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触手プレイ ~学校の七不思議2~

 一日はまだ終わらない――ジャン・スティールは、学校が始まったからまた組合ギルドに疎遠になるだろうからと一つ挨拶をしてこようと考えていた。

 だからトロスの誘いも、依然として何かを言いたそうにしているクリィムに心を痛めながら無視して、軽快な挨拶と共に用事があるからと先に帰ったラックを見送りながら、廊下へと出たのである。

 サニーは変わらずお馴染みのメンバーで寄り合い、今ではすっかりジャンはハブられてしまっていた。カールはカールで本当に心地よいほどに適当な距離を開けてくれるから帰りを誘ってきたりはしないし、それ故に、ジャン・スティールは颯爽と昇降口までやってきたのだ。

 在校生の総数が百未満だから、昇降口からバラバラと帰宅する生徒の数は決して多いというものではなかった。だが楽しそうに、夏休みの空白を埋め合うように騒ぎ立てて、あるいは笑い合って話せばざわめき喧噪がひしめくのはやはり必然だった。

 ――ジャン・スティールはその瞬間、にわかに時間が停止したと認識した。

「おのれ、ジャン・スティール」

 数歩手前で、怨念深く呟く姿があった。

 鮮血のような深紅に染まるワンピース。だというのに、彼女の腰まで伸びる髪は透き通るような銀髪だった。睨みつける瞳は琥珀。華奢な肢体は、それ故に少女然としていた。

「遊んでくれると、言ったのに」

 反芻するように目をつむり、大きく息を吸い込む。そんな彼女の姿を、周囲はまるで認識はおろかそれ以前に――知覚すらしていないような風ですぐ傍を通りすぎていった。

 まるで、ジャンと彼女、ノロとを繋ぐ直線上はまるで別の空間、あるいは奇妙な隔壁によって隔てられ一切の干渉を許さぬ仕様ようになっているのかもしれない。そう錯覚するほどに、辺りは彼らに一切の興味を持たぬように無視を決め込んでいた。

「うそ、つき……!」

「の、ノロ……?」

「ずっと待ってた」

 喉元に刃が突きつけられたかのような、明確な殺意。彼女の瞳は鋭くジャンに突き刺さり――初めて人の殺意というものを受けた彼は、その異様な感覚に指先すら動かせずに硬直してしまった。

 まるで心臓を鷲掴みされているかのような不快感。それに勝る、無力感。息遣いにすら気を遣い、額から脂汗が吹き出るのを自覚する。

「許さないから」

 彼女は笑った。

 それは、悲しいことに初めてジャンがみた満面の笑みであり――その表情は、狂気以外の何物でもなかった。

 ノロがそう告げた次の瞬間。

 にわかに、足元の感覚が鈍くなる。固く踏みしめていたそこは黒く染まり、感触は腐葉土のように酷く柔い。

 その感覚に、ジャンは思わずうつむいた。己の足元を確認する刹那、その地面から、不意に何かが付き上がっているのを彼は見た。鋭い四本の、棒状の異物。それはまるで各々が意思を持つように、身体にまとわりつき、その柔く軟体であるその身を最大限に活用して、ただ四本ばかりの触手は、瞬く間にジャンを簀巻きに仕立て上げた。

「な――っ!?」

「続きは、お部屋で」

 そう告げる言葉を最後に、ジャンは地面の中に引きずられるのと共に、ひ弱な意識は間もなく途切れてしまった。


 腐った肉を放置したような腐臭。それを部屋に撒き散らし埋め尽くしたような鋭い刺激臭が鼻腔に突き刺さり、故にジャン・スティールの意識は急浮上する。

「う……ここ、は?」

 耐え切れぬ懐かしの匂いに、思わず口元を覆おうとして、両腕が何かによって拘束されていることを知る。顔を向ければ、その薄暗い空間の中で、空中に持ち上げられた己の肉体を認識した。四肢は四方から伸びる触手に掴まれ、強靭な力で引っ張り上げられている。

「ここはわたしの部屋」

 気がつけば眼下で、見上げるようにジャンを眺めていたノロが告げる。

「わたしの領域テリトリー

 続くように、別の方向から同じ声が聞こえた。

「わたしだけの空間ばしょ

 同様に、その声は少なくとも視界内にいる彼女が紡いだ様子はない。

 彼女の、外での活動制限時間は二時間だ。しかしこの部屋の中であればそんな制限は無いし――そもそもジャンが名付けたノロという存在が複数存在できる場所だ。否、外でもそれは可能だろうが、そうする必要は求められなかった。

 少なくとも、現時点ではノロが三人いる。だが、その気になればこの部屋を埋め尽くすほどの数を出現させることが出来るに違いない。

「な、何をするつもり、なんだ……?」

『お仕置き』

 声が重なった。

『わたしの気持ちを、裏切ったお仕置き』

 歌でも歌うように、声音は一寸の狂いも見せずにユニゾンしていた。

「おっ――おれが、何をしたって言うんだ?」

「黙れ」「小僧」「遊んでくれると、言ったはずだ」

 切り貼りでもするように、各々はそう続ける。

「遊ぶ? そんな……」

 そんな話。

 そう言いかけて、そんなことを言ったような気もした――そう否定できない言葉に、ジャンは深く記憶に探りを入れた。

 彼女と最後にあったのはいつだろうか。

 図書館? いや、それよりももっと最近は……。

 視線を上にやり、右上にやり、キョロキョロと忙しなく動かしながら夏休みの日程を思い出す。最初はまずギルドで任務に就いたはずだ。それから、タマとノロが、ラァビと一緒にいるところを追跡してきて……。

 そして帰り際に、確かに約束した。

 今度遊びに行くよ、とは確かにジャンの言葉だった。

 ぜったい? と彼女は念を押した。彼はそれに頷いた。

 それから一ヶ月――音沙汰もなく、現在に至る。

「くそうなんてことだ! 好きにしろ!」

 おれとしたことが! 心のなかでそう叫ぶなり、彼は全身から力を抜いてなすがまま、なされるがままの準備をする。

「喜んで」

 ノロが微笑んだ。

 そして眼下より遥か手前の地面から勢い良く突き出る触手の切迫感を覚えて――それは間もなく股間を強打。

 衝撃が垂直に脳髄まで走り、意識は強引に、肉体から引き裂かれる形で失われた。



「うおおおお――っ!?」

 足元に括りつけられた触手が命綱だった。

 部屋の中心から伸びるそれは、勢い良く円を描く回転を行う。故に拘束されたジャンはそれ故に力強く振り回されていた。同じような景色が目まぐるしく回転し、眼球が圧迫されるような感覚を覚える。臓腑はすべて腹から上方向に押しやられて、血液は余すことなく頭にのぼった。

「くっ……こいつは……!」

 死ぬかも知れない。

 気がついたときには既にこの状態だったジャンは、その可能性を捨てきれずにいた。

 いかに命乞いをするか。果たして、彼女に至ってはその選択が悪い方向へとしか進まないのではないか。

 可能性は飽くまで可能性としてだが、それでもそれが存在する限りジャンを慎重にさせた。

「もっと遊ぼう」

 ノロのつぶやきと共に、不意に足を拘束する触手の圧迫感が喪失した。

 そしてその瞬間、解き放たれたジャンの肉体は滑空する間もなく壁に叩きつけられて――分厚く形成された肉の壁は、彼の衝撃の全てを吸収してくれるクッションとなって、勢い良く引き裂いて突撃してくる彼の身体を優しく受け止めてくれた。

「う、ふぅ……ノロ、おれを、どうしたいんだ……?」

「悪は処断する。それが、わたしの正義」

 次いで、他の方向からの声が紡ぐ。

「お前が悪だ」

「これまでの経験則が、そう、確信させる」

「お前たちヒトは、わたしを」

「わたしたちを、玩具か何かと、勘違いしている」

「嘆かわしいことだ」

「万死に値する」

 ――またヒトがどうとかいう話か。

 ジャンはその話題に、少しばかり全時代のヒトに恨みがましい情念を抱いた。

 彼女が異人種なのは一目瞭然だ。そしてこの地下に幽閉されていた事実を考えれば、そしてその身なりを見れば――さらに彼女の言葉から察するに、何らかの実験や細工がなされたのはもはや確実とも言えよう。

 ノロが元からこの身体なのか、あるいは元はよりまともな外見だったのか。

 出会った当初、彼女は言語を学習していた。それ故に、その学習能力の高さを認識したが――言語が変わるほどの時代とは、いったいどれほどのものなのだろうか。

 異人種が、異種族がこの世界に姿を現したのは約一五○年前。もしかしたらその最初期、あるいは、もしかしたらその”溝”から出てきた存在ではない可能性すらある。この世界発祥の、未確認生命体。小説か何かのような話だが、空の上から落ちてきた、という可能性さえ否めない。

 この学校で”呪い”と定義された彼女は一体――何者なのだろうか。

 彼女については改めて、調べる必要がありそうだ、が。

 不意に、身体に触手が張り付いた。それは肉体を埋める肉の壁から腸絨毛よろしくうねうねと出現した無数のそれらであり、それは器用に詰襟のボタンを外し、衣服を脱がしていった。

「な、何を」

「なに、この魔方陣」

 なめらかな触手捌き故に、ジャンは瞬く間に下着一枚になってしまう。四肢は再び縛られて肉壁から引きはがされた。

肉体強化魔術パワー・ポイント……古臭い魔術。肘のは……ああ、そう。なるほど、理念は概ね、理解できた。すごい良い、面白い。これは、ジャンが?」

「あ、ああ、魔方陣の、ことか? これは、ちょっと知り合いが刻んでくれてな」

「かなり出来る人。なるほど、古臭い魔術なのに、新しい考え方」

「そうか、なんだか、嬉しいな」

「ほう、なぜ?」

「おれもかなり信頼している人だからだ」

「……つまり」

 右腕を掴む触手が泡立ち、ざわついたさわり心地となる。気色の悪い感触に思わず全身に鳥肌を立てたが、触手は構わず右手首を幾度ともなくさすり、そして目にも留まらぬ一閃を走らせた。

 手首の薄皮が一枚引き裂かれ、鮮血が浮かび上がるようにじわりと滲んだ。触手はその患部をまたさすり、一部を隔離させ、傷口から内部へと侵入させる。

「ぐぅっ?! な、ノロ、何を――っ!?」

 薄皮一枚下を、まるで寄生虫が這うかのように腕から肩、そして深く沈んで体内へと潜り込む、吐き気を催す程の嫌悪感が全身から力を抜かせてしまう。

「わたしの魔術ちからを刻む――魔力でつながるから、ジャンはすごく、強くなる。それでわたしの、存在意義も生まれる」

「一石二鳥」

 彼女はそう言って微笑んだ。

 言葉と共に、彼が本来与えられていた魔力とは別の、より異質で刺々しいソレが混入するのが良くわかった。同じ魔力で、用途も同じだというのにこれほどまで明確に理解できるほどの魔力が存在するとは、ジャンも初めての感覚で、呼吸を乱し、鼓動を高鳴らせた。

「わたしは魔法を持たない」

 ――異人種のほとんどは、魔法を持つ種族だと言うのが一般的だ。

 授業では聞かない話だが、誰に訊いてもそう答えるだろうし、だからといってヒトが不公平だのなんだのと喚くことは無い。なぜならば、魔法や魔術の類は異人種がこの世界に現れてから活性化したからだ。

 魔石の存在は元からあったし、魔術や魔法という言葉もあった。だが現在いまのように、一般的に使用され利用されているわけではなく、古めかしい儀式や呪術のような、そういった存在であったのだ。

 だから少なくともこの大陸では、そういった技術や魔術などの考えが文明に影響を与えている。

 一方で、溝が無い大陸ではまるで別世界とも言えるほどに、別方向に文明を進化させていた。いつか”中佐殿”が手にしていた拳銃がその粋である。

「わたしの」

「魔術は、おそらく、図書館のようにある」

「だから」

 と、もう一人が言った。

「わたしがあげるのは、一番簡単で、ジャンの名前に相応しい、魔術」

スティールむ……『禁断の果実』を精製する魔術だけど、その効果は――」

 身体の中が熱くなる。酷く熱を持って、頭がぼーっとし始めた。まるで身体が拒絶反応を起こして、体内に潜り込んだあの寄生虫を殺そうとしているようだったが、その甲斐無く、体内での動きは果たして停止した。

 身体の表面には魔方陣も何も浮かび上がらないが、それでも身体の中で、どこかに魔方陣は刻まれてしまったのかも知れない。

 ウィルソンから与えられた肉体強化の術に、加えて右肘の――魔力を体外に放出する系統の魔術。これは、背中の魔方陣が否応なしに身体の中に魔力を取り込んでくる副作用を利用した画期的な魔術だった。

 魔力を純粋な形で放出することはもちろん、その放出した魔力を剣に注いで魔術を強化することも可能。さらに今はまだジャン自身思いつかないが、その汎用性は高いとウィルソン自身言っていたし、彼が掌に刻んだ魔方陣と同様のものだとも言っていた。

 ならばお墨付きだと、笑って答えたのが未だ印象的だったが――今、ノロによって与えられた魔術は明らかなまでに不明瞭で不安要因他ならない。

 体内に刻まれたのならば、その副作用が直接命を揺るがすことになることだってある。

 だというのに、眼下のノロは恍惚の表情で、うわついた顔で、のぼせ上がったようにジャンを眺めて講釈を垂れていた。

「――飽くまで『禁断の果実』。”齧った”回数はジャンの技量によって、変わる。おそらく、三度が限界。よく覚えておいて欲しい」

「わたしと、ジャンはつながってる」

「もっと、信頼出来るようになったら、わたしの事も、ちゃんと話すから」

「わたしを、信じて」

「おねがい」

 輪唱するように、懇願する声は多方向から聞こえてきた。

 ――しばらくすると熱も冷めて、体調は嘘のように元に戻る。

 禁断の果実は認識たものを理解たままに――云々。聞こえたのはそこまでだったが、そのセリフをもう一度訊き返す余裕は無かった。体調は全快だが、疲弊は肉体に襲いかかっていたのだ。気分は既に布団の中。今にでも横になりたいという願望が、ジャン・スティールの全てとなっていた。

 だが、もう二度と適当な返事はできない。

 ジャンは胸いっぱいに臭気を吸い込んで、力強く頷いた。

「おれはノロを信じる。もう二度と裏切らない」

 縁をきることも出来たのかも知れない。だがそうしなかった理由は――妙な魔術を埋めこまれたからということもあるが――やはり男として、少女の気持ちを裏切るということはしたくなかったからだ。

 そのせいで現在の、こんな惨状を導いてしまったのかも知れないが……今は考えないでおこう。

「それなら、いい」

「禁断の果実は、ジャンの持つ最後の手段。ジャンは、魔法を持ってないから」

「――っ! やっぱり、分かったか?」

「うん、でも、わたしだけ。普通はわからない。魔方陣で、身体に魔力を流してるし」

「そうか。……まあ、おれもこれから遊びに来るが、ノロも遊びに来てくれよ? タマも最近寂しがってるぜ」

「そうする……御意。上まで送る」

「ああ、たの――」

 む。そう口にしようとするよりも早く、今度は勢い良く彼を拘束した触手はそのまま天井に衝突して、幾度目になるか、彼の意識は消失した。



「ジャン、おいジャーン! 起きてよ!」

 ――夕方になっても帰ってこないジャンを心配して探しに来たタマは、学校の門手前で横たわる彼の姿を発見した。身体に染み付く腐臭からノロの所に行っていたことはすぐ分かったが、共に滲み出る異質な魔力を感知した彼女は、彼の身にただならぬ事があったのをすぐに察した。

 だからすぐに人型になって身体を揺さぶり、頬を叩いて意識を呼び覚ます。

 その甲斐もあってか、瞼がぴくりと痙攣して、静かだった呼吸が大きく、そして胸も見てすぐわかるように上下した。

 おそらく、ノロが暴走したのだろう。

 彼が夏休みの間も、たまに自暴自棄のように暴れまわることがあった。特に足を掴んで振り回されるのは――高所恐怖症である彼女にとっては、拷問以外の何物でもなかった。あれは良い思い出と言うか、もはやトラウマだ。

 だが、それもこれもジャンがノロの所に遊びに行かなかったのが原因だ。呑気にギルドであのウサギといちゃいちゃしながら仕事をして、帰郷なんかしているからこんな事になったのだ。

「ははっ、ざまあみろ!」

 考えていると、不満が爆発した。

 だから思い切り肉球で顔面を殴りつけながら叫ぶと、ぼふっ、と肉球に吐息がかかった。

「うぅ、な、何をするんだタマ……」

 意識が回復。それを確認次第、彼女はすぐさまネコの姿に戻っていく。

「どうせノロに痛い目見たんでしょ。ざまあないわね」

 何が起きているのか分からぬ顔であたりを見渡し、半身を起こす。彼はそれから何かを思い出したように身体を見回して、服を掴み、安堵したように息を吐いた。

 それから体を起こし、近くに落ちている手提げかばんを拾い上げた。

「ははっ、身から出た錆ってやつだ」

「まったく、そんなんじゃ、ヘンな女に引っかかっても知らないわよ?」

「もう引っかかってるけどな」

 促すわけでもなく歩き出すと、タマはそのまま飛び上がって肩に乗る。

 帰路につきながら冗談めかしく言ってみると、鋭い爪が走らずに、頬に突き刺さった。まるで強盗が人質にとって脅すような感覚だ。

「もう、あんたなんか知らない」

「――にしても」

 最近は自分の身体に、知らない力ばかりが与えられ始めている。

 肉体強化魔術パワー・ポイントに、魔力放出アウト・ルック。これは慣れれば一対として使いこなすことが出来るだろう。

 だが新しくもらったバスタードソードも、いい加減稽古をつけなければ実戦で使えない。あの重さと間合いには戸惑うものばかりだ。加えて、ブロードソードより細身であるから魔力伝達も早く、慣れていた”時間差”が大きく異なってしまう。予想より、遥かに早いのだ。

 そして未知の力となる『禁断の果実』。これについては長らく触れずに生活しようと考えているが、理解程度はしておかないといけないだろう。本当に”奥の手”を出さざるをえない状況になった時に、せめてどう使うのか、どういった効果を及ぼすのかを覚えていなければ、それはかえって自分の足を引っ張り死につなげる。

 使わずに生き延びる事も出来るかもしれないが――どうせ持っている力ならば、それがどんなじゃじゃ馬だろうと、その力を使って生き延びたい。

 彼はそうとも考えて、胸に手を当てた。

「おれはこんな調子で、大丈夫かね」

 騎士にはなれない――もしかしたら、王は全てを知っていて見守っているのかも知れない。そう考えられるが、出来るだけ楽観はしたくなかった。

「大丈夫よ、ジャンなら。どっちにしろ、今考えて、頭の中がまとまる?」

「んー、そうなんだよな。でも、考えてないと不安でさ」

「まったく」

 ふぅ、と呆れたようにタマは息を吐いて、その暖かく柔らかい毛をジャンに擦りつけた。細く目をつむり、軽く濡れた鼻先が頬に当たる。どうやら顔を擦りつけているようだった。

「頑張り過ぎなのよ。たまにはガス抜きでもしなくちゃ。学校でも、せっかくの夏休みでも、ほとんど休んで無かったじゃない」

「いや、でも楽しかったし」

「楽しくても身体は疲れるの。だから今日だって寝坊したんでしょ?」

「む……確かに」

「ま、明日も学校だから休めないだろうけど……たまには、他人ひとのことより自分の心配もなさいってことよ」

「ああ、そうだな」

 

 ――その日がきっかけになったのかは、正直ジャンにも分からない。

 だが少なくともその日以降から、放課後まれに、大地や床から触手が突き出てゆらめいているという噂が出始めたのだった。

 そしてそういった日に、ジャンが地下へとタマを連れて遊びに行くのは、殆ど日課になっていた。

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