対傭兵②
「しまった」
ディライラ・ホークとジャン・スティールの戦闘が始まるにつき、まず始めにそう漏らしたのはノロだった。
彼女は、校舎の屋上で単眼鏡を片手に観戦する軍部の関係者二人を見下ろしながら、ジャンに対してにわかな驚きを覚えていた。
それはまず――というか、単純に一つの事実について。
ジャン・スティールという男は魔術の才能はさほど無いように見えていた。そして実際、彼自身が”覚えている”――身につけているとも言いかえられる――魔術は、事実上存在しない。彼が使用する魔術は己の肉体に刻まれた魔方陣によるもの、あるいは武器に刻まれた紋様を用いての魔術のみだ。
だから、その代わりとばかりに白兵戦では目覚しい成績を残しているし、現に世界で活躍する傭兵の一部隊長にさえ見初められ始めている。魔術的な才能がないために、彼が個人として魔術を身に付けないのだろうと、彼女はそう認識していたのだが、それはどうやら違ったらしい。
「まさか、魔術の才能も……?」
彼女が与えた『禁断の果実』という魔術は、この国のどこの図書館を探しても魔術書として残されていない遥か古代の魔術であるし、意図的に葬り去られた”禁呪”でもあった。
魔術の適性が殆ど無いような青年が、その禁呪を扱えるわけがない。だから彼女の”意思”を持つ”破片”を彼に与えて、魔術使用の補助をしてやった。初回の使用時には肉体をわざわざ動かしてまで”コツ”というものを教えてやった。
だから、それ以降は不器用ながらもなんとかそれを流用して、”見たものを再現”するレベルにまでは自力で到達できた。もちろんそれは禁呪としての『禁断の果実』では最低限度の効果であり、ジャンにとっては活用できる最大限の効果だと思われていた。
だが違う。
ノロは、図書館に備え付けられている時計塔の屋根の上からそれらを見下ろしながら、そう確信した。
彼女だからこそわかる。そしてまた、彼に埋め込んだ細胞は自意識は無いが、それが感じる反応を、遠隔的に彼女自身も感じることができていた。
――今では、背骨に刻んだ魔方陣は移動してしまっている。それはより効率的に、本来の能力を発揮するために自発的な動きを見せていたのだが……今ではその動きを、ジャンの肉体が無意識に操作していた。
最初は瞳に留まるものとばかり思っていたのだが……。
「いやまさか」
彼女はやはり驚きを湛えたまま、されど無表情を貫き通して口にする。
「すごい逸材」
にわかに信じられない事だが、この短期間でその境地に達するのはおよそ将来の”大魔導師”の地位を約束されているといっても過言ではないだろう。加えてあの白兵戦での実力ならば――世が世なら、恐ろしい男へと成長を遂げるはずだ。
しかし、ノロにはどうしても彼がその境地に辿りつけるようには思えなかった。
だからこそ、素直に驚く。
なぜそれほど”中途半端”に極められる才能を持っているのか、と。
故に漏らしたのだ。
「しまった……まいったな」
自分が強いと錯覚して、死んでしまわなければ良いのだが……。
「お前さん、素手でいいのか?」
意気込んだ所で、不意にディライラ・ホークはそう口にする。まるでヤル気を削ぐような言い草に、ジャンはわざとらしく舌打ちをしてから首を振った。
「いらねえよ。今日はなんだか、調子が良いんだ」
言葉とは裏腹に、ジャンはいまいましげに肩をすくめる。
屋上で光に反射する何かを睨みつけたかと思えば、そこからさっと消え去る影が見えたのだ。
つまりこれは――ヘタくそな演技に、まんまと乗せられたという事になる。試されたのだ。おそらく、たった二人きりであの異種族の群れから生き残ったから、才能か何かがあるのではないかと魅入られたのだろう。
かまうものか、とジャンは再び構えた。
「そうか――なら」
ホークは右腕を振り上げ、左腕を前方に突き出すように構えた。
ただそれだけで威圧が増す。故に、ジャンは瞬時にして攻めの手を拒まれてしまった。
「今度はこっちから、行かせてもらうッ!」
――踏み込めば横と縦からの攻撃が襲いかかる。ならばどうすればいい、どうやって”突き破れば”いい?
鈍い痛みを携えて唸るように筋肉を痙攣させる右腕の感覚を認識しながら、強く踏み出したホークに相対するように、ジャンも足を動かした。
直後に、間髪おかずに頭上から切先が落ちてきた。同時に脇腹から切り裂く斬撃が現れる。
正に神速――思わず息を飲み感心しそうになる意識を奮い起こし、その状況で最も適切である”後退”をまず始めに選択肢から切り捨てた。
この状況での最適な行動は、それ故に相手にとっても予測し易い。だからそれはある意味で、否、本来の意味で誘導されているという事になる。
ジャンは攻撃と殆ど同時に前方へと大地を蹴った。
肉体強化故に増強されている動体視力、伸びる主観的時間を存分に使って振り下ろされる一対の剣の機動を推し量りつつ、その懐に潜り込む。だが――ジャンが肉薄するのと同様に、ホークの身体は後ろへと退いていった。
「っ!」
嵌められた。裏をかいたと思ったが、それさえも見透かされていたのだ。
既に斬撃は肌からさほど離れているわけではない。
時間がない。
どうする、どうする、どうする――。
――斬撃は左の肩口に食らいつくと同時に、右横腹へと襲来。肉を切り裂き、抉るように通過する中で鮮血を撒き散らし、そしてその一対の剣は交差した。
縦の鋭い一閃に、横の狡猾な一撃。十字からなるその一連の動作に、逃げ場などは存在しない。
「く……ぐあっ!!」
思わず身を引こうとすれば、波状の刃が肉に繊維に引っかかる。ジャンは呻き、さらに攻撃が肉体を切り裂いて過ぎるのを確かに感じていた。
剣が腹部から股を通り、その刃から剣先までを血のりで濡らし鮮血の尾を引いて過ぎ去り、また薙いだ剣は同様に血で弧を描く流れの軌跡を描いて、その勢いを伴いホークはやや後方へと距離をおいた。
ジャンの肉体に深い切創が施され、新調したばかりの麻の服が見事なまでにボロ布へと変わり、また激しい流血によって赤く染まる。咳き込んでも血はでなかったが、患部の燃えるような痛みや――それまで覚えの無かった肉体表面に対する想像を絶する激痛に、ジャンの思考は瞬時に白く染まりあがる。
「や、ろう――っ!」
――こんな下手な芝居を打たれて、何者かに試されて。まだ病み上がりだというのに、おそらくこの後に魔術による治療などがあろうとも、こんな致命傷に近い傷を負わされて。
そんな理不尽を被って、自分だけが傷つくのだから構わない――そんな風に笑って許せるほどジャンは寛容ではなかったし、そもそもこの間の異種族戦での一件でむしろ血生臭くなっているほどだった。
だからもう退こうという本能からの撤退命令や、これ以上は危険だと頭の中で鳴り響く警鐘なぞは全て切り捨て。
理性が痛覚の悲鳴を無視し、真っ赤に染まる視界の中の影を、鋭く睨んだ。
「てめえ……ぶっ潰してやんぜ」
「凶悪な顔貌だな。そいつが本性ってわけか? お前さん」
「っせえよ、イラつくんだ――おれが何したってんだ! ふざけやがって……っ!」
「この不条理が気に食わねえってか。ま、年頃の少年がしょうがねえかもしれねが……」
「ああ? 誰がガキだって?」
「お前さんだよ、たかが自分を傷つけられる事だけにイラついてどうしようもねェ、ちっちぇえガキさ」
ホークの台詞に、ジャンは小さく舌を鳴らす。
それに、彼は意外そうにしかめていた表情を消し、口笛を吹いた。口元は依然としてにやにやとひきつっている。
「なんだ、今度はオレが試されてたってわけか?」
器の小ささを指摘しあわよくば矯正せんとするばかりで”のって”来なかったという事実に肩をすくめるジャンに、ホークは思わず噴きだした。
笑い声は立てずに押し殺し、それからくつくつと肩を震わせてジャンを見据える。
「てェしたもんだ」
というのが、その後の開口一番だった。
飽くまで自分にとって有利な状況を作り出そうとは――それまでの、演技には見えぬ怒りの演出にホークは思わず舌を巻く。これならわざわざ騎士なぞを目指さずに、俳優か何かでもやったほうが良いのではないか。
あの状況でさらに叩き潰そうと向かっていたならば、ジャンはどのような反撃に出たのだろうか。少なくとも今回が試験のような形でなければそうしていた筈だ。大怪我をしたねずみが、万全の態勢であるネコにどう噛み付いてくれるのか。ホークはそこに、少しばかり興味が湧いた。
そして己のプライドなどはかなぐり捨ててまで、相手を油断させ隙を狙おうとする狡猾さを彼は認めた。
こいつは強くなるかも知れない。
そう思うと、少しだけ肉が踊る。血が沸き、心臓が力強く跳ねて全身にその弾みが伝播する。
「お前さん、武器は何を使ってる? 弓か、槍か?」
「剣だよ。ドワーフ特製の立派なやつだ」
「ああそうかい。なら急場しのぎ、おざなりですまねェが――これでも使えや」
言うが早いか、ホークは手にしていたフランベルジェを投げ捨てたかと思うと、それは空高くに飛び上がって数度ばかり回転し、落ちてきたかと思えばジャンの眼前を通過し、地面に突き刺さった。
ジャンは迷いなくそれを引き抜き、構える。同様にホークも今度は剣を両手で構えていた。
「今度はそれで、オレを本気にさせてみろ」
ド派手な流血沙汰は、それ故にそう長く続くものではないように思えた。
もって数分。激しく行動するとなれば、その寿命とも言える残り時間は刻々と減っていくばかりだ。
理屈で理解しろ、オレを本気にさせろ――今や試験官としか見えなくなった眼帯の男に対するジャンの苛立ちは確かなものだった。
命令ばかりだ。
しかも的確に足りないものを言い当てている。さらにいまいましい事に、奴は本気にさせろと言ってきた。剣まで抜いているのに未だ本気でないと来ている。その斬撃を受けて今にも死んでしまいそうなクソッタレな待遇を受けているのにもかかわらず、本気でない生半可の攻撃によってそうなってしまったという事実を突きつけられていた。
そんなこと、許してたまるか。
これ以上、されてたまるか。
怒りがふつふつと沸き上がる一方で、酷く冷たく沈んでいく一面を彼は理解していた。
鼓動が落ち着く。全身の筋肉が痙攣するように震え始めるが、それが畏れなのか、武者震いなのか彼には分からなかった。
興奮はする。あわよくばその首を刎ねてやろうという意気込みさえある。それは真剣を渡した相手の不注意だから、だと殺した際の言い訳さえも考え始めている。が、相手がどう動くか、相手が持つ魔術は、どこまで速く、どこまで鋭く動くことが出来るか――考えられる、想像できる範囲内で彼は思考する。
だが時間がない。
男は既に走りだしている。
長く長く伸ばされた主観時間の中で、ジャンは唯一辿りつけた一つの手段を念頭に置いて、行動を開始する。
――理屈で理解しろ。
まったくもって難しいことを言ってくれる。
(理屈ってなんだよ)
殆ど本能的、直感的に戦いそれを骨の髄にまで染み込ませているから、その言葉にピンとこない。来たとしても、下手に考えるより己の察知できる範疇内で考え行動したほうがまだ安全なのではないだろうかと思えた。
(理屈で考えろって……まるでおれが単細胞みたいじゃねえか)
理論的、あるいは論理的な思考を根本に根付かせろと言っている事はよくわかっているつもりだった。簡単にいえば、相手の行動からどう動くか、思考を読むが如く理解しろと言っているようなものだ。つまり必要となるのは注意力と経験だ。あるいは想像力か。
――やがて男がジャンに対して斜めに構え、片手で突き出した切先が鋭く切迫し始めた頃。
ジャンは短く嘆息して、腰を捻って腕を振るった。
勢い良く襲いかかってくる白刃の横腹を、剣で叩き上げる。軌道はジャンの喉元から外れて宙を穿つ。鍔迫り合いの要領で刃を外さずにジャンはそのまま肉薄し、剣を両手で握り直して相手のフランベルジュを腕ごと、対角線にたたき落とした。
左腕はそれによって自然に封じ込まれ、ジャンの構えた手元によって下半身からの追撃は許されない。
「こいつァ……ッ!」
「うるせえ!」
にわかに驚く顔のホークへと、ジャンは鋭い頭突きを撃ち込んだ。衝撃が頭の中身を激しくゆらし、視界を歪ませる。ノイズのかかった景色を映し出す中で、目の前の男のうめき声だけは確かに聞こえた。
さらに身体をぶつけて距離をとり、剣から離した腕を振り上げてその顔面に肘を叩き込んだ。
通った鼻が歪む。皮膚が切れ、鮮血が漏れた。
ジャンは行動と共に襲いかかる激痛に堪えながら、肉体強化の影響によって徐々に痛みが薄れていくのを実感した。
さらに追撃。死角となる足元を払えば、ホークの身体はいとも簡単に――崩れない。力強く踏み込まれた足は、重心が落とされた肉体はローキックごときの威力ではビクともしなかった。
これに、ホークはいやらしい笑みを浮かべる。対照的にジャンは再び、舌を鳴らすばかりだった。
言葉はなく、ホークの斬撃。
ジャンは応対し、それを受け止める。が、瞬時に刃が翻り、甲高い音を鳴らすのとほぼ同時に次が来た。
落ち着き払った対応。数瞬の間に降り注ぐ無数の剣撃を、それでもジャンは打ち払う。だがそれが彼の限界速度での対処だった。
だから次の刹那に下方から隆起する大地が如き切迫を見せる切先には、思わず息を飲まずには居られなかったが――ならば対処しなければいいだけの話だ。
そしてそれが、最も最適いいタイミングでもあった。
切先が顎に触れる。その鋭い刃先が肌を容易に引き裂いて肉を抉り、骨を削ろうと言う所で背を反らした。刃は喉元に滑らずに頬へと向かう。緊張する頬の筋肉が力づくで引き千切られる一方で、再度足を振るった。
身体全体で反動をつけるように反らしたを戻し、それ故に顔の傷がより深くなるが構わず行動を進める。腰を捻り、その反動で膝を上げ――軸足を回して一気に対象へと衝撃をぶち込んだ。
手堅い衝撃。ジャンのスネがホークの膝を打ち砕き、見る間に体勢が崩れていく。ジャンは手早く後退すると、虚空を切り裂く白刃があった。完全に出遅れた剣撃は間隙を抜くことすらできずに無様に舞う。
ジャンはそれに確かな手応えを覚えてほくそ笑んだ――が、刹那の撃墜から蘇るホークの表情に、未だ嬉しげな微笑があるのを見て、思わず笑みが引きつった。
全身に燃えるような激痛が走る。
もはや息も絶え絶えで、左目などは視界が赤すぎで何がなんだかわからない。それ以上に緊張が下腹部を痛めつけ、腸の中は空っぽだと言うのに腹を抱えたくなった。
「ははっ、悪いな。足癖が良すぎて上手く行かなかった」
虚勢。
当然として、心情を映し出す顔でばればれだったのだが。
「確かに。お陰で膝が砕けずに済んだ」
彼はにやにやと笑いながら膝を叩いてみせる。そこには余裕の態度が見て取れて、だというのにこの男はまるで戦意でも失せたと言わんばかりに握っていた剣を左の鞘に収める。中々の長さである為に鞘の先は地面すれすれで、口は胸元に届かんとする勢いであるのだが、手馴れたような手つきで収納する。
ジャンは握ったままだったフランベルジュを返そうと差し出せば、彼はそれを手で制す。
「……どういう事だ。むしろやる気がなくなったってわけか?」
「いいや、まさかさっそく一撃はいるとは思わなくてな」
しかも足止めされるほどの一撃を。
彼は厭味ったらしく、だがどこか嬉しそうに呟いた。
「いいぜ、次で最後にしてやる。見てろよ、オレの本気だ――」
当然の帰結として、両者の間に試す試される、あるいは憎しみや怒りなどの、今回の騒動に至る根本的な理由が失せていた。
そこに残るのは実力者同士の、己の力を押し付けあう、己の力を見せつけ合う――つまり己という存在をぶつけ合う闘いだ。
だが、戦いと言っても、両者の距離ははるかに離れ、今では校庭の端と端と言わんばかりの距離があいているのだが。
「発現めろ……」
肩幅に足を開き、右手を前に突き出す。左腕をその支えにすれば――にわかな光が掌を包む。それが魔法による反応だというのは、さしものジャンにも理解できた。
光が長大に伸びて形を作る。およそ等身大ほどの大きさになると伸長は停止し、剣にしてはいやに細い、そしてどこまでも起伏の失せた外見、握る部分の高さに、それがただの剣ではない事を彼は認識する。
ならば槍か。考える間に、ホークの声がその輝きを確かな武器として具現させた。
「無限射程の長槍ッ!」
――それはおよそ、見たこともない機械的な外観だった。
メタリックな質感。長細いそれは槍などではなく、その先端にはウィスキーボトルのような黒い箱型の、その側面に穴が空いた道具がついている。金属製の部品を組み合わせたような長大な武器ではあるが、思ったよりも細くはなく、わしづかみしたとしても指が届くようには思えなかった。
その長い鉄骨のようなものから、取っ手のような部品がありホークはそれを掴んでいる。さらに小さな突起があり――その下部の対面たる上部には箱状の部品が不自然に飛び出ていた。
ある一定の部分からはパイプのように細くなって先端へと伸び――そのすぐ手前には、彼が掴む取っ手を長くしたようなそれは、短いコンパスのような二脚となって生えていた。おそらくは地面に伏して使う際に、安定させるためのものなのだろう。
確かに鈍器として使うには不自然な形をしているし、無駄に大きく扱いにくそうな武器である。槍や剣としてもまともに機能はしないだろう。
――ディライラ・ホークは握る取っ手のすぐ近くにある金具を手に取り、起こしてひきつけるように引っ張る。ガチャリと何かが”込められた”ような音がして、彼はその金具を定位置に戻した。
その形。
構え方。
握る部位の、不自然な突起。そこにかかる指。
金属で構成される、どこか砲筒を思わせる鉄パイプのような円筒。
妙な既視感――それを覚えると同時に、いつの日かに訪問した本屋を思い出した。手のひらサイズの、火薬を使用した武器。それは決して近接用武器などではなく、立派な”向こう側の大陸”から輸入された遠距離武器である。”拳銃”と言う名のついたそれは、その筒状の先端から弾丸と呼ばれる主に鉛で構成される道具を発射する。
彼には、それに関連した何かにしか見えず……またそれ故に、その危険性を大いに理解した所で走りだそうとして――。
破裂音。
先端の箱状器具から眩い火花が瞬いたかと思うと、遥か後方で盛大な衝突音が鳴り響く。ふり返るまでもなく鉄門がその門壁ごと破壊された様子がよくわかり……その”射撃音”と呼ぶべき空気を引き裂いたかのような音は、大気を激しく揺るがし、未だその余韻を遠くに残していた。
それがいわゆる、彼の本気だった。
瞬間的に崩壊した門は、彼の超能力でもなんでもなく、純粋なまでの物理的攻撃が要因だった。それはその巨大で長大な銃から発射された、拳銃とは似ても似つかぬ大きな弾丸で打ち砕いたのだ。剣撃がどうだとか、蹴りが、込めた力がどうという次元の破壊力ではない。そしてまた、その衝撃は計り知れないレベルのものだ。
「……ッ!?」
だから息をするのも忘れて、ジャンはその銃――””狙撃銃”を睨みつけた。
ホークは依然としてニヤニヤと、あるいはやっとジャンを驚かしてやったと喜ぶような笑みを浮かべて口を滑らせる。
「やっぱ傭兵の本分は鉄砲だろォ!? だよなァ! 大長槍だとか槍でも良かったんだがな、大見得きらせてもらったぜ!」
なめらかになる口元は、その魔法に種類があることを教えてくれる。おそらくは”火器類”を出す固定効果があれども、出現できる種類はいくつかあるということだろう。
再び金具を引けば、中身のない弾丸の入れ物である”薬莢”が押されて吐き出される。同時にその薬莢を押し出したのは弾薬であり、その行為が終える頃には既に次の弾丸が込められたことになる。
「だが、良くこれが危険だってわかったな。走ってなけりゃ、割とマジで死んでたぞ?」
顔も、胸も腹も、その全てがそれまで覚えていた、苦しませていた痛みや傷を忘れてしまっていた。
背筋が凍えて、流血も相まって意識がはっきりとしない。
戦慄が走り、こいつにはどう勝てば良いのか――そればかりが頭の中で繰り返された。
いや、まだだ。
まだ終わらない。
まだ終われない。
――肉体強化の魔力が全て、瞬時にして消え失せた。その効果が無くなった瞬間に傷の痛みが増幅して全身を燃やしたが、最早関係ない。
だから口にする。
だから魔力も、自然に胸よりやや高い……喉に集中した。位置が以前とは変わっているということには気づいたが、気にしている余裕など、無い。
「禁断の――」
「――しかし、参ったな」
だというのにホークは、いとも簡単にその長槍を消し去ったかと思うと、まるでわざとらしく困ったというように肩をすくめた。
顔はいつもどおり、にやにやとしたいやらしい笑顔のままだ。
「想像以上にやりやがる」
最初の猛攻は中々だった。もし相手がホークでなければ勝負はついていただろう。
次は助言を与えたばかりだというのに、その学習の良さを示していた。大怪我を負ったばかりだと言うのに挑発する余裕を残し、さらには諦めすらしない強い精神を見せてくれた。また適切な判断から、相手の思考を読む流れは驚かされた、とホークは評した。
最後は、ぎりぎりで外す予定ではあったが――引き金を弾く直前で回避行動を取ったことには正直驚いた。殺気や雰囲気などおよそ彼が察知できそうなものの一切は排除したつもりだったのだが……。
「お疲れさん」
言葉と共に、集中させた魔力が霧散する。
胸に当てた右手は力なく垂れ落ち、左手から失せた握力が握ったままであるフランベルジュを滑り落とした。
緊張から解き放たれた肉体は、存分に与えられた激痛の海に飛び込んで……。
精神、肉体の疲弊は、病み上がりである青年にとっては既に限界であったらしく、
「ま、ゆっくり休めや」
昏倒するように前のめりに倒れるジャンを受け止めると、副長と――妖精族らしく耳が長い少女が走り寄ってくるのを確認した。