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13.ヤギュウ帝国【掃討戦】 ④

 攻撃が完了し、漏れ出し溢れる魔力の奔流が、対象を撃破した地点を中心に波紋を作り出していた。

 暴風とも成り得るそれらが、大地を撫でるように砂を巻きあげて周囲に広がる。

 肌が焼けるほどの熱を、凄まじい焦げの臭いを孕みながら、そうして噴出するような燻る爆煙が、薙ぎ払われていった。

 

 夜を切り裂いた鉤爪が閃き、大地を融解させる程の熱量を叩き込んだ後。

 白熱するその地に、立位する二つの影があった。

 ――透き通る程に眩い白銀の髪は焼け焦げ、全身を黒く炭化する魔人は、とてもその命があるようには思えない。ところどころ朱く燻る身体は、既にそこに甲冑があるのかさえも定かではない。

 対する吸血鬼は、まるで無傷。

 ただ、己を構成する闇を、活動の原動力となる膨大な魔力の消費があまりにも大きすぎた。

 この魔法の発動を契機とさせる為に魔力を注いだ時点で、彼の保有する魔力量は限りなく空に近くなっていた。

 体力を根こそぎ消耗し、魔力はゼロ。故に戦うすべなど、ろくに残ってなど居ない。

 故に――時間さえ置けば全身の火傷を完治させる魔人に止めを刺すのは、今この時しか無いのだが、

「いい技ね……と褒めたら、自画自賛になるかな」

 焦げ臭い吐息を漏らして言葉を紡ぐ彼女に、あの業火が効いたのか不安になる。

 全身を黒く、ウラドが闇に溶けるかのようにその肉体の輪郭しか見せぬ影は、ゆっくりと動く。抜き身の刀身は既に炎を放つほどの魔力を蓄えていないものの、白刃は鋭く、空間さえも切り裂いてしまいそうなほど危うい煌きを持っていた。

 それをウラドの目の前で大きく振り払うと、手の中から滑り落ちて薙ぎ払うように吹き飛んだ。やや遠くの大地に突き刺さった短剣は、それゆえに両者から武器は失われた。

 あるのは持ち前の尋常でない回復力と。

 人間の頭部ならば一撃で叩き潰せる怪力と。

 ただ魔人の方が有利であると言えるのは、彼女には未だ魔法が残されているからなのだが――既に距離はゼロ。死角からの攻撃以外では意味もない技であり、またこの、最後の接触であろう戦闘で、そのようなものを使うつもりなどは毛頭なかった。

「なんのつもりだ」

 正々堂々と言うつもりならば、侮辱にもほどがある。

「武器は不得手だから」

 そんな簡単な理由は、故にウラドに二の句を続かせない。

「わたしも、この状態ならそう長くは耐えられない」

「私はそもそも、もはや物理を無効化できぬ」

「だから」

「ああ、だからこそ」

 ――さっさと始めよう。

 それは言葉として紡がれず。

 だが重なった意思は、ただ力強く彼らから覇気を迸らせる。

 果たして、両者の拳が高く振り上がるのは、ほぼ同じ瞬間の事だった。


 薄い布手袋に包まれた拳が、焼け焦げた女の横顔を殴り抜けた。

 女のしなやかな指が折り曲げられて造られる拳骨が、一度視界から消え失せた直後、顎下を殴りあげていた。

 刹那にして閃いた両者の攻撃は、まったく同時に炸裂したのだ。

 しかし怯む事などなく、次の手が襲撃する。

 ウラドは即座に蹴りを放てば、後手に回る彼女はそれに応じるように腰を落としかがむようにしてそれをやり過ごす。

 そんな彼女を迎えるのは、無防備に蹴りを終了させる間際のウラドであり、彼にとって不可避の正拳は狡猾に水月を穿っていた。

 肺腑から全ての呼気が噴出する。

 心臓が一つ跳ねる程の短い時間だけ、ウラドの意識は白く濁った。

 吸血鬼という種族に防御力に関する特徴は皆無である。だからこそ、その一撃は純然なる魔族の渾身の拳が、やわな人間に炸裂したそのままのダメージを与えていた。

 ほんの僅かな隙は、彼女にとって無限に近い可能性を創りださせる。

 追撃はさらなる拳撃。振り上げる腕は勢い良く、男の顔面を捉え、喰らいついた。

 肉を叩く音をかき消すように、骨が砕ける鈍い衝撃音が響く。

 もはや悲鳴など無いと思われたが、思い返せばそんなものなど最初から存在せず――声も、呼吸も、鼓動の一つも、生命活動の片鱗を見せぬ刹那の時間にして、ウラドは顔面を殴り抜かれ、そのまま振り下ろす拳と共に大地へと叩きつけられていた。

 死んだのか、と思う。

 無理もない、顔面は陥没したのだ。拳はそのまま脳を圧迫して半分ほどを圧縮しただろう。

 だが――腐っても吸血鬼である。

「怪力が……私の特徴を、持って行くな!」

 闇に溶けずとも、その命は基本的には半永久的なものである。

 生ける伝承であるこの男を殺害するには、その胸に白木の杭を打ち込むか、首を落とすか、精錬された純銀の弾丸を撃つかしかない。闇という特色を失っている現状では、陽の光も有効の範疇かもしれないが。

 男は顔面を歪めたまま、押し付けたままの拳を掴んで引き剥がす。

 驚愕の暇などない。魔人は強引に倒れたウラドへと引き寄せられたかと思えば、お返しとばかりに横合いから頬を力強く殴り抜かれてしまった。

 声にならぬ悲鳴を上げ、僅かに吹き飛びかける肉体、その横腹に容赦無い蹴撃が襲いかかる。

 彼女は為す術もなく、低空で腹を蹴り飛ばされて大地に沈み、そして跳ねて転がった。

 衝撃が肉体内部に浸透し、嫌になるほどの激痛が思考を鈍らせる。体が痺れ、仰向けに落ち着いてから暫くの間、腕はまだしも、身体がいうことを利かず、起き上がることすらままならない。

 だから、彼女が抵抗するように接近したウラドへと腕を振り上げたのは無駄に過ぎず――。


「この勝負、私の勝ち――」


 彼女の頭の近くで吠えたウラドの言葉が、不意に途切れる。

 同時に、振り上げた腕が――肘からやや上の辺りから、切断されていた。

 男の黒衣を纏う右腕が中空をくるくると回転し、やがて地面に音を立てて落ちた。鮮血を撒き散らし、それを頭から浴びたウラドは、灼熱を思わせる痛みに飲まれた右腕を抑え、嗚咽を漏らす。

 汗腺という汗腺が開き、体内の水分が全て吹き出たのかと錯覚するほど汗が溢れ出す。

 ――暫くして、ウラドのすぐ脇に、短剣が”落ちてきた”。

 その因果関係を、彼は理解した。

 腕を切ったのはこの短剣であり、


「勝つのは、わたしだ!」


 腕を振り上げた時、彼女は短剣を投擲したのである。

 蹴り飛ばし、吹き飛ばされた地点が奇跡的にソレがある場所だったのだろう。

 不覚だとしか言えないのだが――負けるわけにはいかない。

 既に彼女の顔は完全に皮膚までを再生しきっている。ありえぬ速度だと思いながら、ウラドは右腕を振るった。

 撒き散らされる鮮血が彼女を濡らす。何も考えずに突撃してきた彼女の顔を汚した血は、見開かれた瞳を紅く塗りつぶしていた。

「く――ッ!?」

 動きが僅かに鈍り、攻撃のタイミングがほんの僅かにずれる。

 ウラドは即座に身体を反転させて彼女の脇に回り、拳を回避。目の前を通り過ぎる魔人に叩きこむ蹴りは、彼女の身体をくの字にへし折っていた。

 だが彼女はそのまま空中で頭を下に、足を天に向けるように反転したかと思うと、振り上げた両手で着地、そのまま地面を弾いて衝撃を軽減させ、また回転するようにして着地する。

 曲芸じみた軌道は、

「――ッ!?」

 ウラドの賞賛など貰えぬまま、だが代わりに、その顔面に鋭い拳撃を彼女はもらっていた。

「阿呆か、まな――」

 声は吐息の中に消え、突如として出現する拳が、しっぺ返しのようにウラドの顔を殴り返す。

 手首から先しかないソレは、だが十分なまでに彼を殴り飛ばしていた。

 両者は同様に、背中から地面に受け止められ……。


 一進一退。

 既に限界であろう筈なのに、だがどちらも余裕を見せる態度しかとらない。

 そして、それであるがゆえに終わりが見えず、

 故に、一度最高潮にまで達した昂ぶりは、そう長く続くわけがなかった。

 冷めたのは、どちらが早かったか――。

「飽いた」

 そう告げたのは、果たしてどちらだったか。

「確かに」

 同意する凛然とした声は、ウラドか魔人か。

 だからこそ、そこでごく自然的に生み出される甘い誘惑は、

「だったら、ここで終わりにしておく?」

 両者ともに、素手でさえ実力は五分。相手を魔人だと考えれば、吸血鬼は奮闘したと言えるが――逆に、あらゆる部分で未知数たる吸血鬼相手に、もはや基礎の部分がある程度共通する魔人の一人はよく頑張ったとも言えた。

 だからこそ、だったらここで終わらせるのはもったいないのではないか。

 そう思ったのは、彼女だった。

「その結果ほど興醒めなものはない」

 断ずるのはウラドであり、

「そう言うと思った」

 悪戯な笑みを浮かべ、彼女は大きく息を吐く。

 再生と破壊とを同時に行われ、破壊が回復を上回っている現状では、既に限界である。

 同様に、ウラドもまず出血が多量である為に、既に昏倒していてもおかしくはない状況なのだが――なんにせよ、振り絞れる力は最後だろう。むしろ、ここで最後になるほど力を出さねば、後に続けたとしても敵を打破するほどの力は残っていない。

 気があっているのか、相性が抜群なのか――そのニ名は、共にようやく限界に達して居て、全く同時に、次を最後だと断じていた。

 もはや言葉など不要。

 どちらかの死で最後なのだ。その死が誰かであるのか――願う事など侮蔑に等しい。

 己が敵を倒すことだけを心情とし、合図も何もなく。

 二人は同時に大地を弾いて駈け出した。


 交差は一瞬である。

 突き出された魔人の拳は鋭い刃が如し。容易くウラドの胸に到達したかと思えば、その拳は黒衣を引き裂き肉を穿ち、骨を砕いて心臓を破壊し、その背中から血塗れの腕を突き出した。

 ウラドの右腕は空を切り――左拳は、彼女の顔面を捉え、切迫。瞬時にして喰らいつき、叩き落す。

 彼女の肢体が勢い良く大地に叩きつけられれば、男の胸から腕が引きぬかれて尋常でない鮮血が地面を濡らす。魔人の身体が浸るほどの血が流れだした時、既にウラドの意識は全ての感覚を遮断しかけていたが、

「死ぬ、わけには」

 もはや、この争いの理由も定かではなくなってきたが。

「いかんのだ……!」

 この状況で止まれば、両者ともに不本意な結果に落ち着くはずだ。

 だから、それだけは許されない。

 死ぬにしても、殺すにしても、ここで終わらせねば――。

 振り下ろされた拳は、魔人の額に受け止められ、指の骨がひしゃげ、腕がへし折れる。

 それと共に頭蓋骨が陥没し、脳漿が、彼女の頭が、肉の塊となって飛び散った。

 ウラドが認識できたのは、その確かな彼女の死までであった。



 アレスハイム王国を除く、侵攻を受けたすべての国での戦闘はそれを最後に終了した。

 どの国も、それぞれ規模の異なる進軍を受け、また人などが到底敵うはずもない魔人の襲来を受けても尚”勝利”の二文字を掲げた国々は、だがソレに見合うほどの甚大な被害を被ることとなっていた。

 なぜこのような唐突過ぎるタイミングで異種族が、魔人が進軍を開始したのか、またどこからあれほどの量が現れたのか、誰にもわからない。

 ただ、アレスハイムでの戦闘の結果が今後の命運を分かつことだけが明確であり――。

 その国での戦争行為はどの”被災国”よりも早い、その日の明朝に開始した。

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