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15.アレスハイム王国【反撃】 ④

「いいこと思いついた――禁断フォービドゥン・果実フルーツっ!!」

 校舎に突っ込めば、白熱した液体がしぶきを上げる。既に跡形もなくなりつつある建造物は液体化しはじめ、故に吹き飛ばされれば、ジャン・スティールは容易にその中心部まで突き進むことになっていた。

 地下空間へと続く巨大な穴を背にして踏みとどまる青年の手に、再び朱い果実が握られていた。

『ジャン! 四度目以降のソレは……!』

「わかってる、これは試してみるだけだよ」

 言って、一齧り。

 迸る濃厚な瘴気が頭脳を打撃するような、凄まじい臭気が口の中に広がった。

 同時に、甲冑の表面を撫でるように流れる紅い炎を纏う肉体に変化が――無い。

『……もしかして、王の魔法を”再現”しようとしたの?』

「出来てないかなぁ?」

『……バカ、この術は飽くまで”見たものを再現”する魔法。今のジャンは、再現したものを極限状態に高められるだけ。見えないものは再現コピーできるわけがない』

 確率操作の魔法は、禁断の果実の対象ではないらしい。

 ジャンは短く息を吐きながら、下ろした巨剣を肩に担いだ。

 ――にわかに原型を留める室内。されど、頭上からはまるで豪雨か滝のように溶けた建材物が流れ出している。

 痛みや熱さは、もう麻痺した。

 されど、疲労だけはどうにもならなかった。

 特に――ユーリアの致命傷を回復させてからは、それが顕著だった。


 入れ替わりざまに、ヒートの拳が王を襲う。

 己を超える巨躯に感じる畏怖は既に払拭されたが、その体躯の差異から生じる白兵戦の難しさだけは、どうにも乗り越えることはできなかった。

 蹴りはどれほど高く放っても脇止まりで、拳はその威力を十分に伝えるには、デコボコの隆々と浮き上がっている腹筋のど真ん中に至る。故に狙うのは急所に限るのだが、急所という限られた部分であるがゆえに警戒されて防がれる。

 そもそも、それ以前に攻撃が当たらなかった。

(早く戻って来い――)

 いよいよ一人では対峙が困難になってきた所で、無意識が青年を望んだ。

 そして、まるで呼び戻されたかのように――脇から火球のような、火焔の塊が疾走して通過し、そのすぐ背後に爆焔を轟かせながら王へと肉薄。

 その懐へ容易く潜り込む速度はされど、攻撃へと転じない。

 脇から突き上げるように切迫する王の拳を、その進行方向へと跳躍することで距離を保ち、さらに彼に徒手空拳の範囲から抜けた地点で着地。すぐさま火焔と共に駆け、王を翻弄するような機動でその背後へと回り込んだ。

 ジャンに反応する王は、されど振り返る時間を、余裕を一挙に削がれる。

 眼前で猛る炎が鋭く、槍状となって――数十、そして百を超える数を作り始めたからであり、

「貴君は調子に乗りすぎた」

 胸を張り、腕を組むスティール・ヒートの背後から一挙に飛来した。

 ひとつひとつが大地を穿ち砕くほどの威力を誇り、それが点ではなく面――すなわち密集して迫れば、王の回避率は極めて低くなる。今正にジャンへと反応しかけた男ならば、その余裕は極めてゼロだと言えるだろう。

 だから、故に――。

「ぐっ――!?」

 鋼鉄を思わせる屈強で頑強な肉体が、火焔の槍を受けてたわやかに歪む。まるで贅肉で豊満な腹を叩くかのように肌が筋肉ごと波打ち、圧倒されながらも地面に食らいつく丸太のような足は、強引に引きずられて大地に溝を作った。

 そして、吸い寄せられるように眼前へと迫ってくる王の背を見つめ、強く叫んだ。

『首を、狩れぇっ!!』

 刹那の時、意思を反映し、肉体の可動領域を超える角度、高さへと飛来した刃が――高く跳び上がった青年の手の中で、炎を帯びた。

 鮮血なのか岩石の名残なのか、表面を濡らす白熱の液体が瞬時に蒸発し、無防備に焼ける首筋を照らしつけた。

 迫る刃。

 王はそれを感知し得ず、その切迫は知覚もままならなかった。

 故に容易く振り下ろされた刃は図太い首筋に触れ――。

 既に両手の指だけでは数えきれなくなった即死の実績から、ようやく奇蹟のコンビネーションを発揮した二人は、されどそれを完全なものへと昇華しきれなかった。

 ――撃ち漏れたたった一発の火焔槍。

 それが王の首筋を抜けて、飛来する巨剣の切っ先に直撃した。

 大剣の表面を撫でる業火が、剣を叩き上げる衝撃と共に真っ直ぐジャンへと殺到。剣は大げさなまでに振り上がり、さらに衝撃が王へと肉薄した青年の身体を吹き飛ばした。

 ――宙空で一度回転し、衝撃を流して着地する。

 すると、火焔に飲まれていたはずの王はその背を見せたまま、ジャンへと迫ってきていた。

 無数の火焔槍を受けたまま、その衝撃に圧された事を利用して後方へ跳躍した王は――やがて構えもままならぬジャンへと、腰を捻り、その勢いを利用して拳を放つ。

『なっ、ぎ――払えっ!』

 応戦する大剣。

 瞬時にぶつかり合ったそれらは、金属同士が打ち鳴らす甲高い炸裂音を反響させ――振り下ろされる拳の横っ腹をなぎ払う剣、そういった形で現状を維持した彼らは、だがそれ以上長く続かせるつもりは毛頭ないように、さらに動く。

 剣を弾いて、共に後退するジャン。追撃という形で地を蹴り、距離を開けずに追随する王はさらに拳を払い――空気が弾丸のように押し出され、衝撃の塊となって吹っ飛んだ。

『切り裂け!』

 手の中で勝手に動く刃が、迫る不可視の衝撃の塊へと落とされる。それは手の中に凄まじい反動を残しながら、されど鋭く真二つに切り落とされ――二つになったそれが両脇を抜けていく瞬間。

 眼前へと迫った王の拳が、ジャンの顎下を殴りあげていた。

 足が地面から引き剥がされ、濁った闇に塗り固められた空を仰ぐままジャンは上空へと弾かれた。

 意識が濁り、顎を砕くほどの衝撃が脳みそを嬲る。一度死ぬには十分すぎるほどの威力が頭蓋内で幾度も反響し、脳天を砕いて抜けた――そう錯覚するほどの拳を受けた青年は、されど次の瞬間にはとてつもない激痛を覚えながら、意識を手繰り寄せて喰らいついた。

 吐き出す鮮血は白熱し、とろみを持った液体となって口腔から虚空へと散る。

 迸る炎がにわかにその火力を鈍らせた時、

禁断フォービドゥン・果実フルーツ

 青年の手に再度握られた果実は、間髪おかずに齧られていた。


 再現するのは瞬間転移。

 ――上空へと追撃を目論んだ王が、不意に青年の姿を見失ったのはその瞬間。

 青年が男の背後に出現したのはその刹那。

 同時に、怒涛となって背後から押し寄せたヒートの拳が、業火となって飛来したのもほぼ同時。

 炎が照りつけた刃がその白刃を煌めかせ、ヒートが弾丸と化して襲来し――。

 鋭い切っ先が、ジャンの無意識を受けて『実行中』と成り、男の拳がやがて、振り返る王の脇腹へ肉薄し。


 音も光も、何もかもを超越したその瞬間。


 巨剣は王の脇腹を貫き。

 業火は背部を穿ち、傷口から炎が滑り込み、熱が体内を冒した。

 そして――。

「……っ!」

 どうしても動きが止まる、攻撃が完了したその時。

 油断が呼気と共に漏れたその瞬間。

 無骨でおおきな手のひらが、優しく、停止した二人の男の頭を包み込んでいた。

 ゆっくりと、それは緩慢と思えるほどの速度で握られるが、それは飽くまで主観時間――客観視すれば、飛来したハエ程度ならば抗う術を持たぬほどの速さで、閉じられていた。

 指の隙間から白熱し、ドロリとした赤身の混じる液体が溢れて噴出し――。

「く、がぁっ……はッ、中々にやりおるわ」

 炎が迸る巨剣がはらわたを焼きつくすのを感じながら、男は、脱力した二つの肉塊を放り投げ――ようとした。

 されど力の失せた木偶でくは、動かぬ。

 握られた剣を、まるで忘れ形見が如く離さぬ青年は、達していたのだ。

 幾度ともない死を見て、そして同じ魔法を持つ男と己を高め合い――この短時間では得られぬ莫大な経験を収め、己の物にした青年は、爆熱の才能の極限を得た。

 同様に、スティール・ヒートも青年の背を見るどころか、追えと言わんばかりに先頭に立ち、そうであるがゆえに、極限をさらに超えた力を孕む。

「ぬ――」

 王は、もはや何を口にすればいいのか亡失する。

 この現状で怒りを表せばいいのか、単純に驚愕すべきなのかがわからない。

 開かれた手の中で、確かに砕け血肉と化した頭部が”綺麗な形のまま残っている”のを目の当たりにした男は、その鋭い眼差しを一身に受け、その感想をどう述べるべきなのか、頭から吹き飛んでいた。

 思考が白塗りにされたのは、今生で初めての経験であり。

 その流麗なまでに鍛えぬかれた肉体に、一瞬なれど死を思わされたのも初の体験であった。

 ジャンが握った剣をひねれば、激痛が駆け巡る。

 思わず喉元からせり上がった鼻につく錆びた鉄の臭いを飲み下し、鼻を抜ける血なまぐさい呼気を散らし、王は大きく息を吐いた。

 ――攻撃を食らった今、回避というものがゼロになる。

 己の可能性が、音を立てて砕け崩壊していく音を聞く。それが幻聴であるのは明らかだったが、これまで決して埃一つ付くことのなかったそれらが大きく揺らぎバランスを崩した。

 王が、にわかにも自我にヒビを入れるには、その程度の理由で十分だった。


 死を極めて立ち上がる二人の男と。

 死を垣間見て膝を崩した一人の王。

 初めて同じ高さに並んだその時。

 戦闘は、終焉へと加速した。

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