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おつかいとご褒美

「オクトにおつかいを頼まれたのでしょう? なら、わたくしのおつかいも頼まれて当然でありながら、断る道理などありはしない筈です」

 もう一人のお手伝いさんである彼女は、稲妻のような黒い刺青を額から鼻筋と流し、また十本もの白い触手を頭から生やし、ひとつだけの眼球でぎょろりとジャンを睨んでいた。

 身体は辛うじてヒトのようなものだったが、下半身から癒着する袋のような皮膚は、蛇族のように下半身を飲み込むようにして居た。その姿は、やはりヒトというよりはイカに近い。そんな彼女は、やはりイカ族の女性だった。

 移動方法は主に触手を利用しての歩行だし、多くの行動はそれに重点を置いている。始めてみた時はさすがに度肝を抜かれたが、今ではずいぶんと見慣れている。

「構いませんが……」

「なら頼まれてください。本屋さんに行くのでしょう? ついでにこれから頼む本も買ってきてください。お代はこれです」

 彼女は指先でピン、と弾いた銀貨を、落ちてくる最中に叩き落すような手さばきで手中に収める。ジャンの手をとってそれを押し付けると、次いで説明した。

「少年が少女と出会って世界を救うお話です。タイトルは、なんとかオブなんとか」

「……困ったなあ」

「あー、たぶんあの中佐殿なら分かるでしょう。若い世代向けに執筆されてる、文章も、登場人物の頭の中身も軽い感じの本です。最近流行ってるみたいで。文化が進んでる地域から届いたと聞きました」

「まあ、わかりました。それじゃあスクィドさん、行ってきます」

「ええ、健闘をお祈りします」

 パタパタと言った風に、肘を曲げて上げた手を子供のように大きく振りながら、口調や外見に似つかわしくない所作で、ジャンを見送った。


「なんであたしがあんたなんかと、こんな所に来なくちゃいけないわけ? まじであんたキモいんだけど、離れてくんない?」

 タマはアレから悪態をつき続けていた。

 肩で、前足を内側にたたみ込んで箱のようになって座るネコはずいぶんと器用にバランスをとっていたが、耳元で吐き出され続ける悪意にはさすがに頭が痛くなってくる。

 だからポケットに突っ込んだ紙袋から小石の様な大きさの、香ばしい匂いのするソレ、猫用のドライフーズを手にとって、彼女の口元に押し付ける。

「ふにゃあ!」

 そんな間抜けな声を上げながら、ぺろぺろと舌で掌を舐めつつ餌を拾い上げてはむはむ、と食べ始めた。

 そんなこんなで、本屋の前につく。

 常時開放されている扉からやや薄暗い店内へと入ろうとする中で、囁き合うような、なにやら妙に物騒な雰囲気を孕む声が奥のほうから聞こえてきた。

「肝心な時に作動不良だ。ったく、これだから複製品コピーは信用ならんのだ」

 中佐殿の、珍しく苛ついたような声が耳に届く。タマとジャンは、それからにわかに顔を見合わせるようにしてから、慎重に、音を立てずに中へと入っていった。

「仕留めきれなかった、くそったれ。やろう、覚えておけよ。まずだな。”まず手入れをした”、が、そこで見つけたぞ、軍曹サージェント。まことに言いづらい事だが撃鉄ハンマーにヒビが入っていやがった。わかるか? ”ヒビ”だ。お嬢さんのワレメじゃない。人を殺す気か? 慎重に起こしたのに、怒ってへし折れちまった。ありゃなんで出来ているんだ? 紙か? 紙粘土か? お前らは、簡単な手入れすら怠るくそったれなナマケモノやろうなのか?」

 中佐殿は激怒していた。

 声は荒げないものの、言葉そのものは下品極まりなく、口調が荒い。今にも手を出してしまいそうな勢いでまくしたてていた。

 言い訳など許さんぞと言った勢いで、それゆえに相手は萎縮してしまっているらしい。

 やがて本棚を抜けると、カウンターに置かれている机上用の小さな照明が辺りを照らしていた。そうして見えるのは、カウンターの向こう側で眉をしかめて、無表情で睨む中佐の姿。

 それに、対峙するのは見たこともない外套……どこかの国の近代的な服装、養成学校の制服も似たいわゆるスーツを着込んでいた。頭には、円筒状の帽子を被る、珍妙とも言える格好の男だった。

 が、恐らく彼は外国から来たのだろう。

 およそこの国には無いであろう格好だった。

 そして脇から見えるのが、箱型の手提げかばん。それはカウンターの上で、展開されていた。

「魔石などの魔力エネルギーを利用から、ようやく火薬パウダー爆発力エネルギーを利用して実用化することができたんです。装薬かやくと、実際に対象に推進するものを弾丸と呼び、それらを含めたものを弾薬と呼びます。これが生まれたのが、ちょうど五、六年前。だからまだ”銃”というものは高価なんです。無茶を言われても、困ります」

「”困る”だとぉ? 困っているのはこっちだぞ、死にかけたんだ! なんであんな……くそったれ、思い出すだけでも怖気が走る!」

「シロアリの一種ですよ」

「ごっ……」

 中佐は喉に何かが詰まったように言葉を止めて、カウンターに両手を叩きつける。バン、とやくざが脅すような盛大な音がして、彼はその渋い顔を、及び腰の男へと迫らせた。

 声は震えて、殺気篭った言葉を紡ぎ始めた。

「あの黒くて、てらてら光って妙に足の早い、気持ちの悪い触覚をゆらゆら揺らして無力な人間の魂を揺さぶり畏怖させる恐怖の象徴を、そんなものと一緒にするんじゃなーいッ!」

「……あの鬼神が。聞いて呆れますよ」

「ふざけるなよ、あんぽんたん。貴様はな、バカにしていいことと悪いことの分別をつけろ。食器ごきをかぶらせて撃ちぬくぞ!」

「ええ、ええ。わかりましたよ。というか少しは掃除したらどうなんです」

 わなわなと全身を震わせる中佐をよそに、男は慣れた風にあしらってみせた。それから振り返り、店の内装をざっと見渡してから、肩をすくめるように嘆息する。

 まるで国立図書館のようにところ狭しと本が並んでいて、整理整頓もしっかりとしてある。なぜ増え続けているのに本棚から本が溢れないのか疑問になるほどだ。が、この狭さは図書館のソレとは大きく異なる。妙な威圧感さえ感じていた。そして妙に便意を催してくる空間だった。

「掃除はした。隅から隅まで、タマゴウチ少佐が怒るからな。だから今では、埃一つない。なあ軍曹サージェント、掃除はいいものだぞ。綺麗になれば、心まで綺麗になったような気分になる。本を揃えるだけでは満足できなくなってしまった」

「昔から、銃器はいつでもピカピカですもんね」

「銃は己に与えられた唯一の女性だと学校で習わなかったのか? 確かにみすぼらしい格好の美女もそれはそれで映えるが、やはり美女は着飾っている格好が一番映える」

「根っからの軍人ですね。まあ、分かりました。銃は持ち帰って修理します。それまで、こっちを持っててください」

 彼は面倒そうに話をぶつ切り、それから赤いクッションが敷き詰められたかばんを指した。そこには、なにやらL字型の道具が埋め込まれていて、中佐はそれを引きぬいて慣れた手つきで構えてみせた。

 持ち手は木製で、ちょうど親指と人差指を建てたような形だ。人差し指以下の指がある位置には、その接合部分に半円のフレームがあって、接合部分からは棒のような突起が伸びている。

 持ち手ではない部分は、先端に向かうに連れて先細り、ついには細い、中身のないペンの外装を突き刺したような形をしていた。

「他国で創られた銃で”ワーサー”というメーカーです。回転式弾倉シリンダーではなく、こちらの箱状の弾倉マガジンに弾薬を詰める形となっています。最大装填数は八発で、撃鉄を起こしてから弾薬を抜いて、また一発を弾薬に込めれば最大で九発になります」

「ほう。これも9mmか?」

「ええ。この国では弾薬の入手は難しいと判断したので、同規格を用意しました。やはり科学より魔術が発展している地域は、これに疎いですからね」

「だが、その分平和とも言える。いい街だぞ、ここは」

「ええ、わかりますよ。血の味を知らない街です」

「こいつも必要にならなければいいんだが――本格的に魔術でも覚えようかと、たまに思うよ」

「いつか科学が魔術に通じなくなる日がくると思うと憂鬱になりますよ。なんでもありじゃないですか、アレは」

「わはは! 軍曹サージェント、よくきけ。魔術が発展する。科学が発展する。良い事じゃないか! どちらにせよ生き残るのは、強いやつだ。結局は魔術も科学も関係ない! そこが面白いんじゃないか!」

「強い人はみんなそう言うんですよ。ぼくらみたいな小石みたいに溢れる中の凡人には、とても」

 自信満々に、意気揚々と高笑いする中佐に対するのは肩を落とした軍曹と呼ばれる男だ。

 彼はそれから、堅い外装で出来たかばんを閉じると鍵をかけて、それを手に下げて帽子を脱いだ。

 男はどこか礼節をわきまえたような態度で、丁寧な動作で帽子を胸に当てて頭を下げると、それから帽子をかぶって踵を返した。

「戻るついでに国を覗いてきます。中佐殿も、お元気で」

「ああ、無事を祈る。達者でな」

「それじゃ、失礼します」


「あ、ありがとうございます」

 軍曹が店を出てから、素知らぬ顔で入店しなおしたジャンは素知らぬ顔で頼まれた本を中佐に渡した。表紙には『恋愛こいを始める前の五つの約束』と書かれて、ど真ん中にはハートが描かれている小説だ。

 オクトが、転生したユウキが前世で恋人だったユキと出会って記憶を引き継いで云々の最終章だと言っていたから、おそらくずっと楽しみにしていたのだろう。

 そして次いで、もう一冊の『たった一つのぼくのやり方』と書かれている本。

 最後に、スクィドから頼まれたのは妙に可愛らしい少年少女が表紙に描かれているもので、紙の表紙であるためにずいぶんと安い。

 代金を払って、紙袋に入れられたそれを受け取ったジャンは軽く頭を下げて背を向けた。

 その瞬間だった。

 中佐は、恐ろしく自然なまでの動作で彼の肩を掴んで行動を制止していた。

「少年、見ていたのを知っているぞ。なぜ隠れていた?」

 底冷えするような低音。殺気すらも孕んでいるような声音。彼は思わず、背筋を凍らせる。

 ギギギ、と途端に首の骨が錆びてしまったように、彼は強い抵抗を覚えながら首を回した。振り返ると、無表情の中佐が彼を見つめていた。

 もう彼の口ひげには、胡散臭さなど感じられなかった。

「な、なんの話ですかねー」

「誤魔化しても無駄だ。私は、タマゴウチ少佐と隠し事には敏感なタチでな」

「な、なんであたしなのよ」

「わはは、今日も絶好調だな、少佐は」

「……いつもどおり意味分かんないわね」

 肩から立ち上がって、ぴょんと軽く飛ぶと彼女はそのままジャンの頭の上で座る。絶妙なバランスを維持するのは彼の役目になった上で、暑苦しさが倍増したような気がした。

「まあいい、だが君等には嫌われたくないから事情を説明しよう」

 中佐は手を離す。彼はどこかつかれたような顔で短く息を吐いてから、振り返ったジャンへと顔を上げた。

「私は退職したのではなく、逃げ延びただけなのだ。今では逃げる原因となった内戦は終わったが、反政府武装勢力はまだ私を探している。他の残党も。彼らが敗残兵だというのにな。国から散った弱者をいじめることしか、彼らにはできんのだ」

「……じゃあ帰ればいいじゃないですか」

「うっ……」

 彼はわざとらしく、大げさに胸を押さえて演技がかった動作で見を弾くように退いた。

 後ろの壁に背中を打ち付けて、絶望的な表情でジャンを見る。

「なんて正論を撃ち出すんだ、少年きみってやつは」

「だって」

「残酷だな。命からがら逃げてきて、身を隠すために書店を営んだらなんだか儲かって、楽しくなってきた私の身にもなってくれ」

「うわー、同情の余地無いわね」

「だが気にするな諸君、この街には優秀な騎士がいる。たとえ”やつら”が来たとしても追い払ってくれる!」

「すごい他力本願」

「もういいじゃないか。今日は帰ってくれ」

「自分で引き留めたのに……」

 今度は背中を押す中佐に、忙しい奴だと思いながら彼らは程なくして書店を後にする。

 新しく増えてしまった無駄すぎる知識にため息を漏らしながら、二人はそうして家路につくことにした。


「やればできるのですね。お釣りはお駄賃でいいですよ」

 頭の触手で頭をペチペチと叩きつつ、スクィドは本を受け取り胸で抱きながら、そう告げた。

「あ、ありがとうございます」

「さて、昼食はオクトに任せるとして、ずぶんとざぶんと物語の世界に浸ってくるとしましょうか」

「オクトさんは今日、ちょっと友達と出かけたみたいで夕方まで帰ってこないって言ってましたよ」

「……安心なさい。パスカルが居ますよ」

「居ませんよ。彼は彼で出かけてますし」

 スクィドは大げさに絶句した。

 そういえば、彼女が調理に手を出しているところを見たことがないのを思い出した。

 あんなパスカルでも一応は手伝っているというのにも関わらず、スクィドは横柄な態度でテポンと談話しているのが殆どだ。

 お手伝いとして見るのは掃除をしている場面ばかりだし、確かにシーツを取り替えたり、部屋を掃除してくれていたりはするのだが……料理はできないのだろうか。

 というか、ここまで逃げていればそれは明らかだった。

「あー、じゃあサニーとか呼んでお昼食べに行ってきますよ」

「こら」

 ペチン、と触手が頭を叩いた。

「私はお手伝いさんです。このお館で生活する人たちの手を煩わせないようにお手伝いするのが存在意義です。家にいるのに、わざわざ外食するなんて……お手伝いさん魂が穢れます」

「……サニー呼んで来ましょうか」

「お願いします」

 どちらにせよ住人に手をわずらわせているのだが……彼はそう思った言葉を飲み込んで、自室で学校から出された課題をこなしているであろう彼女を呼びに、階段を駆け上がっていった。


 結果として、その行動は不正解といえる。

 サニーに全てを任せるか、外に食べに行くかが正解だったのだろう。

 今から過去にもどって、この選択をした自分を殴りたい衝動にかられながら、ジャンは目の前の黒い異物を見つめていた。

 どろどろの、インクでもかけたかのような黒褐色の炒め物。ご飯。汁物。

 もやしと豚肉、それとニラが入った炒め物は香ばしい、食欲をそそる香りがしている。この時点で美味そうだと思えるのが本当なのだが、見れば黒い。黒すぎる。

 ご飯は、インクと一緒に炊きこんだのだろう。流石黒い。

 汁物はもはやインクなのだろう。すごく黒い。

 だが、サニーなどは隣で目を輝かせて居た。タマは、少し離れた所でドライフーズにがっついていた。目の前では、なにやらしたり顔のスクィドが評価を求めるような視線でジャンを見ている。

 確かに香りは美味そうだし、見た目はともかく美味いのかもしれない。

 だが、今頭の中には黒いという感想しか無い。言葉を考えようにも思考はすこぶる停止中だ。

「あー、その、ですね」

 息を呑む。

 ええい、ままよ。

「この黒いのって、なんなんですかね?」

「ああ、豚肉と野菜の炒め物です。味付けは塩コショウで、ガーリックを効かせて見ました」

「こ、この黒いのは……」

「倭国から輸入してきたブランド物の米で、評判のいいものです。炊くときに”みりん”をちょっと加えて甘みを増して、つやも良くなるので美味しいですよ」

「あの、黒いのって……?」

顆粒かりゅうだしですが、ちょっと濃い目にして味を際立たせて見ました。ご飯に合うと思ってベルさんに教わった手順でつくってみたのですが……具は豆腐に、ネギとわかめです」

 ベル、というのはベルガモット……つまりサニーの事だ。意固地になって下の名前を呼ばないために、妥協してそうなっていた。

 駄目だ、意図的なまでに本題が回避されている。

 肩を落としたジャンの横で、言いたいことを感じ取ったサニーが補足した。

「この黒い”ソース”は、万能調味料だって」

「ば、万能? つか、これソース?」

「うん。えっとね、なんとかって言う栄養素が体に良くて、旨味があるから結構な料理にあうらしいよ。でもなんでもかけるとオクトさんが怒るからって、最近はあんまりかけてなかったんだって」

 禁止されていた分、反動として吹き出しまくったのか。

 彼は妙に納得した気になった。

 なら美味しいだろうと、無理やり自分を思い込ませた。

「いただきます」

 だから、理性がそれを疑いだす前に箸を手に取り、まず炒め物をつまんだ。途端に箸先が黒く染まったが、ジャンは気にせず口に運ぶ――と、にんにくの香ばしい香りにズバンと脳みそを殴るような旨味、塩の辛い味付け、こしょうの塩とは違う辛さがうまい具合に合わさって、絡みつく。

 いつもサニーが出してくれたソレに似ていたが、少し違うスクィドの味付けは、どこか新鮮なようで美味いと感じられた。

 ジャンは驚いたような顔で料理を見て、もう一口食べてみる。

 おかしいぞ、うまい。

 彼はそうしてもう一口ほどを含んでから、茶碗を持ち上げて飯を掻き込んだ。

 ――そんな様子を見て、スクィドは少しばかり意表を突かれたように動きを止めてから、どういう原理か、自然と頬が上がってくるのを全力で抑えていた。テーブルの下で、ぐっと喜びを表現する握りこぶしを足に押し付けて、大きく息を吐く。

 すると、嬉しそうにスクィドを見ていたサニーと目が合った。

「な、なんでしょう?」

「やっぱり、自分で作った料理を美味しいって食べてくれると、うれしいよね?」

「作った甲斐があるとは思いますが、品が無いですね。せっかく作ったのですし、もう少し丁寧に上品に食べてもらいたいものです」

「ふふっ、スクィドさんは頭が良くて物覚えがいいから、私が教えるとすぐ自分の物にしちゃうよね。だからすぐ上達すると思うよ? 試しに、今夜もお夕飯作ってみる?」

「め、滅相もございません。いくらお褒めの言葉をいただいても、とても一日の食事のメインを張る夕食はダメです。いけません、というか、作った本人はいいのですが、とても人に食べさせるのは……」

「そう? ジャンに食べさせるために作ったのに?」

「す、スティールさんは……放っておくと残飯でも漁り出すほど、飢えた犬っころのような方ですから。家にそんな方がいるのはテポン様方にとっても非常に恥となるので、どうせならと作ってさし上げたまでです」

 ふぅん、とサニーは彼女らしく無く含んだ相槌を打つ。

 スクィドもいつもの強気な態度はすでに忘れ去られてしまって、攻めに攻められて顔を真赤にしていた。ぎょろりとした目は伏し目がちに、それから視線は、サニーからジャンへと移る。

 ジャンは彼女の視線を感じて顔を上げた。

 ――結果として、あの選択は大正解だった。

 全てが美味い。

 どちらにせよ、とても豪華と言えない料理だというのに、それぞれを最大限に生かした料理となっていた。だからこそ妙に豪勢に思えてきて、食えば喰うほど胃が大きくなる。空腹度は、食事中なのに増大していた。

「あの、おかわりお願いできますか?」

「え? あ、ああ……はい!」

 冷たい表情、全てに関心がないような顔はいつしか崩れていた。

 ほのかな、薄い笑みがジャンに向けられる。あの強い眼力は無く、優しげな視線で彼女は頷き、触手ではなく手で差し出された茶碗を受け取った。

 彼女はそそくさと台所まで引いていき……食事を進めていたサニーが、ジャンに微笑んだ。

「美味しい?」

「ああ、すごく美味いぞ」

「あ、私が教えたから、とか言わないんだ?」

「まぁな。味付け違うし、手順だけだろ? サニーには悪いけどさ、これはスクィドさんの料理で、この料理は美味い。それだけだ」

「うふふっ、なんだか、ジャンはいい方向に成長したね。前だったら、絶対に私も一緒になんとか褒めようとしてたのに」

「成長、か。そう見えるんなら、おれも頑張った甲斐があったってもんだ」

 彼は言いながら、いつものように彼女の頭を撫でてやる。

 そうすると、顔には表さないものの、ごきげんな様子でスクィドが山盛りのご飯を持ってきて――。

 まるで家族のようだ、と彼は思う。

 家庭というものにコレといった記憶はないし、最も近い集団生活は物理的にサイズの小さい中年男性とのソレだった。だから、家族というものにピンとは来なかったのだが……もしこれがそうならば、非常に幸せだと思えた。

 居るだけで優しい気持ちになれる。癒される。

 彼はそうして、また食事を再開させた。

 やがて食事も終えて、解散となって自室に戻っていく。

 ジャンは既に寝台で眠っているタマに誘われるがままに昼寝と洒落込み、サニーは課題の続きを再開させて――結局その日、スクィドは買ってきてもらった本を開けずに、自室で眺めては、昼の出来事を思い出してニヤニヤとすることしか出来ずにいた。

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