは猫の姿に戻って、ジャンの肩に乗り直した。
――まず向かったのは、サニーが先ほど言っていた『チーズ春巻き』なるものだ。
サニーはその小躯を軽やかに踊らせると、瞬く間に人混みの中に姿を消して……。
数分後。
「ふう、勝った!」
紙袋から揚げた春巻きの先が三本覗くそれを天高く突き上げて彼女は高らかに勝利宣言した。
「テンションたけーな」
「次はディアナ大陸で流行ってる、変なサンドイッチ!」
「普通の買ってね?!」
「ほらお兄ちゃん、行くよ!」
「お、おう」
完全に主導権は握られていて、ジャンは彼女に促されるままにその小さな尻を、もとい背中を追っていった。
しばらくした所で、親子連れの客が占拠していたテーブルを空けたのをすかさず座り、そのテーブルにどっさりと料理を載せてすぐさま陣取る。
空いている席を見つけるより遥かに効率的な作戦は予想通り簡単に行って、すぐに人型になったタマは遠慮も無しにチーズ春巻きにかぶりついた。
餓えた猫は人混みのストレスもあってか、食事によってその解消を求めているようで――ガツガツと感想も無しにチーズ春巻きを咀嚼し飲み込んだあとは、そのまま円形のパンにハンバーグ、ピクルス、チーズ、ケチャップなどを挟んだサンドイッチ、いわゆるハンバーガーに噛み付く。
――世界のシェフとは言ったが、見る限りではいかにも豪華な料理が立ち並ぶというわけではない。
手軽に買えて手軽に腹を満たせる、ジャンクフードコーナーだった。
もっとも、それでもやはり値段は手軽で、味のレベル自体も高い。料理自体は簡単なものだが、やはり料理人自体は国を代表して来ているのだろう。
確かにこの混雑を考えれば、下手に手の込んだ料理を出すよりはジャンクフードを提供したほうが賢明だ。
などと思いながら、サニーから手渡されたハンバーガーをもぐもぐと味わいながらその新鮮な食べ物を楽しんでいると、うふふ、と不敵な笑みは隣から聞こえた。
「もーうジャーン? ほっぺにケチャップ憑いてるゾ!」
「まるで亡霊のようだな」
と、言いつつ。
なんの恥じらいもなく、まるで仲間の猫の毛づくろいをしてやるように、そのザラザラな舌で頬、というよりも唇に近い位置に付着したケチャップを舐めとった。
「……っ!?」
生暖かく、そして柔らかでありながらも刺激のある感触。
吐息。
甘い香り。
驚いた顔でタマを見れば、恥じらうように顔を赤くして、眼が合えば微笑んだ。
頭の先から末端まで、電撃が走るような衝撃。不意に胸がどきどきと弾んできて、それまでそうそう無かった出来事に、胸が高鳴らざるを得なかった。
――なんて卑怯な。
そしてそう思わざるを得なかった。
が。
「ふぐぁふぁっ?!」
そう思っている中で、不意に前方からの影。気配。接敵。肉薄――そして間抜けに開いた口に、ねじ込まれるケチャップ、マスタード共に盛りだくさんのホットドッグ。
最早口の横に付いているどころの話ではなく、赤子だ。それもその色使いから、嘔吐直後のようだ。
ジャンは眼を見開きながらも、小気味の良い音を鳴らしてソーセージを噛み千切り、噛めば噛むほど口の中に溢れてくる肉汁を味わっていれば、
「じゃ、ジャン? く、口の周りに……もうっ、ついてるよ?」
つけたんだろ――口いっぱいに頬張った今ではそう言える余裕はなく。
そして、目の前のこいつも随分と狡いんだなあ、とジャンは理解した。
そうして頬を赤らめて、目を閉じて唇をつきだしてくるサニーの肩を掴んで動きを制止させる。
咀嚼し、飲み込み、喉を鳴らす。詰まりそうになったが、ジャンの嚥下は並大抵では止まらない。
「サニー……悪い、初めては――好きな人とって決めてるんだ」
口の周りにケチャップとマスタードを塗りたくっている男の言うことではないが、言わずには居られなかった。というかマスタードの影響か口の周りがヒリヒリしてきた。
言ってやれば、なぜだかサニーは嬉しそうに頷いた。
「うん、ありがとうジャン。私もなの」
「あれっ?」
何か違う。
「ちょっと待てよどんだけポジティブシンキングっ!?」
「えっ、どういう事?」
「こっちの台詞だよ?! 告ってないから!」
――まったく、ヘンに積極的になりやがって。
とはいえ、そんな眼で見られていたとは。うすうすしか感じ取れなかったが、この感覚は間違いではなかったらしい。
でも兄妹だから、断らざるをえない。
年齢的に言えば姉弟なのだが。
さらに言えば血縁関係も無いし。
――あれ?
何の問題も……。
いや、というかサニーはそもそも修道院の連中にそそのかされているだけだ。連中はなによりも色恋沙汰が好きだ。その方が酒が進むらしい。修道女だというのに、不純な連中だ。
ナプキンで口元を拭きながら一息付けば、サニーはここぞとばかりに頬をむっつり膨らませて睨んでいた。
「なんだよ」
「なんでその家畜はいいのっ!?」
「ひっでえ?!」
「畜生よ!」
「プライドはないのか!!」
そんなこんなで、騒がしい『世界の料理市』を堪能することとなった。




