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12.ヤギュウ帝国【掃討戦】 ③

 季節は初夏だというのに――アレスハイムの直線上、遙か北方なれど陸続きにあるというのにも関わらず、その場は夜になると凍えるほどに冷え切ってしまう。

 気がつけば負傷兵を含め、ウラドを除く全ての兵隊は退却済みで。

 ゆえに閑散とする広大な空間。海岸に面する場から氷を溶かして大地を焦がしているその周辺は、まるで別の大陸の場所であるかのように熱苦しかった。

「今日は満月か」

 睨み続ける、様子を伺うだけの沈黙を破ったのは、ウラドの白々しい呟きだった。

 疲弊やダメージはない魔人は、それでも額から大量の汗を噴き出している。悪寒や不安が精神を侵したのか――そう考えるが、否である。彼女は単純に、この気温に耐えられぬだけだ。

「いい日だ、ツキがある」

 自分の言葉に昂るように、男が横に伸ばした右腕が大きくうねる。まるでその皮膚の下に大蛇でも飼っているかのように、漆黒の中に溶け出しているそれが再び腕を構成する時、その手には正方形の鉄塊のような武器が握られていた。

 拳銃である。

 以前、その口から火と共に狼の亡霊を弾きだした武器は、同様に以前、魔人に通じなかった代物である。

「……悪い冗談か何か?」

 呆れたように嘆息する魔人は、やはりその武器に脅威を見いだせない。

 そもそも、通常の弾丸ですら効かぬ彼女らには単純な力押しや攻撃力は通用しないことは承知の上である筈なのだが、亡霊とて結局の攻撃手段は牙である。故にそれの強みは、実体を持たぬがゆえに死の概念のない、獣の速度と獰猛さを持つ攻撃だ。

 通用するか否か。その答えは火を見るよりも明らかであるのにも関わらず――なぜ、今更。

「そう他人様のやることを頭から否定するのは感心しないな」

 弾丸が自動で装填される。

 途端に引き金が重くなり――構え、照準。

 しかしそうした時には既に、魔人は勢い良く大地を弾き素早く駆け出していた。

 向かう先はウラド……だが、一直線に迫る弾丸が飛来するのに、真っ直ぐ駆けるほど彼女は阿呆ではない。故に曲線を描く軌道をとっていた。

 だが、彼女はその銃口が”闇を吹く”その光景を見た時、己の思慮があまりに浅いことを思い知らされた。

 収束した弾丸やみが空間内に溶けた瞬間、弾丸は照準した敵に誘導されることも、ましてやまっすぐに進むことさえもない。

「……ッ?!」

 彼女の眼前に、その闇の塊は突如として出現していた。

 刹那の認識も意味を成さない。

 衝撃が額で弾けて、彼女の身体が勢い良く反転する。振り子のように足を頭の位置まで振り上げると、相対的にその頭部は地面に叩きつけられた。

 闇の塊が一体何なのかを理解できぬ間に、さらなる発砲音が幾度も重なり――銃口が闇を噴き、衝撃が彼女の肉体を嬲り尽くす。

 悲鳴、嗚咽も漏れぬ中で、衝撃の度に地面に打ち付けられ、その身体が中空へと大きく弾む。

 衝撃が彼女の肢体ごと大地を穿ち、焼き焦げた地面をその度に殴り抜けていった。

 幾度目か、あるいは十数、数十度目ともなるのか。再び引き金を弾こうとする瞬間、その抵抗が途端に強く、重くなる。

 ウラドの視界が、唐突に鈍く濁る。

 世界の認識が曖昧になった時、魔人を容易く吹き飛ばすほどの威力を誇る弾丸を幾度も受けた彼女は、既に立ち上がっていた。

「そうか、魂を……込めてッ!」

 立ち上がる。

 ウラドが彼女の行動をそう理解した時には既に、小孔だらけの大地を踏み、蹴り、駆けていた。

 疾走する彼女を、彼の意識は捉えられない。

「ああ、その通り――だが、違う!」

 正確には――。

 告げる言葉は、真正面――馬鹿正直に直線的に走ってくる彼女へと向けられていた。

 銃口が最初から突きつけられる虚空へと、彼女はまるでイノシシが如き阿呆な突進をかましている。が故に、その強烈な気配は、殺気は、姿を認識しきれぬウラドでも容易に捉えることが出来た。

 元より、座標や位置を認識して発砲していたソレではない。

 が故に、

「これは――存在わたし、そのものだッ!」

 銃口の手前で、闇が収束する。

 それは銃身からはじき出されるようではなく、そこには拳大の塊が存在していた。

 ウラドの輪郭が曖昧になる肉体から溢れる闇を吸い尽くし……。

 彼女が伸ばした腕が速いか。

 その引き金が音を立てて、豪快な反動と共に巨塊を弾くが速いか――。


 固く握られた拳がウラドの実体化した顔面を、体幹を捉えて穿ち。

 腹部に押し付けられた銃口から噴出した闇が、鋼鉄の弾丸よりも硬く、粘土よりも柔軟に彼女の腹に食いついた。

 故に、両者が接触と共に吹き飛んだのはほぼ同時であり。

 また共に、それが致命傷足りえていないのも同じだった。


 ウラドが受けた衝撃の殆どは、吹き飛ばされ滑空する中で霧散するのと一緒にある程度が軽減され、また魔人は腹部という時点で、そもそも大したダメージにもならない。

 ただ、その場に立ち止まり、

「……ッ!」

 ウラドは目を剥いてめまいを覚え、跪き。

「~~ッ?!」

 体内に浸透する焼けるが如き激痛を覚えた彼女は、押し殺した咳と共に吹き出た鮮血の錆臭い鉄の味を、その口腔で味わった。

 両者ともに、外傷として目立たぬがゆえに度外視できる程度と判断したダメージは、深刻なものとなっていたのだが。

 血なまぐさい吐息を散らし、荒い呼吸を吐き捨てて、一人は拳を握りしめ、一人は手と癒着する大型拳銃を構えた。

 ダメージは大きい、が、戦闘が可能かと訊かれれば「是」と応えるべくない。

 故に、そこに立ち向かうは戦士としての両者。

 敵も味方も無く、正義も悪もない。彼らは闘争心の塊であり、どちらかが死なねば止まらぬ獣の狩り足りえていたが、その結果得られるのは勝利か死かのいずれかだ。

 ぶつかり合った結果として、彼らが不要なものを削ぎ落した姿である。

「私の持てる全てを見せよう」

「わたしが出せる全力を注ぐ」

「故に」

「だから」


『――――ッ!』


 混じらぬ咆哮はその為に耳障りな雑音にしかなり得ない。

 だからこそ、その言葉が互いの耳に、魂に響いたかは定かではなかった。


 初撃は、距離を無視した拳がウラドの右手を殴り飛ばすことによって成功していた。

 だが拳銃は離れずに、だがおとといの方向へと向く。が――そもそも、その銃口が照準する位置に弾丸を送り込むわけではない。

 ただ見据えた彼女の姿を認識しながら、引き金を弾く。その瞬間、彼女は不意を穿たれたかのように顎下から出現した闇に打ち上げられ、仰け反るように夜空を仰いだ。

 隙が見える。

 見えればウラドの行動は、さらにその隙を大きくする攻撃。

 だからこそ、彼女の足元に魔方陣が展開するのは至極当然とも言えることである。

 この技は割合に多くの人間に認識されたものであるが、彼女にとってはまったくもって初体験なのだから。

「なッに――」

 言葉は半ばで掻き消え。

 魔方陣の端に出現するのは、縦二つに割られたような人型の人形。その大きさは等身大であり、内部には図太く長い、その切断面まで伸びる棘が無数に張り付いていた。

 その対面には同様のものが対となって現れている。

 大地を滑るようにして引かれ合うそれらは、次の瞬間には既に、彼女を飲み込んで結合した。

 叩き、打ち合わせた様な甲高い金属音を響かせ――畳み掛けるように、同様の位置から分厚い鋼鉄の壁が、その内側に棘と言うよりは、先端を鋭くした小さな隆起を無数に施した形で現れている。

 ぶつかりあったそれらは、等身大の人形を叩き潰して轟音を、波紋となって大地を撫でて広がる衝撃と共にかき鳴らした。

 豪風を浴びるように衝撃を受け、だがウラドは毅然とその様子を見納め。

 再び、決して予測など出来ぬ位置から出現した拳に、側頭部を殴り飛ばされた。

 無表情のままウラドは天地が逆転した景色を見て――壁に、そして叩き潰されたはずの人形に、僅かな隙間ができていることに気がついた。

 内包され、蜂の巣にされたかと思われた魔人は、諸手を左右に広げた体勢を維持する。彼女は己に襲いかかるあらゆる不条理を、その暴力を、鋼鉄の拷問具を、余す事無く受け止めていた。

 そしてウラドへの攻撃が成功し、彼の意識が緩んだ刹那。

 にわかに抑えこむ力が緩んだ瞬間。

 無数の、おぞましい程の拳の大群が、全く同じタイミングで棘の人形を、鋼鉄の壁を殴り飛ばした。

 殴られたそれらが僅かにひしゃげ、数瞬だけ隙間を大きくする。ほんの少しばかり後退し出来上がった間から飛び出した直後、間髪を入れず閉じた壁が爆音を反響させ、彼女の背中を殴り飛ばしていた。

 前のめりに転げかける彼女は、だが力強く地面を踏み抜き、体勢を整える。

 次はどうするか――などと、ウラドという男が考える暇を与えるわけもなく。

 男は再び接敵した。

 距離はゼロか一かの際どい位置で。

 ウラドの手は、既に彼女が握ったままである短剣の鞘を掴んでいて――振り抜くと同時に、透き通る程に白い刀身がむき出しになり、炎が迸った。

 暴発するような魔力が溢れ、増幅したそれらが短剣に収束する。

 男の紡ぐ言葉が――短剣に刻まれた、本来の能力ちからを解き放つ。

魔法ちからを――見せろッ!」

 魔人が出現させた拳がウラドを殴り飛ばそうが、その行為が魔法の発動を阻止できるわけがない。

 魔方陣は、彼女の方向にて展開され、その中心から巨大な火柱が噴き上がる……そう理解した次の瞬間には既に、その火焔は竜の腕を、鉤爪を形作っていた。

 振り下ろされるのは次の刹那。呼吸一つ、まばたき一度、その鼓動さえも許されぬ刹那の時間。

 誰の指示があるわけでもなく。

 ただ破壊のために呼び起こされた火焔の鉤爪は、咆哮を上げるように大気を食らって唸り声を響かせ。

 ウラドもろとも、魔人の女を背後から飲み込んでいた。

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