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救出作戦

吸血鬼ヴァンパイアには基本的に物理攻撃が効かない……となると、どうすっか」

 体力の分配など考えずに、ただ進行方向に走り続ける三人は、それでも気軽そうに会話を始めていた。

「ベルクールさんが目を覚ますか――いざとなったら、おれが覚えたての魔術で行くか」

「なァ、ハンスは魔法はねェのか?」

「あるっちゃあるが――吸血鬼如き、魔法を使うまでもねえな」

「物理攻撃が効かねェっつってんだろ。分かってんのか?」

 森を抜け、草原地帯。脇に目を向ければ水たまりが目立つ湿地帯。

 そして目の前には、たむろしていた野生の狼――異種族だ――が、登場と共にジャンらに視線を向けていた。

 察知。

 そして僅かな時間すら置かず、野生の赴くままに――同時に、襲いかかる。

 三者三様。

 跳び上がる狼に、走り続ける三人。

 故に切迫する時間は切り抜かれるように短くなり――間も置かずに交差。

 刹那に抜いた剣に、瞬時に引きずりだした獣の右腕が肢体を切り裂き、

「……たく、あのさァ」

 彼らの遥か後方で着地した三匹の肉体から鮮血が噴出し、あるいは四肢のいずれかが欠損した上で頭部が砕かれ、地面に崩れていく。

 ホークは気がつけば既にフランベルジュを納刀しており、またジャンは鞘に収めながら軽く嘆息した。が、その溜息は己の実力に昂ぶる精神を抑えこむ息吹であった。

わきまえろってんだ。雑魚共が」

「全くだな」

 鋭い爪を持ち、青白い毛皮に包まれる右腕を抑えながらハンスは短く頷いた。

「雑魚は雑魚で群れていればいいのにな――スティール、どうした。恍惚とした表情をして。そんなうれしげな顔はお嬢様に見せてやれ。勘違いして勝手に浮かれるぞ」

「……ベルクールさんは自意識過剰なのか、単なるアホなのか?」

「あれはアホだ。底抜けのアホで……お人好しだ。だから騙され、攫われた」

「気持ちのいい娘だなァ?」

「ああ、ここ二年の付き合いだが、不思議と徐々に惹かれている。滾るのは父性なのが悲しい所だが」

 それは不謹慎なことに笑顔だった。

 ハンスはそう言ってから、はっと我に帰るように表情を戻し、前に向き直る。

 そんな彼を、ホークはにやにやと眺めながら、ジャンをどかし彼の横へと陣取った。

「お前、幾つだ?」

「ああ? あー……に、二八……だ」

「へえ、老けてんな。三五くらいには見えたが――近いな。オレァ二五だ」

「あんたら――もっと緊張感もたないか? ベルクールさんの危機ピンチなんだろ!?」

 走りながらも、既に十数キロは過ぎているのにも関わらず息一つ乱さずに会話は徐々に和み始める。そんな状況を少しでも変えようと怒鳴ってみれば、ホークはわざとらしい溜息と共に肩を叩いた。

「力んだって、そのベルクールとやらが見つかるわけがねェし、緊張しすぎてたら注意力が散漫する。オレたちにゃ、適度なリラックスっつーのが必要なんだよ。確かに、肩肘張って”雰囲気を出す”のは良いかもしれねェが……必ずしも、それがいい事だとは限らねェってこった」

「そうそう。考え過ぎたら即座の対応に遅れが生じる」

「考えても仕方がねェことだってあるしな」

「スティール、お前はもっと柔軟に考えたほうがいい。そうじゃないと、到着する前にしんどいぞ?」


「――どこに行きゃ良いんだ……?」

 コロンの街の遥か手前の森を抜けた所で、ホークは呆然と立ち止まる。

 空を飛んでいた黒い点は大分前に見失ったが、その影がどこかに降り立ったことだけは確かに認識していたのだ。だからこそ真っ直ぐ、このままで大丈夫だと漠然ながらも進んできたのだが――森という、方向さえもわからなくなるような障害物だらけの場所を抜けた時には、思わず呆然とした。

「……なァ、少し考えようぜ。他に探す方法は無いのか? 相手だって、飛ぶだけじゃねェだろうが」

「確かにな」

「んんー、そうだな……」

 ハンスは顎に手をやり、空へと目をやる。

「……ひとっ走り、行ってこようか? 肉体強化パワー・ポイントで」

「なら手分けで行くか……いや、この人数じゃ分が悪すぎる」

「……おれが失踪した時の気持ちが、少し分かったような気がする」

 ふと思い返してみれば、彼女らはこんな苦難の中でなんとか見つけてくれたのだろうか――なんだか申し訳ないことをした。

 もし機会があれば恩返しかなにかでもしてやろうか。

 そう考え、ふと思いつく。

「そういえば、吸血鬼の目的ってなんなんだ?」

「目的、か。アレだろう。『処女の血はンマイ!』みたいな」

「やっぱ吸血か。だがなァ、わざわざ街に……しかも城下町にまで来て、そんな事をするか?」

「やはりソコか」

 逆に、もし吸血鬼側ならば――ジャンはそう考えてみる。

 本当に吸血が目的であったならば、適当な街や村から生娘を攫うだろう。極力目立たないようにすることが重要だ。下手に目立っても良いことなど無い。

 ならば、他にわざわざ”目立って”かつ”問題”になるようにせざるを得ない状況があるとすれば?

「……いや、まさか」

 そう漏らしてホークに視線をやれば、彼はどうしたと言わんばかりに首を傾げた。ハンスも同様だ。

「まさか、とは思うんだけどさ……もし吸血鬼が、誰かに命令されて居たとしたら? 吸血鬼が本能の赴くままに行動したとは思えないだろう、明らかに」

「あァ、オレも今それ言おうと思ってたんだわ」

「嘘つけ」

「――命令って、俺たちゃ”転移魔術”で”建物の中”に出てきたんだぞ!? まず俺たちがあの街を訪れたことさえも知らねえ筈だ!」

「協力者の存在だ」

 ホークが言った。

 顔はいつになく冷徹で、言葉はいつになく冷静で。

「国情的に考えてヤギュウの手先と考えてまず間違いねェな」

「……他国の、関係ない民を犠牲にしたくなければ投降しろって? そりゃどこの強盗だよ」

「スパイの目星は」

「ンなもん後回しだ。このまま北に向かわれちゃ厄介だが、さっき落ちたところを見ればそう遠くまで移動したようには見えない。近くて……コロンの東、か。なんかあるか?」

「いや――ああ、あった。ひとつだけ」

 ジャンは頷き、そうして指を一本立てる。

 そんな彼に、再び視線が集中した。

「廃鉱がある」


「あれは確か……五年前、人手不足だからって派遣されたことがある。かなり寂れてたし、鉄鉱石はもちろん、魔石すら無くて――だから引き上げる為に、荷物の整理やら後片付けの手伝いにって寄越されたんだ。鉱山の中には入ってないけど、一般的なものだったと思う」

「一般人はな、一般的な鉱山なんざしらねェーの!」

「まあ、確かにな」

 どうだ、狼男ヴェアヴォルフ――ホークが冗談交じりに言えば、ハンスは軽く鼻をさすって臭いを嗅いでみせた。

 そうして暫く動きを止めて嗅ぎ分けるように首を捻ってから、頷く。

「あの外套マントにくるまってたから臭いが薄いが――この奥に居そうだ」

「……わけがわからねェな。国と取引したいんじゃねェのか? ならなんでこんな所に引きこもって……」

「単なる罠かも。おれたちも一緒に捕まえて……っていう魂胆だとも考えられるし」

「まあ、行ってみなくちゃわからないからな。行こうぜ」

 ぽっかりと口を開ける坑道の入り口へと足を踏み入れる中で、ジャンは妙なまでに嫌な予感、と言うよりも確信できる、予期できる未来に不安を抱いていた。

 ――これは罠だ。

 それはおそらく二人も知っているはずだ。だが何を誘ったものなのかは分からない。それはジャンも同じである。

 だからこそ不安なのだ。マリーの身が危機に晒されている事ももちろん不安に違いないのだが、今まさにとんでもない事をしているのではないかという、漠然とした不安感。今ならまだ引き返せる。援軍を呼んだほうが良いのではないか、と。

 腰に備えた剣の柄に、手がのびるのは仕方が無いことだと自身に言い聞かせながら、燭台に放置されていた松明に火を灯して進む二人の背を追った。

 坑道はやはり坑道らしく、岩肌がそのまま露出しているものの、長らく使われていないために大気には粉塵が少ない様子で、壁には等間隔で油が染み込んだ松明が燭台に突き刺さっており、ホークはそれに火を灯しながら前へ。

 足元にはトロッコ用のレールが続き――。

「なァ、ジャン」

 松明は、行き止まりとなるその壁を照らしている。

 否。

 それは壁などではなく、

「鉱山に”扉”がついてても、そこは一般的なのか?」

 人が三人並んでもまだ余裕があるその坑道を遮るのは、木製の両開きの扉だった。楕円形であり上部はその扉でしっかりと塞ぐが、下部、大地に面した部分はセメントなどで土台を造り固められている。

 こんな所に扉があることはとても普通などではない。それはこの場にいる全員が、たとえ鉱山に無知であろうとも理解できるものだったが、そんな奇妙なこの状況、現状にホークはそう言わずには居られなかったのだ。

「そんなわけがない。山を無理やりぶち抜いてるからちょっとした震動でも坑道の形が、微妙にだけど変動する。だっていうのにこの不変を確信した物体を置けるわけがない。わざわざ障害物を作るようなもんだよ、これは」

「なら、この向こう側への侵入を拒んでいると考えられるが」

「そォいう事だろうよ。つまり、この向こう側に隠れてる」

「意味がわからない事ばかりしやがって――行くぞ、二人共!」

 咆哮と共にハンスの右腕が膨張したかと思えば、今度はその腕に毛皮は纏わられず純粋に筋肉が以上発達した形に留まる。手首から先はまるでグローブでも嵌めたように黒く染まり、その指先を余す事無く硬質化させ、また鋭く尖らせる。

 そういった変化は、やはり獣人によく見られる”種族解放”と呼ばれる己の種族の最たる”獣化”を効率的に及ぼして戦闘を有利に運ぶ手段だが、彼のしたソレは少し違う。しかしそれは異常というわけでは決して無く、さらなる高みとでも言うべきものだった。

 つまりは、彼は獣人として一段階上に立っている。

 それはつまり――戦闘に関して、大いに信頼して良い証拠であった。

 その拳を振るい、乾ききった分厚い木の扉を打ち破れば、そこから溢れた木くずが煙となって空間に充満する。炸裂音と共に向こう側の景色があらわになって、まず感じたのが――鼻腔に突き刺さる、錆びた鉄の臭いだった。

 しかしその湿り気に、扉の破片が立てる水の音がそれを否定する。

 それは血の臭いだ。それに加え、不純な油の臭いも混じっている

 おそらく扉の向こうには、血溜まりが出来ているのかもしれない。

 ――その向こう側にマリーは連れ去られていた。

「……ホーク!」

 引きつり、最悪な状況を想定するホークは苛立ち、扉の向こうに松明を投げようとする。が、ジャンは咄嗟にその腕を掴んで行動を引き留めた。

 ――気化していない為にその臭いは”手前にある血だまり”によってごまかされているが、その油の臭いに親しみ、懐かしささえも覚えているジャンは狡猾に理解した。

 そこには灯油が撒き散らされている。そしておそらくは爆薬さえも用意されていてもおかしくはないはずだ。

 敵は、今回の誘拐事件に大隊で押し寄せているとでも思っているのだろうか。否、たかが”旅行者”一人の誘拐ならば憲兵はわかるが、それが大隊を、ましてや騎士団が出てくるわけがない。

 ならば本当に、何が目的なのだろうか。

 単純に国との取引が目的ならば、さっさと自国に戻ってその準備を整えれば良い。

 わざわざ敵国の廃鉱に引きこもって、さらに罠まで張る意味などない。ましてや、こんな扉まで――。

「……聞いてくれ、二人共」

 考えれば、もしかしたらという予測はいくらでも出てくる。

 その中でも一等最悪なもので、またなんとなく整合性がありそうなもの。それがピンと、彼の脳裏に閃光として過ぎった。

 ジャンの真剣な声色に、ハンスは扉にかけた足を止め、腕を掴まれたままだったホークはそのままジャンを見た。

「あの吸血鬼は既にヤギュウに戻ってるかもしれない」

「……スティール、どういう事だ」

「扉はかなり昔に造られたものだ。だから木は、この乾燥しきった空間で乾いてる。そして血は、地面や壁にこびりついているからこそ”錆びた鉄の臭い”を放っている。奴らはここに来ることを予測しているから、真新しい灯油をそこに撒いたんだ。そうじゃなきゃ、扉を破った時点で火が引火して爆発を起こしている筈なんだ」

「要領を得ねェな。簡潔に、至った答えだけを伝えろ」

「連中はこの向こう側に”転移魔術の魔方陣”を刻んでいる筈だ。そこからこの国とヤギュウとを行き来している――だからこそ、奴らは最初からこのアレスハイムを乗っ取るつもりだったし、その水面下での行動は大分前から行われていた事になる」

 そう考えれば、この扉はその来るべき侵攻される時のための罠として設置された事が分かるし、地理的にも領地の中央よりやや東側という場所は充分過ぎる。

 ならばどうして堂々と偵察兵が出歩いていたのか――それはこうして遠くからわざわざ偵察にやってきたと知らせる事によって、相手にとってこの地が未だ未知であると教えている。が、よくよく考えればアレは明らかなまでに不審だった。

 アレスハイムからヤギュウ帝国は歩いても数十日の行程だ。そんな彼らが、馬も無しにあんな場所まで歩いてこれるはずがない。

 まず”偵察兵”という部分にばかり目を奪われていたが……。

「……この国は馬鹿だ。大間抜けだ……っ!」

 広い領地なのだから、各地をさらに小分けにして領主を置けばよかった。使わぬ廃鉱を活用するか、無駄となるならばさっさと塞いでおけば良かったのだ。入り口すらそのままという時点で、誰かが不審に思うべきだった。

 軍事力ばかりを鼻にかけて、知略に至っては途方もなく間抜けだ。

 どうしようもない。

 この戦は――負けるかも知れない。

「くそ、なら少しでも数を減らしてやる!」

 魔方陣が向こう側に繋がっているならば、そのヤギュウの本部で暴れまわれば――そう走りだした所で、今度は腕を捕まれ行動を制された。

 そして同時に、頬を力強く殴られる。身体が思わず吹き飛ばされそうになるほどの威力は、種族解放されたままのハンスによる攻撃だからだった。

「少し落ち着け」

 彼の言葉に、

「あァそうだ。それに考えてみろ――」

 ――作戦とは弱者に残された一縷の望み。相手をいかに騙し、いかに術中に嵌めるか。力なき故にせめて自身に有利な状況を作り出し、相手を弱体化させる唯一無二の手段。

 つまり、相手にここまでさせるということは、アレスハイムがそれほど強国だと認識されているということ。

 加えて、その魔方陣の向こう側には敵が勢ぞろいしていてもおかしくはない。

 未だに攻めて来ないということは、予定通りでさらに潤沢過ぎる準備に自己満足し、既にアレスハイムを舐めきっているからだと言えるだろう。

 ならば、とホークは、

「――今度は、こっちがハメる番だってな」

 この上なく意地悪そうに、そして純然たる悪意に基づいた笑顔で、ジャンの焦燥を飲み込んでいた。

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