11.ヤギュウ帝国【掃討戦】 ②
異世界より落とされた武器――というものの破壊が今回の任だった彼女が、現在戦闘行為を行なっている。そこに大仰な理由は存在しないが、強いて言うなれば単純にウラドが使用しているソレの回収の意味もあったが、大部分を占めるのが気まぐれだった。
彼ら魔人はなにも、命令や忠誠心に忠実というわけではない。
およそヒトよりも好奇心旺盛であり、また誰よりもその誇りは高く、柔く脆い。
故に戦いを求めるのは本能などではなく、勝利を望むことのみが本能だった。
幾度目かになる、宵闇を切り裂き天空を焦がす瞬きが閃いた。
巨大な火焔が剣を形作り、再び魔人へと落とされたのだ。
だが、
「だから、貴男は――」
同様の技を喰らい続ける彼女でもないし、またそもそもそれが決定打たりえているわけではない。
彼女はそれまでとは異なる軌道をとる。
大地を蹴り飛ばし、その肉体は大地を這うような低姿勢で弾丸が如く一直線にはじけ飛んだ。
「慣れたからって、型にはまらないでッ!」
叫びはダメ出し。注意となってウラドのつけ込みやすい弱みを指摘する。
そうして大地を焼き焦がし、天空をかき消した炎が彼女に触れる瞬間。
同時に、振り上げる拳が実体化したままのウラドの顎下を打ち上げ――その人外じみた凄まじい力によって上方へと吹き飛ぶ彼は、さらに、どこからともなく出現する拳に全身を嬲られた。
火焔は攻撃が完了する直前で魔力に再変換されて霧散。そこに爆発的な、全てを溶かさんとする熱のみを残していた。
あらゆる急所を、そして人として脆弱であるべき部位を余す事無く撃ち抜いていく中で、不意にその手応えが消失した。
ウラドの肉体が闇に溶けて霧散する。
――この夜という環境は、ウラド・ヴァンピールにとって真価を発揮できるはずだった。
だがウラドが見せる、初撃は確実に”全て甘受してみせよう”という体勢はあまりにも無様であり――誰がどう見ても、彼が所有する”武器”を要にして戦っているようにしか見えない。
つまりは、この吸血鬼という個体としての戦闘能力などは総合的な実力の割合にすら含まれぬレベルだという訳である。
そしてウラド自身、そう見えることを願っていたのだが……。
らんらんとする彼女の瞳を視るに、どうにもそのような小手先が通じているようには思えなかった。
もとより戦術など度外視した、どれほど強大な相手と対峙してもひたすらに小手先のみで戦ってきた彼女である。ただ冷酷な趣味を持つ男のつまらぬ謀など、気付けぬほど甘くはない。
故に、彼女はこの時点で己の魔法を見切られたことを悟り――突如として眼前に出現してきたウラドへと対峙し、ただ一歩だけ後退する。
その次の瞬間、ウラドから伸びた影が瞬時にして彼女が居た場所に集中するように、より濃密な闇を作り出した。かと思えば、それを認識させる暇などおかずに、深き闇は鋭い錐状へと変質し、全てを穿たんと突き上がった。
しかし寸で回避されたその技は、どれほど秀逸で必殺の威力を持っていたとしても、価値はない。
読まれたのかと思った。
そしてウラドの思考は、決して間違いなどではなかった。
意識など出来るわけがない――死角から、つまり背後から突如として出現した手首から先の手刀が、ウラドの首筋を叩き斬っていた。
だがやはり攻撃は闇に飲まれて手応えはない。
タイミングが分からない――ここまで、追い詰めているようで追い込まれているウラドにとって、その霧散と実体との使い分けこそが、彼の強みであった。
だというのに、だからこそと彼女は次の手を打ってくる。
鞘に収めた剣を再び振りぬかんと、闇の中に肉体の輪郭を出現させようとしたその時、ウラドの眼前に無数の拳が出現していた。
「く……ッ!」
認識、確認。
だからといって、それに対する対処法が瞬時に思いつけるほど、彼は近接戦を得意としているわけではない。
鯉口を切った短剣がそのまま中空をはじけ飛び、回転する。
その拳の軍勢に肉体を硬直させたウラドは、さらに手元の影となる部分から拳が振りあがっている事に気付けなかったのだ。
故に短剣は弾かれて飛び上がり、そうして飛来した一つの手が掴みとる。
――複製したものを操作する能力。
それが肉体に限ったものなのかはわからないが、圧倒的な破壊力を有しているわけでも、抗いようも無く陥れられる戦術があるわけでもない。
故に、ウラドに負けるつもりなど、ましてやその武器を奪われる予定など毛頭なかったのだが。
「戦いはもう終わり? それとも――」
カチン、と音を鳴らして抜きかけの短剣をしっかりと鞘に収めた魔人は、いたずらっぽく口元を緩める。
だがそれを遮るように、ウラドは吠えていた。
「――これからだ……!」
およそ色男などという年齢ではない。
もはや中年もいい年、四十超えの男にとって、いくら吸血鬼で寿命がヒトの数倍はあろうかという男でも、年甲斐もなく熱くなる事はもうないと思っていた。
だが、なんだろうか。
血湧き、肉踊るのは己が窮地だからか――あるいは、武器が失せた事によって、ここからようやく、初めて自分の力のみで戦うことが、自分が強いのだ、という事を見せつけられるからか。
ウラドが吐き捨てる息が闇色に染まる。
対する魔人は、口から漏らす息を白く染める。そんな寒風が吹き荒ぶ北国の地で。
もはや戦いの理由さえもわからなくなった戦闘が、暫くの睨み合いの末、宵闇の中で再開した。