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捜索

「ここの地理に詳しい者、名乗り出なさい」

 アエロはテポン、サニーを伴って、彼が雇用を登録していた冒険者ギルドへと出向いていた。

 扉を強引にこじ開け、そして中の酒気にも動じず、玄関の前で声高らかにそう告げる。

 そういった怒声じみた言葉に、中で酒を嗜む多くの男達は思わず息を飲み、そして彼女が騎士たる鎧を眼にすれば、一様に背筋を伸ばして酒瓶、あるいはジョッキから手を離してアエロへと向き直った。

 ――地理に詳しい者。

 つまりここで高らかに手を挙げれば、瞬く間に拘束されて案内役となること請負だ。給金は得られるだろうが――そんな胃に無数の穴が空きそうな仕事など、どれほどの金を積まれようが嫌だった。

 だから彼らは、ごく自然的に、そんな状況でもお構いなしで酒瓶を逆さにしてぶどう酒を飲み干す一人の女性に視線を送った。

 あのずぼらな女なら大丈夫だろう、と。

「こんなに居て、さらに冒険者も居る筈でしょう!?」

 そして外界から来た冒険者だ。実力も申し分なく、それ故に幅広い仕事をこなしている。そうすれば、自然的に領内の地理は概ね把握できているはずだ。

 そういった視線が、一様にまとわりつく。

 ――ラァビはそんな気色の悪い眼に思わず背筋に凍える不快感が走って、手を止め、辺りを見る。すると、それまで楽しそうに酒を傾けていた男たちは、何か縋るような目付きで自身を見つめていることに気がついた。

「な、なによぅ」

「騎士さまが道案内しろだとよ」

「はあ、騎士さまぁ?」

 一つの空席を挟んで呑んでいた男が玄関を指さして伝える。彼女は言われるがままに視線を向ければ、確かに立派な鎧に身を包んでいる、鳥人ハルピュイアの騎士が立っているのが良く分かった。

 そしてその傍らには――最近は信頼できるようになってきた相棒ジャンの妹分であるサニー・ベルガモットの姿。

 最近音沙汰無い彼の事を考えれば……ジャン・スティール関連か。

 彼女はその二つを適当に直結させると、

「せめて何とか言ってよ!」

 泣きべそをかこうとするアエロへと、元気よく跳びはねるように立ち上がって手を挙げた。

「はいはい! その仕事、あたしが請け負ったッ!」


「――ッて、ばっかじゃないの!?」

 簡単な手続きを踏んでから、一行は外に出る。ギルド通りと名付けられる、無数のギルドの館が並ぶその通りを抜けて手近な喫茶店に入ると、さっそくアエロから詳細な説明が入ったのだが……。

「ば……ちょっと、騎士に向かってバカは――」

「手がかりも無し、既に何日も経ってる。それで、外に出てったジャンを探せ? アンタ達はだからバカにされんのよ、給金の割には全然働いてないって! 普通、そんなんなら人海戦術で探すでしょ!? 理由はいくらでもでッち挙げられるっていうのよ!」

「そ、そんな人員は――」

「この平和な国で、あんたらは歩哨に何十人割いてるわけ? しかも待機してるのだって相当いるでしょ? 何のための軍事予算よ、ふざけんじゃないわ。来年から半分あたしが仕事するから、予算の半分をちょうだいね」

「あ、あんたね――」

「口答えする暇があったら予測ルートと、あんただってその立派な翼で調べたんでしょ? なにか形跡。話しなさい。いっつも事務仕事デスクワークしてなまってるあんたの仕事を、健気に働いて頑張ってるあたしが請け負ってやってるのよ。せめて必要な情報くらい提示しなさい」

 アエロはすっかり気圧されて、負けたと言わんばかりに肩をすくめた。

 正直な所、ラァビの正論の嵐は今日まで一生懸命頑張ってきた自身に対する罵詈雑言にしか感じられなかったが――そしてまた正直な所、そんな発想があったのか、という驚愕が半分を占めていた。

 追い詰められていた感覚ばかりで自覚はなかったが、そのせいで思考が一点にとどまっていた。そう言い訳をしたかったが、また責められるだけだ。騎士なのに、そしてもうこの歳でこんな一方的に怒られたくはなかった彼女は、素直に、机上に一枚の紙を載せる。

「なにこれ、ゴミ? ゴミはゴミ箱に――」

 冗談めかしく言いながら、近辺の地図が手書きで描かれている紙を手にとって、彼女はじっくりと舐め回すようにそれを見る。前側に垂れていた耳はピンと張って、耳でしっかり興味を持っていると返事をした。

「バツ印が、ここ数日間で大きな変化があった場所」

「一つしか無いけど」

「そこで戦闘があったとしか思えないのよ。道を塞ぐ隆起現象に、凍結現象。散らばる骨の破片から、異種族が居た形跡もあった。だけど今のジャンくんの実力で、正直あの隆起は再現できない……はず」

「なら無関係の他者による行為。あるいは、その場にジャンが居合わせたと考えられるわけね。それで?」

「……それで、とは……?」

 アエロのとぼけた顔に、ラァビは思わず紙ごとその平手を机に叩きつけた。

 盛大な打撃音と共に、みしり、と机が悲鳴をあげたのを、アエロの隣でオレンジジュースをストローで吸っていたサニーは椅子から弾むように驚きながら確かに聞いていた。

「ばっかじゃないの!? なんでそんな重大な証拠を見つけといて――チッ! まあいいわ、それで、この地形の変化はいつ頃見つけたの?」

「……ごめん」

 心の底からの謝罪ではなく、少しおどけたように肩をすくめて、顔は半笑い。混乱しきった頭では、その態度が何を引き起こすか、彼女には予測できなかった。

「……この鳥頭。一回ぶん殴って治してあげようか?」

 ラァビは珍しく満面の笑みを浮かべていたが、既に外套の袖に手を通して収納可能な鋭い鉤爪を突き出して眼前に引き上げていた。

「い、いや……だけど安心して! かっ、身体が、身体がさ! 身体が覚えてるから!」

 殺気によって正気に帰るアエロは慌てたように翼をばさばさ広げてわたわたと振れば、周囲に彼女の羽根が抜けて周囲に散ってしまう。店主はカウンターの奥から心底迷惑気に思いながらも、彼女はそこまで気を回すことが出来なかった。

 そして立ち上がり、銀貨を一枚机に残す。

 アエロはそそくさと出口に向かいながら、

「ほら、ラァビ! こっちこっち!」

 額からだらだらと流れる脂汗をそのままに、彼女は素早くその場から辞した。

 呼ばれた彼女はやりきれないといった風に肩をすくめて、後に続く。そうしてすぐ横に並んだサニーの頭を軽く撫でて、

「安心して、家に帰ってなさい。ジャンはあたしが連れ戻してくるから」

「……約束、ですよ」

「そうね。約束」

 小指と小指を絡めあって、小さく握り合ってから手を放す。

 彼女はそれで満足気に頷いて、喫茶店から外に出た後、ラァビに大きく手を振って家へと帰っていった。


「はっはー! 爽快爽快っ! って……あれっ?」

 景気よく空を飛んでいれば、それまで足に掴まっていたラァビの悲鳴や悪態が不意に聞こえなくなっていた。

 慌てて旋回。下方を見れば慣性に律儀に従って、これまで進んでいた方向にそれまで進んでいた同じ速度で落下しているラァビの姿が見えた。耳を澄ませば、絶叫さえも聞こえてくる。

 急降下。その頭を虚空に突き刺すように斜め下へと向けて、翼を身体に沿わすように流線型に。風を流し空気抵抗を現象させれば、落ちる速度はラァビを容易に上回る。

 馬車のように落下中の彼女に横付けし、背中を蹴飛ばすようにして強引に鳥足で身体を掴む。それから不意の拘束によって落下の勢いが四肢を力いっぱい外側へと投げて――身体はくの字にへし折れ、ラァビは喉から生気を吐き出しながら意識を手放した。


「――このくそバカッ! あんた、本物よ、お馬鹿さん……」

 先ほどまで呑んでいたぶどう酒を道の端に吐き捨て、口から鼻腔に物理的に突き刺さる刺激臭をまき散らしながら、口の端から垂れる唾液を拭う。四つん這いになりながら、素知らぬ顔で辺りをうかがうアエロを睨むが、話にならないと嘆息して立ち上がった。

「にしても、ここがそうなのね」

 大きく息を吐いて周囲を見渡す。

 そこから少し離れた道は、舗装されたばかりのように、異様なまでに綺麗だった。

 ジャンが失踪してから三日……それほどの時間があれば、魔術の影響で変異した大地も、そう激しいものではないだろうからすぐに直せるだろう。そして直さなければ外からの来訪者が立ち往生してしまうのだ。

 だから、この現状は仕方ないが……。

「三日か。誰かに保護されてればいいんだけど」

 この付近に人里や村はない。ここからどこに行ったかを探すのはかなり骨だ。

 これほどまで手詰まり感を覚えたのは久しぶりである。もっとも、やる気になれば虱潰しにでも頑張れるが――騎士がこんな調子では。

 再びアエロを一瞥して、また深い溜息。

「な、なによ!」

「バーカ」

「な、なん――ラァビ、あなたに言われたくないわよ! 騎士である以上、私の方が上なんだから!」

「あたしはこんなバカにもバカにされてるのか……死にたくなるわ」

 頭を抱えて髪を掻き毟る。

 こんな事をしている場合じゃないのはよくわかっているのだ。もしかしたら死んでいるかも知れないし、元気にどこかでやっているかもしれない。あるいは急げば見つかる場所で、困窮している可能性さえある。

 だから、今は少なくとも彼が元気で無事である事を祈りながら、危機に瀕しない内に保護しなければならない。

 仮にジャンが新たな生活を築き始めていたとしても、こんな周囲を不安にさせ心配にさせてから出来上がる生活なんて、個人的に許せるものではない。だから、何があっても、連れ戻してもまた外に出ていくとしても、一度は街に戻さなければならない――それが決定事項であり、最優先事項でもあった。

「まあいいわ」

 彼女は首を振ってアエロのペースに飲まれぬよう意識を変え、短く息を吐く。

「あんたは道なり森の方に。あたしは西こっちに行く。明らかに何も無さそうだったら東に向かって。あたしも向かうから」

「うん、了解……って、なんであなたが指示を出してんのよ!?」

「うっさい、さっさと行って」

 向かってくる彼女の肩を掴んで方向転換し、そのまま背中を突き飛ばして森に向かわせる。

 それを見送ること無く、ラァビはそそくさと草原を突っ切るために走り出していた。


 草原を抜けると、針葉樹の乱立する湿原が広がっていた。

 野生動物がのどかに草をはみ、ヤギや小動物の姿が目立っている。異種族の気配は無く、また人が頻繁に立ち入っている様子もない。このまま西にまっすぐ進んでも街や村、集落があるという話は聞かないし、これ以上行っても無駄だろう。

 だが、これほどまで野生豊かな地がまだあったとは――大切にしなければならない。

 彼女は感心深く頷いて、少しばかりその光景をみつめていた。

 近頃は、この世界でも野生と化して繁殖する異種族に自然が食い散らかされているのだ。弱肉強食に無理やり割り込んだその存在は、さらに辺りの生態系も一様に変化させている。もっとも、殆どの野生動物が絶滅しかけているという話ではないが、これを看過すればいずれそれが実現することは確実だった。

 単なる野生の動植物が、溝から向こうの力を持っている異種族に太刀打ち出来るわけがない。だから現在では溝に門扉ふたをして自由な行き来を防いでいるのだが、その間に世界になだれ込んできた異種族の数は予想以上に多かった。

 ともあれ、早い内に対処しなければならない事柄だったが――だからといって早急に対応して、すぐにどうこうなるわけではない。

 この問題には長き時間を置いて処置する、というのが国の方針で、確実だろうと彼女も思えていた。

「……あのバカも心配だし、もう戻るか……」

 良く騎士なんかになれたと思いながら、彼女は踵を返して草原へと足を向けた。


「……結局コロンまで行ったけど、ないわね。手がかり」

 低空飛行で周囲をくまなく観察したが、夕方ということもあって人影はひとつもない。何らかの形跡すらなく、彼女は仕方なしに引き返していた。ついで空からさらに、指示された通りに西へ向かう。が、しばらくすればまた濃密な森があった。その遥か向こうには巨大な岩盤があって、その岩盤は真ん中に亀裂を入れて――そこを中心に街が展開している。

 そこは噂の鉱山都市だ。距離にして、飛んで一、二時間。歩けば二、三日というのが彼女の大雑把な計算の結果だった。

 しかし、何の装備も無く森を抜けて何の支援も無しに飲まず食わずで向こうへと行くのはかなり困難だ。

 近くに人里はもちろん、民家の一つもない。

 ならば、やはり森に迷い込んで遭難しているのだろうか――そう考えて、草原を越えた先にある濃密な森に視線を向けた所で、彼女は木々の薄いすこしばかり開けた位置に、廃屋に近い外観の納屋を一軒発見した。

 ――ボロボロだ。

 だが、近くに大きめの樽や、水を貯めてある巨大なかめがあった。

 さらに納屋に吊るされるようにされているイノシシ。そして近くに、使用されたばかりなのだろう刃物が無造作に置かれている。

 明らかに人が住んでいる様子だった。

 ラァビに相談してから行こうか――そう考えて、上空を旋回しながらアエロは首を振った。

 これでは行動の緩慢さからまた怒鳴られてしまう。あんなにバカバカと怒鳴られたのは初めてだから、もうイヤだった。

 私はバカじゃない――心のなかで叫ぶのと同時に、彼女は先程の急降下よろしく円を描く旋回をしながら、徐々に地上へと近づいていった。


 やがて着地し、大きく深呼吸をする。

「あのー、すみません!」

 胸いっぱいに吸い込んだ息を吐き出して声を張る。納屋に向かって言ってみるが、暫く待っても反応がない。

 今は留守なのだろうか。

 彼女は考えて、扉に近づいた。

 コンコン、とノックを試みる。

 が、やはり反応がない。

「し、しょうがないわよね……?」

 肩をすくめてから、彼女はドアノブを捻って強引に中へと押し入った。

 ――そして視界に飛び込む空間。

 いくつもの家財が並び、寝台や、テーブルなど、完全に人が住んでいる様子がそこにはあった。が、やはり本当に留守であるらしく、人は中には誰も居なかったのだが。

 彼女は中に数歩立ち入ってから様子を伺い、それから何事もなかったようにそこを出る。

 それから今度は周囲を見回して……首を振った。

「まったく、どこに居るのよ……もうっ!」

 彼女は力なく肩を落としてから、高く飛翔。

 そうして、間もなくその場を後にした。



「だめだめ、全っ然居ないわよ」

「ええ、こっちも同じく」

「まったくもう、あの子はどこ行っちゃったわけ? 拉致でもされ――」

 アエロは嘆くように漏らして、そうして己が口にした言葉に、はたと気づく。

 拉致。

 近日中に、ヤギュウ帝国がこの国に攻め入るらしい。もしこれが真実であるならば、この地形を偵察に、どう攻めて来ようか調べに来る可能性がある。

 もっとも、以前村を滅ぼした際に侵入した部隊がその役割を果たしていたならば話は別だが――その可能性は十分にある。

 もしジャンが運悪くそれと接触して、口封じに殺害されていたら。あるいは情報を抜き出すために連れ去られていたら。

 なぜ思いつかなかったのだろうか。

 この状況下で、もっとも危惧すべきことはそれだったのではないか。

「……なに、どうしたの? 今言おうとしたことも忘れたの?」

「ち、違うわよばかっ!」

 神妙に冷え切った頭が、茶々が入って加熱する。

「あ、あのさ。これはたとえ話なんだけど――」

 そうして、明らかなまでに見え見えであるたとえ話を、彼女はラァビに言った。

 まだ確定したわけではないという念を押して、彼女が知る事と、伝えるべき事をしっかりと区分して、必要なことだけをラァビに渡す。

 そうすると彼女の顔つきは見る間に変わってきて、そしてアエロの言葉が終わると共に、怒りとも嘆きともつかぬ表情でアエロを見つめた。

「そうね。もし接触した可能性っていうのがあるなら……」

 自分の国だったら、まず”ただ”では済まないだろう。

 彼女はそう思ったが、敢えて口にはしなかった。それはアエロとて重々承知なものだろうと思ったからだ。それを重ねるほど、口にして彼女を無駄に不安にしてやるほど、ラァビは無粋な女ではなかった。

「三日の時間は長いわね」

 初日ならまだ見つかっただろう。

 二日目だって希望は残っている。

 だが三日となれば……休まず移動すれば国境まで辿りつける時間だ。捜索範囲は広大で、そして彼が近くで隠れているとしても、誰にも見つからぬような場所を見つけるには十分過ぎる期間である。

「うん。……ごめん」

「いいわよ。ともかく、今日は帰りましょ? 日が暮れたら見つかるものも見つからなくなる。また明日、朝一で外に出ればいいわ」

 出会った当初よりも随分と幼く見えてしまうアエロの頭を撫でてやりながら、ラァビは様々な思惑に駆られて頭を動かした。

 ――彼女が見つけたという戦闘現場は、恐らくその”偵察兵”と戦闘した結果なのかもしれない。凍結と言うならば、そういった魔術が使用された証拠だ。

 氷雪系の魔術は北方出身の者ほど得意とする。理由としては、弱点属性となる火焔でないのはそういった魔術を使用するに適していない環境だからだ。だから環境を最大限に活かして、本来ならば会得できない程の特性レベルの魔術を身につける。それが最も適当な判断であり、王道セオリーでもあった。

 一撃で敵を打倒しようとするならば、自身の最高峰の力を以てして対峙するのはごく自然な事である。

 もしそこで怪我でもしたならば、血痕を彼女が見逃すまい。だが、氷が残っているというのに、彼女は血を見なかった。魔術による氷の自然的な融解は約半日というのが一般的だが、”最高峰”となれば一日ほど保てていてもおかしくはない。

 そしてあの位置は、アレスハイムからそうそう離れた場所ではない。

 状況説明によれば、彼女と”魔法の話”をした日に失踪したという話だ。ならばあれほど騎士という職、存在に夢見て憧れた少年が、あと少しでそこに至れた彼が、不意にその資格すらも失ったとなれば――そのショックは計り知れない。

 ならば情緒不安定からの精神暴走によって街を出たのだろう。そして城壁に最も近い建造物の屋上を殴り飛ばして外に出たという推論から、もはや肉体強化魔術パワー・ポイントが使用されていたのは明白。

 そして彼女が確認したあの魔術による肉体強化率を鑑みれば、街からあそこまではおよそ二時間。時刻にして午前一時に、偵察兵と接触したことになる。

 アエロがその形跡を発見したのが午後として――接触から約十四~十六時間後。

 伺えたのは異種族のどす黒い血液や、見たこともない緑黄の液体というだけの話だから、ジャンの被害は無しと言える。

 問題はその後だ。

 その十五時間前後で、彼はどこに行ったのか、あるいはどこに連れ去られたのか。

 ――ようやく過程が見えてきたが、重要な結果ばかりは闇の中だ。

「まったく、頭がいたいわ」

 帰路につきながら、ラァビは嘆息混じりにそう漏らした。

 なぜ自分が、こんな探偵まがいな事をしなければならないのか。

 居なくなってしまったものは仕方が無いのだ。形跡がなければ尚更、探す術がない。

 だが――また今夜にでも外に出て、調べてみよう。

 彼女はそう考えながら、また大きく息を吐いて、当分はゆっくり眠れなさそうだと、空を仰いだ。

 空はすっかり朱にそまり上がって、季節的にも、夜の帳が落とされるのも時間の問題だと思われた。

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