対傭兵
「まったく……魔力を流して、初めて痛みが現れたということは、そもそも魔力供給による自然的な”副作用”による回復は行われていなかったということですね?」
医務室で右腕に包帯を巻きながら、クリスは嘆息を漏らしてからそう言った。その傍らでは、細長い診察台で足を組みその様子を見守る、修道服を着こむ妙齢の女性が興味深げに頷いていた。
「つまり、あと少し遅かったら壊死していたかもしれないというわけね」
――まるで筋肉痛……など比にはならぬ、まるで筋肉に剃刀の刃を埋めこまれているかのような激痛がある。腕を動かそうとする以前に、力を込めたり何かが触れたりした時点で全身が硬直してしまうような痛みが走るのだ。
そうなったきっかけは、ボーアの”肉体強化魔術を使いこなすための訓練”によってだ。
体内の魔力を増幅してそれをそのまま肉体に充てるだけではなく、体内の魔力を体外に放出し、魔力量をある一定の均衡で維持する。そうすれば肉体を強化するために本来必要である魔力が足りずに、体内にあるままの魔力で肉体が強化される。それ故に効果は薄いが、今回の目的はそこにある。
魔力量を調整することにより、効果を変容させる――そうすれば、常にヒトを遥かに凌駕し諸刃の剣となりうる魔術を、己に対して適切に運用できるというわけだ。
そしてその際に右腕に魔力を通した瞬間に……このザマだ。
「怪我だらけってのが格好いいと思ってるのは、男の子だけよね」
「ですよねー。女の子としては、いつでも元気な人の方が安心して隣に居られますし」
「せーっかくのいい男が、台なしよ」
「ほんとです」
ジャンは”壊死”の言葉に思わず顔をひきつらせてから、指先すら動かせない右腕を流しみて、そうして垂らして立ち上がる。
彼女らの、褒めているのかけなしているのかよく分からない言葉を受け流しながら、軽く頭を下げて踵を返した。
「はあ……ありがとうございました」
今日はお陰で訓練は休みだ。このまま家に戻るのも忍びないから、久しぶりに街をぶらつくのも良いだろう。
最近、特に癖になりつつある溜息を漏らして、ジャンは修道院を後にした。
「――っと、言う手筈になっている。大臣の催しだ、良ければ頼まれてやって欲しいんだが……」
正午からやや時間が経過した頃、甲冑姿の門兵は来客にそう告げる。
外套のみを羽織り、腰には剣を、あるいは手ぶらで――防具を何一つ装備しない簡単過ぎる格好の住人に満たぬその集団は、門兵の言葉に対して一様に顔を見合わせた。
そうして、戦闘に立つ左目に黒い眼帯を当てる男は頷く。その所作に、途端に上下関係が見えた彼らは押し黙り、隊長たるその男の判断に全てを委ねるように視線を送った。
「……一つ、聞きたいんだが――オレたちゃンなガキの対戦相手って為に呼ばれたのか?」
「いや――」
否定しようとして、門番は大臣から託された対処法を思い出す。
もし拒否された場合、あるいはあまり色の良い返事をもらえなかった場合。彼は男の目を見据え、頷いた。
「お試し期間だ。あんたらを使うか否かは飽くまで我々が判断する。こちらの要望が聞き入れられないなら好きにしろ。だが、”得体のしれない武装集団”を中には入れられないがな」
――傭兵は金で仕事を請け負っている。主な仕事は命をかける戦闘だ。戦争の代行や、さらに教導なども行うことがある。そして彼らの組合では主に後者の方が圧倒的に多いのだが、教導の場合、軍で言う精鋭部隊レベルの戦闘能力が必須であるために、彼らの実力が確かであるのは門兵さえも知っている。
傭兵組合”ブラックオイル”は世界でも実力者集団で有名なギルドである。それはこの”対異種族戦”であっても、銃火器を使用する”現代戦”であっても十分に通用する戦術や魔術、魔法、そして圧倒的なまでの機動や的確な行動などのおかげだった。
その中でも戦闘訓練を行う部隊は、さらに精鋭を極めていた。
「そうか。そういやそうだったな――まったくムカつく国だ! オレたちをこんなに侮り信じなかった連中はここが初めてだ! その”ジャン・スティール”とか言うガキは、本当にそんなに強ェんだろうな!? この国はそんなに強ェんだろうな!?」
「軍を統括する男が、そう認めている」
「はっは! おもしれェ、野郎ども! ここはやらなきゃ男が廃るぞ! いっちょ、芝居でも鉄砲でもうってやろうか!」
男――左目に眼帯を持つ目立つ”ディライラ・ホーク”は力強く右腕を上げれば、控えていた部下が雄叫びと共に活気づく。彼のすぐ背後に控えていた眼鏡の男は、そんな様子にやれやれと言った風に肩をすくめた。
「さて、案内してもらおうか!」
両腰に携える一対の剣を揺らして門兵に歩み寄るホークは、力いっぱい甲冑の上から彼の肩を叩いて、門の開扉を促した。
――大地が揺れる。火焔を伴った岩石が宙を舞い、そして再び大地を穿つ。地は揺れ、屋外訓練中だった生徒たちは皆一様に身を屈めて縮こめていた。
そうして、一拍おいてやってくる阿鼻叫喚。女性の甲高い悲鳴に、男性の低いどよめき。そして突如の事態にすぐさま避難の指示を出している教官は、されどその言葉を聞き入れる余裕を失った生徒たちにさらに怒声を響かせて……僅か一度の魔術で、養成学校は瞬く間に混沌の海に蹴落とされていた。
「はっはっは! 野郎ども! まず話が通じて無さそうな教官共に事情を説明してこいッ! オレはここで道化師を演じてるぜ!」
「隊長がんば!」
「応援してるぜ、隊長!」
部下たちは、手際の悪すぎるアレスハイムに呆れて溜息を漏らしながらも、いつもの調子で誰もいない方向に火焔を放ち大地を抉り続けている隊長の肩を叩きながら、集団のままで教官へと向かっていった。
――そうして、また呆れ顔で教官が静止する。
もっとわかりやすい状況が良いと、ジャンと同じクラスであるらしい少年少女らの要望から彼らを縄で縛り付けるのは、それから間もなくの事だった。
そして門兵の指示通りに、被害者を装ってジャンをさりげなく学校へと呼び出すことに成功するのは、それから数分後のことであった。
傭兵の仕事は早い。
聞き及んではいたが、初めてその存在を見た戦闘教官はそれを再認識した。
「た、大変だー! 養成学校で不審者が生徒たちを襲っているぞ!」
目の前を通りすぎていった外套姿の男は、ジャンの前で一際大きな声でそう叫ぶと、瞬く間に彼の視界から失せて走り去っていった。それ以降の声は聞こえず、まったくもって珍妙な男だと考えたが――言葉がもっと違う台詞であったならば、彼の存在を切り捨てることができたのだ。
養成学校の不審者。
そして以前会った偵察兵。
疑念が渦巻く彼の中で、この大事と以前の経験と憶測とが直結した。
それは見当違いも甚だしいのだが――ジャンは動かずには居られなかった。
「学校が……連中、先に”これからの脅威”を潰しとく気か……!」
怒りが燃える。
走りだせば右腕の激痛が息を止めたが、ジャンは構わず、その意識を全て前方へと差し向ける。本屋へと向けていた足を、すぐさま学校へと差し向けた。
痛みや、不安や、焦燥や……それらを全て切り捨てて、ジャンは走りだす。
向かう先は、およそ想像できぬおぞましい光景が広がる養成学校。
それを防ぐため、守るために、正義を二の次、因縁を晴らしにジャンは向かう――。
「だぁ――らっ!」
木剣が弧を描き、武器すら構えぬへと襲いかかる。
ディライラ・ホークは舌打ちと共に軽いステップを踏み、それが眼前を落ちて行くのを見送った。
が、相手の動きはそこで終わらない。さらに身をぶつけにかかるタックルが如く踏み込んだ青年は、横に飛び回避行動を取るホークへと、小刻みに大地を蹴り飛ばして対象を追尾する。故に、どれほど遠く、あるいは相手にとって死角となる位置に飛び込もうにも、その細やかな機動が許可しなかった。
また、短く舌打ち。
射程距離内ぎりぎリに深く踏み込んだ青年は、陽の光に煌く緑の髪が軽やかに揺れ、汗が宙に舞う。そうしてその引きつけを最後に、彼は振り下ろした剣を、袈裟に巻き上げるように振り上げた。
(ガキってやつぁ、自己顕示欲の強いこって)
避けることはできた。だがここで、己の持てる力を全て使って相手を完膚なきまでに倒してやるのは、どうにも無粋な気がして――ホークは敢えて距離を保ったまま、勢い良く振り上げられた木剣の切先が額を擦り上げるのを甘受した。
ヤワな皮膚が摩擦で焼かれ、引き裂かれて鮮血が飛び散る。
目の前には、歴戦の勇士を相手にそうした偉業を成し遂げた青年が、ただそれだけの機動で肩で息するように立ち止まる。もしこれが真剣であったならば相当な痛手を与えていたであろう現実に、ルーク・アルファは不敵な笑みを浮かべていた。
が、やはり呼吸は整わない。
それが殆ど実戦じみた戦闘での、慣れぬ緊張や、そこから伴う調整しきれぬ無駄な動き、不必要に入ってしまう力が急速に体力を奪っていくのだ。
いくら訓練などで好成績を残していたとしても、実戦ではその経験の不足から本来持つ力を十分に発揮できぬことがあり、また新兵の場合ならば殆どがそうである。
対人はもちろん、対異種族であっても相手は容赦してくれず、故に兵士の多くは養成学校や訓練課程を終了した後、主に初めての実戦で散っていく。だからこそ、この国ではより実戦に近い形での戦闘訓練を要求するのだが――。
「へえ、中々やるじゃねェか」
左目の眼帯を軽くさすってから、親指を額の幹部に押し付けた。
流血はそう激しいものではなく、暫くそうしていれば血は止まる。ホークは嘆息してから片足に重心を移動させて、片手を垂らし、もう片手を腰に当てた。
「どうだ、このオレを相手にして一本取った感想は?」
「ふざけるな、あんた――本気にすらなってねえ! 俺を侮蔑てんのか? せめて剣くらい――ッ!」
「ガキを相手に本気になる大人なんざ立派じゃねえよ。それに、オレァお前さんの相手をするような仕事を請け負った覚えはねェ。追加料金を払ってくれんならまだしもな」
どこかで見ているはずだ。
これから試されるであろう青年、ジャン・スティールの戦いぶりを――何かを秘めていると判断されたからこそ、こんな大事にまでして力を試される少年を。
だが、だからといってそこでも本気になる予定ではなかった。理由は先のとおりだし、それに本気になるほど高揚するようには到底思えない。
目の前の青年だって、上手く見事に精錬されている。歳の割にはやっていけるだろうし、これから徐々に力をつけていけば目覚しい程の実力を持つことになるだろう。先ほどの機動や剣撃の流れから、ほのかに才能が漂ってきたのは確かだ。
しかしなれど、まだ未熟だ。
熟してすらいない果実を、齧ってやるいわれはない。どうせならば熟した”食い時”という所がいいだろう。
訓練中の、しかも鍛え始めてまだ半年という子供を相手になどは尚更――。
ルーク・アルファが再び剣を構えるのに、うんざりとしたように肩をすくめて吐き出す溜息で返した。
「いい加減うぜェよ。ジャマだ」
「だったらもう一回だ! ジャン・スティールばっか、優遇させてたまるかよ!」
「……ああそうかい、なら後悔――すんなよ」
飽くまで笑みを浮かべようとしたが、結局は口元が痙攣するように引きつっただけだった。
やはり、ふざけていない限りは笑えないな――下手な戦闘をしていつくるか知れぬジャンに目撃され、そこから推測、自身が試されていることを知られる、なんて事はしたくなかった。予定では飽くまで純粋に、正義漢が感情のままに突っ込んできてそれに応対するのだから。
だから、手早く終わらせる。
ホークは迷いなく腰の剣を一本だけ抜きルークに対して斜めに構えて、切先を相手につきつけるように構える。剣を持つ右腕はややしなやかに曲がり、柔軟性、伸張性を孕むのを外観で見せていた。
それを見て、ルークがやや怯むように足を止める。距離が殆ど無いような近接戦闘を得意とする彼にとって、やや相性が悪い戦い方であったようだが――実戦ならばその畏怖が生死の決め手になる。
――先手を取ったのは、それ故にホークだった。
大地を弾くように切迫。
意表をつかれたルークは慌てて剣を対応すべく構え直すが、根本的な速さが足りない。
そうして気がつけばホークの動きは止まっていて、そうして気がつけば、己が喉元には、構えを掻い潜った白刃が冷たくその切先を突きつけていた。
ジャン・スティールが学校に到着した頃、見覚えのある緑頭の青年が、正眼の構えのまま硬直しているのが見えた。グラウンドの端では教官ともども縄で簀巻きにされた生徒たちの姿があり、それを取り巻くのはくすんだ黄土色の外套をお揃いで身につける、妙な男たちの姿。
そしてその”ルーク・アルファ”の向こう側には、左目に眼帯をつけた男が腕を伸ばし――そこから伸びる剣で、ルークの喉を突き刺していた。
「な……っ?!」
理解不能。
現状を視覚で認識するが、この光景が意味するところを彼は理解出来ない。
なぜルークが刺されているのか。なぜクラスメイトたちが拘束されているのか。
この連中の目的は? わざわざ、こうする理由は?
わからない――そうだ、ならわからないままでいい。
相手を理解する必要なんて無い。
それを理解したはずだ。ついこの間、新愛なる友人ウィルソン・ウェイバーとの会話でそう認識したのだ。
敵が敵としているならば、その理由や心情や背景は無視するべきである。
敵が敵としているならば、己も敵にとっての敵として対峙するまでだ。
唾棄すべき対象は目前。
ならばどうする?
(おれはどうする?)
「どうすればいい? 答えは――簡単だ」
背中の魔方陣が、衣服越しに輝きはじめる。もうその圧倒的な勢いによって服ははじけ飛ばないし――右肘の魔方陣を発動させるにあたって脳髄に勢い良く釘を打ち付けられたような激痛が電流のように走ったが、本能はそれを抑えつけた。と彼は己の中で、痛みを極力無視しようと尽力する。
「く……いってえなあ――っ!」
右肘からの半永久的な魔力の放出。それゆえに、中途半端な魔力量での肉体強化。お陰で右腕の回復は不十分になって、拷問とも思しき激痛は絶え間なく、また脈拍と共に全身に伝播する。
「だけど、良い感じだ」
緊張と不安と、怒りと憎悪がいい具合に混じり合う。
脳内から分泌された麻薬にも似た成分が、痛みを徐々に和らげる。
「いい気になりやがって。おれが、ぶっ潰してやる……っ!」
ジャンはそれまでの訓練の成果か、肉体強化の具合の良い配分のおかげか――およそ人生で最良なコンディションで、走り出していた。
「来たか」
既に恐怖に飲み込まれてしまったルーク・アルファを横になぎ倒して、剣を収める。
すると直線上にて走りだしたジャン・スティールは、既に数メートル手前の距離にまで迫っていた。
「来てやったさっ!」
漏らした言葉は聞こえていたらしい。咆哮混じりに、ジャンは何の工夫もなく真正面から拳を振り上げた。
「もっと来いッ!」
「黙って待ってろっ!」
深く踏み込み、大きく振り上げた拳をホークの顔面に叩きこむ――が、それは寸でで現れた掌が防ぎ、拳を力強く弾く。しかし同時進行で左半身を捻るようにして肉薄すれば、無防備な脇腹にジャンの肘鉄が見事に突き刺さった。
――衝撃の反射に、右腕の神経が力いっぱい弾かれたような激痛。脳を素手で握られているかのような苦痛に、ジャンは思わず顔をしかめる。が、不意を突かれた、妙なまでに”実戦慣れ”している攻撃に意表をつかれたホークは同様に表情を歪め、僅かに数歩分、距離を取った。
まだ相手は、ただ”突然だったから攻撃を受けてしまった”と考えているに違いない。しかし、その判断こそがジャンにとって丁度良かった。侮られているならばまだ勝ち目がある。相手が敵を舐めている時点で、格下だと判断している時点で好機はゆうに存在する。
だが……。
(あいつじゃない……?)
敵が、あの時の偵察兵でないことに疑問を覚えた。
加えて、外套も随分と様子が違う。武装も貧弱だし、まず鎧すら装備していない有様だ。
そして目的すら判然とさせぬように、こんな所で待機をしている。さらに、ジャンの登場に”来たか”とまるで待っていたかのような発言。
何者だ? ジャンはそうに、彼らはおそらくヤギュウ帝国からの先遣隊ではないのではないか、と考え始めていた。
だが、彼の無意識とまではいかぬが、反射的に続く行動が思考を遮断する。
――ジャンはつま先で地面を蹴り上げた。するとつま先に掬われた土や砂が巻き上がり、ホークは思わずそれを右腕で防ぐ。共に、視界は封じられた。
大地を弾き、大きく左側にステップを踏んでフェイントを入れる。音に反応して、ホークはその方向に構えて、ジャンはそこから力強い跳躍で目を覆っていた腕を引き剥がす瞬間に、懐に潜りこむように飛び込んだ。
男が目を剥く。
ジャンはそれでも無表情のまま、強く固めた左の鉄拳を男の水月へと叩き込み、さらににわかにひるんだところを右の拳で追撃。顎を横方向から穿ち、勢いをそのままに身体を捻り、腰を落とし、身を翻し相手に対して上肢を横に向けた状態で、再び肘を腹部に打ち込んだ。
振り薙いだ足でさらに足払いをかけようとして、嫌な予感を彼は覚えた。背筋にぞわりと悪寒が走る。そうして気がつけば、本能が身体を駆り、男からその身を引き剥がした。
「ったァく――もう引いたのか、面白くねェな?」
機嫌の良さげな、笑いを含む声。
そこでジャンは改めて男を見れば――腹部には左手が、そして右手は顎を保護するように構えられたままだった。彼が水月を打ち抜いていたと信じていたが、それは飽くまで防御のために置かれていた腕を叩いていただけであり、顎は同様に手の甲を殴り飛ばしていただけにすぎない。
故に、怯んでいた筈の彼は僅かに腰を落とした体勢のままで固定されており、アレほどの猛撃を受けて尚微動だにしていないことを認識した。
強い――ジャンは相手をそう評する。ただ強いわけではない。相手の動きやその法則性を、僅か二度ばかりの接触で理解する強さだ。並々ならぬ実力でないことを、そして男は最初からジャンを”侮ってなど居なかった”ことを、彼は察知した。
「だけどよォ、今の。避けただろ? 退いただろ? それをお前さんは本能で理解したわけだ」
男は腕を交差させるようにして、両の腰に備える刀身が波打つ”フランベルジェ”と呼ばれる種類の剣を、対にして引きぬいた。
刀身が特殊な仕様によって波打っているせいで、肉が引き裂かれ、治療が困難になる。故に失血や破傷風などの直接的な死よりも、その後の苦痛が大きいとされている剣だった。
それを一対にして、男は構えた。
「お前は割と、動きはいいぜ。その右手がまともならもっと面白かったかもしれねェが、いや、歳の割には中々――かなりやる。やりやがる。ああ、いいな。期待してなかった分、いいぜ、お前さん」
嬉しげに、楽しげにその口元は釣り上がった。先程は失敗してしまった笑みが、この青年を前にしては容易に成功してしまった。
ふざけている自覚はなかったが――ディライラ・ホークはこの状況を楽しんでいた。
先ほどの青年とは同年代であるはずだ。だがこの、ルークよりも激しい運動の直後だというのに息すら上がっておらず、また相手の隙を突いた攻撃も中々に上手い。学校以外にも自己鍛錬を行なっている証拠だった。
だがそれだけではここまでの成長は望めなかっただろう。が、軍務大臣からの手紙で与えられた情報によれば、肉体強化魔術を使用したが――単体で異種族を、相当な数殲滅したという話だ。
彼はその言葉を思い出して、なるほどな、と頷いた。その所作にジャンは眉をしかめるばかりだが、ホークは気にせず”助言”する。彼ならば会得できる領域への成長を促すための言葉を。そしてそれを自分のものにすれば、初見でもホークを倒せるほどの台詞を。
彼は短く息を吸い込んだ。
ジャンは、律儀に彼の言葉を待っている。それに仄かな笑みを浮かべて、
「今度は理屈で理解しろ」
――その助言から、ディライラ・ホークによるジャン・スティールの戦闘試験は開始した。