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1.アレスハイム王国【総力戦】

 最初の認識は、地表が鳴動しているというものだった。

 だがその轟音は、滑るように流れてくる地表は、その実地表などではないということが判然とする。

 それぞれが人の倍近い異形の巨躯を持つ個体の群れであるのを、対峙する騎士団はようやく理解する。

 ――本来、それらを迎え撃つ為にその場に居るのにも関わらずそういった誤認が掠めたのは、ある種の現実逃避に近かった。

「これ、夢じゃないのですかね」

 うねる角を生やす女は、巨大な斧を担いで不安を漏らす。背後に控える十七人の部下たちに聴こえぬような小さなささやきだったが、反応する影があった。

「夢だったらどれほどいいものか」

 同様に巨剣を構えるシイナは、その真紅に染まる手で彼女の肩を叩く。

「いいか、エクレル。我々は特攻隊だが、今回ではその役目を譲らざるを得ない」

 ――上空からの攻撃が可能である。

 それは異種族に対空への対処が不可能であるのと、そして対空攻撃の手段を持ち得ぬという事実がその作戦を編み出していた。

 そして初撃を務める役目を特攻隊から奪うその意味は、即ち。

「特攻しない我々には、特攻隊としての価値がないの。だから」

「自爆じゃないって、事ですね」

「そう、我々は勝利のために死ぬことはない。勝利を味わうために、立ち向かうのよ」

 その腕力だけならば国の一、ニを争う二人が立ち向かう先。爆炎を猛らせながら、その爆音を咆哮のようにあげながら迫ってくる、数を概算する気概すら削ぐ軍団の姿。

 彼女らの遙か頭上より、地に小さな影を落としながら、颯爽と死地へと向かう鳥人の姿が飛来した。



 元来、鳥人には飛翔の力はあっても、対地への攻撃手段は無い。

 また、この国にて唯一の鳥人が持つ魔法はいわゆる肉体機能の補助系統。魔術はあれども、異種族への効果を考えれば焼け石に水もいいところだろう。

「もっと、もっと高く。私の魔術の反動から崩れても体勢を整えられるほど高く」

 特攻隊の背後には百を切る程度の数しか無い騎士団。そして大地が流れてくると誤認するほどの巨大な蠢きをはさみ込むようにして、数千ずつの兵士が控えている。

 距離は既に、右手に見える山から流れだす川を挟んで対峙するように見えるほどに近い。数キロ、といった程度だろう。

「もうっ、無茶言わないで! この速さでそれはもう――」

 全身を嬲るような突風は、遙か上空の気温とが合わさって体中の感覚という感覚を全て喪失させている。体毛に覆われている鳥人は皮膚組織の造りからして異なるためにその効果はないのだが――布一枚しか纏わぬ女が、表情ひとつ変えずに肩の肉に爪を食いこませられても平然としている姿は、異常の一言に尽きる。

 特攻隊の頭上を過ぎた所で、彼女が”輸送者”アエロの足を叩く。

 それが魔術を発動する合図だとは、事前に聞いていたのだが――。


 大気中の魔力が集中した、という気配はない。


 ただ突如として、付与者と名乗る彼女『ノロ』の内部から空間を包みこむほどの膨大な魔力が”圧縮された濃度のまま”出現した。

 その圧倒感は、いわば眼前に巨大な壁が現れたかのような威圧である。

 故に、アエロが魔術が発動する以前にその体勢を崩すのは致し方なしであり、

「行くよ、気をつけて」

 その前置きの注意は、用を成さない。

 眼下に置く異種族に対して、巨大な魔方陣が鋭角に展開する。その大きさは、中心に置く彼女らを豆粒ほどの大きさにしてしまうほどのものだった。

「気をつけてって……無理ッ!」

「なら仕方なし」

「ちょ、どういう――」

 などと、訊く間もない。その判断に猶予など無く、軽口として『無理だ』と言ったのならば彼女はその口を慎まねばならぬだろう。

 アエロの身体は眩く輝いたかと思えば、彼女の肩を掴む足元に魔方陣が展開されていて、瞬間。

 彼女の存在は、その上空から跡形もなく消え去っており――出現したのは特攻隊の目の前。そこに叩き落とされる形で、転送を完了していた。

「やれやれ、人間は……くだらん」

 ここで逃げ出すことも可能だ。

 そして想像することも容易であるはずだ。

 だというのに、なぜここまで一も二もなく肯定し信じられるのか。しかもこれほどの大役を、この戦闘の結果を大きく変える結果につながる攻撃を託せるのか。

「だから嫌いになれないのだ」

 その契機となったのは、誰だったか。

 そうとぼけることすらも不可能なのは、接してきた人間があまりにも少なすぎた上に一五○年という長い時間、あの地下空間に幽閉されるという何よりも厳しい鞭の後に、初めての友達という飴は、いくら彼女でもそれは何よりも甘すぎたから。

 故にこの戦いは、国のためでも、己のためでもないのかもしれない。


ゴッド・激昂ピック

 閃光が明滅する。

 アレスハイムなど、触れただけで吹き飛ばしてしまいそうな巨大な光の塊は生み出されると同時に、魔方陣の中心から射出された。

 甲高い異音が唸り声のように叫びだす。

 超弩級の光の柱は、まるで天空を引き裂いて落ちてきた、神による雷のような凄まじい威圧感を以て飛来する。

 まず初めに、異種族の右翼端に落ちた。

 接触するのは純粋に異種族のみだが、その数は数えることさえも敵わない。

 人の識別が不可能になるほどの高さから落ちた巨大な閃光が、その高い空から見て諸手を広げても包み込めぬ程の面積を破壊したのだ。

 轟音や衝撃は、しばらくしてから地表を撫で。

 そして閃光は、獣が喰らいついた獲物の肉を食いちぎるかのように横一閃に薙ぎ払われた。

 大地が深く抉れ、付近の河の水が蒸発する。出来上がる溝が水をせき止める巨大な壁となり――迫ってきていたはずの異種族は、その一瞬でことごとく姿を消滅させられていた。


 概算するに――十万前後の異種族の殲滅。

 その魔術は戦略級。故に威力に限度はなく、魔力があればあるほど巨大化する力。

 起源を異世界とする魔術は、この世界を経て対人用に劣化した。主に使用されている魔術の効果が低い理由に仮説を立てるならば、それが一般的でありおそらく真実だろう。

 ならばこの、戦略級と冠する膨大な魔力を消費しても限界を見せぬ魔術は、異世界で現役で使用される魔術そのものである。戦闘、戦術、戦略などとくだらぬ振り分けなどされぬ、対人として使用されるレベルの魔術。

 それを幾十、幾百と有するのは付与者。

 彼女が異種族に与えた大打撃は、彼女から異世界に対する宣戦布告のようなものであった。

「もっとも、ここからが本番だ」

 フィナーレにもにた盛大な破壊行為は、だが前哨戦に過ぎない。

 足元で気圧されながらも歩みを止めぬ騎士団を見下ろしながら、ノロは休む間もなく、特攻隊の先頭へと転移の魔方陣を展開して――。


「貴様が加担するか、付与者」


 宣戦布告は、果たして知能ある男に受け止められていた。

 目に痛いほどの黄金の甲冑を纏う男は、突如として彼女の目の前に出現していた。

 認識はおろか、接近を知覚することができない。

 それが彼の魔法なのかと言えば、否と首をふるのは両者である。

 ノロは彼の力を知っているし、問いを口にすれば彼は拳を以てして否定するだろう。

「やれやれ、よりにもよって”今の私”に立ち向かうのが雑魚とはな」

 だが、その男に対して口にするのは空気よりも軽い言葉だった。

 共にいと易しと中空に浮遊している二人である。細かいことなど斬り捨てようものだが、その男にとってその台詞は決して細かいものなどではない。

「雑魚、と?」

 魔人としての、近衛兵としての、父の息子としての、兄弟の一人としての誇りが躙られた。彼にとって、その言葉はそういう意味のものだった。

「そこを気にするのか。面白い、器が小さい証左だ」

「”異種族”如きが……ッ!」

 男が拳を振り上げる。

 だが依然として、抵抗の様子すら見せぬノロは続けた。

「六男にして実力九位の雑魚が」

『吼えるなッ!』

 重なる言葉は、だが振り下ろす拳によって優劣を見せつけた。


 顔面を殴り飛ばされたノロは弾丸のように大気を切り裂いて、落とされる一筋の閃光のように大地に叩きつけられた。

 爆撃のような衝撃が大地を穿ち――。


 どれほど鍛え抜かれた肉体でも、魔術を防ぐすべなど無い。

 炎を、氷を耐えるにも生身では為す術もない。

 だが同様に、魔術を発動する間も置かなければ無力である。

 両極端とも言える力と術。

 極めた両者が、そしてアレスハイムが持つ総力と最大の物量を誇る異種族の軍団が衝突した。

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