表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/141

救出作戦 ④

 『溝』より遥か手前に二十人からなる小隊が待機し、そのすぐ後方に成績優秀者たる養成学校から来た三名の騎士候補生。内二名は上級生であり、一名のみが下級生だ。本来ならば下級生はもう一人いたのだが……。

「な、ジャン・スティールって知ってるか?」

 安価チープな薄い鎧に身を包む白髪の男は、くくれば尾長鶏のようになる後ろ髪を翻しながら、傍らの赤髪の男へと声をかける。『レイ・グリーム』に肩を叩かれた男、『クラン・ハセ』は気怠そうに顔を向けた。その背後では驚いたように目を見開く、濃い緑色の髪の青年が彼らをじっと見ていたが、二人はそちらに視線すら向けない。

「ああ、今回の”訓練部隊”に居たはずの、もう一人だろう?」

「そう。今どこにいるか、ちょいと小耳に挟んだんだ」

 レイは快活な笑みを浮かべて、ポケットから手のひら大の楕円形で薄い白い魔石を取り出した。

「また盗聴か。火傷をしないうちにやめておけ」

「いいだろ別に。んで、話は戻るが――どうやら、傭兵隊の隊長と一緒に、ヤギュウ本国に乗り込んだらしい」

「……どういう事だ?」

 クランは怪訝そうに眉をしかめる。レイは楽しそうに、まるでうわさ話好きの女の子のように結果を先に口にしたい衝動を抑えながら、分かりやすく答えてみせる。

 ちらりと前方の”おり”の小隊の動きがないことを、そしてそこから地平線に近い位置で待機する本隊の様子を確認してから、頷いた。

「元々、ヤギュウ帝国はこの国にこっそりと魔方陣を刻んでたらしい。転移魔術ホットラインらしい。んで、なんやかんやあってそこに踏み込んで、向こう側へ。今はその魔方陣があったらしい廃鉱は無事らしいが、その魔方陣自体が消えちまっているということだ」

「……人質として取られたら不利になるな」

 ああ、とレイは求めていたものとは異なる反応に少しばかり萎えたように返事をして、

「だけどよ」

 この訓練部隊に推薦されるような青年だ。加えて、ジャン・スティールは騎士の間でも良くうわさ話を聞く名前であり、その中の一つではどうやら特攻隊長に警ら兵隊長に傭兵隊隊長などから二ヶ月に及ぶ訓練をみっちりと行われていたという話だ。にわかに気になって見に行ったが、それは事実だった。

 となれば、クランが漏らすような危険性はあれども――確率はそう高いわけではない。逃げに徹すれば少なくともそうではないだろうし、傭兵隊の隊長がついているのだ。

 だから、

「これで敵さんの援軍が無くなるって話になったら、面白くねぇか?」

 クランの胡散臭げな視線を受けながらも、彼は一度ばかし、校庭で彼と行った戦闘に巻き込んだ青年こそがジャンであることも知らずに、未だ見ぬそんな勇猛で期待できる男の姿を想像した。

「おい、そろそろ覚悟を決めておけ」

 小隊隊長が首だけを後ろに回してそう告げると――それから程なくして、遥か遠方から鬨の声があがった。



 鎧を纏い、一様に剣を振り上げる連中の行動はどうにも緩慢でいけなかった。

 俊足で肉薄すれば相手は反応する暇もなく、紙でできたのかと見紛うほど容易に板金プレートはひしゃげて破壊され、肉体はそこから侵入した腕に突き刺され、武装兵は容易に死滅する。さらにその男を突き飛ばせば背後に控えていた者が怯み、奪った剣で殺害した男ごと串刺しにすれば、吐血し、血の泡を吹いた。

 さらに残る一人は頭を掴んでしまえば混乱するばかりであり、いよいよ溜飲も下がってきたハンスは指先でその首を掻っ切るだけで終わらせた。

 血飛沫を上げる男を投げ捨て、涙や鼻水に塗れて呆然とハンスを眺めるマリーへと彼は歩み寄り――膨張した筋肉を戻し、全てを傷つける鋭い指先は、弦楽器を奏でる者よりも柔くなる。

「お迎えに上がりました」

 血まみれだったが、それでもそこから穏やかな雰囲気は醸し出せていた。それは未だ残る背広の効果であったのかもしれないが、ただ微笑むだけで彼女の表情は――また崩れ、潤う瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ始め、片膝を立てるハンスへとにじり寄ってくる。

「ばかッ! 遅いわよ!」

「申し訳ございません。いやしかし――足をどこに落としてきちまったんだ、間抜け」

「あんたが昼間から寝呆けているからよ! あそこの部屋の向こう側に持っていかれたの! 取ってき――」

 いつもの調子でのやり取り。視界の隅から見えるホークの命のやり取りは、それを認識していても彼らが干渉するわけではない。後方支援を任せろといった彼だが支援される程の状況でない以上、今はともかく早いところ彼女の足を持って装着。逃げなければならない。

 そう思考するが早いか、音もなく……否、音を超える速度で飛来した柔軟な殴打が側頭部を殴り飛ばし、ハンスの肉体はひしゃげて部屋の奥へと吹き飛ばされていった。

 にわかに何が起こったか理解できぬまま、

「全知全能なる神の御心のままに――治癒促進メディックッ!」

 祈り叫べば、床に衝突すると同時にハンスの肉体が淡く輝き――ハンスは己の無傷を理解しながら着地し、ふり返る。肉体はそれと共に筋肉を発達させ、先ほどと同様に戦闘体勢へと移る。

 彼女の放つ魔術は治癒魔術であるが、そう言っても無条件にあらゆる傷を治してくれる代物ではない。飽くまで自己治癒能力を促進させ、脅威の速度で傷が回復するだけである。仮に機能停止をした臓器にその魔術をかけたとしても回復しないし、心臓が止まっていればその効果は望めない。

 しかし簡易な詠唱でもへし折れかけた首が治癒されたということは、少なくとも魔術の即効性のお陰ということもあって――つまるところ、彼女は優秀な魔術師という証であった。

「あら……残念。随分なコンビネーションね、羨ましいわ」

 深い闇を思わせる黒髪が、風もないのにその腰付近でざわついている。琥珀色の瞳がぎょろりとハンスを、そうしてマリーを舐めるように眺め――そして何かを投げる所作をする。と、その手から放たれた黒い影は彼女の近くで弾んで転がり、手元に来るのは二本の足だった。丁寧にもタイツとショートパンツが穿かせられたままである。

「アレスハイムから来たんだって? ご苦労様……というにはまだ早いかしら。お相手をお願いしたいのだけれど」

 しなやかな腕を腰にあて、胸を反らせばその豊満なバストがつんのめる。首につけたネックレスのような装飾から伸びる絹がハの字を描いてバストを掬うようにしてから背へと向かう。故に露出度は高く、女性的な魅力は充分だったが、

「でも、一撃を素直に喰らっているようじゃあ、期待はできないわねえ。雑魚を倒して喜んでいるようだし。外の彼のほうが、まだ良いんじゃあないかしら」

 へそのやや下あたりから、深い緑色の鱗で覆われる長い尾があった。今でこそとぐろは巻いては居ないが、つい先ほどハンスの首をへし折ろうとした尾は愉快そうにパタパタと床を叩いている。

 彼女はラミア族だ。近接格闘に秀でており、またその尾から放たれる殴打は先端に向かうにつれて速度を早め、最大で音速を超えるとまで言われている。故に鋭く細まる尾先は斬撃となりうるのだ。つまるところ、鞭としての役割を果たす。

 一方、獣人で狼であるハンスには近接格闘を得意とするがソレ以外になく――先程のように、一方的にヤラれる可能性がある。

「貴様が最後か?」

「どうだろうね。でもこの家の中にはもう居ないとだけ言っておくし……ああ面倒。この裏に待機してる援軍が確か五○○人くらい居たかしら。体力無くなるから襲うなって言っておいたんだけれど、やっぱりダメだったわね」

 肌は血色が悪いのか、青白い。というか殆ど薄い紫だ。いかにも、といった異人種であるが、ヒトはマリーしか居らず、彼女は彼女で義足を装着すると早速部屋の隅に移動を開始し、そういった外見的な特徴に注目する余裕はなさそうだった。

「指揮官クラスは」

「三人だけ。ねえもういいでしょう? 寒くて困ってるのよ、せめて運動くらいには楽しませてくれるでしょうね?」

「ああ、問題ない――俺が最後になるわけか。あまり時間をかけても居られないようだ」

 視界の隅では既に決着がついてしまっている。その奥には顔面蒼白にしたジャンが出てくるや否や跪いて嘔吐し――。

 急がなければならない。

 彼女の言葉が真実であれば、早いところ五○○人の援軍要因を潰しておかなければならない。

 しかし、となればアレスハイムには一体幾万の兵隊が投入されたのだろうか。アレスハイムの戦力は多く見ても二万弱。純粋な軍事力としてはこの国の方が上であるのは確かだから、まずその時点で不安なのだが……考えても仕方が無いことだ。

 ほくそ笑むラミアに、ハンスは短く嘆息して首を振った。

 本領発揮など、見ている暇など無い。

 一気に終わらせよう。

発現めざめろ――」

 口唇が前に突き出るように伸び、顔全体が青白い毛皮に包まれる。顔はそのまま狼と相成り、大きく開けた口は鋭い牙をむき出しにした。

咆哮迫撃ハウル・モーター

 喉を絞って吐き出す声音は光を帯びて、前方に虹の光臨を創りだす。間もなくその中央を突き抜けるように走る一閃は火焔というよりは光線となって、空間内に満ち満ち反射する、鼓膜を突き破るほどの高温と共にラミアへと切迫し、

「――ッ?!」

 知覚する間などない。

 彼女の尾先の速度など比ではない。

 その閃光は彼女がハンスの行動をようやく理解した直後に下腹部に叩きこまれて――肉体がくの字にへし折れ、身体がにわかに浮かび上がる。その百キロを超える重量の尾を凄まじい勢いで引きずりながら、彼女が飛び出した部屋の扉を突き破り、その背中がさらに家屋の外壁に叩きつけられて、幾重にもなり、また敷き詰められた断熱材や柱を力任せに打ち破る。

 盛大な破壊音が辺りに響き渡り、家屋の横っ腹に巨大な穴が開く。

 銀世界に躍り出て雪原に横たわる女性は白目を向いて大口を開け、諸手を広げて気絶。どちらにせよ全身は壁を突き破ったことにより、あらゆる箇所に骨折、軽度でも打撲を負い少なくとも先ほどのような、勇猛な戦闘が可能な肉体ではなくなっている筈だった。

「やれやれ」

 威力を抑えたが、やはりあの反動に耐えるのはいくらかしんどい。彼は首を抑えて捻り、気怠げに息を吐きながら顔を戻す。

「次の機会があれば相手をしてやろうか」

 部屋の隅で耳を抑えるマリーへと合図をしながら、やがてハンスはその家屋を飛び出した。



 その少し前。

 クリードの鋭く素早い一撃は、精錬しきったものだというのは素人は勿論として、傭兵を長年努め仕事の度に前線に出るホークが見ても明らかだった。そしてそんな彼に認められる実力は光栄であるものなのだが――それが通用するかは、また別の話となる。

 だから振り下ろされた斬撃は一本のフランベルジュに受け止められて、それを払うと同時にもう一方の剣がクリードの喉元につきつけられる。

 これで勝負は終了だが……、

「ま、まだだ! もう一回だ!」

 トドメを刺さぬのを良い事に、彼はそう言ってめげずに闘いを挑んでくる。

 ホークはいよいよ面倒くさくなって――模倣して突き出してくる剣を沿うように差し出した剣で手元を打ち、にわかに緩んだところを力いっぱい弾いて剣を強制的に放棄させ、間もなく肉薄。

 鎧の接合部分につま先をねじ込み、蹴りと共に彼の体勢が豪快に崩れる。そうして俯せになる彼の首筋に剣を突き立て、そこの薄皮を素早く切り裂いた。

「うざッてェんだよ。確かにお前は強いだろうがな、オレには通用しねェ。いつまでも一つの土地で粋がってるお山の大将が、勝てるわきゃねェだろォッ!」

 腰骨辺りを強く踏みにじり、横っ腹を蹴り飛ばして身体を横転させる。

 彼は無念そうな顔をして呆然と空を見上げ、小さく頷いた。

 ――純粋な剣術ですらコレなのだ。魔法を使用したとしても結果は分かる。まず攻撃が通用しなければ、魔法の効果も与えられないし……先ほどの彼の魔法を見たのだ。

 遠くからの射撃。そして決して外さず、頭という小さな的を狂いなく撃ちぬく正確さ。その魔法を持つ彼に、近接格闘でしか活用できぬ魔法が通用するだろうか。

 否だ。それは、誰が見ても明らかだ。

 クリードは紫煙よろしく口から白く染まる息を吐き出して、剣を拾い上げる。

「……これが世界って奴か」

「自信を持つのはいい。過信は良くねェがな――見るところによればお前はまだ若い。将来性はあるだろうし、その実力はまだ他には通用する域だ。頑張れよ」

「殺さないのか?」

「ああ、こうも狙われてちゃ殺――」

 振り向こうとする最中に、民家の方からけたたましい爆発音が鳴り響いたと思えば、その横方向から凄まじい煙があがる。顔を向ければ、ガラス張りの向こう側に狼の顔をしたハンスが、大口を開けて光線の余韻を残す姿があった。

「――おえぇえぇえ……」

 忙しなく背後から、びちゃびちゃと嘔吐の水音と喘ぎ声が混じり合って聞こえてくる。鼓膜に残るきぃんとした咆哮を余韻に彼が振り向けば、小屋の手前で四つん這いになるジャンの姿があって……。

「おやおや、これはまた……大変な事になりましたねえ?」

 ――つい先ほど、『殺すに殺せない』と言いながら睨みつけようとした影は霧散し、そうしてクリードの傍らに現れた。

 燕尾服姿に、円筒の帽子をかぶって黒い外套を羽織る男だ。口元に生やすちょび髭がいかにも胡散臭い吸血鬼は、先程と変わらぬ不快極まりない笑みを浮かべているが、寒いのかそれとも陽光を遮っているのか、外套で強く身体を締めていた。

「こりゃァどうも。さっきの弟さんかい?」

 両腰の鞘に剣を収めながら、けらけらとホークは笑いながら訊く。

 吸血鬼ヴァンピールは微笑みながら小さく頷いた。

「ええ、彼は己の魔術で処刑用の棺桶に閉じ込められ、蓋に付属する底まで伸びる図太い無数の針で串刺しにされてしまいましたから。決定された勝利を確信せぬまま、絶対的な死を与える魔術を行うとはなんとも、愚かしいことです。次いで言えば、銀の弾丸による魔術効果の増幅ばかりを考えて、その反作用によって己が拘束されるなどはもってのほか――とでも言えば、納得していただけるかね、御仁?」

 家屋から、マリーを横にしたまま抱き上げ飛び出てくるハンスの姿がある。

 男はそれを横目に見ながら指を鳴らせば、澄んだ空気にその音は良く響き――整った、雪原を踏み鳴らす音と共に、民家の脇から軍隊が現れた。横に並び列を成す、無数の兵隊だ。

 ざっと見るかぎりでは数は百を簡単に超えているだろう。

「私は今も昔も、変わらずウラド・ヴァンピールにございます。”交渉手段”として、手早く戦争を終わらせるために少しばかりの痛い目は我慢してもらえると、助かるのですが――」

 振り抜いたフランベルジュは、目にも留まらぬ速度でウラドの首を刎ねた。

 彼の頭はその勢いを伴って放物線を描いてから地面に叩きつけられ、確かな質量を伴った音を立てる。かと思いきやすぐさまソレは霧散し、

「無駄にございます」

 催促するように差し出された手に乗った頭は、切断面の首から闇の煙をくゆらせながら言葉を紡いだ。

「だから、貴君は――」

「――覚醒めざめろ」

 消え入りそうな声が、魔法を紡ぐ際の、ほんの僅かな詠唱にも似た口上をした。

 そんな言葉に、まず吸血鬼は無駄な行いだと鼻を鳴らしながらホークを眺める。が、彼の口は一文字に硬く閉じられたままであり、その表情は変わらず、根拠不鮮明な余裕を湛えていた。

 ならば、と思ってふり返る。が、そこには両腕を図太くしたハンスは壊れ物を抱くような柔らかさと、決して離すまいとする力強さを伴った姿でこちらに近づきつつ、背後の援軍を警戒していた。そしてその姿は明らかなまでに、先ほどの魔法を放つ格好ではない。

 次に見るのはクリードだったが、そこに顔を向けた瞬間に、どうにもなぜここまで頭のめぐりが悪いのだろうかと自分自身に腹が立った。振り返って横を向く際に、視界の隅には決して無視できぬ、仁王立ちする姿があったのだ。

 それはつい先ほど、己を打倒した青年の姿であり――。

 その”先ほど”の後を思い出すが――あれは大変だった。もし棺桶に二度と出られぬよう魔方陣を”設定”して置いたら棺桶自体が『魔道具』になってしまう。つまり、ジャンの右腕のように魔術的存在になるために、全身を無駄に串刺しにしたあの針は余す事無くその肉体を貫いたはずだ。

 もし本当にそんな事をしていたら、今ここには居ない。間抜けなまでに、本当にあそこで死んでいた。

 せめて勝負か試合か、あの状況ならばどちらも得られるだろうと思っていたのだが――勝負には負けてしまったのだ。この吸血鬼が勝利を確信したというのに、名も知らぬ他国の騎士見習い以下の男がそれを覆したのだ。

 今となっても、アレばかりは予測し得ない状況だ。

 だが少なくとも、今は全てを出し切った状態であるはずだ。肉体強化に、その調整が未熟であるために使用する魔力解放、そして禁呪足りえる禁断の果実に、そしてまた未熟な変則転移。妙な組み合わせだ。彼が近接戦闘を主とするのは明らかだから、その後者二つは蛇足となるのだが――。

 ともあれ、ウラド・ヴァンピールは不思議なことに縮こまっていた。それは何も陰嚢の話だけではないし、それが寒さ故のことではない。

 恐怖によって、全身の筋肉が萎縮し、硬直したのだ。

 反射的な反応故に理性ではどうにかなるものではなく。

「――咆哮迫撃ハウル・モーター!」

 己の額から引きずりだした、リンゴともイチジクともつかぬ果実を齧ったジャンは『見たものを見たまま』に再現する。つまり、ハンスがつい先ほど行った魔法を、彼は再現することができる。

 彼が開けた大口の手前には光臨が幾くつも重なって、喉の奥が高速で震えて耳が痛くなるような高音を解き放つ。それと共に、およそ口蓋垂付近が焼けるほど熱くなったかと思えば、目の前の光景を全てかき消すような閃光が出現し――握りこぶしほどの直径を持つ光線が、

「――ァッ!!」

 咄嗟に屈み込むホークの頭上を通過し、声にならぬ叫び声を上げたウラドの顔面に叩きこまれた。

 彼は身体を勢い良く回転させるように吹き飛び、すぐさま地面に触れたものの、その勢いを殺しきれずに雪に埋もれながら大地に引きずられて民家にまで到達する。手の中から零れ落ちた頭は肉体よりも先に、民家の中に転がり込んでしまう。

 その咆哮はさらに民家の中心――奇跡なのか、狙ったものなのか――大黒柱を打ち砕き、貫通する。そうすればただでさえ長い年月により老朽化していたその建造物は、加えて先ほどのゴタゴタによる衝撃、ハンスの咆哮迫撃による破損によって朽ちており、崩落するのは最早必然といえた。

 意識が途絶したが故に実体化したままのウラドを意図的に下敷きにするように、その家屋は滑るように真ん中の空間を押しつぶして屋根を、地面に叩きつける。

 暴風、衝撃、そしてけたたましい崩落音が辺りに響きわたって――援軍の足が止まる。

 ジャンはくたびれたような半眼でそれを見ながら、レンガ造りの小屋に背を預けた。

「だと思ってたよ、馬鹿野郎」

 先程までの無力さはどこへやら、不意打ちという形ではあったが、彼が得た混じりっ気のない勝利にジャンは微笑み、恐らく未だ生きているであろうが声は届かないウラドへと吐き捨てた。


「仕切りなおしだ、かかってこい」

 ホークを先頭に、その傍らにハンス。後衛はジャンとマリーとなっているが、ジャンは単なるお守りといったところだ。

 相手はクリード率いる五○○名の援軍――となっているが、今では本国の本隊だ。彼ら四名がいるばかりに、今のところ指示は来ていないが、いざという時に援護に迎えない。

 もっとも、どちらにせよウラドは下敷きとなってしまっている為に転移魔術が使えないのだが――。

 ホークの言葉をきっかけに、そういった戦闘は開始する――かに見えた。

「これは何の騒ぎだ、クリード」

 いよいよ最後の仕上げだと意気込んだ隙に、ざわざわと声を立てること無く兵隊が横に広がっていく。そういった作戦なのかとホークが剣を手にかけるが、最終的には中央に道が空いた。

 それに眉をしかめてみれば、間もなく、そこを通って現れる男があった。

 彼はいかにも偉そうに、そうに口を利く。

「こッ……!」

 最初は、軍部大臣からそこいらの階級の人間だと思った。

 まだ若そうな男は、色男のように整った顔立ちで、透き通るような金髪、そしてリゾート地の海を思わせる蒼眼を持っていた。また肩幅の広い鎧を着こむが、そこに装飾はなく、また分厚い板金プレートというわけではない、実用性を重視した軽量ながらもある程度の硬度を持った上等なものだった。

 腰には一振りの、控えめながらも装飾を施され、鍔に一つの半透明の緑色の魔石を埋め込んだ騎士の剣。そして手には程よく長い槍が握られていた。

 無論、外套を羽織る彼は、クリードと同様の国章を刺繍していたが――。

「皇帝ッ! な、なぜこのような場所に!?」

 ――ヤギュウ帝国の皇帝『ロメオ』は、そういった武装のもとで現れたのだ。

 彼の存在が明らかになるや否や、待機していた血気盛んな兵士たちは瞬く間に跪き頭を垂れる。同様に、さしものホークらも一応は跪いた。

「様子見だが……あの三人がいて、このザマとはな。正直、驚きだ」

 ゆっくりとした口調なれども、その端々に孕む威厳は、ジャンにも確かに感じることができていた。

 それが何から放たれるのか、なぜそういった威圧感をこの男から感じるのか、彼にはわからない。だが少なくとも、この男が皇帝たる存在なのだということは、恐らくその名を、肩書きを聞かなくとも察知できただろう。

 ロメオが一睨みすればクリードの背筋は伸び、そうしてホーク、ハンスを並んで眺める。

「……ブラック・オイルか」

「皇帝、オレの提案というわけではないとだけ説明しておこう」

「ふん、構わぬ。知った事ではない。重要なのは結果だ――そう思わぬか」

「気が合いそうだな」

 ふふふ、くくくと不気味に畏怖せず笑いあう二人を、ジャンは見て思わず目を細めた。

 やはりホークは根本的に自分とは違う。器以前に、その度量やその他もろもろが規格外なのだ。いくら国際的に活躍しているとはいえ、一国の王に迷うこと無く軽口を叩けるような者は、そうそう居ないだろう。見るかぎりでは、面識すら無いというのに。

「ともあれ、我が国を戦場にしないでくれるかね。多民族国家だが、領土は猫の額ほどなのでね」

「だからアレスハイムを戦場にしたってことかい?」

いや……ここは寒い、城に戻ろう」

「こ、皇帝。こやつらを、どういたしましょうか」

「――客人として招こう。私がわざわざ出向いてから捕らえた者の中に騎士すら居ないとなれば、いよいよ汚名がつくからな」

「りょ、了解致しました……。貴様ら! ミアとウラドを回収して医療班に回せ! 残りはここで……いや、城に待機だ! ウラドが目を覚まし次第、転移魔術を再構成させろ!」

『了解!』

 てきぱきとした判断、命令のもと――命のやりとりをした敵の中に混じり”来客”として、ていの良い人質なのかも知れないが、彼ら四名は為されるがままに城へと招かれることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ