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戦闘訓練、開始

「あー、今日は校庭三週したらここに集合だ」

 そう告げる戦闘教官の言葉に、校庭に集まっていた各々の表情は徐々に弛緩してくる。

 これまで二週間ほどずっと校庭を走ったり、筋力トレーニングをしたりなど体つくりが基本だった授業には無かった発言である。そこからそれぞれが察するのは、『実技』という言葉だ。

 実際に木剣を握り、あるいは弓、槍を手にして戦うための訓練。それが、脳裏によぎったがゆえに彼らは喜んでいた。

 体力づくりは確かに大切だが、退屈で、さらにしんどい。これが午前中の授業に組み込まれていれば、次の授業に確実に支障が出るレベルの疲弊だ。というのは、ジャン以外の感想である。

 そしてまた実技というものが未知である事も、彼らの興奮を助長させているのだろう。単純に「かっこいいから」という理由も、もちろんあるのだろうが。

「ようスティール、良かったなァ?」

 そう言って背中を力一杯叩くのは、この間の二人組だった。

 タテガミの男は嬉しそうに肘鉄をジャンの脇腹に突き刺して走り去り、長髪の男もその後に続く。

 前回、アレがあってから割合に陰湿な嫌がらせもなく済んできたと思ったが――ずっとコレを待っていたのかと思うと、ご苦労様とでもねぎらいたくなる。その意欲を他のことに持っていけば、もっと生産的な生活が出来ると思うのだが、彼らにとっては余計なお世話であり、言っても無駄なことなのだろう。

 因縁を買うだけだ。

 ジャンも自分のペースで走りだすと、すぐ横にトロスがついてきた。

「さっきの連中と何かあったの?」

「いや、特に何もないけど」

「……相談してくれよ、友達だろ?」

 最近のトロスはなんだか落ち着きを持ち始めている。

 早くもなんらかの成長を遂げたようで、風によって後ろに流されてオールバックになる彼は非常にナイスガイだった。

 童顔かと思っていたが、顔だけを見るとなかなかに渋い。ジャンはそういった意味でも見直し、肩をすくめるように頷いた。

「あいつら一回ぶん殴ってから目ぇ付けられるみたいなんだぜ!」

 思い出しながら言えばなんだか心の奥底からふつふつと負なる感情が沸き起こってくる。だから極力元気に振る舞い親指を突き立てると、「誰だお前」と突っ込まれた。

「何か嫌がらせとかされてる?」

「いや。ただ同じ寮だから、部屋の扉思い切り蹴っ飛ばされたり、トイレットペーパーが常に切れてたり、風呂入ってる時に服破られてブレーカー落とされたくらいしかないねえ」

 寮は共同住宅とは違い、一軒家の中に自室をそれぞれ作り、台所やトイレ、風呂などを共同に使うようになる。そして彼らも同じ寮住まいであるためにそういった事が起こり得た。

 もっとも、上級生も居るためにそうそう目立った行動ではなく、それこそ隠れてこそこそという訳だ。

「うわ、典型的なイジメじゃん。やり返さないの?」

 タッタッタ、と教官に目を付けられない程度の速度で五○○メートルある外周を走り続ける。

 トロスもこの二週間である程度鍛えられたのか、慣れたのか、呼吸を乱さずに会話を続けられていた。

「やり返したって、火に油注ぐだけだろ?」

「そんな事言ったって……」

「だから大丈夫だって。飽きるまでやらせときゃ良いんだよ」

「そ、それじゃあ……多分、異人種グループの空気が悪くなるよ。キミはただでさえ評判良いんだから」

「まあ外交官的な意味だけどな」

 クラス内でも異人種から人間へ、直接何かを伝えられることはあまりない。多くはジャン・スティールを介した伝達となり、あったとしても事務的な会話以外は行われない。

 そもそも、これが普通の姿だった。

 世界から見れば、この国の在り方が少しばかり異常なのだ。

 確かに世界的には受け入れられた存在だが、という具合である。クラス内は見事な縮小図になっている、と言っても過言ではない。

「なんでこんなことになったのやら……」

「ぶん殴ったからだろ? まあ、キミの事だからどうせ逆恨み的なものだろうけど」

「いや、そっちじゃない」

「ああ、そっちね。まあ、なんでだろう。普通に接してくれるからじゃない?」

 とはいえ、人間側だってなぜ普通に接しないのかがジャンにはわからなかった。

 確かに見た目のインパクトはあるが、それこそが異種族の特徴だし、そこに魅力さえある。個人ごとに感想は異なるだろうが、一、二週間ほどが経過してその改善が見られないというのは根本的な何かがあるのだろう。

 親に「付き合ってはいけません」とでも釘を刺されているのだろうか。

 だが彼らとて最低でも十八歳だ。自己判断でどうにかする筈だし、わざわざこの国に来ているのにもかかわらず”異人種は苦手です”なんてもう意味が分からない。

 だから、ようするにきっかけが必要なだけなのかもしれない。

 となれば――圧倒的なまでに反異人種を掲げる輩は障害になってしまう。

「時間が解決するもんならいいんだけどさ――」


「まあそんな感じで、二人一組になって打ち合ってくれ」

 素振りを数回こなし、構え、振るい方を教えた後、教官は適当にそう告げる。

 そんな適当な指示に、思わずジャンは食いついた。

「ちょっと、教官せんせい! そんなんで良いんですかッ?!」

「最初だからな」

「さ、最初なら自由時間みたいなもんでいいんですか?」

「まず道具に慣れなくちゃな。身体だって出来上がってるわけじゃないし。まあ経験者は居るが、少ないしな。殆どが高等教育からの入学だから、まずはこういった時間が無くちゃならない。お前だって最初は雑用から始まったんだろ? それと一緒だ」

「そ、そういう事ですか……」

 なんとなく分かる。

 彼の言う通りだ。誰もが入学に備えて身体を鍛えているわけではないし、しっかりと出来上がっているわけでもない。彼らはここで肉体を作り、武器に慣れる。そのつもりで入学したのだから。

 二年もあるのだからそう急ぐことはないし、ジャンだって最初に覚えた違和感を、今ではあたりまえのように感じている。それと同じで、このヌルい訓練が徐々に厳しくなっていく過程も、慣れてしまうだろう。

 そうこうしていると、魔の手が彼の背中を勢い良く平手で撃ちぬいた。

 スパーンと小気味良い音が破裂音が響き、背中に鈍い痛みが走る。そういった行動をした男は、悪びれるでもなく肩を組み、ジャンを誘った。

「なあスティール、一緒にやろうぜー」

 やってきたのはタテガミの男だ。

 あたりを見渡すと、長髪の男は割と真面目にトロスと打ち合っている。しっかりと反撃させ、ゆっくりでありながらも組手となっているのを見るに、長髪の事は少し許そうかと思った。

「あー、そうだな。ちょうど余ってるし」

 言いながら、二の腕を力一杯つねる男にイラついた。

 なんて幼稚なんだろうか。

 こうやってはしゃいだり、異人種を差別するのも、あるいは――。

 それぞれが二人一組になって木剣を振るい、受け、返す中で、やがてジャンとタテガミも対峙した。

「てめぇムカつくんだよ!」

 喧噪の中で、辛うじて教官には届かない程度の声音で叫ぶ。そして剣を振りかぶり、力任せにジャンが構える木剣へと叩きつけた。

「スカしやがって、人外が居なけりゃなにもできねえクセしてよ!」

 相手にあわせて剣を対面させ、受ける。容赦無い一撃一撃が、剣伝いに衝撃を伝播させるように腕を痺れさせる。攻めに転じる暇のない全力の攻撃に、彼は受けるので精一杯だった。

「クソ野郎が、この、このッ!」

「じゃあなんでお前は、そんなクソ野郎に一々関わるんだよ」

「ムカつくからだよ!」

「ひっそりと暮らしてるだろ。可愛いものじゃないか」

「うっせ、黙れ!」

 上段からの振り下ろし。ジャンは本能的に大地を弾こうとするのを防いで、剣を横に、頭上に構える。

 やがて衝撃。

 体重を掛ける一閃が木剣の腹を力一杯叩き、そして流される。頭上から脇へと剣が移動するのを感じながら振ってやると、タテガミの男は重心を崩したようにそのまま前のめりに倒れていった。

 あれをまともに受けていれば、さすがに怪我にはならないだろうが、かなり痛い。そんな事でいちいち激昂されてはジャンとてかなわないから起こした行動だったが、やぶ蛇だっただろうか。

「おれが嫌なら無視してくれ。それがお互いのためだろう? わざわざ潰して、何が残るんだよ。気持ちの悪い爽快感だけだろ?」

「スカしやがって! なに余裕ぶってんだよ!」

「スカしてねーって」

「だまれおまええええッ!」

 男の中で何かが切れた……何か、決定的な何かが。

 肩肘を張って振り回す剣撃を、ジャンは仕方なくいなしながら受け続ける。

 一撃、それはそれは重い一撃だが、腕だけの力で振るうそれらだ。さらに構えもぎこちなく、棒を振り回すのと同じ感覚だ。路上でのケンカと同意義。剣を剣としてではなく、一つの道具として扱う意識。

 故に攻撃を防がれた事によって跳ね返る衝撃は、彼の身体に蓄積されていく。これまでの訓練を適当に過ごしてきた青年なら無意識の内に限界は近づいているだろう。

 そしてその時は、大した時間も置かずにやってきた。

 ジャンが剣を受ける。衝撃が彼に、そして男に伝わり――柄が男の手の中からすっぽ抜けた。

 木剣は空中でくるくると回転して、孤を描いて彼のやや背後の地面に突き刺さる。誰にも当たらなかったのは、彼の自棄気味の乱舞に周囲が気づいて、空間を作ってくれていたお陰である。

「て、てめえ……!」

 思わず崩れ落ち、上目遣いで睨んでくる男に、ジャンは大きく嘆息した。

「本当ならお前なんか徹底的に無視するんだけど……腕、痛いだろ? 冷やすかマッサージするかしないと明日から響くぞ。医務室行ぶべらっ!?」

 格好良く手を差し伸べる。男は呼吸を乱しながら勢い良く、その手に伸ばした拳を振り上げ、ジャンの顔面に叩き込んだ。

 ジャンは不意打ちを素直に受け、視界がぼやけるのを見た。

 世界が一転し、今まで地面を見ていた筈なのに、気がつけば空を仰いでいた。

 どさりと音がして、背中から全身へと衝撃が走る。痛い。受身も取らずに倒れてしまった。

「は、はっ? ばっかじゃねーのてめえ? 俺を舐めすぎ、なんだよ。医務室ぐらい一人で行けるっつーの!」

 ――しかしまあ。

 こんな真っ直ぐなヤツばっかなら、やりやすいんだけどなあ。

 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ジャンは大きく息を吐いて微睡まどろんでいく。

 意識は間もなく、ブラックアウトした。


「ジャンくんって結構バカなのね。カールなんて無視してれば良かったのに」

 レイミィはとぐろを巻く尻尾をジャンの上に乗せてそう言った。

 結局授業が終わった後に意識が回復し、タテガミの男『カール』も授業を抜けた後そのまま帰ってしまったらしい。ひとまず関わりたくは無いから、向こうから何かをしでかすまで放置で構わないだろう。

 そして医務室の寝台に寝かされているジャンを待つのは、サニーとレイミィ、そしてトロスと……。

「あー、どちら様?」

「わ、忘れたの!? あたしよ、テポンよ! トロスのおねーちゃん!!」

 なんて激昂するのは、いつぞやの深夜にジャンの部屋に忍び込んだ弟想いの姉テポンだった。

「は、はは。冗談っすよ。ただ長い間見なかったんで、ちょっと誰かなーって思ってただけで」

「しっかり忘れてるじゃないのよ。脳みそ発酵してんじゃないの?」

「それ、いいすぎ」

「まあ何にしても話は聞いたわ。いじめられてるなら相談すればいいのに」

「いじめったって……ただのケンカでしょう? 第三者が入るような事じゃないっすよ」

 イジメだと言われて思い返してみれば、イジメというのは言いすぎなような気がする。

 ただの個人の憂さ晴らしであり、嫌がらせだ。イジメの定義は分からないが、そういったものではないような気がする。

 もっとも、ここまでやられて彼を擁護するつもりなどは無いし、その義理もないが――かといって友人らに本人の居ない所でボロクソ言ってもらうのも気が引ける。非常に卑怯で卑劣な感じがするのだ。

 そもそも鬱陶しいと思っているだけで、ソレ以上の感情は無いのだから。

 無関心といえばぴったりだろう。

 更生させるつもりは毛頭ないし、仲良くするつもりも同様。生活が脅かされなければそれでいい。

 ――グレるキッカケは、こういったものなのかもしれない。

 漠然と考えながら、カールに少しだけ同情した。

「まあ話はもう終わりですよ。もうカールが手を出してこなければいいし、来たら来たで話し合います。迷惑だとか、そういうんじゃなくて……こう、おれたちの問題、みたいな?」

 しかし、と思って周りを見てみる。

 すると、扉の近く、部屋の隅で腕を組むクロコの姿を発見した。

 そして気づいたのだが、見舞いに来ているのは全て異人種だった。人間は誰一人としていない。

 身体から妙なフェロモンでも出しているのかと疑いながら、彼はそれで自分の立場を再認識した。

「あ、そうだ」

 と手を叩くのは、テポンだった。

「うちに来ない?」

 と誘うのも、テポンだった。

「イヤですよ」

 即答してみる。

 腹の上でとぐろを巻く蛇の尾が、なにやら意図的に腹部を圧迫するような窮屈感を覚えた。

「ス、スミマセン……今日はなんだか食欲が無いので……」

「ジャンくん本気で言ってるの?」

 レイミィが小馬鹿にするように言ってくる。眉尻を下げ、可哀想なものでも見るような顔だ。

 同情されているようで悲しくなってきた。

 カールもこんな気持だったのだろうか。

 人はこうして、分かり合っていくのだろうか――。

「家で生活しない? って、先輩はそう言ってるのよ」

「リアリィ?」

「だって居づらいでしょ。他の人の迷惑になるかもしれないし」

「あー、そういう見方もありますねぇ」

 尻尾をタップして重量を軽減してもらう。

 すると、レイミィはなぜだか腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 おれが何をしたってんだ。

「ねえジャン、そうしてもらった方がいいよ。せっかくこっちに来てゆっくり出来ると思ってたのに、家でも疲れちゃうよ? 本当だったら私の部屋でいいんだけど、寮長さんが厳しいから……」

「あ! じゃあサニーちゃんも一緒に家に来ればいいのよ! 家広いし、部屋は無駄にあるしね。トロスはいいでしょ? それで」

「姉さんの好きにしていいよ。まあ、ジャンの判断が一番だけどね」

「ほらジャンくん、先輩の好意をどうするの?」

 尾先がチロチロと揺れる。それを腹の上で見ながら、ジャンは静かに頷いた。

 もうどうにでもなれ、というのが正直な所だ。

「じゃ、じゃあ週末にでも、お邪魔します……」

 そういう事になってしまった。

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