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体力づくり

「はぁ、はぁ、はぁっ――」

 自身の体温で頭が沸騰しそうだ。

 結合したばかりの筋が、房では無く小さな細い筋ごとに引き裂かれていく感覚がよくわかる。ふくらはぎがパンパンに脹れて、頭がどうにかなりそうなほど蒸し暑い密林の、まとわりつく不快極まりない環境でジャン・スティールは走り続けていた。

 薄暗い森。道という道はなく、足場はひどく悪い。下がったと思えばまるで崖のように上がる道。だがそれを回避することは出来ない。

 彼が命じられたのは、”真っ直ぐ進んで密林を抜けろ”というだけの指示だからだ。

 息が詰まる。

 喉が渇く。

 顎が上がり、自分が一秒間で幾度呼吸を繰り返したか知れない。

 男らしい歳相応の精悍な顔つきは、今やだらしなく半眼が開き、口を半開きにするばかりでとても原型が残ったものではない。開いた口からは喘鳴のみが漏れて、稀にあえぐ声が喉から溢れた。

 ――入院生活が二週間。怪我は順調に治療され、予定されていた退院時期を大幅早めた十月上旬に、彼は晴れて修道院を後にした、のだが……。

 待っていたのは、リハビリというにはあまりにも過酷過ぎる”ブートキャンプ”だった。

 いわゆる文化的に発展した”向こう側の大陸”譲りの新兵訓練法だ。

(誰も、誰も居ないのか……!)

 自分が何故こうしているのかすら判然としなくなる意識の中、歩幅は無意識に緩くなり、走る速度は遅くなる。

(歩く、わけじゃない)

 ただ走るのが遅くなる。腕が垂れ、大地を弾く体力すら既に尽きている。だから、仕方が無いのだ。こういった極限なまでに走るのが遅くなるのは、どうしよもうない、本当に――。

「走れッてのよ!」

 決定的なまでに身体が止まる、その直前。

 彼は頭上から落ちてくる、正確無比な投石による狙撃が眼前に落ちたのを、確かに見た。

 大地がにわかに震え、全身がふるえる。

「走れ、走れ、走れ――ッ! まだ八マイルすら到達してないッ!」

 気がつけば、昨日はあえなく脱落した地点を既に過ぎていることをその言葉で理解した。

 身体はそれで活気づく。

 本来ならば、もっと走れる。走れたはずだ。おれはそういう体だった。体力だけは一人前以上はあった。だから戦えたのだ。

 白兵戦を主体とする以上、体力は不可欠な要因となる。何だかんだで、戦場で最後まで立っている者は一瞬で敵の背後を取るような暗殺者や、一瞬で数十、数百を殲滅する化物などではなく、体力がある者だ。

 炭鉱でもそうだった。

 だから今もそうであるべきだ。

 みなぎる力を全て足に流し、ジャンは言葉に対する反応も無いままに、再び走りだした。

 鈍かった視界がにわかに晴れる。ゴールは未だ無いが、少なくとも昨日よりは十分走れている。

 肉体は、あんな怪我のあと故の過労で既に死に体だ。

 だというのに今日はまだ走れる。

 明日は、もっと走れるはずだ。



「ふざけるな! 腹から力を出しなッ!」

 怒号が頭から振りかかる。同時に眼下から振り上げられた短刀がジャンの木刀を撃ち上げ、諸手が無防備に頭上を超える。息がかかる距離に迫る彼女は、さらに鋭い瞳でジャンを射殺し、にわかに開く股下に深く踏み込んだかと思うと――自由になる右腕の肘鉄を、その水月に打ち込んだ。

 胃の腑が悲鳴を上げる。肺から、全ての空気が吐き出された。

 さらに無力化されたジャンの足は払われて天地が反転し、世界が廻った――にわかにそう認識した瞬間、その肉体は力強く大地に叩きつけられ、組み伏せられる形となった。

 ジャンは怯みながらも腐葉土を転げて彼女――ボーア――から距離を取る。受身を取るように立ち上がると、彼女は再び距離を縮めていた。

「今! この五分間で何回死んだッ!?」

「く――っ!」

 逆手に握る真剣の白刃が閃き、瞬時に眼前を掠める。ただの勢いや手さばきだけで切り裂かれた前髪が宙を巻い、薄皮を切り裂かれた額に血がにじむ。

 ジャンは即座に身を翻して一度背後へ退く。そういった”フェイント”を入れて、踏み込んできたボーアへと下方から袈裟に木刀を振り上げた。

「八回だッ! 一分間に一回以上とは、随分と器用な事じゃない!? ねえ、そう思うでしょうッ!」

 切先が顎を砕く。そういった未来は果たして訪れず、その寸での所でどこからともなく現れた短刀がその横腹を叩き、弾く。軌道がそれた斬撃は彼女のすぐ横を掠めて、ジャンの両手は再び上へと挙がる。見てくれはさながら、降参の意を示す怯えた新兵といったところだろうか。

 しかし教官役を買って出た彼女の容赦は一切ない。

 威圧的な切迫。

 無駄のない足さばきによる、必要最低限度の歩数による肉薄。

 そして修錬された、滑らかなまでの所作。

 相手の攻撃を防ぎ、あるいは弾いてから行われる必殺必中の反撃カウンター

 それらが、今ジャンを悩ませている要因であり、ボーアが見せている全てだった。

 だが――いくら何でも最大で一分間に三度も撃破されたジャンは、何も学ばぬまま撃墜されていたわけではなかった。

 再び踏み込み、完全な零距離からの近接格闘――倭国伝来、と彼女が嬉々として説明したのを思い出しながら、ジャンは再び彼女の地面と並行に突き出された鉄拳を腹部に受けた。やや上ずり、衝撃の瞬間に僅かに落とした腰を挙げた故に、水月よりやや下の引き締まる腹筋に堅い拳が穿たれる。

 彼女の表情がにわかに変わる。無表情から、僅かに口を開いただけの、どんな表情かはわからない些細なものだったが――勢いはそのまま、力もそのまま。故に、先ほどと同様にジャンの肉体は”くの字”にへし折れる。

 諸手は頭上に振り上げられ、木刀を握ったまま”くの字”にへし折れた。故に自然的に、己の全力が為に止められなかったその力を強制的に、テコの原理が如く解除し、そして腕は振り下ろされる。

 ジャン・スティールはそれを待っていた。

 倭国伝来なら、同じ倭国伝来のことわざで返してやるまでだ。

 肉を切らせて骨を断つ――果たして彼の木刀は、不意をつかれながらもジャンを突き飛ばし、また後退する彼女の肩口に、しっかりとその切先を叩きつけていた。

「はぁ、はぁ、はぁっ――さ、さすがに一分に、に、二回死ぬとか、平均的に出されたら、ヤだかべぼっ?!」

 言葉もそこそこに、不意に眼下から気配と影が迫ったかと思うと、殆ど認識と同時に顎先を拳が突き抜けた。

 ジャンは直立したまま顔だけで上を向いて、意識が白に染まる。

 疲弊と鈍痛の中で限界を超えていたジャンの肉体は、そこでようやく意識を別離させ、吸い込まれるようにして柔らかな腐葉土の上へと倒れていった。

「ったく――バカッ! 気絶するまで無制限マッチだって、自分でルール決めたクセにッ!」

 油断してんじゃない! 彼女は言いながら額から流れる汗を腕で拭い、それから木刀が力強く叩いた右肩を柔らかく撫でながら、静かに彼の横に寝転んだ。

 まさか一週間で一本取られるとは――彼女は確かな成長を、そして最初に見た時とは遥かに顔つきや体つきはもちろん、その意気込みや、多くの彼を構成する要素が変わっている、あるいは大きく、力強くなっていることを認識した。

 十五で騎士団に入団し、二十で追い出され――そしてまた、この国に戻ることになるとは。

 そしてまた、罪の償いとしてジャンの世話をする事が条件だというのには、裏のやりとりが見て取れたが……今は、考えても仕方がない要素だ。

「……っはあ、まだ訓練残ってるって言うのに――おい起きろッ! あたしはあんたの為に徹夜なんかしたくないッ!」

 数分の休憩の後、ボーアの平手は無情にジャンの頬を叩き、意識を呼び起こした。




 狭い十三平米ほどの個室の中央には、楕円形の卓が鎮座していた。そして周囲を取り囲むような椅子の数は全てで六つ。それらに腰を落とせばすぐ後ろは壁になり、隙間も失せる。

 上座に座る軍務大臣は、呼び寄せた幹部諸君らの話を聞きながら、丁度良いタイミングの所で手を打った。傾注せよ、と副大臣が無意味なまでに声を張る。

「気楽にしてくれ」

 穏やかな笑みを湛えた中年男性は、その軍服がはちきれんばかりのふくよかな肢体の持ち主だ。それ故に外見的な人当たりの良さや、軍を統括しているような個人とは思えぬ穏やかさから、部下はもちろん、多くの人々からの支持を得ていた。

 禿かけた頭は、近頃いっその事剃ってしまおうかと思っていたが、それでも名残惜しく残してある側頭部の髪を撫でるのは彼のクセだった。

「それで、今回の不祥事によって予定された作戦が水泡に帰したわけだが――あの”バイター”に代わる異種族モンスターは配備できそうにない。よって、ヤギュウ帝国との総力戦が予期されるわけだ」

「責任を取らせましょうか?」

 問うのは副大臣。責任を追求する相手は、何も知らずに”襲われ”て”殲滅”してしまったあの少年だ。

「まさか、国が手ずから異種族を意図的、人為的に用意したなどと公言できんだろう。だが、お陰で一人釣れたじゃないか。戦力になりうる、かつて信心深くこの国に尽くしてくれた”元騎士”が」

「ああ、あの獣人の」

「だが――彼女はいささか問題が……」

「そ、そうですぞ。だからこそ、”あんな事”が」

 どよめきが幹部に伝播する。ただでさえ少人数の幹部らが、一人の発言から不安にかられて焦燥する。

 大臣は再び手を叩いて場を収めると、失礼、と手で示しながらポケットに無造作なまでに突っ込まれた葉巻のタバコを咥える。そうすると副大臣が火の灯るマッチを差し出し、火をつけた。

 彼はゆっくりと味わうように紫煙をくゆらせてから、胸いっぱいに吸い込んだ息を吐き出す。

 会議室は、いささか小気味の良いタバコの臭いに満たされた。

「不思議なことに、今回議題に上がる少年は養成学校の生徒であり、またにわかに話題となる”事例”であるらしい。そしてその”少年A”と彼女は失踪から発見までの時を共に過ごし、殲滅戦で背を合わせて戦っていたという話だ」

 彼が指摘するのは、今回でやたら話題の中心に渦巻く少年Aの存在。

 養成学校に入学して、良好な成績を残し将来を期待されていた少年は、ここに来て魔法を持たぬことが判然とした。加えて街を飛び出し、”偵察兵”と接触し、またヤギュウ帝国の侵攻妨害の為に配置していた異種族を単騎で相当数殲滅するという偉業を成し遂げたのだ。

 いくら肉体強化によってヒトならざる身体能力を持っていたとしても、それは単純に、そして明らかなまでに彼の実力ありきの結果だとしか言いようがない。いくら立派で強い武器をもっていたとしても、扱うのが素人ならば結果は火を見るより明らかであるように。

 そしてその少年Aと元騎士の現はぐれは意気投合しているらしい。彼女のそれまでの罪を、負傷している少年Aの世話で償わせる事で、当分の安置を保証してはみたが……不安要因としかなりえない戦力に期待するのもどうかと思う。

 また、少年Aの治療も順調なようだが――それでも訓練部隊からの除名の決定は覆せない。将来有望であるなら尚更だ。

「私は考える。現在の”彼女”の抑止力たりえるのは、この少年Aなのではないか、と。今でこそ少年の世話係をさせているが、いずれは立場が逆転する可能性をもたせようと思うのだが」

「……彼女を使うのだとしたら、私もそれが確実だと思う所存です。彼らの関係は良好で、心を許さぬ彼女が唯一、開き始めていると見ていますので」

「ならば決定だ――が、少々興味がある。この少年Aは、我が部隊の元”超精鋭”のお気に入りでね。少し、調べたいことがある……」

「な、何をでしょう?」

 大臣の不敵な笑みに、言葉を返していた副大臣が怯むのがよくわかる。

 彼はそれに気を良くするようにタバコの煙を吸い込み、そしてにやりと笑う歯の隙間から、煙を漏らした。

「派遣した傭兵部隊から連絡が来てな。丁度来週辺りに来てくれるらしい。そこで一芝居打ってもらうことにした。騎士を目指し、少なからずその胸に正義を燃やす年頃の少年ならば我慢ならぬ芝居をな」

「なんとも……傷心の子には、いささか手厳しいのでは? それに今はまだ、基本戦闘訓練ベーシック・コンバット・トレーニングでのリハビリの最中でしょう?」

「だからだよ、だからこそ、だよ」

 男は笑う。

 幹部に、再びどよめきが走る。

 イタズラな、どこか悪意さえ孕んだ笑い。穏やかで温和な彼には普段、見られぬ一面に彼らは不安を呈する。

 しかし大臣は、そんなことなど気にせず、鼻を鳴らし、また「だからこそ、さ」と続けた。

「己が勝てぬ、勝たなければならぬ悪との対峙。それこそが、彼の成長を促すと私は思うのだ。人には挫折が必要だとは思わんかね?」

「し、しかし――万が一、心が折れ二度と……と言った場合は……?」

「仮にそうなるのならば、いずれそうなるのだ。所詮その程度、切り捨てろ。私たちの目は節穴だったことの証明になる。それに、傭兵部隊が居る。ただ一人の戦力にすらならん”損失”など、我々は気にしては居られん」

「確かにそうですが……いえ、承知しました。当日の門兵に、そのように伝えておきます」

「くくく、頼んだぞ――それで、話は変わるのだが……諸君。いや、本題に入ると言うのかな。各々の、訓練成果の発表と行こうじゃないか――」

 ヤギュウ帝国の侵攻に合わせた訓練内容の変更。一ヶ月の経過発表が、今回彼らが呼び出された目的だった。

 大臣が手元に配られている冊子をめくり、「では」と意気込む一人が立ち上がる。

 彼らは大臣の言葉に緊張しながら、静かに紫煙の消え行くその先を、ただ為す術もなく見つめるだけだった――。



 一閃、一閃、一閃――。

 縦横無尽、変幻自在とも言える短刀捌きは、留まることを知らない。西の空が朱にそまり始めた頃、ジャンはそれでもその近接格闘に対応し、その全てを木刀で弾き続けていた。

 が、終わりは唐突にやってくる。

「はぁ、は――っ!?」

 慣れたように後退、そして剣をいなして横に回る。だが今回は、周囲の確認が不十分だった。彼女の死角に回りこもうとした瞬間に不意の衝撃。身体がそこに最初から鎮座していた幹に衝突したのだ。

 ジャンはよろめき、それでも回避行動に全力を込める――が間に合わない。時既に遅し。ボーアの剣撃は瞬時にしてよろけたジャンの首筋に叩きこまれて、その冷たい刀身で優しく皮膚に触れた。

 ――六時間経過。無制限マッチの結果、ジャンはこの中で、既に三○○回近く死んでいた。しかし生き残れた最長記録は二八分であり、その記録を最後に成績は下降の兆しを見せる。

 ジャンは思わずへたりこみ、座り込んだが、ボーアはそれを注意せず、同様にくたびれたと言わんばかりに顔をしかめて隣に腰を落とした。

「まったく。やられたわよ」

 短刀を背にする幹に突き刺してから、彼女は肩をすくめた。

「五回も攻撃を許すなんて」

 額の汗を拭い、彼女は肩、腿、横腹、小手、そして喉元に触れながら言った。その箇所は、油断や隙を露わにしたせいで穿たれた箇所である。

 背もたれにする木に全力で寄りかかりながら、肩を上下させ、破裂せんとする心臓を胸の上から抑えてジャンは言葉を漏らした。

「ご、五回くらい、いいじゃないですか……」

「一本も取られない自信があったのよ」

 終始呼吸を乱さなかった彼女の言葉は、虚勢でないことをジャンはよく知っていた。

 ――あの”白い連中”との戦いでは撃破数がジャンより少なかったが、どれもこれもが確実に息の根を仕留める攻撃ばかりであったし、またジャンのように身を無防備に晒すような特攻ではなく、洗練された無駄のない動きでの戦闘だった。

 どちらが強そうかと言えばジャンと答えるものが多いだろうが、どちらが生き残りそうか、と言えば大多数がボーアと答えるだろう。

 そして一対一との戦いともなれば、その性格や戦闘方法はより顕著に現れる。

 だからこそ苦戦したのだ。もっとも、その多くは苦戦する暇もなく圧倒されていたのだが。

「全く、敵わないや――」

 疲れすぎて、尻が腐葉土に癒着しまったようだ。起き上がろうにも、全身に力が入らない。

 鉱山での仕事でも、これほど疲れることなどなかったのに。

 思いながら、ボーアに顔を向けた。

「でもまあ、見所はあるわよ? 正直そもそも、この一週間で最後までついてこれるなんて思わなかったし。基礎体力のおかげだとは思うけど――学校じゃ、こんなトコまでやらないし。やっぱりセンスは少しあるみたいよ」

「そりゃ、無かったら騎士になりたいなんで夢もいいとこ、口にしませんよ」

「ま、そうよね。でも夢を持って、志すのはいいと思うけど」

「夢は見るものですしね」

「そうそう。夢が叶うんじゃなくて、もう叶えられる時点で夢は目標だしね」

「あ、なんかそれいいですね。明日から使います」

「使用料取るわよ?」

「ええっ、最近は全然、組合ギルド行ってないから金なんて――」

 言葉を遮るように、彼女は垂れるジャンの手を握った。

 やわらかな、アレほど硬くジャンを苦しめた手は一変して、女性らしい柔らかで暖かな皮膚が彼の手を包み込んだ。

 思わず、どきりとする。

 汗まみれであるはずなのに、ことボーアに限ってはそれが良い匂いであるように感じられた。

 ジャンを見つめる顔が近づく。黒しかない瞳が、まるで愛おしく感じられた。

「ねえ、ジャン?」

「は、はい――」

「立たせて」

「は、はい……?」

 恥ずかしげに、眼を伏せがちに彼女が続ける。

「なんか、訓練が終わったら安心して、腰が抜けちゃったみたいなのよ」

 だから、と握る手に力を込めた。

「立たせてちょうだい」

 ジャンはあざとく上目遣いで頼んでくる彼女に根負けして、動かぬ肉体にむち打ち、全体重を掛けて彼女を起こして――手はそのまま、帰路へとついた。

 空は既に夜の帳が落とされていて、密林はそれ故に深淵たる闇に包まれている。だが不思議と不安はなく、むしろ高揚さえあったのは――ボーアには秘密だった。

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