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帰郷

 夏休みも、残り数日にまで迫り始めた頃。

 八月二五日はサニー・ベルガモットの誕生日であった。彼女はその日を決して忘れること無く楽しみにして居ながらも、それを決して悟られぬこと無く、その日を翌日に控えた昼下がりも、素知らぬ顔で自身のベッドに座ってジャンと他愛もない雑談をしていた。

 明日は友人らと海に行く予定だ。ただ遊ぶためだけにそこまで遠出するのは初めてだったし、同年代の友人とそういったことをするのも初めてだったからこの上なく楽しみにしていたのだが――。

「サニー、明日はコロンの街に行こう。たまには帰って来いって、ヴェンさんから手紙が来たからさ」

 事もなげにジャン・スティールはそう告げる。

 そんな彼に、サニーは思わず言葉を失った。

「え……あれ、だって明日は……」

「ん? 何か用事でもあったのか?」

「明日はレイミィとかアオちゃんと、クロちゃんとで海に行こうって。ジャンも一緒に行こうって誘ったのに……」

「あー、そうだったな……。どうする?」

「んー、もう、ジャンも早く言ってくれれば良かったんだけど」

 サニーは困ったなぁと眉をしかめながらも、嬉しげな笑顔を作ってぴょんと寝台から飛び降りた。

 隣のジャンは諸手を広げるようにして、

「どうするんだ?」

「みんなに言ってくる。行き先を変更したいんだけど、って」


 正直なところを言えば、みんなと遊んだその翌日に行くことも出来たのだ。

「サニーの故郷ね。すっごい楽しみよ」

 にこにこ笑顔でレイミィが告げる。尻尾の先をパタパタと振るのを見ながら、アオイは微笑んでそれに同意していた。

「確かに。私たちはこの街か、比較的近くの街出身ですが……コロンは森の向こうですものね。遠足より、ずっと遠くですし」

 しかし思ったよりも、彼女らは随分と喜んだ上に、海に行くよりも強く賛同してくれた。

 ジャンは再三、異種族モンスターが出て危険なものになると言って聞かせたのだが、結局各々はおざなりの武器を装備して集まっていた。

 クロはいつもどおり閉口しているが、何も言わずもしんがりを努めてくれるという頼もしさを持っている。ジャンが知るかぎりでは、この集団の中では一番の実力者だからいちいち注意をする必要もないだろう。

 トロスとテポンも誘ってみたのだが――さすが姉弟。二人揃って課題を終えていないという現実を目の当たりにして、四苦八苦していた。

 それ故に彼らはその五人組で南の正門までやってきたのだが……。

「すいません、門を開けてもらいたいんですけど」

「あー、悪いけどダメなんだ」

 甲冑姿の男はジャンの要望を聞くなり、指でバツ印を作って顔をしかめた。

「どうしてです?」

 首を傾げるジャンに、警ら兵は肩をすくめる。

「この間の戦闘があったろう? あれからどうにも異種族モンスターどもが興奮しているらしくてな。ギルドの任務しごとか、俺より上からの許可がないと開けられないんだ」

「そうですか……」

 口を固く結んで、困ったようにジャンは振り返る。すると、他の四人も同様に顔をあわせていた。

 まさかこんな所でつまづくとは思わなかった。たしかに、最近は警戒の頻度がやや多いかな、と感じていたし、仕事で外に出るときも何も言われなかったから疑問にさえ感じなかったが、一般人にしてみれば確かに危険なものだろう。

 溝よりやや遠い場所ならば、命からがらでも逃げきる可能性はあるが、溝に近ければ近いほどに異種族の戦闘レベルは高くなる。だからこそエルフェーヌでは実力重視だし、この国では学校を設立つくって素人でも戦える教育を行なっているのだ。

 いくらジャンが自力でコロンからアレスハイムまで来たとはいえ、学校での教育がなければそれまでと同様に苦戦を強いられていただろう。自分の、自分なりの戦い方というものさえも知らずに非効率的な戦い方をしていた筈だ。

「どうしようか」

 どうにもできない問題でもある。

 国がそう決めた時点で抜け穴はないし、ここでそれを破る程のリスクを踏む価値はない。

 ただ最もここを抜けられる可能性の高い手段を用いるのならば、わざわざギルドに仕事を申請して受諾されるのを待つ事だが――それでもいつまで掛かるかわからない。

 ならば出なおすのが一番だ。

 目配せをすると、サニーは困ったように笑って、小さく頷いた。

「しょうがないよ」

「あら――何がしょうがないのかな?」

 徐々に背景から近づいていた姿は、やがて後ろから無防備なサニーを抱くようにして現れた。

 長く白い耳をぴょこぴょこと跳ねさせながら、彼女は若干沈む雰囲気にそぐわぬ笑顔をジャンに向ける。

「ああ、ラァビさん」

「今日はタマちゃんは一緒じゃないのね?」

 残念、と彼女は軽くウィンクをしてみせた。

 レイミィらは不意の闖入者に、加えて見知らぬ人物であることに目を白黒させながらジャンに視線で紹介を要求する。ジャンは頷き、彼女に手を指した。

「ええ、まあ。紹介します。いま抱いてるのはサニーで、そっちから順にレイミィ、アオイ、クロコです」

「わお、両手に華ってやつ? 例のクラスメイトでお友達ね?」

 言いながら振り向けば、それぞれが緊張したような面持ちで頭を下げる。

「サニーです、いつも兄がお世話になってます」

「レイミィです。よろしく」

「あ、アオイです。よろしくお願いします」

「クロコだ。よろしく頼む」

 そんな各々に微笑みかけながら、一周回って彼女はサニーを離してジャンの肩に手をかけ、くるりと回る。

 胸に手を当て、自分を示した。

「どうもラァビです。一応、ギルドでは彼の相棒バディやらせてもらってます」

 口を開けば酒の臭気が鼻を突く。そしてよく見れば、手には酒瓶が握られたままであるのがうかがえた。

 また酒を飲んでいたのだ。というか、彼女が酒を服用していない場面を見たことがない。

 ジャンは呆れたように嘆息しながら、それでどうしたの? と首を傾げる彼女に簡単に言った。

「ここから出られないんです」

「あら。それじゃあ今からあたしと部隊パーティを組まない? ちょうど近くの村までお届け物があるし」

 彼女は否応無しでジャンを横切り、そのまま大股で片手を外套の外側へと回す。そうしてポケットに突っ込んでそのまま一枚の紙を引き抜き、やがて警ら兵の前に突き出した。それは任務が委託された証書である。

「それじゃ、そういうことでいいでしょう?」

 男は苦笑を漏らしながら、

「そうだな。構わないよ」

 一応それで門を開けられる。彼はそう軽く笑ってから、カラクリ仕掛けの門をボタン一つで開けてみせた。



 ラァビは出てから程なくしてある分かれ道で別離した。

 もとから戦力に入れてなかったから異種族と対峙した場合を考えていなかったが、簡単な助言を元に隊列を構成し、そして出来るならば倒しきらずに逃げるのが一番だとも言われたことを胸に刻んでいた。

 敵を倒しても一銭にもならないし、毛皮や肉を剥いで持ち帰ったとしても、毛皮はともかく肉は悪くなってしまう。そして解体の技術がなければ毛皮も上手く剥げないし、そもそも荷物を多くするのは得策ではない。

 仕事でない限りあまり遭遇したくない連中だよ、と以前愚痴っていたことをジャンは思い出した。

 ――異種族モンスターはその本能的に備える高い戦闘能力に加えて、圧倒的な量にその強みを持っている。倒しても倒してもまるで消耗品を補充するように増えるし、ヒトが手を加えていない場所では常に集団で行動する。単体で出会えれば、それがまず幸運であると言えるだろう。

 だから厄介だし、昔は殲滅を軍が掲げていたらしいが、いまではその”せ”の字も聞かない。そんな事に尽力するならば、死傷者を少しでも減らすために軍事力を高めようと言うものに成り代わっていた。

 そしてそれを元にして創られたのが、騎士という部隊だ。魔法を持ち、実力の高い精鋭部隊。それを量産することで、今はそれらに対処している。

「ねえ、ジャン?」

「ん、どうしたんだ?」

 隊列はやや崩れて横に広がっているが、ジャンとクロコに三人が挟まれていることに変わりはない。

「レイミィが、お昼ごろにはつくの? って」

「ああ」

 ジャンが振り返ると、レイミィは疑問そうに頭をやや傾けた。

「どうなの?」

「そうだな……大体半日くらいだった気がするが」

「ならお弁当持ってきてよかった」

「ですね。早く着いたら、勿体無くなっちゃいますもんね」

 背負った荷物に視線をやって、アオイが微笑む。

 そうだな、とジャンも同意して――それから暫く歩いて異種族の気配も無く、森を抜けた見通しの良い平原で、昼食の提案をした。


 具材が豊富なサンドイッチ。おかずが多様なおにぎり。それらは、意外にも緊張していたお陰か、それとも久しぶりの遠出だからか随分と空腹していたお陰で、ものの数十分で平らげられてしまった。

 出発は短い食休みの後だったが、腹ごなしの運動はその直後に強制参加させられる羽目となる。

「まったく――幸先が悪い」

 ジャンが悪態をつくように腰から剣を抜く。同時にクロコは構え、レイミィとアオイは即座にクロコの近くへと退避した。

 彼らが待機した場所より十数歩分手前に、狼の群れが現れたのだ。しかしそれは単なる狼ではなく、より凶暴でより獰猛でより凶悪な異種族のそれだった。

 総数五体。

 より一般的に確認される平均的な群れの数だった。

「グルルルル……」

 唸り声が耳に届く。

 サニーは弦を弓に張り、手早く弓を使用できる状態に構成した。背負う矢筒から三本の矢を引き抜き、その内の一本だけを構え、力一杯弦を引く。

 狼は彼らの姿を認知し、左右に散りながら、その中の一匹が正面か大地を駆る。迫る。肉薄する。

 ジャンは軽くサニーの頭に手を乗せながら、短い深呼吸を促した。

「狙いはそのまま。おれがこのまま走りだすから、思い切り横に跳んだ”瞬間”に放せ。クロコは左を頼む!」

「了解」

 ジャンは簡単にそう告げて走りだす。クロコの返事が聞こえたのは、早くも彼女らから数歩分遠ざかってからのことだった。

 ――走りだしてから距離が縮まるまで、そう時間がかかるわけではない。

 時間にして僅か数秒といったものだ。だから、ジャンは目の前の狼へと走りだしたその直後に、右方向へと力一杯大地を弾いて回避した。狼は大口を開けて牙を向き、強い酸性の唾液をまき散らしながら襲いかかった。が、その口は虚空を噛み砕き、勢い余って前方へと体勢を崩した着地をする。

 その頃になるとややずれたタイミングで穿たれた矢が飛来し、間髪おかずに狼の眉間に突き刺さった。サニーは構え、さらに発射。発射。発射。ひるんだ狼へと、総数五本を叩きこむ。四肢に、右前足の付け根にある心臓へのダメ押しは、果たして効果的だった。断末魔を挙げることもままならず、狼は唾液を粘り気の強い鮮血に変えて大地に沈む。

 生体反応は、完全に失せていた。

 よくやったと、ジャンは魔術反応に刀身を輝かせ唸らせながら、胸の中で褒め称えた。

 随分と成長したものだと思う。

 先ほどの狼同様に頭を丸呑みできそうなほどに大きく口を開ける狼の、その口の中に切先を突っ込んで切り上げる。すると高速振動する刃や骨の抵抗などまるで無いものとするように完全に無視し、手応えなく切断。背半ばまで飲み込まれた刃は、そのまま肉を裂いて骨を断ち、毛皮を引きちぎりながら大気にその身を晒した。

以前まえは、あんなに怖がってたのになぁ……」

 鮮血が辺りに撒き散らされる。それでも構わず畏怖せず本能のままに、背後に回りこんだ狼は高く跳んで首筋へと飛び込んだ。

 ジャンは振り上げた剣をそのまま頭上に突き上げ、姿勢をやや崩してそのまま背後へと倒れこむ。剣戟は半円を描き、間もなくその血に濡れた刀身は超振動しながら迫る狼の頭頂部に叩きこまれた。

 まるで溶けたバターのように頭部は肉の焦げた匂いを振りまきながら真っ二つに両断されて、頭が縦に別れて崩れる。内容物は、狼がジャンの脇の地面に倒れたのとほぼ同時に零れ落ちた。

「やれやれ、おれも少しは強くなったかな……?」

 振動する剣を振り払って血糊を飛ばす。それから魔術を止めれば、手には振動の痺れがやや残るのが良くわかった。

 狼の毛皮で血を拭き取ってから鞘へと剣を収める。

 振り返れば、同様にクロコも戦闘を終えたばかりらしかった。

 辺りは血の臭気が一層濃い。このままでは、この匂いに興奮した異種族がさらに寄ってくることだろう。足の遅いそれらならまだいいが、今回のような狼などならばややキツい。

 ジャンは短く嘆息をして、

「助かった、クロコ」

「構わん。それより……」

「ああ、そうだな。少し急ごう、あと二、三時間で到着する行程だから少し無茶が利く」

 ジャンの平然とした冷静な指示に各々は頷き、歩みを進める彼の後をついていった。

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