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獣人オフ会

「ジャンがまた新しい女をはべらせて来た件について――」

 穏やかな日差しが差し込む、柔らかな布団の上。そこでは三毛猫たるタマが、茶の毛皮を纏うウサギが、膝を抱えて座り込むノロが、そして――はべられた女という議題にさえなったボーアが、ウリ坊姿で寝台に寝転んでいた。

「懲りないわよねー」

 あの戦闘で怪我一つないボーアを眺めながら、ラァビは無気力気に声をあげる。それは、先日から癒せぬ疲弊のせいであった。

 白い連中を殲滅したのがちょうど昨日の朝っぱら。帰ってきてから、騎士を派遣した事による”報告書レポート”を提出させられ、また未確認の異種族との交戦ということから、そのことについても報告書提出の義務を課させられ。それが出来上がったのが、今日の朝だ。

 今日はタマの誘いを断っても良かったのだが、せっかくのお誘いだからと来てみたがやはり疲れているのは仕方がない。獣姿で良いと言うのは、唯一の救いと言えるだろう。

 ――”白い連中”の総数は合計で五二八体というのが公式の見解だった。うち、実際に彼女らが交戦したのは二○○体あまり。つまり、まだ未熟なジャン・スティールに、ボーアの連携もとれぬ殆ど単体と単体という二つの戦力が個別に行う戦闘で三○○体を殲滅した事になる。中でも半数以上が斬撃によって肉体を分別された死骸ばかりというのを考えれば……。

 ラァビは部屋の片隅に、バスタードソードと共に並ぶ規格外な大きさの巨剣を一瞥して、軽く嘆息した。

 今では無茶が祟って入院中だ。修道女の見立てでは”状況は深刻”らしいが決して治らぬものでもない、というのが一見してからの報告だった。

 もっとも、運任せというのが殆どだろうが。

「まったくよ。ったく、起こしてくれればあたしも行ったのにぃ」

「起こした」

 座っているタマの頭をノロが叩く。といっても暴力的なそれではなく、ごく平和的なツッコミだった。

「うっそ、起こされた記憶ないけど……?」

「二度寝してたわよ」

 ウサギ姿のラァビはそのつぶらな瞳を閉じたまま告げる。

「いびきもかいてた」

 人型で、ジャンの布団の上に大の字になって寝ていた彼女を思い出しながら言った。

「まじでっ?!」

「割とマジで」

「うわー、恥ずかし――ッ!」

 タマは言いながらゴロゴロと寝台の上を忙しなく転げまわる。そして断末魔と共に彼女らの視界からその姿が消え失せて――直後に、寝台の影から飛び上がってくるタマは、何事もなかったかのように飛び乗り、そして座りなおした。

「――あんたら、いつもこんな感じなの?」

 気怠げにウリ坊が口を開く。うんざりしたような顔だが、どこかその平和的な光景を傍観し満ちたような微笑を湛えるのを見て、ラァビは頷いた。

「これからジャンの話になるから、もっと騒がしくなるわよ」

「まったく……。あんたらはみんな、ジャンの事が好きなの?」

「そうね。タマはヒトとして気に入ってる上にしっかり手懐けられてるから恋愛的な観念はないし、あたしはあたしで、仕事上信頼できる将来性のある相棒として見てるし」

「あの子は?」

 顎をしゃくって、膝を抱えて座り込むノロを一瞥する。

 ああ、と何やらを納得するような頷きをみせてから、ウサギは首を傾げた。

「知らないわ。ただタマとジャンと仲が良いみたいってだけ」

「そうか」

「それで、どうなの?」

「何が」

「アンタの方よ。三日間ジャンと一緒で、あの戦いでも一緒だったんでしょ? 少しはどうこうなってもいいくらいだけど?」

「……知らないな。あたしそういうの興味ないし」

 白々しく首を振ってから、彼女は体を起こして寝台の下へ。

 その直後に鈍い輝きがあって――イノシシの姿は消え失せた。その代わりとばかりに跪いていた”何か”が立ち上がる。

 まず始めに肩甲骨まで伸びる艶やかな黒髪が垂れるのが見えた。ついでしなやかな四肢、網目のシャツに包まれた肉体。光沢を持つ革の腿があらわになる短いズボンに、網シャツの上にそのまま羽織られる毛皮のベスト。

 それは確かな人の姿であり――それがボーアの人の姿だった。

「つーか、なんでそんなかッたるい格好で居なくちゃなんないわけ?」

「まったく。アンタは風情ってものを知らないわね」

 彼女に習うように、ウサギも人の形に――毛皮に包まれるウサギの下半身だけを残して、彼女は鋭い爪が収納されている袖のある外套を羽織ったままで、さらに頭に生える二本の長い耳は垂れていた。茶系の長い髪は外套の中に流れて長さは知れないが、丁寧な手入れがされているように、柔らかい外見を持っていた。

 彼女はやや広めの寝台に寝転びながら、肘を立てて枕にしてボーアを見やる。彼女は寝台に腰掛ける形になっていて――気がつけばタマも、同様に人型になっていた。

 肘から先をネコの四肢に。塗料を塗ったようなしっかりとした黄金色の長い髪は背筋にまで伸び、彼女は尾を忙しなく動かしながらラァビ同様に寝転がる。たわやかな肢体、特にその豊満なバストが自重と布団に挟まれて形が崩れ――。

 その艶やかたる光景には、だが反応するような無粋な異端児は居なかった。

 飽くまでほのぼのとした午後を満喫しているのであり、飽くまで女性同士という関係で、この時間を共有していた。


「んなこたぁいいのよ」

 切り出したのはやはりタマだった。

「ジャンとお付き合いする確率が一番高いのって、誰?」

 身近な男性陣で、そういった浮いた話に近い場所に居るのがジャンだけである。だからごく必然的に話題の中心になるのは彼だった。

 修道院で激痛に堪えながら療養中の本人のことなんて素知らぬ顔で、現状とはかけ離れた話題にうつつを抜かす。

 ボーアは誰よりも早く、知らないわ、と肩をすくめて傍観に。ノロはただ場を見つめるだけであり、会話は必然的にラァビとタマのふたりだけのものになった。

「やっぱりサニー?」

 とタマ。目を輝かせる彼女に、ラァビは短い嘆息で返した。

「な、なによ」

「ジャンはサニーちゃんを本当に妹としてしか認識してないわよ。そのうち、自立させるつもりよ?」

「じゃー誰? あたし?」

「すっとぼけて。ジャンを異性として意識してるのなんて、誰かいる?」

「えーとね。レイミィでしょ? アオイでしょ? クロコでしょ? あとあのヘンなサソリ」

「もっと大穴が居るわよ」

「え? だれだれ教えてー!」

 心の底から楽しげに彼女は身を起こしてラァビに詰め寄った。彼女は鬱陶しげにタマの顔面をわし掴みして一定の距離を保つと、指を一本立てて注視させる。

 そして妙な”溜め”にボーアは”まさか”と思って胸を弾ませ、両者から少しだけ視線を外した。

 それからラァビはゆっくりと、イタズラな微笑を持って口を開いた。

「騎士の――」



「へっくし!」

「……風邪ですか? 今クスリを――」

「あ、いや良いんだ。気にしないでくれ」

 ――修道院の一室で、寝台にて包帯によって包まれるジャンを見守っていた一人のケンタウロスが、慌てて退室しようとする修道服姿の少女を引き留めた。

 指先で鼻下をこすり、ただの噂だろう、とバツが悪そうにくしゃみの言い訳をする。

 彼女はそうですか、と頷いてから、

「スティールさんのクスリを準備してきます」

 そう言って、どちらにせよその場を辞した。

 それが彼女の気遣いだったかは知らないが――下半身に馬の身体を持つ女騎士、ユーリアはドアが閉まる音を聞いてから、深くため息を吐いていた。

 本来ならば何があっても、不必要な接触は避けるべきだと考えていた。理由はないし、それは彼女が勝手に作った自分の中での規則ルールだった。

 だが来てしまったのは、とんでもない大怪我をしたと聞いたからだ。そして実際、彼は本当にとんでもない怪我を負っていた。

 目立った外傷はやけど以外には見られず、またそれは治癒魔法によって癒すことができた。今はクスリを塗布して新しくできたばかりの皮膚を慣らすだけなのだが――最も酷いのがその表面下。全身を駆るために必要である筋系だ。

 無茶な肉体強化に加え、それでさえも無茶だと言える超重量の武器を身体を気遣わずに使用したことが原因とされている。

 身の丈ほどの大剣だ。さらに軽量化など考えすらしなかったであろう、岩に鋼鉄の柄を突き刺しただけの造り。頑強で力強く、切れ味も関係のない凄まじい破壊力を誇るソレだが、欠点があるとすればその取り回しにくさや重さだった。

 確かに身の丈ほどの武器は出回っているし、身の丈の数倍はあろうかという武器もある。彼と同じ体躯でそれを扱う者がいるのも事実だが――彼はそれに適した人間ではない。

 故に現状に至ったのだ。

 そして、肉体強化による幾度とも無い死滅と再生の繰り返しによって、いくらか神経も狂っている可能性があると、受け持ちの修道女は言っていた。正確な判断はジャンが目覚めなければわからないが、あまり楽観視は出来ない、とも。

「変わっていない、と言うのかな」

 ユーリアはジャンを見つめながら、ぽつりと漏らした。

 そもそも、彼の過去は知っているが、彼がその過去でどういった人間なのかは詳しく知らない。それなのに知ったふうな口を利くのはいささかはばかられたが、思わずそう言ってしまう。

「全く――だが、私も変れたかな?」

 十六歳の夏――彼と出会った日の事を思い出して、考えた。

 あの時代はまだ騎士の適齢が十五歳以上というハードルの低かったから、彼女は持ち前の身体能力と魔法で騎士となることができた。

 あれから八年が経過して……戦闘面の実力は確かに上がっていると言ってもいいだろう。お陰で以前は精鋭部隊たる第一騎士団の特攻隊長トップアタッカーを務めていたし、今ではその功績から前線を引くことが許可された。

 だが人間的にはどうだろうか。

 彼が尊敬してくれた自分のままで、あるいはそれ以上で居られただろうか。

 しかし、ジャンも成長して見方というものが変わる。それでもまだ、同じ感情で居てくれるだろうか――。考えて、それが虚しいことだと首を振る。

「私という奴は」

 最近は特にジャンを気に掛けているような気がする。

 理由は、彼に魔法がない事が判明したからだ。

 そして彼がこうなった理由は、そういった事が原因となる自暴自棄からの暴走……というのが推測だし、間違っては居ないように思える。そういった人間らしい部分がなければ、むしろユーリアは距離を置いているだろうと、彼女自身思っていた。

 もしそうならば、自分より卓越した存在になっているからだ。もはや見守り世話をする必要など無い。

 だが違うとなれば……。

「スティール。これから、忙しくなるぞ」

 彼の処遇に、さらにいつ来るか知れないヤギュウ帝国の侵攻。

 一応、彼はその訓練部隊に編入される予定だったのだが、この調子では除名せざるを得ないだろう。少なくとも全身の筋肉が断裂しているようでは、魔法とクスリによる治療を続けていたとしても長い時間がかかるし、ケガをする以前のようにしっかりと治るとは限らない。

 治ったとしても、その後はリハビリ生活だ。まだ九月だが、今年中に完治するような怪我ではないことくらいは、医療に明るくない彼女でも良く分かった。

 ――彼女はそれだけ告げると、修道女が戻ってくるよりも早く、その場を辞した。



「えー、ありえないでしょ? だって、会ってる以前にすれ違ってるのすら見たことないけど」

 タマは不敵なラァビの発言に、うっそだーと大きく身体を仰け反らせて首を振る。今回の救出作戦に参加したアエロやエクレルならまだしも――と続ける。

 だがラァビは頑固として彼女のセリフに首を振った。

「でも、ジャンが尊敬してる騎士は彼女だって言ってたし」

「――好きだって?」

 そう口を挟むのはボーアだった。

 ラァビは肩をすくめて、首を傾げる。

「恋愛感情は知らない。でも、騎士を目指した理由はそうだって」

「ははん、だからね。だから、”そう”なのね」

 何かを納得するように、タマは顎に肉球をやってなるほどと頷いた。

「好きなのよ。だから、いくらあたしとか、他に魅力な女の子が居たって見向きもしない。純なのよ!」

「ただの奥手ってことじゃ?」

 再びボーア。

 タマは視線を移し、首を振る。

「ジャンが奥手? んなワケないわよ。すっごいバカか、鈍感ってならまだわかるけどね」

「そ、そうなの、か?」

「そうよ、そー。だってあたしなんかさ、一回殆ど”誘われ”てんのよ。相手その自覚ないのに! もー、信じらんないったらありゃしない」

「ヘンな病気にかかるのがヤになって、やっぱりって考えなおしたんじゃない?」

「ちょっ、病気ってなによ! ビョーキって!」

 悪戯な笑みを浮かべるラァビへと、タマは思わず食って掛かってその顔面に肉球を叩きつける。

 ラァビはそれに抵抗しながらじゃれあって、そのまま寝台から転げ落ちて行って――。

 その始終を眺めていたボーアは、肩をすくめるように溜息を吐いた。

 ――自分がこの国の中に入る事に何のお咎めもなかった事に驚いたが、しかし……平和だ。

 彼女はしみじみそう思って、頷いた。

 これこそが幸福というものなのかも知れない。最早懐かしくあり、そしてもう二度と手に入れることができない、ごく普遍的なあの生活を思い出しながら彼女らを見守った。

「いいな、こういうのも」

 顔を上げれば、寡黙を貫くノロと視線が交差する。

 彼女はボーアのそんな言葉に同意を示すように頷いて、薄く微笑んだ。

 ボーアもそれに頷き、微笑返して――。

 あの死闘が嘘のように、穏やかな日々が、ごく自然的に、あの延長線上で開始した。

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